2 結論
次の日に、
『結論、出たから、聞いてほしい』
そう、メッセージを貰った。
昨日の今日で? なんて思ったけど、まあ、そうだよな。ちょっと考えれば、答えなんてすぐに出るんだ。そう思い直して、『分かった』と返信する。そして、また第二倉庫裏を指定されて、着いたら、先に来ていたらしい笹原さんが、そこに居て。
……もう、明日からここ、来れないかも。
そう思いながら、「待たせちゃったかな」と、彼女の前に立つ。
「ううん、大丈夫。それでね」
……続き、聞きたくないな。
「やっぱり好きです。お付き合いしたいです。木崎くんと一緒に居たいし、力になりたい」
そう言われると思わなくて、一瞬面食らった。けど、糠喜びしちゃいけないと、心を鎮めて、口を開く。
「……ごめん。失礼なのは重々承知してるんだけど、理由を、教えてもらっても、いいかな」
「うん。私も、適当に考えた訳じゃないし、本気だってことを知ってほしい。で、ちょっと長くなるんだけどさ、まず、そもそもなんで……こ、告白したか、聞いてほしい」
「うん。分かった」
誠実だな、と思う。それにやっぱり、照れて赤くなってる顔が、可愛くて、愛おしい。
「そもそも、さ。私から、こう……あの本、知ってるならって、お願いして、交流、的なのが、始まったでしょ?」
「うん。結構印象的な声のかけ方だったから、よく覚えてる」
こういう僕だから、なるべく人と絡まないようにと、休み時間とかの空いた時間は、本を読むようにしていた。高校に入ってからも、そうしていた。好きだけど、周りは誰も知らないような本を、あえてブックカバーを掛けないで。
けど、入学から一週間くらいして、声をかけてきた人がいた。それが、笹原さんだった。
『……あ、あのぉ……』
机の脇にしゃがみ込んでいた彼女は、僕を見上げてきて。
『その、本、……帝国の紅い翼、ですか……?』
『あ、これ? うん、そうだよ』
なんでもないように、答えたら。
『その、……それ、最新刊……です、だよね……?』
『うん、そう』
『……こちら、どう思うでしょうか……』
僕を見上げる顔の前に、下からゆっくりと、ブックカバーが半分外された、一冊の本を出してくる。それは僕が持っていたのと同じ小説で、受注生産限定の特装版なのも同じだった。
『それ、君も持ってるんだ。好きなの?』
社交辞令みたいな感覚で、聞いた。
けど、聞いた瞬間に、彼女は──笹原さんは、目を輝かせて。
『そ、そう! そうなの! 好きで、全巻持ってるの! です!』
そのまま楽しそうに話してくれたのは、笹原さんもその本の、というか作者のファンだということ。ずっと追いかけているという話。
そして最後に、彼女は、
『それで、その、……何が言いたいかと、言いますと……これに、ついて……か、語り合えませんでしょうか……と……』
そう言って、期待と不安の眼差しを僕に向けてきた。
良いよと気軽に言えない僕は、どう返事をするのが最善だろうかと、ちょっと迷ってしまって。
そしたら、笹原さんが、
『その……ラインでもいいので……生返事でもスタンプでも全然構いませんので……なんならもう、既読だけでも……周りに知ってる人、居なくて……』
その切実な姿に押されて、ラインで良いならと、首を縦に振った。
「で、私から押しかけた? のに、いっつもちゃんと返信くれて。そっちからも感想くれるようになって。学校でも話してくれるようになって」
なんか、むず痒い。事実をその通り言ってるだけなのに、なんだろうな。やっぱり、根がまっすぐだからかな。
「で、もっと仲良くなりたいな、もっと知りたいなって、思うように、なった、訳でして」
顔を赤くしながら話す彼女は、「んっ」と、咳払いのような仕草をした。
「で、その、だんだん別の話も出来るようになったり、展示会一緒に行ってもらったり……あと、ほら、私、なんかスイッチ入ると急にいっぱい喋るでしょ? 周りは大体引いたり、急にどうしたって笑ったりするけど、……引かないで、くれるどころか、そのまま話に乗ってくれたり、その、……普通? の会話してるみたいに、してくれて」
彼女は、俯いて。
「良い人だな、すっごい良い人だなって、思って。一緒にいて、心地良くて、もっと仲良くなりたいな、どうすればいいかなって、……そのうち、気づけばいつも、そればっか考えてるなって、気づいて」
これは、想像以上に恥ずかしいな。でも、嬉しさもあるから聴いていたい。こんなこと、もう二度とないだろうから。
「で、あれっ? て。私、なんでこんなに仲良くなりたいんだろ? どこまで仲良くなりたいんだろ? どういう関係になりたいんだろ? って、疑問が湧いて」
彼女は少し、斜めを向きながら。
「一人で考えてもよく分からなくて。友達に……相談するのは……何かあると怖いなあって、思っちゃって。おかあ、母、にですね、母は口が固くてですね。でも絶対内緒にしてって約束して。詳細も名前も何もかも省いて、相談したんですよね」
「そ……か」
手を、握りしめる。手のひらに爪を食い込ませる。そのあとの話を、冷静に、聞くために。
「で、その、色々……アドバイス的なものを……んん!」
パン! と彼女が両頬を強く叩いた。呆気にとられて、すぐにハッとして。
「えっ……だ、大丈夫?」
「ごめん、照れた」
「無理しなくても……」
「無理じゃない。聞いてほしい。最後まで。……お願い」
頬を叩いただけじゃない理由で赤くなっている顔を、そして真剣で、どこか不安そうな眼差しを、向けられて。
何も言えなくなって、無言で、頷いた。
「母が、ですね。その人のことをどう思ってるのかって。聞いてきて、ですね。……大事で、大切で、もっと仲良くなりたいし、もっと色々知りたいし、知ってほしいし、頼られたいし、頼りたいし、……もし、遠くに行っても、私のこと、できる限りでいいから、覚えていてほしい……と、その、思ってる限りのことを言ったら」
『他の人にも、そう思う? その人が他の人とそうなるのは、どう思う?』
「自分がどう、より、真っ先に、他の、誰かが、っていうのを、嫌だなって、思って」
笹原さんは、深呼吸をして。
「木崎くんの、特別になりたくて。……私を、特別だって、思ってほしくて。それに気づいちゃって、そしたらもう、今すぐにでも、気持ちを伝えなくちゃって、思っちゃって。どう思われても、何を言われてもって、覚悟を決めて。……こ、告白、の、場面に、繋がります……」
彼女は少し下を向いて、でもまたすぐに顔を上げて、僕を見て。
「でね、好きって言ってくれて、嬉しかった。そのあとにあの話をしてもらって、すごく……辛そうに見えて。私、分かってなかったからって、ああ言っちゃって。でも、木崎くん、優しくて。私、そんなの全然なんにも問題ないって、木崎くんの助けになりたいって、言いたかったけど」
笹原さんは、一瞬だけ、眉尻を下げた。
「……今、言っても、駄目なんだろうなって、思えちゃったから、教えてくれた木崎くんに、こう、誠実? 真摯? みたいな、ちゃんと、応えなきゃって、応えたいって思った。ので、ちゃんと、真剣に、私の思う真剣さだから、木崎くんの思うのには足りないかもしれないけど、──ごめん、今のナシ。ズルい言い方した。えと、その、考えてきたので、聞いてほしい、です」
まっすぐ、でも、不安そうな顔で、言われて。
ああ、そっか。そうだよなって、今になって、気付いた。
好きだと、伝えてくれたのに。僕は、どこまで好きか、試すような物言いをした。なのに、君は、それに応えてくれている。
「……うん。ちゃんと、聞く」
覚悟を決めた。何を言われても、揺らがないように。やっぱり、なんて、君に失礼なことを思わないように、精一杯の覚悟を決めて、瞳を、見返す。
そしたら、笹原さんの顔が、赤く──いや、赤かったんだけど、赤を越えた赤みたいな、顔色になった。
初めて見る表情で、なんでかすごく可愛く思えたけど、同時に大丈夫か心配になって、
「え、と、どうし──」
聞く前に、パン! と、彼女はまた、両頬を叩いて、下を向いて。
「その、顔、ズルい……」
呟かれた、その意味を、察してしまった僕は。
自分の顔が熱くなっていくのが分かった。
「失礼、しました。で、」
固まってしまっていた僕は、上げられた顔と視線が合うのを、避けられなくて。
そんな僕を見た君の目が、丸くなってくのを見ているしかなくて。
お互い、見つめ合ったまま、何も言えなくて。なんかもう、時が止まったような感覚だった。
こういうこと、フィクションじゃなくて、現実でも起こるんだ。どこか遠くで、そんなふうに思って。思っているしか、できなくて。
吹奏楽部の合奏がここまで鳴り響いて、突然のそれと音量に驚いて、我に返って、動き出せた。
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