16話 嵐の予感
うーん、そんなもんかね……。テイマーかぁ。でも俺はリンとは主従関係より、仲間として接したいんだけどな。
あっと!そんな事より、鍋だよ、鍋!蓋をあけ、スープの味をみた。ああ、野菜の味がする。てか逆に言うと野菜の味しかしない。うーむ、塩気が足りない。ひょっとして、塩は貴重品なんだろうか?
マジックバッグから、薄切りベーコンと塩コショウを出し、ベーコンを小さく切って鍋に追加し、塩コショウで味を調える。
……よし。こんなものか。学生時代に一人暮らしで培った自炊の経験がこんなところで役に立つとはなぁ。
少ししてオスカーはパンを携えて戻ってきた。普段から、グラントさんの家で作ったパンを分けてもらっているようだ。この家にもかまどはあるが、母さんが病気になってからは、なかなかパンを焼けなかったらしい。
そして、母さんとオスカーと兄さんと俺とリン。みんなで同じものを食べた。オスカーはリンもテーブルについて食べられることにびっくりしていた。
母さんが言うには、従魔は主人であるテイマーの影響を受けて性格や、行動が主人に似ていくようになる事も多いらしい。ゴブリンも人型にかなり近いので小さな子供のように見えなくもない。リンはスプーンも問題なく使えている。うんうん、昨日の経験が生きたな!
オスカーは近くに従魔がいたことがないので、魔物は人を襲うものという意識があったらしい。が、きっとすぐ慣れるだろう。リンは賢いし、それ以上にリンのかわいらしさに、きっとオスカーもメロメロになるに違いない。
その日の夕食のスープはオスカーも母さんにもすごく好評だった。オスカーは「こんなにおいしいスープは生まれて初めて食べた。さっき味見した時はいつものスープだったのに?」と不思議がっていた。どうやらオスカーもびっくりするぐらいおいしくなったようだ。「トーマ、鍋に何か入れたのかい?」と聞かれたのでマジックバッグに塩とベーコンが入っていたんです、と答えておいた。
するとオスカーは「てことはきっと街で手に入れたんだね。うん、いいお土産だよトーマ」と言ってくれた。
母さんもしっかり完食できて、おいしかったわ、と何回も言ってくれた。
リンもたくさんお代わりをしていた。ちょっとベーコンと調味料を入れただけなんだけどなぁ。……ひょっとして魔法の塩コショウなのだろうか?地球の食べ物は万能です、みたいな?
しかし、つかの間の安らぎはここで終わった。夕食がすむと、オスカーが真剣な表情になって言った。
「グラントさんの話では村長の屋敷が慌ただしくなっているみたいだよ。ヴィランの手下たちが、武器を地下室から持ち出しているらしいんだ」
「それはアニーからの情報ね?」
「はい。グラントさんがそう言ってました」
母さんはフッと笑みを浮かべた。
「そう、思ったより早かったわね……分かった。こちらも用意しましょう」
オスカーと母さんはお互いに頷きあっている。そして要領を得ない俺の方を見て、母さんが説明してくれた。
「アニーはこの村の女の子でね。彼女の父親はヴィランの圧政を領主に告発しようとして捕まってしまったの。逆に家族は無実の罪を着せられて奴隷として連れていかれてしまった。でもアニーは幼少だからとひとり村に残されたわ。今は村長の家で下働きをしているの。そして、私たちに情報を流してくれる仲間でもあるわ」
「武器の準備をしているという事は、もうあまり時間がないってことだよね?頭に血が昇って、怒りに任せて行動しようなんて、浅はかもいいところだけど……」
「何言ってるんですか兄さん。後先考えない軽率さなんて実にヴィランらしいじゃないですか」
俺たちは思わずふふっと笑いあった。本当は笑い事ではないんだけどね。
「それじゃ作戦を立てる前に、二人に聞いておきたい事があるの」
母さんから笑顔が消え、真剣な眼差しになる
「あなたたちは今回のヴィランの襲撃で、戦う覚悟はあるのかしら?」
「戦う覚悟、ですか……?」
「そうよ。これは訓練じゃない。やるか、やられるかの世界の話よ」
俺とオスカーは顔を見合わせた。戦うことに異存はない。だが母さんの真意はきっと命のやり取りができるか、という事だろう。
いざ戦闘になったら敵は俺達の命を狙ってくる。そこに綺麗事は通用しない。そうなった時、自分は相手を殺せるだろうか?あのゴブリンを殺した時の嫌な感じ……俺はあの時の事を思い出し、身震いした。
「僕は、剣の訓練はしてきたけど……生き残れるかどうかは、自信がない。あの屈強な山賊達が相手じゃ、訓練の剣では歯が立たないんじゃないかって」
「オスカー君、自分自身の実力を知っていることはとても大事よ。でも心配しないで。馬鹿正直に正面から戦う必要もないんだし、それに母さんが必ず二人を守るから」
「でも母さんは病み上がりで魔法だって……」
「あら、心配?じゃあ……」
その時風が吹いた。室内なのにカーテンがバサバサとめくれ上がり、家具がガタガタと揺れ始める。なんだ、どこからこんな風が!?と思った矢先に
「えっ……!まさか母さん、これって!?」
「ふふっ!私の魔法たちが帰ってきたの!「暴風のエリス」復活よ!」
母さんはにっこり笑って言った。
てか暴風のエリスって……いったい誰がつけたんだ?
それにしても、パナケイアさんに渡されたあのキュアポーションは、ありとあらゆる状態異常に効果のあるものだったのか。魔法まで復活させるなんてさすが女神の薬は違うな!
そんな母さんを見て俺も覚悟を決めた。
「母さん、俺も戦います。戦闘は正直、自信がないですがやれるだけの事はしたいと思います。それで今回の事について俺なりに考えた作戦があるんですが」
「作戦……?トーマ君、何か考えがあるの?」
母さんの魔法が戻ってきたから何とかなるかもしれない。なんせ「暴風のエリス」だもんな。俺が作戦の話をしようすると俺の念話を聞いていたリンが
『ワタシモ戦ウ!ミナトヲ守ル!』
と、強く宣言した。
「リンも戦うって、俺を守るって言っています」
すると母さんは顔をほころばせた。そしてリンの手を握りながら話しかける。
「うん、闘志に燃える、いい目をしてる。リンリン、トーマ君を守ってあげてね。頼んだわよ」
母さんの言葉を伝えると、リンは頼りにされたのがうれしかったのか、ますますやる気をみなぎらせた。エリスもオスカーもリンが守ってあげる!と実に頼もしい。母さんがほほ笑んで、お願いねと頭をなでると何度もうんうんと頷いていた。
そして俺たちは襲撃に対する作戦を立てた。できるだけ、正面から戦闘をしなくて済むようにはしたいが……どちらにせよ流血は避けられないだろう。
いろいろな可能性を示され、それをシミュレーションして頭の中に叩きこむといった作業を繰り返す。そして全てが終わるころには深夜になっていた。
ようやく解散となり、自分たちの部屋に戻った。ランプの明かりを消して、布団に潜り込む。リンと俺は同じベッドだ。同じ部屋にオスカーのベッドもある。そして母さんの部屋は俺達の部屋の隣だ。
しん……と静まり返った部屋で俺たちは「その時」を待つ。きっとあいつらも待っていただろう、俺たちが寝静まるのを……。
その時、リンの声が頭の中に響いた。
『敵ガキタ!家ノ周リヲ囲ンデル!五人イルヨ!』
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