17話 襲撃

「兄さん、今、外の星がきれいですよ」


「そうか……じゃあ、早く母さんにも教えてあげないとね」


 これは万が一、接近した敵に会話を聞かれた時、俺たちが警戒していると悟られないようにするよう事前に取り決めてあった合言葉。


 オスカーがベッド横の壁を叩く。ちなみに俺たちの部屋の右隣が母さんの部屋。部屋を出て廊下のつきあたりにリビング兼ダイニングがあり、その逆側には裏庭に抜ける勝手口がある。


 その勝手口には靴を入れる戸棚や飾り棚、大きめの花瓶や小物なども置かれている。ただ夜間は灯りをつけないと、何があるか分からない程真っ暗だ。


 耳を澄まして聞いていると、すぐに母さんの部屋の方から壁を叩く音が聞こえた。俺とオスカーは頷き合うと物音を立てないようそっとベッドを抜け出す。


 用意してあった服装に素早く着替え、部屋から出ると母さんは既に部屋の前で待っていた。服装は寝巻ではなく俺たち同様、動きやすい軽装を身に着けている。


「探知できた敵は五人、だそうです」


 リンから得た情報を小声で伝える。


「なら作戦はBプランでいくわ。いいわね?」


 母さんの言葉に俺たちが頷く。


 不思議と恐怖心はなかった。トーマの家族を守ろうという気概が、俺の恐怖心を抑え込んでくれているのだろうか。


 トーマの気持ち、感情が身体を通して伝わってくる。家族を守りたいという思い。今、その気持ちは特に強いかもしれない。昂ぶる気持を抑えながら、俺の中のトーマに語りかける。「俺も精一杯やるから一緒に家族を守ろうな」と。


「リンの気配探知によると、敵はまだ外に待機しています」


「分かったわ。じゃあ作戦通り、私とオスカーは玄関側からくる敵を対処する。トーマとリンリンは裏門側の敵を頼むわね」


「了解です」

 

「いい?絶対に無茶はしないこと。何かあったらすぐに私を呼んでね」


「分かっています。床に仕掛けた「アレ」がきっと役に立つはずですよ」


 リンもこぶしをギュッと握り、ふんふん!と腕を動かしている。やる気は十分だ。


 その時。


 外の方から突然、物音が聞こえた。何人かの足音がして、遠くで戸を叩く音と誰かを呼ぶ声がする。


「グラント、南門に盗賊が現れた!俺達だけじゃ対処出来ない、手を貸してくれ!」


 その声はグラントさんに助けを求めていた。グラントさんの家はここからすぐ近くにあり、助けを求める声はこの家まで聞こえてくる。おそらく昼間俺たちが通った検問所が、山賊の仲間に襲われたのだ。きっと門番の人数だけでは手に負えず、グラントさんを呼びに来たのだろう。


 全て母さんの予想通りだ。


 グラントさんの実力はヴィラン達もよく知っている。もし、ヴィラン一味が俺達を襲撃しようとするならグラントさんは非常に厄介な存在になる。だから敵は事前にグラントさんを俺達から引き離そうと謀ってくるはず、と母さんは言っていたがその通りの展開になった。


 グラントさんの声がして、足音がだんだん音が小さくなっていく。


「グラントを引き離し、その隙に俺達を狙う」


 この作戦が成功し、奴ら今ごろはほくそ笑んでいる事だろう。しかし、残念ながらそれは想定内だ。


 家の前に待機している山賊の数も五人。


 案外数が少ないのは、狙う家の中には病み上がりの女と、成人したばかりの子供二人。そして足の不自由なゴブリンがいるだけ。屈強な山賊五人もいれば、グラントのいない俺たちなんて苦も無く制圧できる……なんて踏んでいるのだろう。


 だが、それが奴らの認識の甘さであり油断だ。


 まず奴らは母さんに魔法が戻った事を知らない。現役時代は暴風のエリスと呼ばれた母さん。そして敵の位置を把握できるリンのスキル、そして奴らの作戦を喝破かっぱし、手ぐすね引いて待ち構える俺達。


 奴らが容易く狩れると思い込んでいる獲物が、実は獰猛な猛獣と分かった時にはもう遅いのだ。


「ふふっ、狩るものと狩られるもの。その立場、逆転させてあげるわ。トーマ君を襲った報い、その身で味わう事ね」


 笑顔の母さん。でもその顔を見て、俺の背筋に冷たいものが走った。


『動イタ!前ノ方、三人!後(うし)ロノ方、二人!』


 即座に母さんに知らせる。


「分かった。いい?絶対に無理はしないで。トーマ君、オスカー君。母さんが守るからね。それじゃみんな配置について頂戴」


 その声を聞いて、各々が決められた場所に散っていく。俺の持ち場は勝手口に通じる廊下だ。リンは勝手口に置かれた戸棚の影に身を潜める。


 もうすぐだ……!大きく深呼吸し、息を吐く。


 その直後。


 ドガッ!ガン!ガン!バキッ!


 突如、玄関から大きな衝撃音と振動が響く。ハンマーで入口の戸を破壊しようとしているらしい。少し遅れて裏口からも聞こえてきた。


 奴ら、表と裏から同時に踏み込んで、挟み撃ちにするつもりだな!


 バキッ!ベキィッッ!!


 裏戸のかんぬきが折れると同時に扉が蹴破られる。先に破られたのは裏口の方だった。


「おっし、破れたぜぇ!」


「よし、突っ込め!」


 破れた扉の向こうの暗闇から姿を見せたのは二人の山賊。それぞれの手にはハンマーと手斧がにぎられていて、粗末な皮の鎧を身につけている。顔を頭巾のようなもので覆い、目の部分だけ穴が開いた目出し帽のような物を被っていた。


「ガキはってもいい!目標は女だ!女をを攫え!」


「ひゅ〜!ただ攫うだけじゃ物足りねぇな。ちょっとくらい味見してもいいんだろぉ~?」


「当然だ。ヴィランに遠慮する事はない」


「ひゃ~!ヤル気でてきたあああ~!」


 ……クズが。好き勝手に言っていられるのも今のうちだ!トーマの怒りが、俺の怒りと合わさって武器を持った山賊を前にしても恐怖心を感じない。木刀を構える手に力がこもる。


「お、なんだぁ?コイツ等、俺たちを待ち構えていたのか?」


「グヒヒッ、御苦労なこった。まぁ無駄な足掻きだけどなぁ!悪く思うなよ!恨むならヴィランを恨やがれ!」


 手斧を手に山賊達が突っ込んでくる。その瞬間。


「ぐわっ!?」


 ズダァァン!


 裏口から突っ込んできた男の一人が派手にすっ転んだ。


「おいザカリー、何をやってる!?」


「床が濡れてる!なんだこりゃ!?くそっ、異様に滑りやがる!」


 困惑する男達。転んだ男は起きあがろうとするも、手足が滑ってままならない。


「落ち着け。おそらく滑りやすいワックスでも塗っているんだ。慎重に行け!」


 床に塗られたのは、俺の前世から持ってきた石鹸。それを濡らした床に塗りたくっておいたのだ。


 作戦会議の時に母さんが言っていた。リンに着せている服や持ち物などは「魔具」ではないか、と。魔力を帯びたそれらは、通常の持ち物と比較にならない程の性能を持つという。


 俺には魔力を感知する能力がないので詳しくは分からないが、魔法を使える母さんには分かるらしかった。まぁ、どうやって手に入れたのかは、例によって「記憶にございません」で逃げたけどな!


 それはともかく、もしかすると俺の持ち込んだ地球産の物は、性能が向上しているのかもしれないと考えた俺は床を濡らして、玄関や裏口の廊下に石鹸をまんべんなく塗ってみたのだ。


 そして思った通り、その効果は絶大だった。薄暗い室内で足元が視認しにくいのも俺達に味方した。でもまさかこんなに滑るとはね。想像以上の効果だぜ!


「くそっ、手を貸せ!滑って起き上がれねぇ!」


「馬鹿、早く起きろ!さっさとあのガキを始末し……ガハッ!?」


 突如、手を貸そうとしていた男の方が、倒れている男に覆いかぶさるように倒れた。その男の首から大量の鮮血が噴き出ている。


「お、おい、ガド!?どうした、しっかりしろ!!」


 男が叫ぶが倒れ込んだ男が邪魔で身動きが取れずにいた。その男の視界に、黒い服を着た小さな生き物が映る。


 それは、ナイフを持った一匹のゴブリンだった。


「よくやった、リン!」


『ウン!家ノ中ハ物ガ多イシ、隠レ易イカラネ!』


 リンが暗闇に紛れ込み、隙を見て山賊の背後からナイフで首を掻き斬ったのだ。


 リンの持つナイフはただのナイフじゃない。昨日の朝、りんごを切ろうとして、下の石まで切ってしまったあの果物ナイフだ。俺が切っても普通の果物ナイフなのだがリンが使うとなぜか切れ味がハネ上がる。


 そんなことが実際にあるのか?作戦会議でその事を話すと母さんは「魔剣ならありうる」と言っていた。ただ俺にはあの果物ナイフが魔剣とはとても思えない。でも今、リンが使うナイフの威力は確かにあの時と同じだった。


「こ……の……ザコゴブリンが!」


 動かなくなった男をどかすと、ようやく自由になった男は手斧を拾い立ち上がる。そして、俺に背を向け手斧を振り上げた。


 狙いを定めた目線の先にリンがいる!


 やばい!リンは足が悪い。まともに戦うと危険だ!


「こっちを向け!馬鹿野郎!」


 とっさにマジックバッグから石を取り出し、男の背中めがけて投げつけた。石は背中に命中し、男がくぐもった声をあげる。振り返った男が怒りの形相で俺の方を睨みつけた。


 俺の狙いはリンを奴の視界から外させる事。投石は人類最古の攻撃方法だ。原始的だが捨てたものじゃない、鎧を着た相手には牽制程度でも意識をこちらに向けるには効果的だ。


 男の視界から外れた隙にリンはまた闇に紛れる。それにしても見事な消え方だな。リンのスキルにはそれらしいものはなかったはずなんだけど。


 その時、


「ぐあああ!足が、足がぁ!!」


 俺の後方。リビングの方から悲鳴のような叫び声があがった。




 

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