18話 トーマの記憶
「くそっ、魔法だと!?ヴィランの話と違うじゃねえか!?」
背後から風の音と山賊達の悲鳴が聞こえる。振り向かなくても何が起こっているのか理解できた。
「覚悟しなさい!
「うわああああ!やめ……ぎゃあああ!」
「くそおおお!どうなってやがる!ガハァッ!!」
「ヒィィィ!死にたくねえ!ギャアアー!!」
複数の絶叫が室内に響きわたる。夕食の時に見た優しい笑顔の母さんはそこにはいなかった。「暴風のエリス」は冷酷なまでに厳しい顔で、風魔法を放ち、山賊達を切り刻む。
どうやら向こうは大勢が決したようだ。残る敵は俺の前方の男だけになった。
「魔法を使えるだと!?ヴィランの野郎、俺たちをハメやがったな!!」
「それは違うな。お前らの情報収集能力がお粗末過ぎたからだ。さて、お仲間はお前以外、全滅したようだけど、お前はどうする?まだ来るか?」
木刀を構え、残された男に問う。この状況だ。おそらく逃げるだろう、そう思った瞬間だった。
『ミナト!避ケテ!手斧ガ飛ンデス来ルヨ!!』
……え?
「ガキが!こうなりゃ、てめえだけでも死ねー!!」
奴が放った手斧が回転しながら、一直線に俺に向かって飛んでくる。
あ、やばい!速い!間に合わない!!それに俺が逃げたら、後ろの母さんとオスカーに当たるかもしれない!
木刀を握りしめ、思わず目をつぶった次の瞬間、金属が激しくぶつかり合う金切り音が響く。そして、ゴトンと何かが足元に落ちる音がした。
そーっと目を開けるが目の前には何もない。怪我も痛い所もない。どうやら俺には当たらなかったようだ。下を見ると俺に当たるはずだった手斧が落ちている。
「
いつの間にか背後に母さんがいた。どうやら俺の知らないうちに、防御魔法をかけておいてくれたらしい。
「母さん、ありがとう。死ぬかと思った……」
母さんの方を向き、礼を言う。
「トーマ君が無事で良かった!母さん、絶対守るって言ったでしょ?」
母さんはほっとしたように俺を見た。先ほど見せた修羅のような雰囲気は消え失せている。
その時、リンの『エーイ!』という声と、「ギャアア!」と言う男の悲鳴が同時に聞こえた。
見ると男が裏口から出た男が、北に向かって走っていく。手斧を投げた隙に逃走を図ったようだ。しかし、足を負傷したのか右足を引きずっており、そのスピードは速くない。
『逃ゲヨウトシテイタカラ、片足ヲ砕イタ。殺シタ方ガ良カッタ?』
リンの念話。どうやら逃げようとしていた男の足を、落ちていたハンマーで殴りつけたらしい。
「いや、上出来だよ。一人くらいは生かして情報を聞き出さなきゃいけないしね。今すぐ奴を追おう!」
足元に落ちていた手斧を拾い、リンと共に裏口を出て男を追う。
奴はすぐ見つかった。やはり片足では上手く歩けず、さらに引きずった跡が道に残っている。必死で逃げているため俺たちに気づかないようだ。
「どこに行く気だ、コラァ!」
背後から男に体当たりをかますと男はいとも簡単にふっ飛ばされ倒れ込こむ。
「人様の家を襲っておいて、逃げるんじゃねぇよ!」
「くそっ……殺せ!殺しやがれ!」
倒れた男は観念したのかそう叫ぶ。
「リン、もしコイツが変な動きをしたら斬ってくれ。逃げようとした時も頼む」
『分カッタ!』
リンが頷きナイフを構える。アイテムボックスから用意しておいた縄を取り出して、手足を縛りあげた。そして男の頭巾に手をかけ一気に引き剥がす。
月明かりが男の顔を照らし出した。
「やっぱり昼間ヴィランと一緒にいた奴か……」
昼間、ヴィランに付き従っていた手下。そしてコイツは、トーマの大切な薬を奪い、あまつさえ命まで奪った男だった。
その顔を見た瞬間、トーマの怒りの感情が激流のように溢れだし、抑えきれなくなる。手斧を持つ手にグッと力が入った。
「俺を殺したのは、お前だろう?この顔に見覚えがあるよな?」
男の目の前にトーマの顔をさらす。
「はっ!何言ってやがる!何でか分からねぇけど、お前はちゃんと生きてるじゃねえか……!てめぇの母ちゃんも治ったし、これで万々歳だろうが!」
その瞬間だった。
「黙れ!このクズ野郎!」
誰かが俺の口を使って言葉を発した。と同時に俺は倒れた男の顔を蹴り上げていた。
これは誰の声だ!?それに身体が勝手に動いた!?……あれ?めまいがする……どうしたんだ、突然……!?
『俺の体を返してもらうぞ』
俺の体のどこかから声が聞こえた。それと同時に、視界はもやがかかったようになり、目の前の男もリンも姿が見えなくなっていった……。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
気がつくと俺は見たことのない場所に倒れていた。周囲にはリンも男もいない。
……ここは?あれ、身体が……動かない?
混乱する俺の目の前に黒い点が現れた。それはシミのように広がり、盛り上がると一人の男を形づくる。その身体は影のように黒く表情は読み取れない。そして俺はその姿に見覚えがあった。
目の前の影。それは俺の今の姿。トーマ……そう、ト-マに見える。その影が身体の自由が効かない俺を見下ろして言った。
「俺の身体を返してもらうからな、偽物め」
「お前、まさかトーマか!?でもお前は死んだって……」
動かない身体でそれでも口はかろうじて動かせた。
「黙れ!これは俺の身体だ!お前なんかにくれてやる義理はない!今すぐやらなければならない事が俺にはあるんだ!いいか!お前なんかすぐに追い出してやるからな。しばらく大人しくしていろ!」
そう叫ぶと影はフッと消えた。
どういう事だよ!?トーマは身体を差し出すことに同意したんじゃなかったのか?それともあれはトーマとは別の存在なのか!?
「殺す、殺す!この薬はお前らなんかに絶対に渡さない!母さん!母さん……!」
低く、悲痛な叫びが俺の周りに響き渡る。
くそっ、いったいどうなっているんだ、とにかくここから逃げないと……!俺は束縛から逃れようともがいた。その結果、どうやら手足を縛られているような状態ではあるものの、芋虫のように這うくらいはできそうだという事が分かった。
改めて周囲を見渡すと白い靄に包まれたその部屋に、一つだけ小さな窓のようなものが見える。その窓のようなものの所へ必死で這っていき、のぞき込むとそこには山賊とリンの姿が見えた。
これは俺の視界か?だが、俺の意思とは関係なく体が動いている。やっぱりあいつに乗っ取られた?
でも、トーマの魂はこの身体にはいないはず。いや、そんな事より早く主導権を取り返さなければ……!でもどうしたらいい!?
自由を奪ったトーマの影は怒りに染まっていた。
「お前らのせいで!俺は死んだんだ!お前にも同じ目にあわせてやる!」
「ガハッ!やめろ……やめてくれ……」
山賊の男を蹴り上げ、殴り、骨が砕かれた足を踏みつける。男の悲鳴が響く。しかし、トーマの動きは止まらない。
「畜生……あの時、てめぇを殺しておけば……」
山賊は息も絶え絶えになりながらつぶやく。トーマの影はその声も聞き逃さなかった。
「ああ?俺はお前らに殺されたんだよ!お前らに復讐するために蘇ったんだ!」
そう言って山賊の髪を掴み上げ膝蹴りを入れる。山賊の男の顔は腫れ上がり、誰か分からなくなっていた。身体も、もはや無傷の場所を探すほうが困難な程傷だらけになっている。それでもなお飽き足らないのか、トーマの影がリンを見る。
「おい、リン、コイツをナイフで切り刻め!ただし殺すな!死にたくても死ねないぐらいにしてやれ!」
冷笑を浮かべ、リンに命令する。
こいつ、リンになんて事を命令しているんだ!?リン、駄目だ!こんなヤツの言うことなんか聞いちゃ駄目だ!
俺の声が通じているのか、リンは動かない。じっとこちらを見つめている。
『……誰?オ前ハ、ミナトジャナイ。リンノ
俺の周りに響く声。リンも気づいている。今、目の前にいるのが俺ではない事に。
「ちっ、使えない従魔だ!もういい、俺がやる!」
そう言ってトーマは手斧を持った。
「いいか、俺がコイツを殺すところを黙って見てろ!」
山賊の髪の毛を掴み、持ちあげるとその喉元に手斧を当てる。
「俺に与えた恐怖。お前も味わえ!」
くそっ!……とにかく何とかしないと!俺のスキルで何か使えないか……!魔法……はまだ使えない。マジックバッグも無意味……!念写……あほか!これで何するんだ!?あとは……そうだ、「同調」!!
このスキルにどんな効果があるか分からない。でも今の俺にはこれに賭けるしかない!
頼むぞ、「同調」発動!!
スキル発動と同時にリンの声が響いた。
『ミナト?ミナトナノ!?』
「そうだよ!俺だ、ミナトだ!あいつに身体を乗っ取られたんだ!」
『ミナト、今、「同調スルカ?」ッテ声ガ聞コエタノ!ドウスル?同調スル!?』
マジか!?じゃあ発動したんだな!ただ同調がどんな効果があるスキルなのか分からない。けど、名前からして同調した人を動かせるスキルなのかもしれない。ひょっとしたら俺の身体を止められないか!?
「うまくいけば、トーマを止めることができるかもしれない!やってみてくれ!」
『分カッタ!』
リンが承諾したその途端、トーマは山賊の髪を掴んでいた手を離す。そして手斧を持ったまま立ちつくし、動かなくなった。
どうなったんだ?乗っ取りを防げたのか!?
すると俺の目の前にまたトーマの影が現れた。
「おい、どうなってる!?急に身体が動かなくなったぞ!お前が何かしたのか!?返せ!俺の身体を返せ!!」
トーマの影が叫びながら俺につかみかかる。それに
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