19話 トーマの記憶②
「お前は何がしたいんだ!?お前の望みだった、エリスさんの病気を治すという願いは叶ったんだぞ!復讐か?お前は復讐するために身体を乗っ取ったのか!?お前の望みは人を殺す事なのか!?」
「……っ!?」
俺を掴んでいる手がわずかに緩む。
「うるさい!俺に指図するな!母さん、薬を母さんに……俺が守ると……約束したんだ!あいつらを殺してでも……必ず帰ると……!あいつら殺してやる!絶対に許さない……!!」
悲しみと怒りが混ざっている声。
今、何となく分かった。
このトーマの意識はやつらに襲われて死ぬ直前で止まっている。だから、悲しみや恨みが強く強く残ってしまっているんだ。その強い想いは自らの身体から離れることを拒み、残滓となってとどまり続けた。湧き上がり続ける怒りと共に。
魂が抜け、肉体が再生されても、この体に残っている感情は消えなかった。……どれだけ強い想いだったんだよ、トーマ。
……でも、このままじゃいけない。このままではトーマはこの先ずっと復讐に燃え、相手を恨み、殺そうとするだけの存在になり果ててしまう。それはあまりにも不幸で悲しい。こんなになってまでそんな感情に囚われ苦しむ事はないんだ!
俺は心を落ち着け、トーマに話しかけた。
「よく聞いてくれトーマ。君が望む薬は俺が届けた。エリスさんの病気は治ったんだよ。それに魔法も復活して使えるようになったんだ。だからもう心配いらない。お前の想いは果たされたんだ」
「母さん……治った?……本当か?」
「ああ、本当だ。さっきも元気に魔法をぶっ放してたぞ。山賊なんて全くもって相手にならなかったからな」
「治った……良かった……よか……った。母……さん」
トーマの声が徐々に穏やかになっていく。
「そうだ、だからもう心配いらない。あとの事は俺に任せてくれ。……いや、別に君に消えろと言っている訳じゃない。この身体は君のものでもあるんだ。これからも俺を通してだけどさ、一緒に生きていこうぜ」
「……良かった……母さん……」
やがて声が聞こえなくなり、心の中が静かになった。どうやら俺の中のトーマは、落ち着いてくれたらしい。
なぜかは分からないが、同調スキルでトーマを止めることができた。リンと同調した事でなぜ、俺の体が動かなくなったのだろう?うーん、分からん。とりあえず同調は解除しよう。
……おっ、体が自由に動かせる!
乗っ取られたのはわずかな時間だったはずなのに、ひどく長い時間に感じられた。俺の傍らでリンがこちらを不安げに見つめているのに気づく。
心配かけちゃったな。ごめんよ。
「リン、ありがとな。リンのおかげで元に戻ったよ」
『……ミナト!?良カッタ!ミナト、元ニ戻ッター!』
泣き笑いのリンが飛びついてきた。
「いやあ、俺もまさか身体を奪われるとは思ってなかった……。ははは、でもリンはあれが俺じゃないってよく分かったね?」
『ミナトハ、アンナ事シナイモン。リン知ッテルヨ!』
そうか、ありがとうなと言いながら、リンの頭をナデナデする。とリンがえへへっとはにかんだ。
「ううっ……」
ん?足元からうめき声がする。……あ、コイツを忘れてた。
トーマの影に暴行を受け、男はボロ雑巾のような無残な姿になっていた。俺は少し迷ったが、リンに縄を切ってやってくれと頼んだ。
『イイノ?』
リンの問いに俺は頷いた。
「……どういうつもり……だ」
「殺す気はなくなったって事だ、確かザカリーとかいったか?俺の気が変わらないうちにさっさと行けよ」
「俺を生かした事、後悔させてやるからな……」
男はよろよろと立ち上がり、足を引きずりながら北の方へ歩いて行った。
男が見えなくなり、大きく息を吐く。情けないが、散々に殴られ蹴られて苦痛にうめく姿を見たら、すっかりやる気が萎えてしまった。
何ていったらいいんだろう。奴に同情したわけではない。俺自身が加害者になりたくないだけなのかもしれない。それに他人の命を奪う覚悟もなかった。
奴らはこちらを殺そうと襲ってきた。本当は奴を殺そうとしたトーマの方が正しいのかもしれない。俺はまだ、平和だった前世の意識から抜け出せないままなんだろうな。
『ミナト、エリスガ来タヨ』
言われて振り返ると、母さんとオスカーが走ってくるのが見える。
「トーマ、大丈夫だったかい!?こっちは片づいた。トーマがあんまりに遅いから、様子を見に来たんだよ」
「トーマ君、大丈夫?怪我はない!?」
母さんに聞かれると同時に、体をぺたぺた触って確認される。
「大丈夫。体は何ともないです!でも……」
「その様子じゃ山賊には逃げられたのね?」
「はい、すいません……」
聞かれて改めて自分のふがいなさに気付かされる。結局、俺はたいしたことは何もしていない。リンの方がよほど胆がすわっていた。
「いいのよ、逃げた先は見当がつくから」
そういって母さんは俺を抱きしめた。甘い香りと温かさに包まれる。
「大丈夫よ、あなたが逃がそうと思ったなららそれでいいの。あとは私がやる。あなたが取り戻してくれた魔法でね。あなたが無事ならそれでいいんだから。本当に心配したのよ。トーマ君……」
「……ごめんなさい」
それしか言えなかった。俺を抱きしめる腕に力がこもっていた。
……ごめんよトーマ。あんな偉そうな事言っといて、お前の恨みも晴らせなくて……。
……エリスさん、ごめんなさい。
俺は自分の情けなさに、涙が出そうになるのをこらえる。
母さんは抱きしめていた腕をゆっくり離した。
「私はグラントのいる南の検問所に行くわ。あなたとオスカーは村の中央にある
「物見櫓ですか?」
「物見櫓の鐘を鳴らして、賊が村を襲ったことを皆に知らせるんだよ。さあ、トーマ行こう!」
俺の疑問にオスカーが答える。
「分かりました。俺、行きます!母さんも気をつけて!」
「大丈夫よ!暴風のエリスに任せなさい!じゃあ、またあとでね!」
検問所向かうという母さんに声をかけるとにっこり笑い、検問所に走っていった。確かにあの魔法があれば心配ない、彼女の魔法はそう思える程の威力だった。
そして残った俺達は物見櫓に走る。
見上げると結構高い。10メートル位はあるだろうか。物見台に鐘が釣り下がっているのが見える。
「トーマ、行くよ!」
オスカーが先に梯子を登っていく。俺もリンを肩車しながら後に続く。
梯子を登りきり物見台に立つと、村中が一望できた。夜間のため見えない所が多いものの、月明かりである程度視認はできる。
と、村の南側の一角に妙に明るい場所が見える。ん?煙も上がっているぞ。
「兄さん、あれ……!」
「火事だ!あの位置……多分、検問所だ!鐘を鳴らして村の人や検問所に向かっている母さんにも知らせよう!」
オスカーが、力一杯鐘を打ち始める。
最初に五連打、次に六連打、そして三連打。そのパターンを繰り返す。意味を聞くと最初の五連打は「敵の襲撃」次の六連打は「火事」最後の三連打は「南の方向」を知らせるらしい。
鐘の音が村中に響く。それに連れて明かりが灯る家が増えてきた。松明を持った人たちが出てきて櫓の周囲に集まってくる。その中の一人が俺たち見上げ大声を上げた。
「何があったんだ!火事と敵の襲撃だって!?」
「はい!エリスの息子のオスカーです!南の検問所、それと我が家が賊に襲われました!僕達は無事でしたが、南の検問所が燃えています。グラントさんや母も向かっていますが、検問所への応援をお願いします!」
大声でオスカーが答える。
「エリスは大丈夫なのか!?病気だって聞いたぞ!」
「病気は治りました!それだけじゃありません。母の魔力が戻ったんです、魔法も復活しました!」
「そいつは朗報じゃないか!よし、俺たちも検問所へ向かう!お前たちはもう少しそこで鐘を鳴らしておいてくれ!」
「了解しました!」
それを聞いて、複数の村人が武器を手に、南の検問所に向かって走っていった。
「僕は鐘を鳴らしているから、トーマは賊に動きがあるか見張っていて。賊はおそらく北の村長宅を拠点にしているはず。もし動きがあるとすれば屋敷からさらに北に逃げるか、南の検問所の方から騒ぎに紛れてそのまま村の外へ出るかだ。リンと手分けして見える範囲を巡視して!」
「了解、リンと手分けして見張っておきます!リン、一緒に周囲の見張りを頼むよ!」
『ウン!リンハ夜デモ見エルヨ。任セテ!』
よーし、二人で頑張るぞ!と言いたいところだけど、夜目の利くリンが頼りだ。いくら村でひときわ高い物見櫓とはいえ、月明かりだけじゃ人間の視覚能力では異常の発見は難しい。明かりのついてない家や物陰なんて、目を凝らしても全然見えないし。何か見つけたらリンに確認してもらうしかない。
そんな感じで、俺はいつもリンを頼りにしてしまっている。リンを見た人達からはなんとなく「ゴブリンなんて弱い魔物を従魔にしてどうする」みたいな空気が言外に伝わってくる。でも全然そんな事ない。俺にとっては頼もしい仲間としか思えないんだけどな。
そう思いつつ、周囲を見張る。まあ、剣士も強力な剣を求めるように、テイマーならステータスの高い強い魔物を従魔にするべきだと思うのが自然なんだろう。まあ、俺はテイマーになったつもりはないんだけどさ。リンは従魔だけど仲間だし。
『ミナト、向コウノ川デ布ガ付イタ物ガ動イテルヨ!』
「え?川に布……どこどこ?」
俺がリンの指さす方向を見ようとしたその時、わーっという歓声や雄叫びが遠くから聞こえた
検問所で何か動きがあったのか……!?
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