20話 終戦

「兄さん、南の検問所の方が騒がしいけど、あれは敵を撃退できたという事?」


 「うん、そうだろうね。検問所の賊が一掃されたから、これから村人たちは村長の屋敷に問い詰めに行くと思う。今回の首謀者はヴィランでほぼ間違いないからね」


 オスカーの言う通り、物見櫓から眺めていると複数の松明の明かりが北の屋敷を目指していくのが見えた。中央の通りでも松明や武器を持った村人たちが、次々と屋敷に向かうのが見える。


 と、南の検問所の方から櫓へ近づいてくる人影が見えた。


「オスカー君、トーマ君!リンリン!」


「あ、母さん!」


「検問所の盗賊は片づけたわ。みんな無事!これからみんなは村長の家へ向かって、ヴィランを取り押さえるそうよ。これで村はヴィランの圧政から解放されるわ!私たちも屋敷へ向かいましょう!」


 なんだかここに来て、急に事態が動き出した。俺がこの村に来てからわずか一日、パナケイアさんの薬によって母さんの病気が治り、そして魔法も戻った。それから山賊どもの一部を倒し、ヴィランを捕まえに行く。村人たちが立ち上がってくれたのも大きい。


「みんな、この村をアイツ等から取り返したかったんだよ。ようやく村の皆が一つになれたんだ!」


 オスカーがうれしそうにつぶやく


「そうね、でもここからが正念場よ。ヴィランにはきっちり責任をとらせなくちゃ」


 物見櫓を降りた俺たちも決意を新たに屋敷へ向かう。


 昼間、俺たちにやり込められた事で、頭に血が昇ったヴィランは即座に仕返しをしようと、山賊達を使って襲撃してきた。そして浅はかにも、俺たちを守るであろうグラントさんを引き離そうとして、検問所を襲わせ火事を起こしたのだ。


 仮にも長の身分でありながら村人をなんだと思っていたのか。人の命をなんだと思っていたのか。あいつは絶対に許せない。


 オスカーの話によると、山賊達は普段は村から南にある廃鉱山を根城にしていて村には交代で決まった人数を派遣してくるらしい。今回の襲撃では、新たに山賊の増援がなかった事から、これはヴィランの急な思いつきで、計画性のない行動だった事が分かる。しかしその騒動を起こしてくれた事で、村人の気持ちが一つになれた。


 俺が逃がしてしまった山賊も、北に向かって逃げていった。ということはヴィランの屋敷へ向かったはず。でも奴らのアジトがある鉱山とは反対方向だ。なぜ、すぐに南に向かわずに屋敷へむかったのだろう。まさかヴィランを人質に自分だけ助かろうというのか?


「いたか!?」


「いや、こっちにはいないぞ!」


「くそっ、ヴィランの野郎!どこにいった!?」


 俺たちが屋敷にたどり着いた時、すでに屋敷の前には大勢の村人たちの姿があった。松明を持った人が多数いるので夜間でも明るい。どうやらヴィランがまだ見つからないらしい。そのなかにはグラントさんの姿もあった。


「グラントさん!」


「おお、トーマ!話はエリスから聞いたぞ!大変だったな。お前たち、怪我はなかったか?」


「はい。グラントさんも無事みたいで、良かったです」


「はは、あんなごろつき敵じゃないさ。ところで、実はヴィランのやつが屋敷にいないんだ。屋敷の中は全て調べた。その最中にヴィランの父親のイーデンが地下室で軟禁されていたのが見つかったんだ」


「え、あいつ、自分の父親を軟禁していたんですか?」


「イーデンはヴィランの父親であり前村長だ。しかし数年前、病気により引退とヴィランが公言していたんだ。まさか父親を軟禁して地位を強奪していたとはな……絶対に許せん」


「グータ……んじゃなかったグラント、アニーは無事だった?」


 母さんがグラントさんに心配そうに尋ねた。人前では愛称で呼ばないように気をつけているみたいだけど、母さんなら、うっかり言ってそうだな……。


「ああ、屋敷の使用人たちやアニーも無事だ。今は他の家に移動して休んでもらっている。詳しい状況などは追って聞くことになるが、ひとまず安心してくれ」


「良かった!でもヴィラン、逃げ足だけは早い男ね。復活した私の魔法の餌食にしてやろうと思ったのに」


「そうだな、俺も早くアゼルさんの仇を取りたい。奴のせいで……!」


 グラントさんはこぶしを握り締めてそうつぶやいた。その言葉を聞いてアゼルさんの事を考えたのだろうか、母さんはふと悲しそうな表情をした。


 そういえば、俺の逃がした山賊はどうなったんだろう?


「グラントさん。屋敷の中に、酷い怪我を負ったあご髭の男はいませんでしたか?実は一人、賊を逃がしてしまったんです。ヴィランの屋敷の方に向かったから、てっきりここに逃げ込んでいると思ったのですが……」


「いや、そんな男はいなかったな。だが、そんなに怪我が酷いなら、ヴィランと一緒に逃げられないんじゃないか。ヴィランは味方でも自分の為にならない者は平気で捨てるようなヤツだぞ」


 確かにあの怪我では、ヴィランについて行く事すらできなさそうだった。


「それにしても足取りさえつかめないのはおかしい。オスカー、トーマ。物見櫓からは何か見えなかったか?」


 と、グラントさんは俺たちに尋ねる。


「俺は、上から見ていましたが、何も……あ、リンが、川の方で布がついた物が動いている、と言っていたような……」


 村人がたくさんいるので、目立たないように俺の服の中に隠れていたリンがうんうんと頷いている。


「川の方で……?布が?」


 グラントさんは腕組みをしながらしばし考えていた。その時オスカーが顔をパッと上げて言った。


「グラントさん、川で布がついた物って、それってもしかしたら船の帆の事じゃないですか!?」


「船の帆……!そうだ、船だ!おい、みんな!屋敷の近くの船着き場に村長の緊急用の船が停まっているか、確認してくれ!ヴィランは船で逃げたかもしれん」


 その後、船着き場の様子を見に行った若者の報告で、繋いであった高速船が無くなっていたという事が判明した。


 高速船か、たしかに船なら歩かなくてもいいし、ましてや夜間なら村人にも気づかれにくい。もしかしたら、俺が逃がした山賊も一緒に船で逃げた可能性もあるな。


「どうします?追いますか?」


「いや、追わなくていい」


 若者の問いかけにグラントさんは首を振る


「夜は危険だ。魔物が徘徊しているかもしれん。それに村長の船は緊急用の小型船だが、村の船の中では一番の速度が出る。他の船では追いつけまい」


「では、どうしましょうか?」


「うむ。もうすぐ夜が明ける。明るくなったら改めて村の状況を確かめよう。元警備隊員や若い連中に協力してもらって山賊の残党がいないか確認してくれ。それが終わったらここに、村の皆を集めるように伝えてほしい」


 分かりました!と言い、若者は村人たちに伝達するため、走り去った。


 村長宅にヴィランも山賊達もいないと分かり、村中の張りつめた空気も徐々に和らいでいった。その後しばらく残党の捜索などが行われたが、村に残っていた山賊は見つけられなかった。


 これ以上の成果はないと判断したグラントは今日の事件を村の全員に報告することにし、捜索の打ち切りを宣言した。あわせて翌早朝に村人達に村長の屋敷前に集まるよう指示を出し、長い長い夜は終わりを告げたのだった。


 

 

 

  

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