14話 エリス
「この薬瓶のコルクなんですが、実は封をしたら触れない内側に名前を彫ってあるんです。兄さん、これを調べてみてください」
と割れた瓶のところからコルクを取り、オスカーに渡す。
「ほ、本当だ!トーマと彫ってある!」
オスカーからコルクを受け取ったグラントさんも確認する。
「確かにトーマと書かれている。しかし、よくこんなことを思いついたな」
「これは、俺の知恵ではなく、薬屋の主人がしてくれたんです。高価な薬、例えば今回のようなキュアポーションのような薬ですね。これらは盗難や強奪の対象になりやすく、持ち主を証明する為にコルクの内側に名を刻んでから封を施して、盗難されても本当の持ち主が誰なのか分かるようにしているのです。またコルク栓だけ取り替えられないように薬屋ごとの印字もコルクに施す事もあるそうですよ」
もちろんこれはトーマの記憶を探って得たものだ。その記憶によると
さらに不思議な事にその店主は「この薬で治ったら支払いに来い」と言っておりトーマは
「し、知らん、俺は知らん!この薬は商人から買い取ったんだ!」
ヴィランが叫ぶ、これだけ証拠を突きつけてもまだシラを切るつもりらしい。とことん往生際が悪い奴だ。
その時、家の扉が開き、中から誰かが出てきた。
「……は?」
その姿を見て思わず言葉を失った。現れたのは女ので、ものすごい美人だった。金髪で、母性を感じさせる表情とオーラを身にまとっている。寝巻のような服に上着を羽織っているところが非常になまめかしい。何より、自己主張の強すぎる胸に目が釘付けになってしまう。
「母さん!起きて大丈夫?まだ寝ていなきゃ!」
オスカーが慌ててがかけよる。
「エリス、本当に治ったのか……」
ヴィランも呆然としている。
は?母さん?かあさん……?この、見た目20代にしか見えないお姉さんが、トーマの母さん?うそやろ?
俺の中で「母さん」という言葉がゲシュタルト崩壊をおこす。
「……トーマ君?本当にトーマ君なの?」
「そうだよ、母さん!トーマが帰ってきたんだよ!」
母さんと呼ばれた女性が俺の前にやってくる。そしていきなりギュッっと抱きしめられた。
「あわわ!?」
「トーマ……!良かった、生きていてくれたのね!」
今までで体感した事がないくらい柔らかな感触が伝わってくる。が、免疫のない俺は思わず体を引き離していた。
いや、それよりもだ!
「ちょ、ちょっと待ってください!この人が母さん?お姉さんじゃなく……お母さん?いやいやいや、そんなバカな!こんな若くてかわいい人が、母さんな訳がないじゃないか!」
俺はヴィランのアホ面に負けないような、アホな
「もうやだ~、トーマ君たら!そんな事言われたら、母さん照れるじゃな〜い!」
頬に両手を当てて恥ずかしがっている母さん、ぐっ、めちゃくちゃ可愛いんですけど……。
「母さんは昔から若く見えるんだよ。忘れているかもしれないけど、間違いなく僕たちの母さんだからね?」
オスカーも説明してくれるが、全然耳に入っていかないわ。母さんって何だっけ?
「トーマ君とオスカー君のおかげですっかり病気が良くなっちゃった!……それはそうと、トーマ君の薬が盗まれて、それを金貨30枚で購入した話だったかしら?そうよねヴィラン?」
「うっ……」
母さん、話を聞いていたのか……ヴィランも俺も頷く事しかできない。
「今回のケースは、出所の分からない盗品を購入し、元の持ち主が判明しているにも関わらず、その商品を破壊し、元の状態に戻すことができないのよね?そういう場合は……」
ヴィランも俺もギャラリーたちも思わずゴクリと唾をのみ込む。
「ヴィランが全額保証するのは当たり前。場合によってはトーマから、慰謝料込みで商品金額の5割増し請求されてもおかしくないわ!」
そう断言し、にっこりと微笑む。
母さんの微笑みは慈愛に満ちているが、口から出る言葉は正義の鉄槌をくだす女神のようだ。
「盗人も、盗品を購入した者もそれ相応の裁きがある。だから出所の分からない商品を購入するのはリスクが高いのよ。ねぇ、ヴィラン?」
ヴィランは母さんにじっと見つめられて、わめきだす。
「俺は、エリスを助けるために薬を購入したんだ!俺は悪くない!お前ら俺に借金があるくせに!……そうだ!その借金を今すぐ耳をそろえて返せ!それができなければ代わりにエリスが俺の妻になれ!」
もう、言っていることがめちゃくちゃだ。多分これがヤツの本心なのだろう。ため息をつきながら、俺は最後の切り札を出す。
「今、思い出しました。……俺は村に帰る途中、山賊に襲われたんです。相手は四人で、俺は薬を守ろうと必死に抵抗しました。でもあっけなく奪われてしまい、持っていた剣で斬られ、挙げ句に崖から突き落とされました。賊は俺一人ぐらい確実に始末できると思ったんでしょうね。その時、顔すら隠していませんでしたよ」
「なっ!」
ヴィランが固まる。
「本当なの?トーマ君……!」
母さんが悲痛な顔をして俺を見る。そしてキッとヴィランを睨みつける。オスカーやグラントさんもヴィランを鋭い眼差しで見つめている。かたやヴィランの顔からはどんどん血の気が失せていた。
「俺が動けなくなった後、山賊の一人が言ったんです。「これがキュアポーションか。これを持っていきゃあ、ヴィランもあの女が手に入にはいるだろう」って。でもちゃんと俺が死んだか確認しなかったのは、詰めが甘かったですね。もちろんその顔はしっかり覚えています。当然、ヴィランさんも知ってる人だと思いますよ。ここで発表してもいいですが……ほら皆さんもよく知ってるこの村の……」
「お、俺はそんなもの知らん!でまかせを言うな!!」
「どうでしょうヴィランさん。今、割った薬代が金貨30枚、それにリンから購入した薬代が同じく金貨30枚。合わせて60枚です。これで借金は全て帳消しにしてくれますよね?それとも山賊どもを使って俺を襲わせて薬を奪った事を認めますか?言え、と言われればその時の状況をいくらでも証言しますよ?」
「くっ……くそっ!勝手にしろ!こんな
ヴィランは捨て台詞を吐きながら逃げるように走っていった。こき下ろされた手下達も慌ててその後を追っていった。
「皆さん!ご覧になった通り、これで俺たちの家族は借金は綺麗さっぱりなくなりました!皆さんが証人になってくれたおかげです。ありがとうございました!」
完全に姿が見えなくなったあと、そう観衆にアピールし頭を下げた。今回の件で金貨30枚分のキュアポーションが2本分。合わせて60枚をヴィランからもらう権利を得た。ここにいる村人達、みんなが今のやりとりを見ていたのだ。これほど確かな証人もいないだろう。
そして借金である金貨50枚が帳消しになったどころか逆に10枚分請求できるようになったのだ。でもまぁ、それは武士の情け(?)で許してやろう。
挨拶する俺にグラントさんが拍手してくれる。それを見た村人たちも、合わせるように拍手してくれた。
だが、あのヴィランがこのままおとなしくしているはずもない。第二、第三の手を打ってくるだろう。その前に手を打っておかなければならない。さて、どう出てくるのか……。
もし、ヴィランがまだ何か仕掛けてくるつもりなら、必ずその報いを受けさせてやる。俺はそう決心していた。
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