12話 キュアポーション

「ところで兄さん、この家には、母さん一人が病気で寝ているって聞いたけど、そんな所に男ばっかり三人も無断で入ってくるなんて無礼極まりないですね、あの連中、いったい誰の許可があって、勝手に入ってきているんですかね?」


 オスカーとグラントさんは俺の挑発的な言葉に戸惑って、言葉をはさめずにいる。


「おい!誰に向かってそんな口をきいてる!……いや、記憶どころか知能まで失ってすっかり馬鹿になったようだな。よく聞け!俺は村長なんだ。誰の家へ行こうと許可などいらん!分かったか!?」


「へえ~。村長だと勝手によその家に上がり込んでいいんだ~?それなら泥棒し放題ですね!で、そんな決まりがあるんですか?グラントさん?」


 グラントさんに話を振る。急に話を振られたので若干戸惑っていたが、話を合わせてくれた。


「いや、たとえ村長だとしても、家人の許可なく勝手に家には入れないな。火事や強盗に入られたとか特殊な事がないと……ましてや女性がひとりの時には……」


 ヴィランの顔は真っ赤で怒筋が浮いている。いい感じでキレて来た。さらにここで


「この家には、ベッドから起き上がれない母さんしかいないのに~!やはり不法侵入じゃないですか~!大変だー!不法侵入だー!こいつらに勝手に家に入られたー!!」


 周りの民家に声が届くように、わざと大きな声で叫ぶ。


「てめぇ!黙って聞いりゃふざけやがって!その減らず口を塞いでやる!ヴィラン、こいつを斬っても構わねぇよな!?」


 怒り狂った男たちがヴィランを見る。だが、ヴィランは怒りに震えながらも指示を出そうとしない。多分、目の前にグラントさんがいるからだ。彼はアゼルに師事し警備隊長もしていた。剣をもっても下手に斬りかかれば逆に反撃されてしまうと判断したんだろう。この人、相当腕が立つんだな。


「なんだ、不法侵入だって?あっ!そ、村長?」


「おい!あいつら剣を抜いてるぞ!?まさかグラント達を……」


 グラントさんと抜剣した男たちが睨みあっているうちに、俺の声を聴いた村人たちが何事かと集まってきた。が、近くには来ず、遠巻きに様子を見ている。


 よし!村人達に見られていれば村長という立場上、ヴィラン達もこれでうかつな事はできないだろう。怒らせて逆に動きを縛る作戦は大成功だ!


 集まってきた人達にはこのまま立会い人になってもらおう。


「おい、貴様は俺が不法行為をしていると言ったな」


 剣を抜いた男の後ろでヴィランが口を開いた。


「だって不法行為じゃないですか。あとそんな後ろからじゃ声が聞こえませんよぉ?」


「だ、黙れ!俺はエリスに薬を持って来たんだ!村長の俺みずからが!それの何が悪い!」


 そう言って俺に薬瓶を見せつける。うーむ、色は似てるけど俺のものに比べて随分濁っているな。


 「へぇ、あなたも薬を持って来てたんですか。でもその割には飲ませたようには見えませんけど?ひょっとして断られたんですか?よほど嫌われてるんですねぇ」


「う、うるさい!それよりも、貴様は魔物を村に連れ込んでいるではないか!お前こそ不法行為をはたらいている。そんな奴は村の住人として認める訳にはいかん。即刻この村を出ていけ!」


 俺に抱えられているリンを指さし、忌々しいとでも言うように吐き捨てた。


「ちょっと待ってくださいヴィランさん!このゴブリンはトーマの従魔なんです。テイマーが従魔を連れているのは当然じゃないですか。村にテイマーが入れないという掟はなかったはずです。それにもし従魔を村に入れないというなら、領主やギルドから依頼を受けたテイマーが来ても村に入れないじゃないですか?」


 オスカーが取りなしてくれる。しかしヴィランは歯牙にもかけない。


「このミサーク村にはテイマーなどおらんし、何年も訪れていない。いなくても困らん連中だ。お前の弟が連れているその汚らわしいゴブリンなど即刻処分しろ!」


 はああああああ!?リンが汚らわしいだ?何を言ってるんだ、コイツ!?


 瞬間、一気に血が昇る。トーマとはまた別の激しい俺自身の怒り。それに呼応するようにトーマの感情が「俺を出せ!」と湧きあがってくる。


 ……うるさい。お前は引っ込んでろ!


 表に出ようとするトーマの怒りを強引に抑えつける。怒りの感情とは裏腹に頭の中は不思議くらい冷静だ。気がつけば俺は笑顔を張り付けヴィランを見据えていた。


「実は俺、街で薬を手に入れたんですよ。母さんの病気を治す為の。それがこのキュアポーションです!」


 パナケイアさんから貰った小さな瓶に入れられたキュアポーションをかかげる。


 遠巻きに「おお、あれが……」「どんな病も治すという」「初めて見た……」というざわめきが聞こえる。


 グラントさんと対峙しているヴィランの手下の男の一人から「バカな……薬はそいつから……」という声がしたのを俺は聞き逃さなかった。


 アイツ、何か知っているな。


「嘘をつくな!貴様のような貧乏人に、金貨30枚のキュアポーションが手に入る訳がない!おおかた盗んできたか、安価な偽物でも掴まされたのであろうが!」


 金貨30枚か。確か借金が50枚と聞いたからそうとう高価な物なんだろう。ヴィランはひたすら偽物だとわめきたてるが、聞き流し、


「それは、母さんに飲んでもらえば分かります。それでは時間がないので、お引き取り願えますか?村長様」


 と、にっこり微笑んでやる。余りに俺が自信満々なせいで、ヴィランは焦りの色がみえだした。


「お前は嘘をついている!貴様が死んだと連絡があった時に所持品は何もなかった、と報告があったんだぞ!そのお前が薬なんて持っているはずがないだろうが!」


「ははは。それはそうでしょうね、この薬はマジックバッグに入れてありましたから」


「マジックバッグだと……!?」


「そうです。そうすれば、例え襲われても盗まれる心配もありませんしねぇ」


「う、嘘だ!こんな高価な薬を貧乏人が二つも買える訳ねぇ!!」


 手下の男達たちが叫ぶ。その言葉を俺は聞き逃さなかった。


「二つ薬を……?はて、俺は薬を二つ持っていたんですか?おかしいですね。今、持っている薬はこれ一つだけですよ?なぜ、あなたたちは俺が二つ持っていると思ったんですか?という事はあとひとつはどこにいったんでしょう?」


 うっかり口を滑らせ、手下はしまったという顔をした。間違いない。やはりこいつらがトーマを襲撃した一味だな。


「チッ……役に立たない奴等め!だが、そんな事は、どうでもいい!その薬が本物だというなら、村長の俺が確かめてやる!偽物だったら、エリスに万が一のことがあったら困るからなぁ!さあ、その薬をよこせ!」


 動揺する手下に舌打ちしたヴィランが今度は、俺のキュアポーションを奪おうとする。それを察して、スッとグラントさんが俺の前に立ち、薬を奪われるのを阻止してくれた。


「薬ヲ渡シチャダメ!アイツカラ悪意ヲ感ジルヨ!」


 リンが念話で警告してくれる。ありがとなリン。うん、分かってる。


「村長命令だ!断るというなら即刻村を出ていけ!」


 今度は権力を笠に着た脅しかよ。ただそのまま渡すのは危険だ。密かに念話を発動するとリンにある頼みごとをした。そしてヴィランを見据える。


「そこまで言うのであればどうぞ、見てください。でもいくつか約束してくれますか?」


 薬を受け取れば、どうとでもなると思っているのか、ヴィランが承諾した。


「まず、確認したら絶対に返してください。いいですか、絶対にですよ?」


「ああ、もちろんだとも。約束しよう」


 ニヤニヤ笑いながら、早くよこせと催促する。


「あと、その護衛の二人を後ろに下がらせてください。下手に近づいていきなりズバッ!じゃ、たまりませんしね」


「分かった。おい、下がれ。……これでいいだろう、さっさとよこせ!」


「では、確認してください」


 俺はヴィランから2mほどのところで止まる。


「そういえば、村長は従魔がお嫌いでしたね。リン、ここで待っててね」


 そう言ってリンを地面に降ろした。そしてヴィランに薬を手渡し、またリンのいる位置まで戻る。


 ヴィランは自分の薬と見比べたり、薬の瓶を振ってみたり、太陽に透かしたりている。


 おいおい。この阿呆ボンボンはただ見比べているだけかよ!てっきり鑑定スキルとかそういうのを使うのかと思ったのに!と心の中でツッコんだ。


「……よく似ているが、やはり偽物だ。お前は偽物を掴まされたんだよ。残念だったな。ほら、返してやるから取りに来い!」


 しばらく瓶を眺めたあと、薬を突き出した。癒しの女神直々の薬に対して言う事がそれか、このノータリン!と心の中で悪態をつきながら、薬を受け取りに行く。


 そしてもう少しで薬に手が届くその瞬間、


 ヴィランがニヤリと笑い、薬を持つ手を離したのだ。


「あっ!!」


 オスカーとグラントさんが同時に叫んだ。



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