10話 ヴィラン

 俺の声で茂みから姿を現したリンを迎えに行き、抱きかかえると二人の前に戻る。


「俺の従魔で、ゴブリンのリンといいます」


 抱かれたリンは俺以外の人間を見て、落ち着かないようだ。不安げに俺の体にギュッとしがみついている。


「驚いたな……トーマはテイマーのスキルも持っているのかい?」


「いえ、持っていません。他のゴブリンに襲われていたのを、助けたんです。そのお礼ですね」


「ほう、ということはスキルでなく、魔物からの契約か、それにその姿からして雌だろう?雌のゴブリンとは珍しいな」


「そうなんですか?」


「外に狩りに出るのは、ほぼ雄で雌は巣で子育てをしていて外ではめったに出会わないんだ。契約についてはいくつか種類があるらしいんだが、俺も詳しくは分からん。とにかくお前は、そいつに気に入られたらしいな。それでトーマ、お前なんでそいつを抱いてるんだ?歩かせればいいだろう」


「ああ、リンは足が悪いので普段は肩車しているんですよ」


 ……あれ?オスカーもグラントさんも微妙な顔をしている。どうしてだろう?


「ひょっとして、移動の時はいつもそうしてるのか?」


「はい。案外軽いんですよ、リンは」


「お前、そのゴブリンのマスターなんだよな?」


「そうです。契約も交わしました」


「従魔はマスターの為に働くもんだ。何かお前がそのゴブリンの為に働いているように感じるが……」


「そんな事ないですよ。それにリンはとても賢いんです!魔物がくるのも教えてくれましたし、ドロボウ蜂が来るのも察知してくれたんですよ」


「ドロボウ蜂?」


 あれ、なんかおかしかった?リンはドロボウ蜂って言っていたんだけど。


「え~とですね、体長が80cmくらいの蜂で足が長くて黒い蜂です」


「ブラックビーか……チッ、また来やがったのか」


「ブラックビー?」


「ああ、すまん。その話はまた後で詳しく聞かせてくれ。……そうだな、そのゴブリンもお前の従魔ならいいだろう。そうしないとテイマーは村に入れなくなっちまうしな。ただし、お前の近くにいさせろよ。そうしないと魔物と間違われる」


「ありがとうございます!」


 良かった。村に入れなかったらどうしようかと思った。リンも人間がたくさんいて、不安だろうから、俺の側から離れないようにしないとな。俺がちゃんと守ってやらなきゃ。


「ただ、ヴィランに見つかると厄介な事になるかもしれん。そこは気をつけておいてくれ」


 ……ヴィラン。さっきも聞いたが誰だろう。まあ、家に向かいながら聞けばいいか。


 オスカーを道案内に村内を歩く。リンは人間の家が珍しいのか周りをキョロキョロと見回していた。目指す我が家は村の中ほどにあるらしい。グラントさんの家もその近くにあるようだ。


「ところで兄さん、ヴィランて誰なんですか?」


 さっきの話の流れから、どうやらトーマの家族は、ヴィランに少なからず世話になっているようだけど。


「ああ、ヴィランさんはね、この村の村長なんだよ」


「へぇ、その人、村長なんですか」


 俺がそう応えると


「何が村長だ、あんな馬鹿」


 グラントさんが不機嫌そうに吐き捨てた。


「えっ……と、それ、どういう事ですか、グラントさん?」


「トーマ、実は僕たち家族はヴィランに金貨50枚分もの借金があるんだ」


 オスカーがどこか悔しそうに言う。金貨50枚……どれ程の価値かは分からないが、少なくとも簡単に稼げる額ではなさそうな気がする。


「あれはお前らのせいじゃねぇ!全部、ヴィランの馬鹿の不始末じゃねぇか!あいつの所為でアゼルは……!」


 グラントさんが言う。明らかに怒りのこもった声色だ。


「グラントさん、その話を聞かせてもらえませんか?」


 どうもトーマの父アゼルとヴィランには何らかの因縁があるようだ。さらに借金もあるという。俺には事情がさっぱり分からないから、情報は集められるだけ集めておいたほうがいいだろう。それにどうにも嫌な予感がする。


「トーマ。お前、本当に忘れちまったみたいだな……。時間があまりねぇから、詳しくは話せないが……」


「ぜひお願いします!」


「わかった、俺にとっても気が重くなる話なんだがな……」


 家に向かう途中、グラントさんは過去の因縁について話してくれた。 


 今から5年前、ミサーク村近くの森にブラックビ-が現れ営巣をしているとの情報が入った。


 当時の警備隊長だったアゼルは情報が断片的なので、下手にブラックビーを刺激するべきではない。情報を集めたうえでギルドに依頼を出すべきだと主張した。


 しかし、それに反対したのが当時の村長の息子ヴィランだった。


 ヴィランはアゼルを臆病者呼ばわりし、ブラックビーなど俺が討伐してやると豪語する。そして危険だとアゼルや周囲が止めたにもかかわらず、村長の息子という権力を振りかざし、半ば強引に村の若者達を引き連れ出撃してしまった。


 こうなってしまってはアゼルも出撃せざるを得ず、村人にギルドへの応援要請を頼み、妻で魔術士のエリス、一番弟子のグラントと共にヴィランの後を追った。アゼルは元冒険者で村一番の戦士のグラントでも全く歯が立たない程の実力を持つ。そしてエリスも風魔法に関しては右に出るものはいない程の実力者だ。


「この二人がいればブラックビーが相手でも何とかなるだろう」


 この時のグラントにはそんなやや楽観的な思いがあった。


 しかし、それは甘かった。三人が見たのは炎に見舞われ延焼する森、そして自らの巣を燃やされ怒り狂うブラックビーの群れ、それにブラックビーに襲われ死傷した多数の村人たちだった。


 ブラックビーの巣に到着したヴィランはそれが想像よりかなり大きい事に戦慄した。しかし、ここで逃げてはアゼルをはじめ、村人達にバカにされる。そう思ったヴィランはおろかにも巣に向け、即席の火炎魔法を放ったらしい。


 そもそも森で火炎魔法を使うなどあり得ない事だ。火が延焼し、大火事になる可能性が高いのは子供でも分かる。そして巣を焼かれ、襲ってくるブラックビーの群れに恐れをなしたヴィランは、全てを見捨てて一人でその場から逃走していたのだ。


 現場に到着したアゼルはまだ動ける村人に負傷者を村まで運ぶよう指示をだした。そして、その時間稼ぎの為、アゼル達三人はブラックビーを引き付ける囮役になった。


 ブラックビーの標的ターゲットになりながら襲い来る蜂達を次々に撃退していく。だが、ブラックビーの数が余りにも多すぎた。倒しても倒しても尽きることのない攻撃に、ついに魔力が枯渇したエリスが、気を失って倒れてしまう。グラントも傷だらけでもはや気力だけで立っている状態になった。


 もう、ここまでかもしれない。グラントが覚悟を決めた時、アゼルが彼にに、エリスを守ってここから脱出してほしいと頼む。グラントは断ったが、強引にエリスを押し付けると、アゼルは全ての蜂の注意を引きつけ、蜂と共に炎の燃えさかる森の奥へと走って行った。それがグラントがアゼルを見た最後だった。


 その後エリスを背負い、なんとかブラックビーの追跡を振り切り、村にたどり着いたグラントだったが、村人にエリスを託すとそのまま倒れ込み、その後3日間、目を覚まさなかった。その間、ブラックビーは村にもやってきたがアゼルが依頼していたギルドから派遣された冒険者達の働きで村の建物に被害はあったもののかろうじて撃退できた。そしてグラントが目を覚さました時にはその全てが終わったあとだったのだ。


 その後、いつまで待ってもアゼルは帰ってこなかった。その為、アゼルはブラックビーとの戦いで死んだ事になった。しかし、グラントに彼の死を悲しむ時間は与えられない。アゼル達の働きでヴィランと共に出撃した若者は蜂の襲撃を免れ、何とか村に帰還していた。しかし、若者の多くが傷ついており、死者も出ている。彼らの治療、そして山火事によって消失した森林の確認。破壊された建物の修復など、村の再建のためにやることは山のようにあった。


 その一方で、ヴィランはのうのうと生き残っていた。それどころか村長の権限を使い、全ての責任を防衛隊長のアゼルに負わせる報告書を領主に提出していた。


 その結果、アゼルが責任を負い、残されたエリスが被害を受けた村の損害の費用をを負担せよ、との裁定が下ってしまう。その額は金貨100枚。あまりに理不尽な裁定にグラントは憤ったが裁定は覆らない。結局、半分の50枚を集めたがそれ以上はどうにもならず、村長の息子のヴィランが肩代わりすることになった。さらに追い打ちをかけるように、ショックからか、エリスは魔法を使えなくなってしまう。


 自らに敵意が向けられる事を恐れたヴィランは、自分の身を守るためにあろうことか近隣の山賊たちを村に引き入れてしまう。自らの保身しか考えない愚挙としか言えない行動だったが、もしアゼルのいた頃の警備隊ならば容易に撃退していただろう。だが警備隊はかなめだった隊長アゼルを失い、退院だった村人もその多くがブラックビーの襲撃で負傷し、状況が大きく変わってしまっていた。


 その後、父イーデンに替わってヴィランが村長になった。


 そしてその行動はさらに抑圧的になっていく。村長の権限を最大限に利用するヴィラン。その威を借りたならず者達による支配と暴力がじわじわとミサーク村を蝕んでいったのだった。





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