9話 ミサーク村②
「オスカー、持ってきたぜ!」
離れたところから男らしい声が聞こえた。
見るといかにもがっしりとした体格のいい男が走ってくる。手に何かの液体が入った瓶を持っていた。
「すいません、グラントさん」
「いいってことよ、それより早くトーマにかけてやれ」
「そうですね。トーマ、少し冷たいけど我慢して」
オスカーは瓶を受け取ると、ふたを開け、俺の頭から中に入った液体をかけていく。うわっ、結構冷たい〜!
「……うん、良かった。大丈夫みたいだね」
「兄さん、今のは?」
「ああ、これは聖水だよ。主にアンデッド退治に使うんだけどね」
「お前が死んだって情報が入ってから、死んだはずのお前が現れた。しかも記憶がないってんだ。ひょっとしたらアンデッド化してたんじゃないかって思ってな」
「えーっ!?、俺はアンデッドなんかじゃないですよ!正真正銘、生きてますって!」
「ああ分かってる。念の為ってやつだ。悪かったなトーマ」
そう言って、グラントさんは笑った。どうやらアンデッド化の疑いは晴れたようだ。この世界にはアンデッドもいるんだな。やっぱり魔物がはびこる異世界だ。
ちなみにグラントさんは村の警備隊長で村を魔物や盗賊、夜盗から守る仕事の責任者らしい。現在は事情があってその任を解かれているが、村人からの信頼は今なお厚い。短髪でオスカー程の背丈、そして、はた目からも分かる鍛え上げられた肉体。もしゲームなら絶対に戦士ポジションだろう。これは頼りになりそうだ!
昔はトーマの父、アゼルも過去に隊長をやっていてその際、グラントさんはアゼルから手ほどきを受けていたらしく、師匠と弟子のような間柄だった。……と、トーマの記憶が教えてくれた。
「それでトーマ、薬がどうとか言っていたような気がしたけど……まさか、薬が手に入ったのかい?」
オスカーからの問いに答えるため、袋からキュアポーションを取り出した。
「はい。これです!」
手に持っていた薬瓶を二人の前に差し出す。
「ほ……本当に手に入れたんだ……すごいよ!トーマ!これで母さんの病気も治る!これならヴィランさんに頼らなくてもいい!」
「おいおい、マジか……キュアポーションていやあ、とんでもない値段のシロモノだぞ。トーマ、一体どうやって……」
オスカーもグラントさんも驚きを隠せない。ていうかヴィランて誰だろう、医者かそれとも薬師とか?
どうやって入手したか……?ううむ、なんとも返答に困る質問だ。「実は女神様からもらいました」なんて信じてもらえるか分からないしなぁ。
ここはやはり……。
「それが、どうして俺が持っているか俺にも分からなくて……。記憶にないんです」
記憶がない、これで逃げる事にした。
「ふーむ、覚えてないのか。まぁ、それなら仕方がないけどな」
「はい、すいませんグラントさん」
「いや、別に謝る事じゃない。それになにかの拍子に思い出すかもしれないしな」
よかった。どうやらグラントさんは信じてくれているようだ。
「トーマ、本当に覚えていないのかい?」
「はい、俺の記憶がはっきり残っているのは昨日からで、その前の事は……」
「でも、僕の名前は覚えてたよね?」
「覚えていたというか、思い出した、という感じなんです。オスカー兄さんもグラントさんも顔を見てはじめて思い出した。という具合で……」
嘘は言っていない。トーマが知っている人なら、その人を見れば記憶を引き出すことができる。かなり断片的だけど。
「うーん。ひょっとすると、発見された状況が関係しているのかもしれんな」
グラントさんは腕を組み何事かを思案している。
「ところで、俺が死んだと報告したのは誰なんですか?その時の状況は分かりますか?」
「言ってもいいが……大丈夫か?お前が生きていたから良かったが、気持ちのいい話じゃないぞ?」
グラントさんが俺とオスカーを交互に見る。きちんと聞く覚悟があるか、という事だろう。
「お願いします。何か思い出すヒントがあるかもしれませんし!」
「……分かった」
グラントさんは一呼吸おいてから話し始めた。
「山道で誰かがおっ
場所は山道の中ほど、ネノ鉱山の北あたり。
そこを通った商人が道に血痕があるのを見つけて辺りを調べたところ、近くに大量の血が流れた跡があった。その近くの崖の下に人のような物が見えたらしい。
「さすがに死体は持ってこれないからな。ソイツが身に着けていたマントだけ回収してくれたんだが……」
最近、村で外出したのはトーマしかいない。さらに商人の見た死体の姿かたち、身に着けていた物からトーマだろうという事になった。
「村からも、もちろん確認に行った。だがそこにあったはずの死体はなくなっていた。そしてお前は帰ってこない……だから村としてはトーマは死亡した、と判断せざるを得なかった」
魔物に持っていかれた可能性もあるので、そう判断したらしい。
「グラントさん。発見された時、俺は服以外の物は持っていなかったんですか?」
「ああ、発見した商人が言うには、金品などの所持品は何もなかったそうだ。それが本当だとすると、何に襲われたか想像がつく。魔物は人を襲うが、しとめた後、獲物をそのままにして、荷物だけ持っていくわけがない。つまり……」
「人間に襲われたと?」
「おそらく、野盗や山賊、ゴロツキの類だ。荷物はそいつらに盗まれたんだろう」
「でも、トーマは薬を持っていたよね。それはどうしたの?」
オスカーに問いかけられた。
女神様にもらったと話すややこしくなりそうだな、どう言おうか……。
「えっと、薬はマジックバッグに入れていて……。身の回りの物は盗まれましたが、どうやらこちらには気づかなかったようです」
「トーマ、マジックバッグを使えたのかい!?何で教えてくれなかったの?」
オスカーが驚いた顔で聞いてきた。
げっ、まずかったか?……そうだ!確かスキルは隠すものだととリンが言っていたな。
「すみません。こういうスキルって持っている事を言いふらすのは、良くないと思ってたので……」
「それはそうだけどさ、せめて僕くらいには教えてほしかったな」
オスカーは少し不満そうだ。
「いや、オスカー。自分のスキルを隠しておくのはそれほど悪いことじゃない。もし冒険者だったらそれが当然の心がけだからな。切り札は多いにこしたことはない。ただ、家族ぐらいには教えても良かったかもな」
グラントさんが助け船を出してくれた。
「うぅ……ごめんなさい、兄さん」
「いや、いいよ。トーマがきちんと考えてそうしたのが分かったからね」
「まあ、アゼルさんの受け売りだけどな。さて、話はここまでだ。すぐに家に帰りたいだろうに引き止めちまって悪かったな」
「そうだね、トーマ行こう!」
オスカーも言う。が、俺にはまだ言わなければいけない事があった。
「兄さん、グラントさん、あとひとついいですか?」
「ん、まだ何かあるのか?」
「実はここに来る途中、従魔を仲間にして連れてきたんですが、一緒に村に入ってもいいですか?」
「従魔?従魔って魔物だよな、どんなやつなんだ?」
グラントさんがやや硬い表情で聞く。
「呼んできますね、おーい、リン、出ておいで!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます