8話 ミサーク村

「家が見える……村だ!」

 

 山道を歩いて数時間。俺たちはようやく人家のある場所までたどり着いた。


「長かった……。フォルナに着いてからひたすら山登り……。これでようやく人に会える……」

 

 転生してからの苦労を思い出し、しばしその余韻に浸る。


 山間の村。川の流れに沿うように村がありその周辺はひらけた土地になっていて、畑や家がある。ここから見える限りでは木造造りで、ゲームにある中世の西欧風の建物といった雰囲気だ。山道はその村に向かって伸びている。


 きっとあれがあの村が目指す村だな。村の入口は門から左右に丸太を打ち込んだ柵が並んでいて、その入り口の横に掘っ建て小屋のような建物が見える。あれは検問所かな?まぁ、魔物がいる世界だもの、門番くらいはいるんだろう。


 とりあえず、門まで行って話をしてみよう。と思い歩き出そうとすると、


『ミナト』


「ん?何だいリン」


『リンガ行ッテモ、大丈夫カナ?』


「え?……あ、そっか、リンが入れるか分からないのか」


 ゴブリンは弱い部類の魔物だと思うけど魔物には違いない。村人に拒否されるかもしれない。それにゴブリンといえば気になる事がある。


「リン、ゴブリンの村で人間の女の人を見た事ってある?」


『人間?ウウン、ナイケド』


「雄ゴブリンが人間を連れてきた事はない?」


『ナイヨ、昔、人間が村ヲ襲イニキタ事ハアッタミタイダケド』


 お、おう……さいですか。でも話を聞く限り、この世界のゴブリンは他種族のメスをさらうって事はないっぽいか。それなら少しは安心かな。


 第一、リンは魔物とはいって従魔だし俺にもよくなついてくれている。他の人間を攻撃しないよう、話せば分かってくれるはず。ただそれでも魔物だと警戒されて、村に入れてもらえないかもしれないけど。


「もし、入るのを拒否されたら薬を渡して戻ろう」


『村ニ入ラナクテイイノ?』


「頼まれたのは薬を渡す事だし、誰かに渡せばきっと届けてくれるさ。見た限りじゃそんなに大きな村じゃなさそうだし」


 もしこれが大きな町で人を探そうとしたら、えらい苦労するだろう。けど目の前に広がるのは、どう見ても小さい村落だ。家もそうない。多分、村人はそれほどいないんじゃないかな。それなら村人全員が顔見知りみたいなものだろうし。


 ……そういえばこの村、なんて村名なんだろう。そんな事をふっと思った時だった。


「セイルス王国=バーグマン領=ミサーク村」


 脳裏にそう浮かんだ。


 え、なに?何で分かるの?どうなってるの?


 突然の事に混乱する。この名前は何?そう考えたら思い出したように頭に浮かんだぞ?


 そう、まるで思い出したように。感覚的にはそんな感じだ。


 ん?……思い出した?……なぜ思い出す?俺には前世の記憶はあっても、この村の記憶はないはずなのに。


 そして自問自答してみた後、ある仮説に至る。俺の魂は俺の物だが体はトーマの物だった。この記憶は前のトーマの物ではないだろうか、と。


 考えてみれば体の中には脳も当然入るわけだし、記憶が残っていても不思議ではないのかもしれない。という事はトーマはこの村を知っているという事だ。


 多分トーマはここの住人だった可能性が高い。ただ、知ってはいるが、断片的にしか思い出せない状態、といったところだろうか。


 でも、これではいくらトーマが生前この村の住人で、村の人が彼を知っていても、俺自身に記憶がないからスムーズな会話は難しい。


 いくら「俺はトーマだ」と言っても「何でそんな事も知らないんだ?」と却ってあやしまれてしまうかもしれない。そうなればゴブリンであるリンに害が及ぶ危険がある。


 この状況をどう切り抜ければいいだろうか。しばし考え……


 「よし、まずは俺一人で様子を見てくる。リンはここで隠れて待っていてくれ。大丈夫そうなら呼ぶから」


 「分カッタヨ、頑張ッテネ」

 

 ひとまず俺一人で様子を見ることにした。リンには近くで隠れてもらう。検問所に着く。門の外に人はいない。検問所の中だろうか。


 窓口から中をうかがうと、中年のオジサンが椅子に座って居眠りをしていた。見た感じトーマと同じ普通の人間のようだ。検問所の中には槍や盾がたてかけられているが、うっすら埃が付いていて最近使われた形跡はない。

 

 田舎の村のようだし訪れる人もあまりいないのかも。じゃなきゃこんな昼間から寝てたりできないよなぁ。目の前のオジサンも小太りで鍛えているようには見えないし、それだけ平和だって事なのかもしれないけど。


 とにかく、このままではラチがあかないので声をかける事にした


「あの~。すいませ~ん」


「……ん?あぁ……すまん、うっかり眠っちまった……お、お前……トーマ……トーマじゃないか!生きていたのか!?」


 オジサンは心底、驚いた表情を見せると検問所を飛び出してきた。


 え、生きてた?いや、最近死にましたが何か?


「知らせを聞いた時は、まさかと思ったんだが誤報だったんだな!いや~良かった!エリスさんも喜ぶぞ!」


 オジサンは笑って俺の肩をバンバン叩く。


「すいません、結構痛いです」


「ああ、すまねぇ、早く家に戻ってエリスさんに顔を見せてやらないとな。ほれ、早く行きな」


「あの、俺の家ってどこでしょう?」


「……は?何、言ってんだ、お前の家だぞ?分からないはずないだろ?」


「えっと……実は俺、昨日より前の記憶がなくて……どうしてこうなったか分からないんです……」


「何だと?お前、まさか……ちょっとそこで待ってろ!オスカーを呼んでくる!」


 そう言うとオジサンは慌てて村の中へと走っていった。明らかに動揺している。


 検問所の前で一人、待たされた格好になったので、情報を整理する。


 考えた末、俺は記憶喪失を装う事にした。トーマの体を引き継ぐ前、彼は何らかの出来事で亡くなっている。オジサンの話しぶりから、トーマが死んだという情報はここに届いているようだ。


 そして、エリス、オスカー。話の流れからすると、トーマに近しい人物だと思う。両親だろうか?


 どうもトーマの記憶は実際に見たうえで、思い出そうとしないと取り出せないようだ。しかも分かる情報も限定的で分かりにくいし。スキルもどうみられるか分からないので、今のうちにキュアポーションの入った袋をマジックバッグから取り出しておく。


 そうして、しばらく待っていると向こうから走ってくる人が見えた。


 今から俺はトーマになりすまし、トーマとして振舞わなければいけない。元々38のオッサンが15歳を装うのだ。違和感ありまくり、無理ありまくりだが四の五の言っている場合じゃない!


「トーマ!無事だったんだね!心配したよ!」

 

 息を切らせて若い男が走ってきた。トーマと同じ金髪で背は10cm程高い。長身で細身のイケメン。これはかなりもてるに違いない。


 記憶によるとこの人がオスカーのようだ。トーマの兄で17歳。優しい性格で、訓練より書物を読む方が好き。でも剣も扱えて実力もなかなかという頼れる兄さんだそうだ。


「記憶がないんだって?僕の事は覚えているかい?」


「えーっと……。オスカー兄さん……ですよね?」


「そう!良かった。ちゃんと覚えていたんだね!」

 

「オスカー兄さん。実は俺、記憶が……」


「大丈夫だよ、トーマ。記憶はきっと戻る!トーマの顔を見れば母さんの病気も少しは良くなるはずだよ!」


「病気……母さんは病気なんですか?」


「そうか、覚えていないかぁ。母さんは1ヵ月くらい前から体調を崩している。元々は病気なんて滅多にしなかったのに、最近は何度か寝込んだり、回復したりの繰り返しだったんだ。父さんが亡くなってから、残された僕らの為にずっと無理して働いていたからね。そのツケが一気に出たんだと思う。御飯もあまり食べてなかったし」


 トーマの父親って亡くなっていたのか。


 母さんが病気と言っていたから、トーマが薬を渡したい相手は、トーマの母親でほぼ間違いないだろう。


「あ、そうだ。兄さん、薬の事なんですけど……」


 マジックバッグから薬を取り出そうとした時だった。




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