7話 ドロボウバチ

『ミナト〜!』


 誰かが呼ぶ声が頭の中に響く。


 ……ん?……土の匂いと木の匂い……あれ、ここは?

 

 目を開けると辺りはすっかり明るくなっており、木々の間に陽が差し込んでいる。


 ああ……そうか、あのままいつの間にか眠っちゃったのか。


 と、目の前に両手いっぱいに茸を持ったリンが立っていた。


『リン、イッパイキノコ採ッテキタヨ!』


 リンは昨日の泣いていた姿を微塵も見せずに、元気に茸を差し出してくる。


「きのこ?へー、すごいじゃないか」


『コノ近クニ、タクサンエテテネ!コレ、ナカナカ見ツカラナイ、キノコナンダヨー!』


 受け取った茸は全体的に白くて傘が半球形。まるでマッシュルームのような感じだ。


『ゲンキダケッテ、リン達ハ呼ンデルノ!』


 元気になれるキノコなんだろうか?えっへんと胸を張るリンに、ありがとうとお礼を言ってマジックバッグにしまう。

 

 昨日、寝付けずにマジックバッグを調べていて分かったのだが、マジックバッグに入れると、一覧表示に名前が表示される。つまり、知らない物の名前がマジックバッグに入れるだけで分かるのだ。まあ、分かるのは名前だけで、詳細までは分からないんだけど。


 カーソルを動かし、もらったキノコに合わせてみる。すると……


幻視茸げんしだけ


 と表示が浮かび上がった。


 え……。まさかこれって、毒茸どくきのこ


 いや、ゴブリンと人間では効果が違うんだろう。多分そうだ。それに今さらリンが俺を害そうとするとは思えないしね。首を振り気にしないことにした。


 異世界二日目の朝が来た。今日は村に着けるだろうか。早く出発しないといけないけど、その前にまずは腹ごしらえだな。

 

 朝食は、シンプルに昨日炊いておいた御飯に卵をかけた卵かけご飯とりんごだ。


 リンは卵かけご飯をコレモオイシイ!と言って食べていた。りんごはそのまま食べると言ってかぶりついて食べだした。日本のりんごはとても甘かったらしく、


『コンナオイシイ物、食ベタ事ナイ!』


 と言って夢中になって食べている。


 いやー、リンがおいしそうに食べていると、俺も嬉しいよ。


 さて、俺の分は皮をむいて食べるかな、と思いマジックバッグから果物ナイフを取り出す。すると、リンが目をキラキラさせて果物ナイフに興味を示した。


『ソレ、ドウスルノ?』


「いや、りんごを剥こうと思ってさ」


『ソレ、貸シテ!』


「これ……切りたいの?」


『ウン!リン、切レルヨ!』


 自信たっぷりに言うので俺は鞘に入った果物ナイフをリンに手渡した。


 平らな石の上にりんごを置いたリンは、鞘から果物ナイフを取り出すと……


『エイッ!』


 と片手でナイフを振り下ろす。

 

 ははは、そんなんじゃあ全然切れないぞ、と言おうと思っていたら……。


 なんとナイフはりんごを真っ二つにし、さらにりんごを置いていた石まで切断してしまったのだ!


「ええっ!なんで!?」


 そう叫んだ俺は多分、間違ってない。果物ナイフで石まで切れるはずがない。慌てて果物ナイフを確認してみるが、刃こぼれ一つしていなかった。


 どうなってるんだ、これ……。


 そのあと俺もりんごを切ってみたが、普通の切れ味だった。りんごどころか石を切るほどの切れ味っていうのはどう考えてもおかしい。


「リンって、力の強くなるとかのスキルって持ってないよね?」


『昨日ノスキルダケダヨ。リン、ナイフ使イ上手デショ?』


「上手だったよ、うん。すごく……」


 屈託なくニコニコしているリンを見て、なんだかよく分からなくなった。考えても答えは出ないし、今は村を目指して出発する事にしよう。


 その前に、昨日マジックバッグの中を探していたら、ウエストポーチが出てきたのでリンにつけてあげた。これで小さい小物くらいは自分で持っていける。これも甥っ子が忘れていった物だが子供用と言う事もありリンでも身に着けることができた。


 これ、すごくかっこいい!と喜ぶのリンを見て俺も嬉しくなる。  

 

 ありがとう、タカシ!(甥っ子)。君が忘れていった服やウエストポーチは異世界でとっても役に立ってるよ!


 リンはポーチにインスタントラーメンの袋をしまい、いつでも見れるとご満悦だった。俺も前日干しておいた服に着替え、出していた道具をマジックバッグにしまい出発の支度を整え、昨日のようにリンを肩車すると野営地を出発した。

 



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 


 野営地を出発して程なく、肩車をしているリンの体が急に固くなるのを感じた。それと同時にリンの緊張した声が頭に響く。


『ミナト!隠レテ!何カ来ル!』


 心臓がドキリとした。でも周りを見回しても特に何も見えない。


『早ク、ソコノ木ノ茂ミノ中ニ!』


 急かされるようにリンを抱えて木の脇の茂みに逃げ込む。


 1秒……2秒……3秒……


 何も来ないぞ……と言おうと思った時、


 ブーン……遠くの方から羽音が聞こえてきた。その音がだんだん近づいてくる。


 リンの見つめている道の先、道をたどるように上の方から何かが飛んできた……あれは蜂?……蜂だけど……でかい……姿かたちは日本で見るアシナガバチに近い。が、大きさが全く違う。そして全体が黒い。70か80cmはあるだろうか?リンくらいはあるぞ。きっと羽を広げた全長はもっとでかい。やはり異世界の魔物は規格外だ。


 尻からはいかにも『毒、持ってます!』と言わんばかりの凶悪そうな針が顔をのぞかせている。あんなのに刺されたらひとたまりもないだろう。


 今の俺にはリンを抱えて息を殺すくらいしかできることがない。


『アレハ「ドロボウバチ」、多分見回リ中。見ツカルト厄介ダカラ、通リ過ギルマデジットシテテ』


 リンに念話でそう指示される。


 念話ができてよかった。言われた通り、じっと息を殺して待つ事だけ。そして不快な羽音がだんだん大きくなってくる。


 見つかるなよ!早く通り過ぎてくれー!一心に祈る

 

 そして俺の祈りが通じたのか、ドロボウ蜂は俺たちに気づく事なく目の前を通りすぎ、そのまま飛び去って行った。


 蜂が通り過ぎてしばらくたった後……


『モウ大丈夫ダヨ』


 リンの声に緊張がとけ、俺は大きく息を吐いた。


「はぁ。生きた心地がしなかった……。ありがとうリン。今のは「気配探知」のスキルで分かったの?」


『ウン。向コウノ方カラ、何カ強イ気配ガ来ルノガ分カッタノ』


「そっか、リンがいなかったらやばかったよ。本当にありがとう」


 リンの頭をなでるとエヘヘと照れている。


「ドロボウ蜂っていう事は、何かを持って行っちゃう蜂なのかい?」


 ドロボウ蜂と聞いて思い浮かんだのが、ミツバチの巣を襲撃して、ミツバチや蛹たちを連れ去るスズメバチの図だ。


『昔、リンノ住処ニ飛ンデキテ、仲間ヲ連レ去ッタッテ。ソレデ連レテイカレタゴブリンハ食ベラレルッテ聞イタ』


 リンがそう説明してくれた。異世界の蜂はゴブリンも食べるのか?いや、あれだけの大きさだ。でかい分、獲物にするターゲットも大きいはず。ひょっとしたら人間も身体の小さな子供なら連れ去られるかも……。


 リンの話によると、ドロボウ蜂は執念深く、一度ターゲットを決めるとその対象をしつこく狙い続ける性質があるらしい。一匹では敵わないとみると仲間を呼ぶ。そしてさらに上位の蜂を呼ぶこともあり、そうなると統率の取れた集団になる。それは軍隊蜂と呼ばれ、ゴブリンにとって非常に恐ろしい敵になるらしい。


『モシ蜂ガ襲ッテ来タラ、洞穴二誘イ込イコムノ。狭クテ上手ク飛ベナイ所ヲミンナデ囲ンデヤッツケル。モシ負ケタラゴブリンノ群レ、無クナルカラ……』


「それ、ドロボウの域を超えているな……。ゴブリンの体格を考えると、相当な難敵だよね」


『ウン。ダカラ住処ハ、蜂ノ来ナイ所ニ作ル。蜂の巣ガ移動シナイト滅多ニ来ナイ』


 リンのいたゴブリンの群れが襲われたのは、リンの生まれる前の事だった。それでも小さい頃からドロボウ蜂の話を聞かされ、警戒するよう教えられてきたらしい。


「蜂が飛んできたという事は……近くに巣がある?」


 ここは、村に通じる道だと思うが、もし近くにあんな凶悪な蜂の巣があったら……。通りかかる旅人が襲われる事も考えられるな。


『モシカシテ、ドロボウ蜂ノ群レガ近クニイルカモ……。ソレカ女王バチガ巣ヲ作ッテイルカ……』


  リンの話とあの大きさからして人間にも脅威になりえる存在だ。村に着いたら誰かにこの事を伝えた方がいいかもしれないな。


 いずれにしても長居は無用だ。リンを肩車して、周囲を警戒しつつ先を急ぐことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る