3話 仲間

 ……逃げて行っちゃった。


 いや、とりあえず助かってよかった。動けるほど元気になったみたいだし、ひとまずホッとする。ハイポーションもバッチリ効いたみたいだし。


 道の端によけておいたゴブリンの方を見る。うん、やっぱりゲームとかで見た通りの姿だ。にしてもあの子もゴブリンじゃないのか?仲間割れでもあったのだろうか?でも、子供さえ追いかけて殺そうとするなんてひどい話だ。


 そういえば、ゴブリンと言えば小説では倒した魔物の耳をそいで部位証明にしている描写もあったな。それを売って金に換金するとか……なんて思い出して道の端まで歩き足元のゴブリンを見下ろす。自分がそれをしているところを想像し、思わず首を振った。


「いや、無理です。俺にはできない」

 

 こんなに手も足もブルブル震えているのにそんな恐ろしい事とてもできない。しかし、ゴブリンの死体をこんなところに置きっぱなしにしていては、他の魔物も引き寄せてしまうかもしれない。


 穴を掘って埋めるほどの元気もなかったが、ゴブリンの腰布をつかむ。


「……意外と軽いな」


 人目につかないようにゴブリンを道から離れた茂みの奥に隠し、道からは見えないようにする。それと同時にどっと疲労感が襲ってきた。一歩間違えれば、大怪我。下手すれば俺の方がこうなっていたかもしれない。

 

 やっぱりこの世界は、日本とは違うよな。安全で平和な生活が懐かしい。もうそんな事考えても仕方ないけどさ……。


 空を見るとさっきより陽が傾いてきている。やばっ、こりゃ先を急がなければいけないな。


 その時ふと、視線を感じた気がした。見ると木の陰から、さっき助けたゴブリンの子供がこっちをのぞいている。


「元気になってよかった。それじゃ達者でな」


 言葉が通じなさそうなので、念話で話しかけてみる。


『……ナンデ、助ケテクレタノ?』


 えっ?


 意外にも返答があった。


「なんでって……助けてって声が聞こえたからだよ」


『……!ワタシノ念話分カルノ?』


「ああ。念話を使うのは初めてだけど、君の念話はなんでか分かるみたいだ」


 俺自身もびっくりだ。ゴブリンと意思疎通できるなんてすごいな、念話って!


『ワタシヲ殺サナイノ?』


「殺す?いやいや、殺すつもりならわざわざ助けないよ」


『……ソッカ』


「それより、早く群れに戻った方がいい。仲間が心配しているんじゃないか?」


『ワタシ、群レカラ逃ゲテキタ。モウ戻ルトコロナイ』


 え、群れから逃てきた?なんで?


レノ前ノキング死ンデカラ、次ノキング、決メルタメおす同士デ戦イ二ナッタ』


 キング……てことはボスかてことはボスが死んでその跡を巡っておすが戦いを始めたってことか?


『戦いでおす、イッパイ死ンダ。デ、勝ッタ次ノキングハ雌ヲ独リ占メニデキル』


 勝ったボスが雌を独り占め。ありそうな話だ。そもそも強いからボスになるんだろうし。


『デモ、キング乱暴者。怒ルトスグ殴ル。ソレデ仲間イッパイ死ンダ。めす、ミンナ今ノキング嫌イ。ダカラ他ノ群二逃ゲヨウトシタ。ソシタラ雄ノ子分、追イカケテ来タ』


 つまりこの子は群れから逃れようとしてたのか……。うーむ、それじゃ今までいた群れには戻れないだろうな。


 さっきのゴブリンはこの子を無理矢理連れ戻そうとしてたのか?それなら倒しておいてよかった。少し罪悪感が薄れた気がする。


『オ姉チャントワタシハ逃ゲタケド、ワタシ、足ガ悪イカラ……。途中、ワタシヲ逃ガソウトオ姉チャン、オスト戦ッテ……ワタシ、ヤット、ココマデ来タノ……』


 てことはこの子はお姉ちゃんと一緒に逃げてきたのか。でもこの状況からすると、そのお姉ちゃんは多分最初から自分を犠牲にこの子を逃がすつもりだったはずだ。その追手がここまで来たって事は……。


 この子もそれは分かっているのだろう。とても悲しげな表情をしていた。

 

 相手は野生で暮らすゴブリン。とは言えまだ小さい子供だ。一匹で生きていくのは厳しいのかもしれない。また別のゴブリンが追いかけて来るかもしれない。そしたらせっかく助けた意味がないじゃないか。


 どうする?俺は少し悩んだ、そして……。


「なぁ、もし良ければ、俺と一緒に来ない?食事は分けてやるし、ずっとが嫌なら、安全な所に着くまででも良いから」


『エッ?ドウシテ?助ケヨウトシテクレルノ?』


 驚いた表情を見せる子ゴブリン。


「ん〜。さっき助けるって言ったから、かな」


 俺は照れながら笑って言った。正直なところ心細かったし、人間じゃなくても話せる相手ができて嬉しかった。それに何より一人より二人の方が心強いと思ったから。


『ソレジャ、ワタシヲ従魔ニスルツモリ?』


 従魔?んーあれか!魔物を支配下に置いて使役したり、人間に従うようにする事かな?


「ははっ、別にそんなんじゃないよ。実は俺も一人でさみしくてさ。一緒に行ってくれる仲間がいると嬉しいなって思っただけだよ」

 

『オカシナ人間。……ワカッタ。ワタシモ助ケテクレテウレシカッタ。今ハ体モ痛クナイ。アリガトウ。ソレジャ、ワタシモ一緒ニ行ッテイイ?』


 そう言って、木の陰から出てくる。やっぱり左足を引きずっている。そして小さい。1mはないな。だいたい70cmか80cmくらいだろうか?


「じゃあ、これからは仲間だ。俺はミナト。よろしくな。えーっと君は何て呼んだらいい?」


『ワタシノ名前、人間ハ発音デキナイ……ダカラ、呼ビヤスイ名デ呼ンデ』


 え?急にそんな事言われてもなあ。でも「ゴブリン」と呼ぶのは何だか変な気がするな。折角だからいい名前にしたいけど、う〜ん、ゴブリン……ゴブ……リン……リン!


「うん、「リン」はどうだい?」


 そう提案してみた。俺のネーミングセンスではこの程度が限界なのだ。


 子ゴブリンは少し考えていたみたいだが。


『リン……。リンダネ。ヨロシク、ミナト!」


 泥だらけの顔だが、はにかんで、嬉しそうにしている気がする。


「うん、こちらこそ、よろしく!」


 俺はかがんでリンの目を見て頭を下げた。


『デモ……』


「ん?どうした?」


『ワタシ、昔カラ片足ノ動キ悪イ。足手マトイ……心配』


 申し訳なさそうにリンが言う。そっか、この足じゃ走るのは厳しいよな。


「ははは、そんな事か。それじゃこれならどうかな?」


『ワワッ』


 驚くリンを後ろから抱えて、ストンと肩に乗せる。肩車だ。うん、思ったより軽い。これなら大した負担にならなそうだ。


『ワタシ泥ダラケダヨ!汚レチャウヨ!』


 リンが慌てている。


「泥汚れくらい洗えば落ちるから気にすんなって。それにこれなら一緒に歩けるでしょ?歩く必要もないし、ね?」


 努めて明るくそう話す。


『ツクヅク変ナ人間……デモ、アリガトウ……』


「よーし、それじゃ出発だ!」


 うん、この世界で初めて仲間ができた。人間じゃないけど、そんな事より話ができる仲間ができたのは大きい。なんだかさっきまでの心細さが一気になくなった。


 一緒に来てくれてありがとう。そしてよろしくな、リン!


 リンを仲間に加え、俺達は再び村へ向かう事にした。



  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 一緒に歩き始めて、一時間ほどたっただろうか。陽も傾き、あたりは薄暗くなってきた。山道という事もあるだろう。山の木々が陽をさえぎり、周囲を黒く染め始めている。


「暗くなってきたねリン。今日はこのあたりで休もうか?」


 野営の準備をしようと思い、リンに聞いてみた。


 まだ人家じんかどころか人にも一度も会っていない。さすがに夜間まで歩き続けるのは体力的に無理だ。何より魔物がいる世界では夜の方が危険な事ぐらい俺にも分かる。

 

『ソレナラ、モウ少シ行クト、川ノ近クノ広場ガ見エテクル。ソコデ休ムノガイイヨ。人間ハ夜ニ休メル場所ヲ道ノ途中ニ造ッテイルンデショ?』


 と、リンからありがたいアドバイスを頂いた。なるほど、どうやらこのあたりを移動したり、旅をしたりする旅人の為に道の途中に野営できる場所を造っておいてあるらしい。俺一人なら何もわからず、適当な木の下で野宿するところだった。


『アッチダヨ』


 少し歩くとリンの言った通り、道がひらけていて、野営できるようなスペースがあった。火を使ったと思われる跡もある。ここだけ見ると前世のキャンプ場のようだ。


「じゃあ、今日はここに泊まろうか、リン」


 俺が野営の跡地に近づこうとする。


『待ッテ、ワタシハココニ入レナイ』


 とリンが言う。


「え、どうして?」


『ココニハ魔物ガ入レナイヨウニ、結界ガ張ッテアルノ。アレヲ見テ』


 広場の四隅には杭のようなものが刺さっていて、何かの文字が刻まれている。何と書いてあるのかは分からないが、魔物除けの呪文だろうか?


『コノ杭ガアルト、魔物ガ中ニ入ッテコラレナイカラ人間ハ安心シテ休メルヨ』


 おお、それはすごい!それなら夜も安心……って、魔物が入れないってことはリンも入れないのか……。どうするかな……。結界ギリギリに寝てみる?


 俺がいろいろ考えているとリンが言った。


『ワタシガ結界ニ入レル方法ガアル』


「あるの?それってどんな方法?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る