2話 ゴブリン


 ……はぁ、いつまで続くの?この山道。


 山道を登り続けて三時間ぐらいだろうか、傾斜は緩やかとはいえ、ずっと上り続けるのはつらい。今のところ魔物とは遭遇してはいないが、人ともすれちがわない。昼くらいに、菓子パンやバナナなど軽く食べたりしたが、ほっと一息という気分にはとてもなれない。前世の俺より若くて鍛えられている肉体だが、それでもさすがに疲れてくる。


 それにしても目的地までの距離が分からないまま歩き続けているのが、不安で仕方がない。今日着くのか、あるいはもっと先なのか、村への道は本当にあっているのか。魔物や獣が出てくるかもしれないという恐怖。そんな事をグルグルと考えながら、いつ終わるとも知れない山登り……。精神的疲労が半端ない。


 俺の仲間は、今、この杖の代わりにしている木刀だけ……。


 森は薄暗いし、だんだん陽は傾いてくるし。今まで魔物に出会ってないのは奇跡なんじゃない?どうかその奇跡が続き、魔物に会わずに村へ着けますように……?


 と念じた時だった。突然、頭の中にキィーンという音が響く。


 うわっ!?な、なんだ!この音!?


 その直後。


『タスケテ!タスケテ!』


 と、声が響く。


 慌ててあたりをキョロキョロと見回すが、誰もいない。なんなんだ、幻聴にしてははっきりと聞こえたぞ?


 その時、森の中を切り裂くような声が俺の耳に飛び込んできた。


「ギャアアアー!!」


 これは本物の悲鳴!?でも、人間の声ではない気がする。何だ?獣か、もしかして魔物!?


 少し遠くでガサガサと草を揺らす音が聞こえる。やばい、結構近い!?


 木刀は持っているが、戦闘経験なんて全くない。ましてや、どんな生き物か分からない。


 ……とにかくどこかに隠れないと!ガクガク震えながら、草むらの茂みに飛び込んだ。笹の葉のような草が茂っていて、身を隠すのには丁度いい。


 息を整える……。心臓がバクバクしている。とにかく、動くな俺!気配を悟られるな!しかし、隠れていても、鼻の利く生き物ならにおいで分かってしまうかもしれない。思わず木刀をぎゅっと握りしめた。


 その間にもガサガサと草をかき分ける音が聞こえる。


「神様、仏様……女神パナケイア様……俺を守ってくれ!」


 その時、近くの草の茂みがガサッと揺れて、何かが道に飛び出した。俺の隠れている茂みの前を小さな何が横切っていく。


 ……子供?いや、小人?


 一瞬でよく見えなかったが、小さな子供のような背格好をしていた。褐色の肌に粗末なボロ布のような衣服をまとっている子供?は俺に気づくことなく慌てたように道を山の方に向かって、よろよろと駆けていく。足を怪我しているのか、片足を引きずっている。


 子供?いや、人間の子供にしては動きが違う気がする……。そして耳。あんな風に横長の耳って、あれはゲームの中では……。


 と、また違う茂みからガサガサと大きな音が聞こえ、何者かが道路に飛び出した。そいつはキョロキョロとあたりを伺っている。

 

 あ、こいつは!

 

 褐色の肌、横に尖った耳、曲がったわし鼻。人間より小型だけど、めちゃめちゃ野性味にあふれている顔。


 ……ゴブリンだ!

 

 あ、わ、わ、わ、わ。やっぱり魔物だった!どうする!?頭が混乱する。だが、怖くても叫ぶな、叫ぶな俺!……必死でこらえていたおかげか、このゴブリンも俺に気づかずに先程の子供?の方へ走って行った。


 這いつくばるようにしながら、元いた道に戻る。その時。


「ギャアアア!!」


 と、また叫び声がした。声の方を見ると遠くでさっきの子供?がゴブリンに襲われている!?足を引きずっていたからそんなに早く走れなかったのだろう。


 またキィーンという音と共に


『ハナセ!……イタイ!……ハナシテ!』


 という声が頭の中に響いた。


 これって、あの子供の……?そう考えているうちに、子供?が大きいゴブリンに抑えつけられ殴られている!


 これは……!このままじゃ、あの子がやばい!


『イタイ!ヤメテ!シニタクナイ!……ガァッ!』


 助ける?いや、だが相手は魔物だ。俺なんかが助けられるのか?……でも、今俺がやらなければ、誰が助けるんだ。


『タス、ケ、テ。オネ……エチャ……』


 ついに、声が聞こえなくなった。小さな子供はぐったりして動かない。気がつけば俺は強く歯を食いしばっていた。


 くそっ、もうやるしかない!!

 

 自らを奮い立たせ立ち上がる。


「待ってろ!今、助けるからな!」


 通じるかわからないが、念話で叫ぶと、木刀を握りしめ走り出す。体が軽い。やっぱり以前の俺とは全然違う。


 15m……13m……10m……まだゴブリンは子供を殴りつけている

 

 7m……5m……3m……ゴブリンがこちらに気づき振り向いた!


 ――だが、遅い!!


「おりゃあああ!」


 俺は、スイカ割のようにゴブリンの頭めがけて、木刀を振り下ろす!


「ゲガッ!?グギャアアアー!」


 ゴブリンが叫ぶ、俺は続けざまに何度も木刀を叩きつける。ただただ、必死だった。


「おらぁ!おらぁ!!」


 無我夢中で振り続け、気がつくとゴブリンは動かなくなっていた。


 ハァ……ハァ……ハァ……呼吸が苦しい。肩で息をしながら、倒したゴブリンを見下ろす。木刀を持つ手が震える。殴り付けたときの嫌な感触が忘れられない。異世界に来て初めて魔物を倒したというのに、達成感はなかった。むしろ、後味の悪さと罪悪感が残った。


「……!そうだ、あの子は!?」


 考えるのは後だ。とにかく今はこの子を助けよう。やっとの思いで倒したゴブリンを横にどけ、子供が無事か確認する。


 

 先程のゴブリンに耳や肌の色が似ているような気がする。しかし、体中泥だらけのうえ、顔は殴られて膨れあがり先程のゴブリンの顔と似ているかは判別できない。子供はあちこち傷だらけで、出血している。片足は骨折しているのか少し曲がっていた。見ているだけで痛々しい。


―やっぱり、この子はゴブリンの子供なのか?

 

 体は小刻みに動いており息をするのもやっと、という感じ。無事ではないがかろうじて生きてはいるようだ。


「どうする?相手は子供とはいえゴブリンだ。本当に助けていいのか、今度は俺が襲われないか?」なんて考えは浮かばなかった。とにかくこの子を助けなきゃ!


 この状況で俺にやれる事。回復魔法はまだ使ってみてはいないが、そもそも使い方が分からない。それにもし使えても初級のものぐらいしか使えないはず。それでは追いつかないであろう程の怪我だよな……。


 よし、なら回復薬だ!せっかくパナケイアさんに貰ったんだ。こういう時に使わなきゃいつ使うんだ!


 手元にはポーション、ハイポーション、キュアポーションの三種類がある。キュアポーションは村に届けるものだから、使うわけにはいかない。ポーションでは回復が足りないかもしれない。


「ハイポーション!」


 俺は急いでハイポーションを取り出した。早くしないと間に合わないかもしれない。ハイポーションの瓶の蓋を開けるとをそっと口元に近づけて、少しずつ飲ませてみる。


 すると効果はすぐに現れた。キラキラと輝く光が現れ、全身が光に包まれる。みるまに傷が治り腫れが引いていく。


 良かった!間に合った。ひとまず安堵する。


 おお、すげー!!見た感じ、ほぼ治ったように見えるぞ!ん?でも傷は治ったのに足の変形だけは治っていないな。なんでだろ?


 顔の腫れが引いてみたらやっぱりさっきのゴブリンに似て……いないぞ?泥で固まってカチカチになっているが、さっきのゴブリンは頭ツルツルだったのにこの子は髪の毛もあるし、顔もなんだか可愛らしい気もする。ゴブリンにもいろいろな種類がいるのだろうか?


 「ウ……ウ……」


 小さいうめき声を出した。おっ、意識が戻ってきたのかも。


「大丈夫?痛いところはないか?」


 優しく声をかけてみる。しかし、目を開けたその子は俺を見た途端、


「ギギィー!」


 と叫び、這うように逃げ出して近くの木の陰に隠れてしまった。


 

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