5-8
「あーっ! 桔梗院さんじゃない! お久しぶりね、元気にしてた? 貴女に会いに行きたかったのに、彰に止められてたからずっと我慢してたのよ?」
笑顔で両手を上げ、ハグをしようとする桃瀬さんを、驚いた表情で躱す桔梗院さん。すかさず影野さんが二人の間に割って入って行き、桃瀬さんは静止を受けてしまう。
「申し訳ありません、桃瀬様。エリカ様はそのような距離感で接される機会に乏しかったので、貴女の事は少々苦手意識が御座いまして」
「ええっ!? そんなぁ……! ごめんなさい桔梗院さん。私またやらかしちゃってたみたい……」
桔梗院さんを庇うように頭を下げる影野さんに、彼女達を見て、やらかしてしまったと謝罪する桃瀬さん。
桔梗院さんは、ふんっと鼻を鳴らし、桃瀬さんにそっぽを向けている。一連の流れを廊下で見ていた南野さんも教室に入り、僕達に状況の説明を尋ねて来た。
「チュンちゃん、また暴走しちゃったの~? 日和さん以外の他の子にもそんな事してたら何時か全員に愛想尽かされちゃうよ? それで、こっちの子は日和さんの知り合いなの?」
僕は桔梗院さんとの関係を聞かれ、先週の生徒会室での出来事から勝負を挑まれている事を、吉田さんと南野さんに説明する。途中でトートバッグを机に置きに行った桃瀬さんも説明に加わって、二人は困惑しながらも納得する。
「お、お姫様としての対決なんだぁ……私も、桃瀬さんと同じ意見でどっちもお姫様で良いんじゃないかなって思うけど……」
僕と桔梗院さんを交互に見る吉田さん。桔梗院さんの圧力に若干怯えながらも、単語の意味には興味津々であり、目はどことなく光り輝いている。
それでは納得がいかない桔梗院さんは、吉田さんの意見に不満そうな顔になる。
「ですから、それではわたくしが納得出来ませんの! 仮に二人になったとしても、それは徹底的に競い合って勝敗が付かなかった時のみの話ですわ!」
「ひゃいっ! ご、ごめんなさいっ!」
吉田さんはまたもや僕の後ろに隠れてしまう。それを見た桃瀬さんは、先程の従者話の方に興味を惹かれていた。
「それにしても吉田さんが日和さんの従者かぁ……ドレス姿の日和さんは簡単に想像が付くし、その隣で甲斐甲斐しくせっせとお世話をしてるメイド姿の吉田さんかぁ……凄く可愛らしいわ……そして、それを護る騎士の私。うん、アリだわっ!」
自身の妄想を膨らませ、架空の王国の一員に吉田さんを加える桃瀬さん。密かに闘志を燃やしており、これからの生活に対してまた一段とやる気を出していた。
「やれやれ、明後日の方向に向かってるチュンちゃんは放って置いて、それで、桔梗院さんだっけ? 今日は日和さんに一体どんな用件で来たの? まさかこれから一緒にお昼を食べる為に来た訳じゃないんでしょ?」
「そ、そうでした。確かここに来た時には新しい勝負内容を思い付いたと言ってました」
南野さんが僕の代わりに桔梗院さんへ尋ねる。そういえば、A組に来て最初に勝負内容を思い付いたと言っていたので、息を呑んで身構えると、桔梗院さんは何処か偉そうに踏ん反り返って僕の方を見てくる。
「うふふふ……そうですのよ、日和さん。今週の体力測定でどちらがより優れているのか決着を付けましょう!」
自信満々に勝負内容を告げる桔梗院さん。今度の勝負は体力測定だという。ただ、その内容について桃瀬さんが疑問に思ったようで、桔梗院さんに問いかける。
「ちょっと待って桔梗院さん。体力測定でどうやってお姫様を判別するの? 二人の護衛を務める私やそっちの影野さんなら、満点は出るでしょうけど」
桃瀬さんからの指摘に、桔梗院さんがたじろいでいる。其処にすかさず影野さんが彼女のフォローに入る。
「エリカ様は適度に身体を動かす事が、美容目的を見てお姫様として理に適っているとお考えです。過度な筋肉はイメージにそぐわないと思いますので、柔軟性や瞬発力等の要素で競ってみるのはいかがかと」
「そ、そうですのよっ! お姫様たる者、何時如何なる時でも神経を使う者! 当然体力は備えておくべきですわ! 何も筋力だけを見ている訳ではありませんの!」
「うーん……そう言われればそうかもしれないわねぇ……どう、日和さん? 自信はあるの?」
「何言ってるのよ、チュンちゃん! 日和さんは朝起きた時と夜の寝る前にはストレッチをしてるってこないだ聞いたじゃない」
桃瀬さんからの確認に、南野さんが意見する。確かに身体の柔軟体操は行ってはいる。けれど、それが柔軟性に繋がっているのかどうかは、実際に測定してみない事には判別しようが無い。
僕がそう思っていると、それを聞いた途端に桔梗院さんの表情が変わっていく。
「そ、そういえば、日和さんは日々そういう事は欠かさずやっていると、前回の勝負を取り止めた時に耳元で聞かされましたわ……忘れておりました……」
「あっ、そういえばそうだったわね。それに日和さん、高校に入る前までは運動自体はやってたっぽいのよね。……武志さんみたいな身体に憧れてたって言った時は、生きた心地はしなかったけど」
「あはは、でも私運動はしていても、それが身体に効果があったのかどうかと言われますと、正直微妙な所ですけれど……恐らく体力測定自体はあんまりいい点数は取れないと思いますよ?」
僕がそう言って自信が無い事を伝えると、女子達の視線が一斉に僕に向く。僕達の話を聞いていたA組のクラスメイトの女子達も、変わった物を見るような目で僕を見ている。
「え、えっと……? 皆さんどうしたんですか? 私、何か変な事でも言いましたでしょうか……?」
「効果があったのかどうかって、あるに決まってるじゃない! 日和さん自分のスタイルの良さ、少しは自覚して!?」
「良いなぁ。日和さん、ストレッチだけでも今度教えてよ? ご飯あんまり食べられなくても、気にする時もあるんだよぉ~……」
南野さんと吉田さんが泣きつくように、僕に近寄って来る。吉田さんの突然の身体事情の告白に釣られてか、他にも数人の女子達に僕がやっているストレッチの内容を尋ねられる。
僕が高校に入る前までは運動をしていて、尚且つ林田先輩の身体に憧れている旨の話をした桃瀬さんは、桔梗院さんに詰め寄られていた。
「ど、どういう事ですの!? 日和さんはそのような事をしていたとは知りませんでしたわよ!? それに、あの大男の武志様のような身体に憧れを持っていらっしゃるだなんて、本当なんですの!?」
「どういう事も何も、日和さんって細いから、武志さんみたいな逞しくて頼れる身体に憧れがあるらしいのよ。私だって、無い物に憧れを抱く気持ちは良くわかるし、過去の辛い思い出も知ってるから、日和さんが惹かれるのも無理も無いのよ。だから、せめて身体を鍛えたい時には私が相談に乗るって話もしてあるし……」
桔梗院さんは、そんな桃瀬さんからの話を聞いて、恐れおののいているように見えた。そして、僕に顔を向ける。
「や、やはり、今回の勝負も取り止めにいたしましょうか! 日和さんが、あの武志様を目標にしていらっしゃるだなんて、……わたくしは其処まで力強さを求めてはいませんから!」
「ですが、エリカ様。柔軟性を求めてストレッチを日々行うのは建設的かと思われます。エリカ様は身体が硬いのですから、其処は日和様を見習うのが宜しいかと」
「影野!? このような場で言わないでくれる!? ……でも、まあ、それには同意ですけど」
「わ、わかりました。結局勝負は今回も取り止めにする訳ですね。私も正直な所自信がありませんでしたし、無しという事になって安堵しています」
今回は変な方向に話が進んでしまった感じがするけれど、それでも運動能力には自信が無い僕にはとても助かる結果となってしまった。筋肉痛を治すのに能力を使用するのも、結局は体力は消耗するので使いたくは無かった。
無かった事になったとはいえ、話自体は済んだので桔梗院さんが疲れた表情でC組に帰ろうとすると、不意に桃瀬さんがとんでもない事を尋ね出した。
「そういえばなんだけど、この前は身体測定で勝負をしようと持ち掛けて来た訳だし、桔梗院さんの結果はどうだったの? 私にだけこっそり教えてよ?」
「ちょ、ちょっと桃瀬さん!? ダメですよ、そんな事尋ねては! それに私との前回の勝負内容を皆さんに知らせないで下さいよ!?」
「あっ……ご、ごめんっ! うっかりしてた!」
僕はびっくりして、急いで桃瀬さんを止めるも既に遅く、A組の女子達の視線が桔梗院さんに向く。
教室内には数人の男子もいたけれど、彼等はその話にはついては来れずキョトンとした顔をしているが、女子は僕の身体測定の結果を知っているので、勝負名目が名目なだけにその視線には容赦が無かった。
僕も恥ずかしいが、桔梗院さんの方がもっと恥ずかしい目に遭い、彼女の顔はみるみる内に赤くなっていく。
「そ、そ、そういう所ですわっ! 貴女ってばどういう神経してますの!? わたくしに恥をかかせて勝負を起こさないようにしようと思っているのかしら!? で、ですが、桔梗院家の者はこれ位の事では負けませんの! 日和さん! また今度勝負内容を考えますので、それまで待っていて下さいまし!」
A組から駆けるように飛び出して行く桔梗院さん。影野さんも僕達に一礼した後、すぐさまに教室から出て行った。
普段なら、ここで女子一同が桃瀬さんにツッコミを入れる所になるのだけれど、全員桔梗院さんを見ていたので何とも言えない表情になりつつ静まり返っていた。
「ねえ、チュンちゃん、日和さんとの勝負って内容どっちが決めてるの……?」
「どっちって、前回も桔梗院さんだったけど……? なんでも彼女曰く、お家の事情もあるけど女のプライドを賭けて日和さんと勝負をしたいらしいのよ」
「ええ……? じゃあ、さっきのはチュンちゃんが悪いけど、結果的には悪く無いのかなぁー……? 能力者って大変なんだね」
南野さんが桃瀬さんに問いただして事情を聞くと、またもや微妙な空気となってしまう。
僕は教室の時計を確認し、既にお昼休みの三分の一が経っている事に気が付いたので、急いでお昼を食べようと無理矢理この話を流す。
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