5-7




◆◇◆




 シャドウレコードへの報告を経て、グレイスさんへの連絡での相談により、僕の中にあった悩みはある程度は解消される。


 お姫様がどうのこうのという勝負への具体的な解決方法は見出す事は出来なかったけれど、グレイスさん曰く、そんなに過激な事はしてこないとの判断だった。


 まさか僕が知らず知らずの内に、桔梗院さんを圧倒していたとは……この事はこれ以上意識してしまうと、僕自身の身が持たなくなってしまいそうになるので、早い所自分自身の身体に慣れるしかない。




 でも、どうしてなんだろうか、僕はただ周りに悩んでいる事を話しただけなのに、今では気分がスッキリとしている。解決するのに時間が掛かりそうな問題なのに、メイさんもグレイスさんも、親身になって話を聞いてくれていたし、僕がこんな話をする事を何処か待ち望んでいたかのようにも感じてしまう。


 これが前にグレイスさんが言っていた、男の頃とは違う視点による物なのだろうか、身体の変化によって、気分も随分と変わっているのだろうと考える。


 桃瀬さん達との外出も無事に終わり、夕方頃には家に帰って、メイさんが家にやって来てそのまま夜中になる。


 メイさんから今日は一緒に寝ましょうと誘われて、色々相談に乗って貰った僕はそれを了承すると、何処か目を輝かせたようなメイさんに薦められ、彼女の用意した動物の着ぐるみのようなパジャマを着る事となった。


 メイさんは茶トラ柄の猫のパジャマを着ていて、僕は白いうさぎのパジャマを着ている。そのままグレイス様にも見せましょうとメイさんに言われ、携帯端末で写真を撮られたりを経て、僕は寝室で、メイさんに今日の出来事を話している。




 待ち合わせ場所で桃瀬さんに服装をやたらと褒められた所から始まり、上田さん達や南野さんと吉田さんと合流して商業施設が立ち並ぶ場所へと向かった。


 お昼を食べる為に立ち寄った場所で、僕と吉田さんが食べる量を上田さん達に驚かれ、桃瀬さんが食べる量には呆れていた。


 その後は、各々が僕にお勧めしたい場所に皆で行き、吉田さんは可愛い洋服や小物が置いてある店を紹介してくれて、興味津々な中島さんが吉田さんと意気投合し、桃瀬さんや上田さんが僕に似合いそうな服を妄想して目を輝かせていた。


 桃瀬さんと南野さんからは、新しく出来たゲームセンターを教えて貰った。僕はこういった場所には今まで来た事が無く、見る物全てが新鮮だった。


 僕と吉田さんは他の皆の遊ぶ姿を見る側で、桃瀬さんから何かやりたい物は無いかと尋ねられると、クレーンゲームのぬいぐるみが可愛いと思ったので挑戦してみた。結果は全然取れなかったけれど、お金を使い過ぎるのも良く無いと思い、また別の機会に挑むことになった。


 上田さん達には甘い物のお店を紹介され、立ち並ぶお菓子はどれも美味しそうであった。桃瀬さんがあれこれ注文する中、僕と吉田さんは甘い物に興味を持ちつつも、そんなに食べられないと話し合って、それぞれの注文したお菓子を半分ずつ分け合う事にした。


 そんな吉田さんの姿を、身長差のある下橋さんが大層気に入り、僕と一緒の写真を撮られ、お店を出る頃には随分と愛でられていたりもしていた。


 こうして僕は、学校で初めて出来た同年代の友達に連れられて、様々な場所を紹介して貰った。また何か気になるお店を見つけたら、一緒に行こうと約束をして、桃瀬さんと一緒に最初の待ち合わせ場所まで戻って行った。




 僕の話が終わり、静かに聞いていてくれたメイさんは、僕に微笑みながら話し掛けてくれる。


「入学してすぐに多くのお友達が出来て、大変仲も宜しそうで安心しました。潜入任務とは別に、こうやって仲の良い関係を築き上げるのは、桜様の今後にとっても良い事になると思います」


「うん、僕もこんなに楽しい事が出来るなんて、思ってもみなかったから、つい大事な調査がある事を忘れてしまいそうだったよ。気を付けなきゃね」


 楽しかった事とは別に、大事な事もあるのだと気を付けようと心掛けていると、メイさんがそっと僕の頭を撫でて来た。


「調査も大事ですが、私は桜様の事も大事です。それはレオ様や他の四天王の方々も同じ事だと思います。不安な思いをなさるより、まずは笑顔でいて下さい」


「でも、それだと報告する内容が変になっちゃったりしないかな? レオ様達をがっかりさせないか心配だよ」


「大丈夫ですよ、桜様は桜様のままでありのままにいて下さい。それがこの作戦を成功させる重要な部分ですから」


 僕の頭から手を放し、メイさんが部屋の明かりを消しに立ち上がる。僕は横になり、眠る体勢に入る。


「桜様、明日は丸一日私と一緒に過ごしますからね。のんびりと過ごして身も心も休めましょう。それでは、お休みなさいませ」


 寝室の明かりが消え、メイさんが僕の側に戻って来る。僕が僕のままという意味は良くわからないけれど、メイさんはあまり調査ばかりに気を取られるなと言ってくれる。


「うん、わかったよ。明日は一緒にゆっくりしていようね。午後からの食材の買い出しも一緒だよメイさん。それじゃあお休みなさい」


 メイさんにそう伝えると、途端に意識が眠りに入っていく。明日の事を思いながら、僕は眠りに就く。




◆◇◆




 メイさんと一緒のゆっくりとした休日を過ごし、また一週間学校での生活が始まっていく。


 先週で今の悩みに結論を出して、スッキリとした心持ちとなって桃瀬さん達との関係を築いていく。


 僕一人では抱えられない状況になった時には、まずは報告をする事の重要性をそれをする側になって改めて再認識して、此処まで何事も無くお昼休みの時間になる。


 僕は教室にて、吉田さんや桃瀬さん達と一緒にお昼を食べる準備をしている。桃瀬さんと南野さんは購買へと食べ物を買いに行っていて、僕は吉田さんと土曜日の話をしながら彼女達の机を並べて帰りを待っている。


「それでね日和さん、私が勧めたお店の店員さんが『あの可愛い子は一体誰なの!?』って日和さんの事凄く気にいっちゃって、また今度も来て欲しいって言ってたよ」


「そ、そうなんですか? あのお店の小物、可愛らしいのが多かったですし、また今度一緒に見に行っても良いですか?」


「ホント!? やったぁ! 桃瀬さん達が帰って来たら、またお店に行く予定を考えようね。えへへ」


 僕がまた行ってみたいと話すと、吉田さんは大喜びして楽しそうにしている。お店で気に入った小物があったので、僕はメイさんの分も合わせて購入し、リップクリーム等を入れたポーチに付けて今朝教室で吉田さんにも見せてみた。


 それを見た吉田さんは、少し気恥ずかしそうにして、彼女もこっそりと購入していた僕とお揃いの小物を付けたポーチを見せて来たので、二人して笑いあったりもした。


 桃瀬さんは自分には可愛らしすぎるという理由で、小物は購入しなかったけれど僕達の姿を見て、やっぱり自分も買っておけばと、激しく後悔していたので、また今度行く時に同じ物が残ってあれば良いのだがと思う。


 二人で先週の思い出を楽しく話していると、不意に廊下から僕を探すハッキリとした声が聞こえて来た。




「失礼、この教室に日和 桜さんはいませんの? わたくし、桔梗院エリカが新しい勝負内容を思い付きましたので、来て差し上げましたわよ!」


 声のする方向に顔を向けると、吉田さんよりも小柄な背で、青紫色の髪の毛を左右に結んだ碧い瞳の少女がいる。その姿と名前には見覚えがあり、すぐ側には影野さんという名のこちらも見覚えのある少女もいるので、間違いなく先週出会った桔梗院さん本人だった。


 


「桔梗院さん? 私とまた勝負をするつもりなんですか?」


 僕は思わず廊下にいる桔梗院さんの方に向かう。彼女も僕の姿を確認すると、教室の中に入って来る。全員はいないが、それでも教室でお昼を食べようとしていたA組のクラスメイトは残っており、僕達が口に出す勝負という単語に興味を持っている。


 桔梗院さんを知らないクラスメイトは、彼女の容姿を見て可愛らしいと口にしていて、噂程度に多少は知っているクラスメイトは僕の事を気にしていた。


 何時の間にか吉田さんも僕の後ろに着いて来ていて、桔梗院さんの事を知らないのか、僕に彼女が誰なのかと尋ねて来る。


「ねえ、日和さん? その子は一体どうしたの……? もしかして新しく出来たお友達なの?」


「誰がお友達ですって!? わたくしと日和さんはそんな穏やかな関係ではありませんわ!」


「ひゃあっ!? ご、ごめんなさいっ!」


 吉田さんの問いかけに、桔梗院さんは物凄い剣幕になりそれを否定し、それに驚いた吉田さんは怯えた様子で、僕の後ろに隠れてしまう。


 すっかり怖がってしまっている吉田さんに説明をして落ち着かせようとすると、桔梗院さんからも僕に尋ねられる。


「なんですの? そちらの子、随分と親しげにしていらっしゃるようですが、まさか先日お話していた日和さんの従者の方かしら? 貴女といる分には見目は相応ですけど、随分と臆病でいらっしゃるわね」


「吉田さんは従者というような関係ではありません。れっきとした私のお友達なんです。普段身の回りを支えて下さってる人は私よりも年上で、学校にはいませんから」


 吉田さんは僕の友達だと説明する。吉田さんもそうだと言いたげな顔で大きく首を縦に振っていたら、桔梗院さんは目を見開いて驚いてしまう。




「そ、そんな……!? お友達ですって!? 一体どのような高度な策を用いてその子を陥れたというんですの!?」


「陥れた訳ではありません。私がお弁当を用意して来たら、一緒に食べようと吉田さんが誘って来てくれたんです。それで、お互い話も合うので自然と仲良くなりました」


「そ、そうだよ、日和さんは私が誘ってそれから仲良くしてくれたんだよ。でも、私が日和さんの従者になってお世話をするのも楽しそうだね」


 吉田さんの興味は僕の従者の方へと向き、一人想像を楽しんでいる。僕もメイさんのような家政婦の姿になった吉田さんを考えていると、桃瀬さん達が帰って来た。


 戦利品である、今日のお昼ご飯を大量に詰め込んだトートバッグを片手に持った桃瀬さんは、桔梗院さんの姿を見ると、後ろから彼女に一気に距離を詰めるように近づいた。

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