5-5




◆◇◆




「それじゃあねー! 日和さーん、また明日学校でねー!」


「はい、桃瀬さんと赤崎君も、また明日もよろしくお願いしますね」


 桃瀬さん達と一緒に帰宅し、僕の住むマンションの近くまで送られて別れる。別れ際に軽く挨拶を済ませ、彼女達の姿が見えなくなるまで手を振って見送る。


 ぽつんと僕一人になると、今日の出来事が頭の中を巡り、不意に息を吐く。これから一体どうなるのだろうか。




「これから僕はどうしたら良いんだろう……一人じゃ何も良いアイデアが思い浮かばないや……」


 マンションの階段を上り、僕の状況を再確認していく。


 護衛対象の件に、桔梗院さんの存在。情報を集めるという点で、やれる事に制限が出来てしまったと僕はそう思い、このままでは学校生活も想定していない良くない方向に事が進みそうだと不安になる。


 グレイスさん達に何か助言を求めたくて、自宅の中に置いてある携帯端末で一度連絡しようと考えが向く。入学式の時は、側にグレイスさんがいてくれた為に不安な事もその日の内に解消することが出来た。


 改めてその存在に有難さを感じつつ、レオ様にも会議の時以外でも緊急時には何時でも連絡しても良いと言われた事を思い出す。僕一人ではどうしようも出来ない事情でもあるので、今がその時なのではと思うと少しだけ心も軽くなる。


 ただ、初めて行う緊急時の連絡は僕一人で報告するには心細い。階段を上り自分の部屋の階に着くと、とある部屋の扉に目が向かう。其処は僕の護衛役として、一緒にここに越してきたメイさんの部屋だった。


 桔梗院さんが護衛の影野さんを連れていたのが印象に残っていて、僕もふと、こういう時によく見知った顔の人が側にいて欲しいと感じ、僕の部屋の扉を超えて、メイさんの部屋の扉に立つ。


 出掛けていたりはしてないだろうか? 今は部屋にいるのだろうか? と思いつつも、一呼吸して僕はインターホンを押す。


 少しすると、部屋の中から音がしてメイさんの声が聴こえる。


『おかえりなさいませ、桜様。今日は一体どうなされましたか? 何か私に用事でもありますのでしょうか?』


「た、ただいま、メイさん。実は、今日学校で起きた出来事について、これからシャドウレコードに報告しようと思っているんだけれど……報告する前に一応メイさんにも話を聞いて貰いたくて……」


『……了解しました、桜様。私で宜しければ、何時でも側についております。ご安心ください』


 そう言うと部屋の扉が開かれ、メイさんが出て来る。お弁当を作り始めてから何時も晩ご飯を作る時に一緒に料理を作り、料理方法を教えて貰う為に側にいる機会も多いけれど、何故か今日はメイさんの顔を見ただけでとても落ち着く感じがした。


「急にゴメンね、一人じゃ心細くって、それに僕に関する事で報告する必要があるのに、折角一緒に着いて来て貰っているメイさんがいないんじゃ、何だか仲間外れにしちゃうんじゃないかって思っちゃって……」


 僕の言葉に、少し不思議そうな顔をするメイさん。けれど、それも一瞬で表情を戻し微笑んでくれる。


「いえ、桜様を護り、お支えするのが私の使命ですので幾らでも御頼り下さい。ここでは話もなんですし、さあ、早くお部屋に向かいましょう」




 僕が今日、メイさんに頼るような行動に出たのは、桔梗院さんは僕に影野さんを自慢していた事もあり、それが何となく気になった為の行動になる。


 それなのにメイさんは嫌な顔をせずに、僕に頼られる事がまるで嬉しい事のように振る舞ってくれている。僕の部屋の扉を開けて、一緒に中に入ると僕がゆっくりとくつろげるように、着替え等をしている間に色々と気遣ってくれていたりもしてくれた。

 

 何時もはご飯時に僕に料理の方法を教えに来てくれるメイさんを、それよりも早い時間でわざわざ僕の方から呼んだ事もあり、最初はどうしたのかと不思議そうな顔をしていたが、今はただ静かに何時でも僕が話が出来るタイミングを待っていてくれている。


 私服に着替えて、寝室に置いてあったシャドウレコードへの連絡用の携帯端末も持ち、居間に用意されたクッションに座る、同じく横に並べられたクッションにメイさんも一緒に座っている。ちゃぶ台には用意してくれた飲み物がコップに注がれて置かれており、僕はそれを手に取り口にした。


 落ち着いて話せる機会が訪れたので、僕は今日の出来事をまずは坦々とメイさんに伝えて行く。




「……と、いう訳なるんだけれど、僕の中ではこういう時にはどうしたら良いのかわからなくって、報告するべき事態だと思うんだよ」


 お嬢様として産まれ育った女の子に、女の子としてライバル認定されて、どちらがよりお姫様として相応しいかと言う勝負だなんて、自分でも言ってて良くわからない気持ちになって来る。


 もし、これが男らしく逞しい身体に育った僕が、希星高校に入学した先で赤崎君達に目を付けられてからの、男らしさの勝負を申し込まれていたら少しはワクワク出来たのだろうか。


 今の身体になった僕では、それも何だか違う気がするなと思いつつも、話せる事は全て話し終わったので、ただ静かに話を聞いてくれていたメイさんに目線を向ける。


 話を聞き終わり、メイさんは優しく微笑みながら僕の頭を撫でてくれた。


「それはとても大変な一日でしたね。よく頑張りました桜様。話を聞いて、私の考えも今すぐにでも報告なさった方が宜しいかと思います」


 僕よりも少しだけ年上で、それでいて頼りになるメイさんに撫でられる事で、ようやく落ち着けた僕は気持ちがとても楽になる。メイさんもこれはシャドウレコードに報告するべきだと思うらしく、頭を撫でられつつも続けざまに話は続いていく。


「ですが、話の内容に少し桜様の身体的な事情も含まれておりますので、これをグレイス様以外の四天王の方々に知らせるのは、桜様もお恥ずかしい事だと思われますが」


 今日の出来事を伝える上で、確かに僕の身体の事も内容に入って来る。思わずあっと声が出て、手にした携帯端末を見つめると、少し顔が熱くなる。メイさんやグレイスさんに伝えるのは、アドバイスを求める身としては必要な事なので、多少恥ずかしくてもきちんと伝えられるのだが、他はそうはいかない。


「ど、どうしよう……今から連絡して、出てくれるのがグレイスさんならそれで良いんだけれど、これがレオ様だったら、僕、ちゃんと伝えられる自信が無いよ……!」


 メイさんのお陰で、落ち着く事が出来たのに、連絡した際に向こうに誰がいるのかまでは考えていなかった。今まで僕は誰かから連絡が来た時に受け取る側専門だったので、一人で連絡する側には慣れていない。携帯端末を両手で握り締め、一人困惑してしまう。


「初めて連絡した時は、側にグレイスさんもいたし、全員いる状態だって言うのも知っていたから全く焦る事は無かったのに、どうしよう、どうしよう……!」


「落ち着いて下さい桜様、誰が出られるかわからないような時は口頭でご説明なさるより、一度気にしている部分だけを出来るだけ省いた文章にしてから、後日グレイス様個別で対応願えるか伝える方が宜しいかと」


「そ、そうか……! 何も直接連絡しなくても、一度文章で近況を伝えてから別の日に改めて予定を立てた方が、僕も向こうも確実に相談出来るようになるよね……! そう言えば、僕以外の他の人に連絡する時は前もってそうやっていた覚えがあるよ! メイさんありがとう!」 


 メイさんのアドバイスにより、僕はこの状況を乗り越えられる方法を見つけられた。自分一人だけだったら、絶対パニックになりながら受け答えをする向こうの四天王の誰かに、事細かに自分の恥ずかしかった出来事まで言っていたかもしれない。


 そう考えると、やっぱりメイさんを呼んで側にいて貰っているのは、とても大事な事だった。


 僕は作戦用に渡されている専用の携帯端末で、今日の件を文章に纏めて報告をする事にした。向こうに送る文章は、何時誰が読むのかわからないので、着替えや身体測定の部分は省きつつも、今回の件で再度グレイスさんのみを指定した状態で、細かい部分を連絡相談が出来ないかと記載しておく。


 文章を確認して送信し、疲れからか、思わず部屋にあった大きいクッションに身体を倒す。我ながらメイさんのいる前でだらしない事をしているなと思いつつも、そんな僕を見てメイさんは何か注意をすると言う事も無く、微笑んでいた。


「お疲れ様です、桜様。時間ももう夕方に入った頃ですし、報告を見て返事が返って来るには時間が掛かるでしょう。少し早いですが、これから夕食の準備をしながらゆっくりと待ちましょう」


 部屋に備えかけてある時計を見ると、思っていたよりも時間が経っていた。ここまで付き合ってくれていたメイさんにお礼を言う為に、クッションから身体を起こす。


「そう言えばもうそんな時間になるんだ。メイさんと話をして、それから報告する為の文章を書いているだけで結構時間が掛かっちゃったね。今日は本当にありがとう、メイさん」


「いえ、桜様が身体を変えて女性として潜入生活を行う上で、何か気に病む事が無いように、常に側にいて不安を解消する為に助言を行うのは私の使命ですから」


 そう言うメイさんの言葉は、今の僕にはとても心強く感じる。その事に感謝をしながら、二人で晩ご飯の支度をし始める。




 何時もよりも少し早い時間に支度に入った為、メイさんも少し手の込んだ料理を僕に教えてくれた。一つ一つ丁寧に工程を教わりつつ、晩ご飯の時間までに作り終えると、携帯端末に返信が来た。


 晩ご飯を食べる前に確認しても良いかとメイさんに尋ね、了解を貰うと恐る恐る返事を確認する。


 どうやらレオ様達に僕の報告の内容は無事に伝わっており、向こうからも桔梗院家への追加調査を開始すると共に、決して無理はせずに、今は護衛に選ばれた二人の観察を優先するようにと、レオ様からの指示もある。


 グレイスさんへの頼みも無事了承されて、土曜日の午前十時頃に連絡をして欲しいと書いてある。無事に報告が出来た事に僕は安堵し、その事をメイさんにも伝えて一緒に食事を摂る事となった。


 食事を済ませた後は、メイさんは自分の部屋に戻り、僕も明日のお弁当や授業内容の準備をしてから入浴を済ませて、眠りに就いてその日を終えた。




◆◇◆




 護衛の件で生徒会室へ向かい、そこでもう一人の護衛対象になった桔梗院さんとの衝撃的な出会いを経て、日が過ぎて行く。


 勝負を持ちかけられた日の翌日、通学路での待ち合わせ場所で桃瀬さん達と登校し、A組の皆と挨拶もして学校生活が始まる。


 午前中の授業が終わり、吉田さん達とお昼を食べ、午後の授業も何事も無く済み放課後になる。桃瀬さんと赤崎君は、桔梗院さんが何時僕の元にやって来るか見張っていたけれど、想定していた彼女の突撃は起こらず、他の組の身体測定も何事も無く行われていった。組ごとに時間を分けて行われている為、その間は何事も無く静かに学校生活を迎えていた。


 桔梗院さんとの一件が進展しない限りは、僕の護衛担当は同じA組の桃瀬さんと赤崎君で当面の間は行われていく。この事にガンバルンジャー側からは僕に何も不都合になるという事は言われず、ただ、桃瀬さんが桔梗院さんと仲良くなれるきっかけが得られない事を不満気にしているというだけだった。


 その日は結局平穏に済み、家に帰宅してメイさんとゆっくりと過ごしながら週末を迎えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る