5-3




 僕の前に立つ桔梗院さんはドンと胸を張って、堂々とした姿勢で一方的に僕をライバルだと言い放つ。


 それだけでは無く、更にはこの学校のお姫様の座を賭けて僕と勝負をしようと対決を申し込んで来た。僕は彼女と出会って間も無いのだけれど、既に何度もその言動に驚くばかりである。


 僕はどう反応すれば良いのかわからず、この勝負に、どう返したら良いのか言葉を出せずにいると、桃瀬さんが桔梗院さんに話し掛ける。


「えっと、桔梗院さん? どうして貴女と日和さんがお姫様勝負なんて事になるの? 桔梗院さんだって負けない位に可愛らしいから、私はお姫様が何人いても嬉しいんだけどなぁー?」


「そうだ、涼芽の言う通り我々は護衛対象が二人ならば、二人共平等に扱うつもりだし、そこに差は無いと約束する。それでも何か気に障るような事があるのなら、今ここで俺達に教えて欲しい」


 桃瀬さんの説得に、青峰先輩も続いて話を続ける。その話を聞いて、桔梗院さんはフンと鼻を鳴らして、青峰先輩の方に顔を向ける。


「あら翠様、護衛は二人ですけど、貴方達ガンバルンジャーは五人なのでしょう? でしたらその内訳の程は一体どのようになさるのでしょうか? まさか、わたくしには影野がいますからその分護衛を減らすとはおっしゃりませんわよね? そのように扱われるわたくし達は本当に平等になるのですか?」


 桔梗院さんの言い分は、ガンバルンジャー五人を二組に分けると、三人と二人になってしまうのではないかという意見だ。僕自身も護衛を分けられてしまうと、今後の調査にも影響が出るかもしれない。


「いや、俺は生徒会長という立場もある故に、学校内では色々な事をやらざるを得ないので俺は後方で全体を見守りつつ、当面の間は日和さんには、同じA組の涼芽と焔を護衛に就け、桔梗院さんには同じC組の彰と、武志を護衛に就けようかと思っている」


 青峰先輩はそう言って、桔梗院さんを説得しようとしている。確かにそれなら人数は二人ずつになるし、僕としても調査に支障が出る範囲もそれ程でも無い。


 それぞれの立場の事情もあるだろうし、護衛対象が二人になった都合、これが無難な手だとは思うけれど、それでも桔梗院さんは不満気な顔をしている。思わず桃瀬さんが彼女に駆け寄ろうとすると、ムッとした表情で僕を睨み付けるような顔になって口を開いた。


「それでしたら貴方達は今、わたくしとそちらの日和さん、どちらをより女性として好意的に見ていらっしゃるのかしら? 聞いた話では、最初は日和さんだけを護衛しようと思っていたらしいじゃありませんか」




 何処かムキになった顔で、桔梗院さんがとんでも無い事を言い放った。その爆弾発言に、ガンバルンジャーの面々は一斉に動きが固まり、彼等の視線は何処か桃瀬さんの方を向いていた。


 視線を向けられている桃瀬さんは、慌てて自身の意見を述べていく。


「え、えーっと……私は、最初に日和さんに出会ってそのまま同じA組にもなっていたから、日和さんについ夢中になっちゃったけど、C組にも桔梗院さんがいるって彰から教えて貰っていたらそっちにも出張してたからっ! こ、これはホントの事よ!? 信じて桔梗院さんっ!」


「貴女には聞いておりませんのよっ! 大体貴女は同性の筈なのに、わたくし達を見る目が嫌らしいのですわっ!」


 桃瀬さんはすぐさま桔梗院さんの側に駆け寄ろうとしたが、そのまま彼女に拒絶される形で距離を取られ、そのショックで思わず床に崩れるようにうな垂れてしまう。


「そんなぁ……私はただ、日和さんとも桔梗院さんとも女の子同士で仲良くしたいだけなのにぃ……それは確かに日和さんからはやり過ぎな所があるって言われたけど、まさか桔梗院さんからも嫌がられるなんて……」


「やり過ぎって一体何をしましたの!? この方本当に大丈夫なんですの?」


 桃瀬さんの独特な接し方に、思わず調子が崩れる桔梗院さん。ガンバルンジャーの他の面々も桃瀬さんをまるで全ての元凶と言わんばかりの視線で見つめている。


 僕はその桃瀬さんから、救いを求めるかのような目で見つめられている。入学当初に助けて貰った恩もあるし、とりあえず僕を護衛する話になった経緯を桔梗院さんに説明する。


「桔梗院さん、私を護衛しようという話になったのは、入学式の際に私が目立ち過ぎたからなんです。その件で桃瀬さんには助けて貰いましたし、不審者事件も起きましたから、それで余計に本気になったんだと思います」


 入学式で僕の身に起きた出来事を話していく。不審者の件もニュースになって報道される程の規模であり、ヒーローであるならばこの行動を起こすのは想像の通りだろうと話す。


 桔梗院さんは僕の話を聞き入り、自身の顎に手を当て何かを考え始める。更に付け加えてもし彼女が僕の立場だったなら、きっと同じ事をしてくれただろうと説得を試みた。


「あの時桔梗院さんが私と同じ事になっていたら、桃瀬さんは同じように助けていた筈です。信じてあげて下さい」


「……ふうん、どうやら噂で聞いた話と合わせて本当のようですわね……まあ、入学初日に他のクラスから突然貴女の騎士だと言い寄って来る女子が来られても、それはそれで困り物でしたけど」


 僕の話を聞いて、桔梗院さんは僕と桃瀬さんを交互に見つめ、少し考えて一応本当の話だと信じてくれた。けれど、彼女が納得したのは護衛の件での話だけで、ガンバルンジャーの面々が女性として好意的に見ているのはどちらなのをはっきりとさせたい様子だった。


「それはそれとしておいて、翠様達はわたくしと日和さん、一体どちらを女性として好意的に見ていらっしゃるのかしら? 護衛対象の異性二人の内どちらか一方を好いている時点で、平等という視点からは程遠いと思いません?」


 ずいっと一歩前に出る桔梗院さんに、思わずたじろぐ青峰先輩達。さっきまでうな垂れていた筈の桃瀬さんはすっかり調子を取り戻して何故か彼女のフォローに入る。


「まあ、護衛として割り振られた側が、もう片方の護衛対象にやたらと情熱的な視線を向けていたら、確かに護られる側としては不満もあるのはわからないでも無い話よねぇ」


 桔梗院さんの言う事に理解出来る部分があるのだろう、立ち上がった桃瀬さんは彼女の言う言葉に耳を傾けてうんうんと頷いている。


「私は両方とも仲良くしたいから、これからは楽しみが二倍になって嬉しいんだけどね」


 調子を取り戻した桃瀬さんは、僕と桔梗院さんどちらも好意的だとアピールをし始める。


 桃瀬さんの思い掛けない行動に林田先輩を除いた他の三人は、僕と桔梗院さんを交互に見ては、的確な言葉が思い浮かばないのか、何も言い出せないまますっかり狼狽えてしまっている。


 どういう訳か、赤崎君は特に狼狽えた表情をしており、僕の顔を見て非常に申し訳無さそうな顔をしている。何も言えない彼等に、桔梗院さんは生徒会室の周りをざっと見渡して、一つ息を吐いた後に僕を見つめて来る。


「翠様達が何もおっしゃらないようでしたら、平等に扱うという保証は何処にもございませんわね。それでしたら尚の事、先程も申し上げた通りにわたくし達でどちらが上なのか、優劣をつけるべきではありません? 日和さん」


 そう言って、不敵な笑みを浮かべて圧を込めた表情で桔梗院さんは僕を見る。思わず後ずさりそうになるけれど、心の中でグッと堪えていると、話は続いていく。


「それに、このままわたくし達が、はいそうですかとこの話をすんなりと受け入れた所で、周りの目という物はどう動くのでしょうね?」


 周りの目と言われて、僕は心当たりがあり思わずハッとなってしまう。そんな僕の顔を見て確信を得た表情をする桔梗院さん。


「きっとある事無い事勝手に思いますでしょうし、まさかその事を尋ねられる度に、その都度返事をなさるおつもりですの?」


 桔梗院さんのその言葉に、僕は確かになる程と感心してしまう。確かに、入学式の日の件であれだけ騒ぎになって、今日もまた部活勧誘と言う出来事があったばかりだ。僕の見た目は自分で思っているよりも騒ぎの中心になりやすい。


 僕は別にお姫様を名乗りたい訳では無いのだけれど、僕の容姿を好意的に見てくれている人達が多いのも事実。ここで僕が何もしない事で、何か良くない方向に騒がれる事を懸念しているのだろう。


「ですが、それでどうして私と桔梗院さんで、その……お姫様? 勝負という話になるのですか? 私は別に、自分からそう名乗った訳では無いので、出来れば穏便に済ませる方法を探した方が……」


 僕が勝負を避ける方向で行こうとすると、それを良しとしない顔で桔梗院さんが僕を見つめる。僕にぶつかりそうになる勢いで近づいて話掛けて来る。


「それではわたくしが納得出来ませんの! 良いですの? わたくしは由緒正しき桔梗院家の人間でしてよ、見た目にもはっきりと能力者としての証が出ていますし、それでわたくしと同じ立場の者がいらっしゃるのなら、ここでわたくしが上でなければ桔梗院家としても、女としてもプライドが許しませんわ!」


 左右に結んだ青紫の髪を大きく揺らし、ここにいる誰よりも小柄な身体に目には僕に対する対抗心を宿している桔梗院さんが、真剣な顔で僕を見つめている。ここに来て女の子として負けられないと言われてしまい、とても複雑な気持ちになってしまう。けれど、理由はどうであれこんなに真剣な顔をする人を、いい加減な対応であしらう事は僕には出来ない。


 手に自然と力が入り、自然と握りこぶしになる。勝負の結果で今後がどうなるのかはわからないけれど、それでもやるからには桔梗院さんが納得出来るような形で決着がつくまで付き合ってあげたい。


「わ、わかりました……! 桔梗院さんが言う勝負、引き受けます。その勝負で桔梗院さんが勝てば貴女が上で良いです。……ただ、私が勝てば、どちらが上か下かで判断するのは止めて、一緒に穏便に済ませる方向で考えて下さい」


 僕は向かい合う桔梗院さんに、出来る限りのきちんとした対応で勝負を受ける事を伝える。僕が承諾した事が嬉しいのか、桔梗院さんの顔が何処か緩んだ様な気がした。


「フフン、それでこそわたくしが認めたライバルですわ。ただ、自分が勝った時の条件を要求をするとは、既に勝った気になったおつもりですの? こっちも負けてやる気はありませんのよ! お~ほっほっほっほ!」


「ちょっと! 男子達! あんた達がハッキリしないせいで二人が勝負する事になったじゃないの! 私はどっちとも傷ついて欲しく無いのに、そんな事になったらどう責任とるのよ!」


 勝負という物騒な単語で、僕達の周りで桃瀬さんがハラハラとしており、そうなった要因にも不満な声を上げている。


 そう言えばお姫様勝負という言葉だけでは内容を把握出来ない謎の勝負、具体的にどのような事をして勝敗を決めるのだろうか。僕はつい気になって、桔梗院さんに内容を確認する。


「あ、あの、桔梗院さん。それで、私達はこれから一体何を競って勝負をするというのでしょうか? お姫様に相応しい要素を具体的な部分で教えていただけませんか?」


 僕が確認を取ろうとすると、それに桃瀬さんも気になったのか、そう言えば何をどうするのかといった顔で桔梗院さんの方を見ている。蚊帳の外になりつつあった他のガンバルンジャーの面々も、護衛対象同士で暴力的な事はして欲しくは無いといった視線を彼女に向ける。


 視線を集めた桔梗院さんは、自分で言い出した事であるので、既に何で勝負を決めるのかは粗方決めていたようで、とても自身が有り気な顔をしながら僕に話して来る。


「それは既にわたくしの方で決めておりましてよ! お姫様と言えばまずはその可憐な容姿! そして、その容姿に相応しいプロポーション! 丁度この学校では身体測定も始まった事ですし、わたくしと日和さん、よりどちらが周囲を驚かせるお姫様なスタイルなのか、勝負と行きましてよ! わたくしの方が背が低いですが、その分軽いのもわたくし! これはもうこちらの有利ですわね! お~ほっほっほ!」




 一体どんな勝負が用意されているのだろうかと身構えていると、桔梗院さんの口からは思いもしなかった勝負内容が提示された。


 経済力とか、政治力とか、もっと複雑な物で勝負されるのかと思っていたけれど、ここに来てまさかのスタイルでどちらがよりお姫様なのかを決めようという流れになるとは。


 僕達A組は今日既に身体測定を済ませてある。その際に僕は色々と恥ずかしい事も体験してしまった。あの口振りからして、桔梗院さんは多分A組が既に身体測定が済んでいる事は把握していない様子だ。


 僕と桃瀬さんは内容が内容だけに、お互い困惑しながら目を合わせる。ふと、赤崎君の方にも目線を向けると、彼も彼であの時の事を思い出して顔を赤くしていた。

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