5-2




 ガラリと勢い良く開く扉に、僕達の視線は向かう。


 そこには赤崎君と萌黄君を左右に並べるように前に立つ一人の少女がいた。彼女がもう一人の護衛対象なのだろうか、腰に手を当てて僕達を威圧するかのような視線を向けている。


 思わず声を出せずにいると、彼女は堂々と部屋の中に入って来る。よく見ると背丈は吉田さんや中島さんよりも低く、青紫色の髪の毛を左右で結んであり、毛先が軽く巻かれてある。


 威圧する視線はつり上がっており、彼女の青い瞳は何故か僕を睨み付けていて、そのまま僕の側まで歩いてきて、頭のてっぺんから足のつま先まで見つめられると、ようやく喋り出した。


「話で聞いた特徴からして、どうやら貴女が、日和 桜さんですわよね?」


「は、はい……私がそうですけれど、貴女は……?」


 彼女から尋ねられて、そうですと返事をする。初めて見る子なので僕は名前を知らない。僕よりも小柄のにやたらと威圧感のある彼女は、腰に手を当てニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「あら、わたくしの名前を把握していないとは、やはり余所者と言った所ですわね。わたくしは桔梗院 エリカと申しますの」


 そう名乗った彼女は軽く微笑すると、僕に対して何か言いたい事があるのか続けざまに話をするのだった。


「貴女、A組では癒し姫等と呼ばれているようですが、見た目が珍しく、相応に手入れもこなしているようですけど、それでもわたくしの方が産まれも育ちも女として格上なのですわ~! お~っほっほっほ!」


 桔梗院 エリカと名乗った少女は、今まで出会った事の無いタイプの子な為、思わずあっけに取られてしまう。


 彼女の後ろにいた赤崎君と萌黄君も生徒会室に入って来て、それぞれ疲労感のある顔をしていた。二人の後ろにももう一人、切り揃えた長い黒髪の見た事の無い少女がいて、その子も部屋に入ると、静かに扉を閉めてそのまま桔梗院さんの横に立ち並ぶ。


 赤崎君は疲れた顔で桃瀬さんの横に座ると、何処か機嫌が悪そうに桔梗院さんを見ていた。


「何? どうしたのよ焔? あの子何だか日和さんをライバル視してるようだけど、何か言われたの?」


「別に……ただ、俺としては彰の奴を無性にぶん殴りたくなってしょうがない……」


 来て早々、おっかない事を言い出した赤崎君。隣にいる桃瀬さんはきょとんとなり、どういった事情なのか小声で問いただしている。その会話で、赤崎君に殴られそうになっている萌黄君は慌てて彼に駆け寄る。


「ご、ごめんって焔! 俺一人じゃ、エリカちゃんを呼び出すだなんてことしたら、その後教室で何言われるか怖くって、焔が必要だったんだよ!」


「お前、あの日に言った事忘れた訳じゃないよな!? それなのに何で俺まで巻き込んで来るんだよ! 一人でどうにかしろよ!」


 ひたすら謝罪をする萌黄君に、何か約束事をしていたのにそれを裏切られて怒る赤崎君。事情を知っていそうな桃瀬さんは二人を見て呆れた顔をしている。


 ひとしきり笑って、満足した桔梗院さんの横に青峰先輩が並ぶ。何故か先輩も彼女が来てから少し疲れた顔になっていた。


「桔梗院さん、日和さん、二人共今日はよく来てくれた。日和さんに説明すると、彼女は桔梗院家の家の者であり、この学校やピースアライアンスに寄付を行っている家の人間になる。桔梗院さんも、日和さんはまだここに越して来て日が浅いから、知らないのが普通なんだ」


 生徒会長という立場で、何とかこの場を取り仕切ろうとする青峰先輩。僕達に説明を行うという名目で桔梗院さんも席に座らせる。




 席に座る前に桔梗院さんは、萌黄君を無理矢理引っ張って、隣通しで座りこんだ。生徒会室に来て早々に席に座った赤崎君は、この流れを回避している。


 桔梗院さんの隣にいた少女は、彼女の席の後ろに立っており、その細身のすらりとした姿は、凛とした印象を受ける。青峰先輩に席に座るように促されるが、首を振って断る為、そのまま話が始まる。


「桔梗院さん、日和さん、わざわざこうして二人を呼んだのは他でも無い、ピースアライアンスからの指示で、この度二人は正式にガンバルンジャー管轄の護衛対象になった事を伝える」


 青峰先輩の言葉に、それぞれが反応する。僕はここに来る途中で桃瀬さんから話を聞いていたので、その事では驚くことは無かった。ただ、桔梗院さんとは今後どうやって接して良いのかがわからない。


 桃瀬さんは、見た目が小さくて可愛らしい桔梗院さんと仲良くなりたそうな視線を彼女に向けている。しかし、彼女が僕をライバル視している事には、僕同様に困惑していた。


 青峰先輩は一度深く息を吐き、僕達の反応を注意深く見ている。赤崎君は腕を組んでじっとしていて、林田先輩と萌黄君はそんな赤崎君の様子にただ苦笑いを浮かべている。


 生徒会室が妙な空気になった時、桔梗院さんが声を上げる。


「あら、わざわざそのような事をなさらずとも、わたくしには既に護衛がいましてよ。影野!」


 桔梗院さんが手拍子をすると、影野と呼ばれた少女が前に出る。この学校の制服を着ていると言う事は、彼女も生徒なのだろうかと考えていると、桔梗院さんが勢い良く立ち上がる。


「この影野は、わたくし専属の護衛でしてよ! ヒーロー程の腕では無いのですが、それでも護衛を務めるには十分な実力者ですわ! 桔梗院家たる者、何処ぞの小綺麗なだけの庶民の小娘とは違って護衛の一人二人は自前で用意出来ますのよ! お~っほっほっほ!」


 影野さんは、改めて見てみると、背丈は桃瀬さんと同じ位だろうか、そこまで大きくは無いのだろうけれど、桔梗院さんの前に立つと、その身長差は随分と印象的に見える。横に座らされた萌黄君も慌てて立ち上がり、補足するように説明が入る。


「えっと、皆は初めて会うしわからないと思うから、俺が説明するんだけど、影野さんは俺と桔梗院さんと一緒の一年C組の子で、代々桔梗院家に仕えている護衛の一族なんだ。これは俺が彼女達から直々に聞かされた話で、実際に確認もしているから本当だよ」


 彼の説明を受けて、影野さんは頭を下げる。自前の護衛を紹介出来て何処か誇らしげな桔梗院さんは、その勢いのまま僕に話し掛けて来る。


「それで、日和さん。貴女は確かこちらに越して来て一人暮らしだと聞いておりましてよ? 特別能力者として入学出来るような方が、護衛も無しに普段は一体どのように過ごしていらっしゃるのかしら?」


 桔梗院さんから、僕の護衛の有無について尋ねられる。一応メイさんが彼女にとっての影野さんのような存在ではあるのだけれど、どこまで説明すればいいのか困ってしまう。


 そして彼女は、護衛の件も気になっている様子だが、それよりももっと気になっている事があるのか妙な事を尋ねだす。


「まさか庶民と言うのは仮の姿で、周りから持て囃されていらっしゃるように本当に王族とかではございませんわよね?」




 産まれも育ちも本物のお嬢様である桔梗院さんは、僕の事情が気になるのか奇妙な質問をして来る。自分と同様に、ピースアライアンス直々に護衛対象として指名される位には特別な存在である僕は、彼女からしてみれば謎だらけでとてもちぐはぐとしていて、浮いて見えているのかもしれない。


 周りから担ぎ上げられたなんちゃってお姫様である僕は、今とても窮地に追い込まれている。


 実はシャドウレコードの四天王の一人で、情報が少ないヒーロー部隊の調査をする為に身体を女の子にされて、潜入任務を行っていますだなんて、こんな事馬鹿正直に言える訳が無い。


 ガンバルンジャーも全員いるこの場で、余り迂闊な事は言えない。けれど幸い、僕の産まれや育ちの事情は彼等はある程度は把握しているので、明かして困らない程度に説明してみる。


「その、産まれについては私にもわからないので、何も言える事は無いのですが、今はこちらの土地のマンションに住まいを借りまして、私の借りている部屋の隣には身の回りの事を支えて下さっている人が、一緒に住んでいます」


 メイさんとグレイスさんの存在を桔梗院さんに話す事にした。二人はどういう訳か、先日の不審者事件でガンバルンジャーとも接触していたりもする。


「それに、時々保護者代わりの人も仕事で忙しい合間に来て下さるので、完全に私一人で暮らしている訳では無いんです。この事は入学式の日に桃瀬さんにも話してあります」


 僕はそう言って桃瀬さんの方に顔を向けると、彼女は頷いてその話が本当だと証明してくれる。詳しく問い詰められたら、彼等が彼女達に接触した時の話もすれば嘘は言っていない事は納得して貰える筈だ。


 僕の話を聞いて、桔梗院さんは一応納得はしてくれたようだった。


「ふうん、まあ嘘では無さそうですわね。まさか、うら若き少女の身の回りの事を任されるような方が殿方である筈はありえませんし、保護者代わりの方と言うのも噂で流れて来る話通りですし」


 噂話という言葉で、僕の知らない内に僕の事は大部分に広まっているようだった。あまり変な内容で広まっていないと良いのだけれど。


「どうやらただの庶民の小娘と言う訳では無いようですわね。貴女が養子に入った家柄も相当な物なのでしょう」


 桔梗院さんは僕に対する態度を改め、何処か真剣な顔つきになる。どうやら彼女の中で、僕の評価が数段階上がっているようだった。


「お金に余裕が無い者でしたら、越して来るのは貴女一人だけでしょうし、同じタイミングで隣に人を住まわせる為に部屋を借りるのも、不動産事情に明るい者がいないとストレートに事が進みませんわ。住む場所もただのマンションに見せかけて、裏ではセキュリティがしっかりしているのでしょう」


 桔梗院さんのつり上がった青い瞳が、僕を鋭く見つめている。そして、彼女の言っている事は殆ど合っている。僕の借りたマンションは周りにどんな人が住んでいるのかは把握はしていないが、S&Rグループが管理している物ではあるし、管理人もシャドウレコードの人間だとグレイスさんが言っていた。


 ただ、メイさんと部屋を別けた理由は、僕が殿方の方だった訳で、今は同性になったとはいえ僕が女性と一緒に住むのにどうしても抵抗があったからだ。


 もっと普通な能力であれば、こんなややこしい事態にならずに、距離を取って落ち着いて調査を行えたのかもしれない。桔梗院さんの推理に、ガンバルンジャーの面々は驚いているし、桃瀬さんに至っては何だかまたもや目が輝いている。


「へぇ……やっぱり日和さんって、良い所のお家の子なんだぁ……通りで所々で志が高い所がある訳ねぇ、やっぱり私のお姫様はこうでなくっちゃあ、えへへ」


 桃瀬さんが僕にうっとりしている横で、赤崎君が話について行けずに疑問に思った事を口にする。


「部屋を別けて住むのがどうして家柄に繋がるんだ? 確かにもう一人一緒に住むなんて相当金がかかる事なのはわかるけど……」


「わざわざ別の部屋を用意して住まわせるのは、その方が日和さんの従者である証拠ですわ焔様。そして他所から来て住むのにマンションを選ぶと言う事は、そこを管理している縁者でもいらっしゃるのでしょう」


 赤崎君の疑問に、桔梗院さんが答える。彼女の言っている事は客観的に見たら大体合っているので、訂正しようが無い。ただ、任務を遂行する為に用意された物が、何故こうも変な方向に解釈されていくのか。どうにかして僕の印象を少しでも変えなければ。


「あ、あの、確かに私の周りの人達はとても良い人で、凄い人ばかりです……ですが、それは私が凄いという訳では無いんです……! なので、それを私が凄いみたいに語るのは止めて下さい!」


 僕の声で、生徒会室は静かになる。集まる視線に一呼吸して、僕は立ち上がりここに来た理由を語る。


「私は私に良くしてくれる人達に恩を返したくて、ここにやって来ました。これから沢山努力して、周りから頼られるような素敵な存在になるんです」


 僕はここに来てまだ何も成し遂げてはいない。寧ろここから始まっていくのだと気合を入れ直す機会かもしれないと思った。


「今住んでいるお家も、身の回りの面倒を見てくれる人も、全て用意された物ではあります。いつかそれらに恩返しをする為に、立派な大人になってこれから凄くなるんです!」


 言いたい事は言えたので、僕は落ち着こうと深く呼吸をする。一息して落ち着くと、桔梗院さんが僕の前までやって来た。


 鋭いながらも先程とは違って威圧感が無い真剣な眼差しで僕を見ると、不意に話し始める。


「最初は侮っていて申し訳ありませんでしたわ。与えられた家柄を驕らず、自分の物と他人の物は分別して考える高潔な姿勢。周囲からの好意への恩返しをするという理想ある志。まるで見た目通りのお姫様ですわね……フフン、やはり貴女はわたくしの倒すべきライバルですわ」


 桔梗院さんにあまり褒められたくない容姿の褒められ方をされたと思いきや、突然ライバルと言われてしまう。


 僕は誰かと戦うつもりは無いし、この流れでどうしてそうなるのか困惑する僕を他所に、彼女はまたもや不敵な笑みを浮かべる。


「ですが、この学校にお姫様は二人もいるべきでは無いのですわ! 日和 桜さん! よりどちらが護られるに相応しいお姫様か勝負と行きましてよ! わたくしと貴女で勝った方が真のお姫様なのですわ!」


 僕の何かが、彼女を刺激してしまったのだろう。でも、それがどうしてお姫様勝負になるのかはわからない。


 僕がそう名乗っている訳では無いのに、周りが僕をそうさせたがるというのか。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る