4-8


 正直、今の桃瀬さんは普段とは別人に感じてしまい、そんな子にここまで密接な距離感でいられると、スタイルの良さも相まって色々と接触しているので、緊張して違う意味で不安になって来る。これはどういう事なのか、事情を知っていそうな南野さんに尋ねてみた。


「……あの、南野さん、桃瀬さんはどうしちゃったんでしょうか? 何だかいつもと印象が違いますし、ここまで変わってしまいますと、これはこれで凄いやり辛いです」


「あー、これねー。実はチュンちゃんってね、大泣きする程ショックな事があると、その悩みの元が解消されるまで抱き着いて来る甘えん坊状態になるのよ」


 幼馴染として色々と事情を知っている南野さんは、今の桃瀬さんの状態になってしまう経緯を簡潔に説明してくれる。


 その話を聞いて、そんな風になってしまうのかと僕が考えていると、少しふざけた雰囲気になりながら説明は続いていく。


「上っち達みたいに付き合いの長い私達の間では通称『チュンちゃんスーパー美少女モード』って呼んでて、小さい頃はしょっちゅうこうなっちゃって可愛かったのに、中学に上がる頃には滅多に見かけなくなったんだよねー、久しぶりに見て驚いちゃった」


 な、成程、そういった状態があったとは。これはレオ様達に報告して良いのか微妙な内容になる。桃瀬さんの意外な部分を知れたのだけれど、幾ら敵対している間柄と言え、女の子をわざと泣かせるような酷い事をレオ様達にして欲しくは無い。


 一人考え事をしていると、僕の後ろで桃瀬さんがイヤイヤと首を振り顔を赤くしていた。性格が大きく変わっているのもそうだけれど、それに伴って仕草も何だか幼くなったようにも思えて、本当に別人になってしまったのでは無いかと、心配でドキドキして落ち着けない。


「だって、だって、こうなった私を皆して可愛がるんだもの……私だって恥ずかしいんだから……ねえ、日和さん、もう少しだけこのままでいさせて。教室に戻る頃には落ち着くから……お願い……」


 ここまでされると、もう何も言えなくなってしまう。今ではきつく言い過ぎてしまったとも思えて来て、僕が悪い事をしてしまったのではないのかと感じて落ち着けない。教室に着くまで好きにさせよう。




 廊下を少し歩いて、ようやくA組の教室が見えて来る。僕が声を掛ける前に、桃瀬さんは自分から離れて行った。それでもシュンとした顔は戻りきらず、教室に入る時に男子達が若干ざわついた。


 赤崎君も桃瀬さんの表情には驚いており、一体何を言ったのかと僕を見ている。遅れて来た状況に何があったのかを先生に尋ねられてしまう。


 何も無かったとは言えなかったので、正直に僕がこういう場所での着替えに慣れておらず、落ち着くのに時間が掛かってしまったと、どうにか事実が含まれた言い訳を思いついて話し、男子達の視線を集めてしまう恥ずかしい結果でどうにか乗り越えられた。


 先生もそれ以上は追及はせずに、視線を向ける男子を注意する形で身体測定を待つ流れになった。




◆◇◆




 A組の順番が訪れて、身体測定に向かう。男女で別々に測る為、僕は女子達を先導して保健室に向かう。


 男だった僕が女の子になって、女子達を連れて身体測定をするという、この何だか奇妙な状況をあまり深く考えないように歩いていると、あっという間に目的地に辿り着いた。


 身長や体重の他に、視力や聴力等々、色々な物を測っていく。出席番号順で測るようで、まずは身長からになる。


「いやー、流石にスリーサイズは学校じゃ測んないかぁ。こんな大勢の前でお腹周り出したく無いもんねぇ」


 南野さんが桃瀬さんの隣で会話をしている。彼女は既に元の調子に戻っており、先程の彼女は夢か幻かと思える位に切り替わっている。


「そうよねぇ、私も今腹筋でお腹割れちゃってるから、女の子っぽくないし周りもびっくりしちゃうわ」


「えぇ? お腹割れてんの? 凄いじゃん。それにしてもさっきの日和さんに甘えてるチュンちゃん、久しぶりに見たけどやっぱり可愛かったなぁ~、うへへ」


「ちょ、ちょっと、ホントに止めてよぉ……あの状態になるの、すっごい恥ずかしいんだからさぁ……自分でも抑えられなくなって、大変なんだってば……」


 恥ずかしさで赤くなった顔を、手で覆うように隠す桃瀬さん。恥ずかしがる彼女を見つめていると目が合った。


「日和さんも巻き込んじゃってゴメンね。ああなる位に取り乱しちゃうのは私も恥ずかしいから、これからは気を付けるから」


「はい、もうこれ位にしておきましょう。私も同じ目に遭いましたし、お互い様ですよ」


 そう言って僕は桃瀬さんに向き合いながら伝える、それで向こうも納得して、ギクシャクする事無くまた元の関係に落ち着く。僕の隣にいた吉田さんも、僕達が変な事にならずに済んだのにホッとして良かったねと僕に笑顔を向ける。


 それにしても桃瀬さんはお腹が割れているとは……僕なんて身体を鍛えようと運動をしてもすぐにバテてしまっていたり、それなら栄養を摂って体力を付けようとご飯を多めに食べて苦しくて動けなくなったりと、全然上手く行かなかった昔を思い出してしまい、羨ましく思っていると、保健室の準備が出来たので、出席番号順に並び直す。




 一人一人身長計に乗り、身長を測る。測った身長は即座にデータとして保健室備え付けの端末に記録され、学校から各々指定されたパスワードを入力すれば、本人の証明を確認出来れば閲覧可能となる。


 今の僕の身長は一五五センチであり、女の子になる前に最後に測った時より三センチは縮んでいた。身体が変化した後の、初めての着替えの時に感じた違和感を改めて認識する。あの時は視点は変わって無いと思っていたのだけれど、全体的に身体が小さくなっていた。


「私は一五九センチだったよー、ほう、吉田さんは一五〇センチなんだー。へぇ、ちっちゃくて可愛いじゃーん」


「うぅ、ギリギリだぁ……これでも去年から毎日牛乳飲んでたんだけどなぁ、やっぱりもっと食べないと大きくならないかな……」


 南野さんと吉田さんがそれぞれの身長を確かめ合っている。もう少し背が伸びて欲しいと思っている吉田さんは、桃瀬さんの方を見ながら彼女の真似をした方が良いのか真剣に悩んでいる。吉田さんから視点を向けられた桃瀬さんは、可愛らしい悩みに笑みを浮かべる。


「ふふ、私が言うのもあれだけど、今から食べる量を増やしても横に大きくなるだけよ? 私ももう少し成長したかったけど、去年と同じ一六三センチだもの」


 桃瀬さんからの指摘に、ギョッとして思わずお腹を押さえる吉田さん。その姿にケラケラと笑い出す南野さんの側まで桃瀬さんが近づくと、不意に悔しそうな表情になる。


「一八〇センチとは言わないけど、せめて一七〇センチ近くまでは背が欲しかったわっ! 焔達が羨ましいわ! アイツ等ぐんぐん背が伸びてってさ、去年の初めはあんまり変わらなかったのに一気に突き放されちゃった気分よ!」


 手を握りこぶしにして、それを胸元に寄せて悔しがる桃瀬さん。ここで僕は逆に三センチ縮んだって言ったらどうなるだろうか、とても口に出して言えない事を思っていると、南野さんが宥めるように反応する。


「まあまあ、でもさチュンちゃん、女同士じゃ無かったらさっきの女子更衣室の件は、日和さんに許して貰えなかったかもよ? あれをやったのがもし男子達だったら、セクハラってレベルじゃない犯罪じゃん」


「何よそれ!? そんな事まず私が許さないわ! ……でもまあ、そういう事ならそれもそうかもしれないわねー。私達女に産まれて良かったわねー、あははは」


 あっさりと女同士である事を喜ぶ桃瀬さん。でも僕は産まれはこれでも男だった訳で、もしふとした失敗で性別の件がバレたら、いつか彼女の拳が飛んで来るのではと今の反応でひやひやしてしまう。


 この場の会話の流れが、不意に際どい話になってしまうのではないかと身構えていると、吉田さんが顔を赤くしてしまう。


「もし男子があんな事する以前に、お、男の人が女子更衣室に入って来るのがまず犯罪だよっ!? そ、それに、男子が女子の身体を触るのだって、お互いに好きじゃないとダメな事だよ……」


 完全に顔を赤くしながら、凄く真っ当な事を言う吉田さん。僕の緊張を他所に、桃瀬さんと南野さんが左右から彼女に抱き着き始めた。


「えー? じゃあ、お互い好きじゃなくても女同士ならこういうのはオッケーなの? 吉田さーん。そんな犯罪級に可愛い事言ってたら、男子より先に女子に狙われちゃうよー?」


「うひゃああ!? は、離して、離してよぉ! 恥ずかしいから止めてってば!」


「お姫様な日和さんもだけど、吉田さんも結構小動物みたいな可愛い反応するのよねぇ。癒し系の女の子と二人も仲良くなれてホントに今幸せだわ……頭撫でちゃいたくなるのよね」


 案の定、空気がおかしな方向になってしまう。友達同士で仲良くするのは微笑ましいけれど、男子の目が無いからか、少し過激になってしまいつつある。僕にされるのも恥ずかしくて嫌だけれど、吉田さんも困惑しているので、クラス委員長として止めなければならない。


「もうその辺りにしておいた方が良いですよ? 吉田さんも恥ずかしいと言ってますし、この後もあるんですよ? これ以上騒いでいたら先生が来ちゃいますって」


 僕が言い終わると、それに合わせて保健室の先生がこちらを見てわざとらしく咳をして来て、体重測定の用意も出来たと説明も入る。


 吉田さんは二人から解放され、慌てた様子で僕の後ろに回る。気まずそうになった二人はぺこぺこと周りに頭を下げて次に移る。




 次は体重測定になる。これも一人一人測っていく為、番号順になる。前の順番の女子達が体重計に乗る度に人によって歓喜の声だったり、悲鳴だったりが飛んでいる。


 僕は逞しい身体に憧れがあって、少し前までは毎日お風呂上りに自分の部屋に置いてある体重計に乗り、どんなに食べて鍛えても一向に目盛りが増えなかった事に悲しみを覚えていた。


 女子だと皆気にしているのか、周りを見れば吉田さんも気にしている様子で、南野さんは桃瀬さんに話しかけている。


「ねえ、チュンちゃん、毎日お昼にあれだけパクパク食べてるけどさぁ、ホントに大丈夫なの?」


「心配ご無用よ、春風。寧ろお昼はいっぱい食べた方が消化効率は良いし、しょっちゅうハードに身体を動かす機会も多いから、あれ位じゃ脂肪を付ける暇も無いもの、ホントはもっと筋肉が欲しいけど、女の子らしく無いのも嫌なのよね」


 へー、そうなんだーと、南野さんは桃瀬さんの腕や肩をペタペタと触る。桃瀬さんが身体を触られながらも、真剣な顔でこちらを見る。


「それよりも今は、私よりも日和さんの方よ! 更衣室で見たけど、あの細いのにメリハリのある身体は絶対ヤバい数値をたたき出すに違いないわ!」


 A組の女子達の視線が一気に僕に集まる。吉田さんも心なしか真剣に僕を見ている。期待の目を向ける桃瀬さんに、そんな事は無いと断りを入れる。


「そんなに見られましても、私だって普通の人間ですよ? 私の体重なんて見ても全然面白くはありません」


 その言葉が挑発と取られたのか、いつもより神経質になっていた女子達が何処か殺気立つような視線で僕を見て来る。一瞬たじろいでしまうけれど、僕の順番が来たので体重計の前に立つ。


 体重計に乗る前に、一応半袖の体操服分の重量は差し引いて計測するけど、長袖のままで良いのかと先生に聞かれるが、今日は肌を晒す気分にはどうしてもなれなかったのと、何がどう違うのかわからなかったので、そのままで良いですと断りを入れて体重計に乗る。


 計測が済み、出て来た数字は男の頃より数キロも少なかった。身長が減った分体積も減る筈と思っていたら、予想よりも落ちていて驚く。この身体になってからは、身体を鍛えるという行為はせずに、朝起きた時と寝る前にせいぜいストレッチを行う位しかしていない。引っ越しの際に体重計も一応持って来てはいたけれど、鍛えるような無茶をしないなら体重も増えないと思い、測る事はしていなかった。


 思っていたより体重が軽かった為、僕も驚いていたけれど、それよりも僕の体重が気になって見に来た女子達の方が驚いていた。桃瀬さん達も唖然としていて、僕が体重計から降りると、途端に肩を掴まれる。


「何処が普通なのよ!? 思った通りの結果だったわよ! 確か自己紹介で甘い物が好きだって言ってたけど、あれは嘘だったの?」


「日和さん軽すぎじゃない! ねえ、普段どんな食生活しているか教えてよ! 何から何まで綺麗過ぎて羨ましいの!」


「減量のミスかと思ったけど、さっきまで同じ設定で測ってるからそんな訳無いんだよね? 身長同じくらいなのに、違い過ぎなんですけど!?」


 周りの女子達からも、体重の件でどうやったらそんな風になるのか問われる。そう言われてもどうしてこうなっているのか僕もわからない。僕は甘い物が好きだし、毎日三食食べないと体調にも影響が出る。嘘つき呼ばわりは嫌なので、正直に答えなければ。


「ご、ご飯は毎日なるべく同じ時間にきちんと三食食べてます。甘い物も好きですし、お休みの日には食べてますよ? 人より食べる量が少ないのかもしれませんが、よく噛めばお腹一杯になりますし、好きな物を食べるようにしています」


 あんまり一度に多くは食べられないけれど、それでもお腹が空いてしまう時はどうしようもなく空いてしまう。シャドウレコードでグレイスさん達にあれこれ指導して貰っている時に決まった時間にしょっちゅうお腹を鳴らしては、その度に笑われてしまったのを思い出す。


「あ、後は朝起きた時と夜の寝る前にはストレッチをしている位でしょうか……私もこれ以上は良くわからなくて、ご、ごめんなさい……」


 何だか良くわからないけれど、とても申し訳ない空気になってしまったので、頭も下げる。これ以上は特に何もやっていない為、納得できない子にもし更に詰め寄られたらどうしようかと思ったが、誰も何も言って来なかった。


 先生にもこの一部始終を見られていたが、今回の僕の件では何かをするような事は無かった。どういう訳なのか、寧ろ騒ぎが落ち着くまで見守ってくれていた。


 この後、桃瀬さんが僕に自分の体重を見せて来たのだが、ヒーローという規格外の生活をしている彼女の体重では、何も参考にならないとA組の女子達に一斉に突っ込まれていた。この後の測定は何事も無く進み、女子更衣室で着替える際に、僕は周りの女子達から畏敬の念を抱かれ、吉田さんを含んだ一部の女子からは憧れの視線が飛んで来た。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る