4-7




 女子更衣室前の廊下では、僕とその隣にいる吉田さんを囲うようにA組の女子達が集まっており、僕の足元には土下座した桃瀬さんがいる。


 確認の為にこの場に来た赤崎君は、その光景を見て、一体何をやっているのか不思議そうに見つめていた。


 彼に説明を求められた僕は、更衣室の中で自分の身に起きた事を一体どう説明したら良いのか困ってしまう。きちんと説明した方が良いのか悩み、吉田さんに視線を向けると、絶対に言わない方が良いと言いたげな顔つきで首を横に振っている。


 周囲の女子達も互いに顔を合わせ困惑し、赤崎君も、僕絡みで何かがあったのは察し始めるけれど、それでも尋ねられるような内容でも無さそうな空気感に、次第に居心地を悪くしている。


 誰も何も言えなくて静まったその場に、桃瀬さんが声を出した。


「日和さんが女の子同士の着替えに慣れて無くってね、恥ずかしがっていたから慣れて貰おうと、少しスキンシップを多めにしてたら、私がついムラッと来てやり過ぎちゃって、事故でスカートひん剥いて泣かせちゃったのよ!」


 起きた事を正直に話す桃瀬さん。話していく次第に感情が昂ったのか少し大きめな声になり、後半の部分が静かな廊下に響いていく。


 そんな事を大きな声で語られ、しかも男子の赤崎君に聞かれて僕は途端に恥ずかしくなる。流石に女子達も桃瀬さんの行動には驚き、思わず南野さん含めた彼女の友人達が止めにかかる。




 赤崎君は一瞬キョトンとした顔になるが、大き目な声で聞こえた最後の単語に反応したのか、途端に静かにだけれど、とても真剣な面持ちになって桃瀬さんに詰め寄り出した。


「どういう事だ、涼芽? 何でお前が日和さんを泣かせる事になったんだ……一番最初に彼女を護る騎士を名乗り始めた癖に、その護る対象を泣かせるなんて随分じゃないか……?」


 元々端正な顔立ちな事もあって、今の赤崎君はとても凛々しく見え、間近でその表情を見た女子の一部の顔が赤くなる。場の流れが彼に向き、立場を悪くした桃瀬さんが反論する。


「だから、言ったじゃない。私が日和さんにムラムラしちゃったからやり過ぎちゃったって。ホントに凄かったのよ? 焔だって気になっちゃうでしょ? お姫様の事なら何でも知りたくなっちゃったのよ!」


 と、桃瀬さん本人は凄く真剣に話すのだけれど、知りたいからと言って許可なく腰を触るのは、くすぐったいし止めて欲しい。

 

 大体、僕の腰回りなんて、そんなに言われる程だろうか。胸や髪の毛みたいに身体が変化した際に大きく変わった部位の一つだと思うけれど、気になって体操服の上から腰回りに手を当てて自分でも確認していたら、側にいる赤崎君がこちらを見ていて、彼と目が合うと、一瞬で顔を赤くして狼狽えだした。


「え? 赤崎君、どうかしましたか? 桃瀬さんに言われて、私自身も気になって確認しているのですが、私の身体がそんなに皆さんを変な気持ちにさせてしまう物なのでしょうか……」


「そ、そんな事、な、無いと思うぞ! 確かに言われたら見てみたい気もするけど……だからって、泣いて嫌がるような事を無理矢理やるのは間違ってる筈だ!」


 顔を赤くして、僕から視線を逸らしつつも赤崎君はとても正直な意見を言う。その正直さと真面目さのある言葉に僕は思わず戸惑い、身体の確認を止める。


 赤崎君が狼狽えるのを見る桃瀬さんは、不意におどけるような動きで立ち上がり彼の元まで近づいていき、僕達には聞こえない大きさの声で何やら彼の耳元でこっそりと囁き始めた。


 男女の枠を越えたような、彼等独自の関係性を見せる桃瀬さんに、赤崎君は赤くなった顔を更に赤くして、耳元で何かを言っていた彼女を払いのける形で語気が強めになり始めた。


「そ、そういう事じゃねえ! ふざけるのも大概にしろよ涼芽! そういう事は、もっと……もっと……って、何言わせようってんだ!?」


 そのまま桃瀬さんに掴み掛ろうという雰囲気になり始めたので、僕は慌てて彼の身の前に出て抑える。


 このままだと赤崎君が悪者になってしまう流れになりそうだったので、それは良くないと思い何とか止めようとすると、隣にいた吉田さんも一緒になって抑えてくれた。


「だ、ダメですよ、赤崎君! 桃瀬さんに何を言われたのかわかりませんが、それ以上してしまうと、赤崎君は何も悪く無いのに悪者扱いされてしまいます!」


「そ、そうだよ! 桃瀬さんには私達が言っておくから、男子の赤崎君がそうなっちゃうと、日和さんだって困っちゃうよ!」


 二人でどうにかして抑えようとする。吉田さんは僕よりも背が低いので、共に二人して見上げる形になる。赤崎君は僕達を見て、一瞬動きが固まると、怒るに怒れない状況に、はぁ、と深く息を吐いた。


 数日前の手の怪我の件と言い、またもや僕絡みで事が起こりそうだったので、とにかく彼を宥めたかった。すると赤崎君は、後ろを向いて頭を思いっきり左右に振ると、何とか落ち着いてくれた。


「わかったよ……この場は女子に任せて先に教室に戻るから。確認はしたから早くその馬鹿をどうにかしてくれ……」


 事情は知れたとして、後を僕達に任せて元来た廊下の方に身体を向けて教室に報告に戻ろうとする赤崎君。


「それと、日和さん、また変な空気にしてごめん。隣の……吉田さんも、迷惑かける所だったし、ごめんよ、じゃあ」




 戻り際にそう謝罪の言葉を受け取る。赤崎君はこちらを見ると落ち着けなくなるのか、全く振り向かずに先に戻ると告げ、そのままスタスタと歩いていく。


 突然の彼の登場に、一時はどうしようかと焦ったけれど、ひとまず乗り切れて良かったと吉田さんと二人して安堵する。桃瀬さんはすっかり調子を戻し、今ではケラケラと一人で笑っている。


「いやー、良かった良かった。焔の奴が来た時はヤバいと思ったけど、どうにかなったね! ありがとう日和さん達!」


 元はと言えば、原因の殆どは桃瀬さん絡みだというのに、どうしてそんなに気楽にいられるのか。流石にA組の女子達もこれには僕以上に呆れてしまい、今度は桃瀬さんに詰め寄り始めた。


「ちょっと、桃瀬さん、これは酷いわよ! 男子の赤崎君に何を言ったのか知らないけど、真剣に対応してた彼を怒らせてどうするつもりだったの?」


「そうだよチュンちゃん! 赤崎君が変な気を起こしてたらどうするつもりだったのさ! 日和さんだって巻き込む所だったじゃん」


 南野さん含めた女子達の真っ当な意見に、桃瀬さんは途端にたじたじになる。困り顔になりなんとか謝罪の言葉を出し始める。


「えっとねー、これには深い事情があってねー……詳しくは言えないんだけど、私はアイツがそういう事する奴じゃないってのを知ってたから、つい、ああいう風にしちゃって……と、とにかく皆迷惑掛けてごめんね! 許してぇ!」


 桃瀬さんはそう言って両手を前に合わせてぺこぺこと頭を下げる。女子達一人一人の名前を呼び向き合いながらきちんと頭を下げるその姿勢に、彼女達も怒る気も失せていく。


「そう言えば、赤崎君が桃瀬さんに怒ってた理由って、日和さんを泣かせた事が理由だったよね? 凄い真剣な顔でカッコ良かったねぇ」 


 吉田さんがふと先程の出来事を思い返している。その言葉に反応する女子も多く、軽く頬を赤くしている子もいた。そう言えばそうだったのを僕も思い、その事に少し疑問を感じたけれど、結構な時間を消費している為、今は教室に戻る事を優先した。


「とりあえず今は早く教室に戻りましょう、先生や男子達を待たせてしまっていますから急ぎましょう」


「日和さんも吉田さんも私がバカやっちゃったせいで迷惑かけてごめんねぇ! これでとりあえず全員に謝り終えたから、さあ戻るわよー」


 教室に戻ろうと皆に声を掛けると、桃瀬さんも同時に謝罪にやって来た。謝り終わるとあっという間にけろっとして次に行こうとする彼女に、僕は流石に今回はやり過ぎているなと思い始めた。




「あの、桃瀬さん、今回の件もですけれど、常々から思っている事がありまして……私の事をお姫様扱いして、そう呼ぶのも桃瀬さんの好きにすれば良いと思うのですが、偶に行き過ぎてると思う事もあります」


 ここで一度はっきりと言った方が良いと思い、彼女の目を見て丁寧に話す。桃瀬さんは僕の言葉に思わず固まってしまうが、構わず最後まで言い切る。


「私はドレスなんて着た事も無いですし、ダンスの踊り方も知りません。お弁当箱だって、あれ位の量が丁度良いだけで、狙ってやっている訳では無いんです。身体だってこういう風に育っただけですし、私の事で一つ一つそうやって扱われるのは、正直恥ずかしいんです」


 数日前からの扱われ方に対して、僕は一つ一つ思い出しながら想像されている事を改めて訂正していく。感謝している部分もあるけれど、これ以上は流石に恥ずかしさが上回ってしまいそうだった。


「あの日の通学路で声を掛けて頂いたのはとても有難かったですけれど、私がどう思っているのかを考えてくれないのでしたなら、今すぐ止めて欲しいのです……」


 そう言いきって僕は頭を下げる。僕の喋り方や立ち振る舞いは、正直四天王になった後から身に着けた物だから、練習すれば誰だってそう振る舞える物であるし、それ以外の事は見た目以外は、他の人とそう変わらない筈だ。お姫様の暮らしだなんて全くもって知っている事など、何も無い。


 僕はなんてことの無い人間で、ただ、普通では無いのだけれど、それでもここまで持ち上げられるような存在では無いと思っている。特別扱いを控えて欲しくてお願いして頭を上げると、桃瀬さんは震えており、その目には大粒の涙を浮かべていた。


「あっ、うっ……日和さんがぁ、そ、そんな風に、思ってただなんて……ゴメン、ゴメンねぇ……可愛い子と仲良くなれたと思って、浮かれ過ぎてたわ……うう……うわあああん!」


 先程までの態度が嘘のように変わり、僕達の前で桃瀬さんは泣き始めた。




◆◇◆




 僕にそう言われたのが余程ショックだったのか、わんわんと泣き始めた桃瀬さんは、僕に謝りながら抱き着いて来た。僕を抱く彼女の力は凄く強くて、初めは困惑していた僕も、次第に苦しみ出すと南野さん達数人が慌てて桃瀬さんを引き剝がし始めた。


 泣いていた時間はそう長くは無かったけれど、僕に嫌われたと思っているのが相当辛いらしく、今も尚しょんぼりとした桃瀬さんに背中越しに抱き着かれながら教室に向かっている。


「ごめんなさい、ごめんなさい、日和さん……私、女の子ならお姫様扱いして大事に扱えば喜んで貰えると思って、そう扱って来たけど……やり過ぎちゃってたみたい」


「大切にしたいという気持ちは否定しません。ですが、何にでも反応して褒め過ぎるのは対応に困ります」


「で、でもっ、これでも褒め足りない位なのよ? それに毎日のように新しい発見もあって、私だって凄くない所を凄いとは言ってないのよ?」


 桃瀬さんは不安そうな顔で、また少し僕を抱きしめる力を強くする。褒め足りないと言われても、そんなにいっぱいあるの? と、思っていると南野さん含めた周りの女子が頷いている。


「確かにチュンちゃんの言う事も一理あるかもね、あの細い腰も、S&Rのエロかわ下着が似合うのも、ムダ毛が無い体質なのも、全部私等からしてみれば凄く羨ましい事ばかりだもの」


 先程の更衣室の件で、僕の凄い所と思われる個所を指摘される。正直、気が気じゃなかったので、身体の話とか下着の話をされても余裕が無かった為、未だに良くわからない。それに、僕自身はとても気にしている事を羨ましがられるのはとても恥ずかしい。


「あ、あの、体毛云々の話は控えめに話して下さい……髪の色もあって、意識されると凄い恥ずかしいんです……」


 僕が小声でそう言うと、皆一様に僕の髪を見て、その後に上半身や下半身に視線が向き、其処でようやく何かを察してくれた。改めて謝罪を受け取る事になってしまった。




「ホ、ホントにごめんね……日和さんが誉め言葉と受け取れずに、恥ずかしがる理由の一部がようやくわかったわ……」


「褒められて嬉しいと感じる部分もありますし、それが大半なんですけれど、中には対応に困る事もあるんです……それさえわかって頂けたのなら」


 僕の体質事情を知るA組の女子達。一部顔を赤くしてこちらを申し訳無く見ている能力者の子もいる中、後ろの桃瀬さんが尋ねて来る。


「じゃあ、褒める内容に気を付けて、お姫様扱いもタイミングに注意すれば大事にしても良いの……? 私の事も、嫌ってない……?」


 何だか先程から桃瀬さんの様子がおかしい。大泣きした影響か、今でも瞳は潤んでいて、喋るトーンも落ち着いていて、しおらしくなっているような気もする。


「は、はい、そうして貰えれば別に構いませんし、私は桃瀬さんの事を嫌ってなんていませんよ?」


「ホント? ……ありがとう、嬉しい……! 私、嫌われて無くて良かった……!」


 そう言って、安心した顔で僕を一層強く抱きしめる桃瀬さん。普段の彼女は活発でとんでもない事を言う、素敵でカッコいい系の女性を目指しているというのに、今の彼女はその要素は一切無く、ふにゃりと笑う桃瀬さんは、出会って最初に感じた女の子らしい女の子の見た目の印象そのままで、とても可愛らしく見える。

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