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「はぁ……しっかし、この後の事もあるのにチュンちゃんは、よくもまあ食が進むねえ……私なんか数日前から今日が気になって食べる量を意識してるのにさー、あーあ、せめてお昼前だったらなあー」


「そう思うなら、常に日頃から意識していれば良いのよ、春風。そんな事を二、三日やった所で結果なんて変わらないんだから無駄な努力よ」


 妙に余裕を持った態度で、憂鬱そうにしている南野さんに指摘する桃瀬さん。彼女の言葉は周囲にも影響して、心なしか苦々しい声を出す女子が他にも数人いた。


 桃瀬さんを別世界の人間を見るかのような視線で唖然としている吉田さんに、僕はさっきから何の話をしているのか気になると、そういえば今日は身体測定でこの後体操服に着替える必要があったのを思い出す。その事を意識すると途端に恥ずかしくなってしまう。


「そういえば今日は、身体測定のある日でしたね……午前中にクラス委員長の用事があったのも、その件の事だったのを忘れていました……」


 部活勧誘の一件で、身体測定の事をすっかり忘れてしまっていた。どうしよう、着替えの為に女子更衣室に行かなければならないし、全員の着替えが済んだらクラス委員長として先生に報告する義務もある。


 グレイスさんの言いつけをちゃんと守って、見られても困らない下着はきちんと身に着けてはいる筈。だけれども、女子達に着替えを見られるのは恥ずかしいし、他人の着替えで僕が動揺してしまうかもしれなくて不安になってきた。


 一人であれこれ考えてしまい、恥ずかしさと不安で固まっていると、一体どうしたのかと桃瀬さん達が僕を気にして声を掛けてくる。


「どうしたのよ、日和さん? 貴女も実は体重が気になってたりしてた?」


「いえ、私の体重なんて普通だと思いますし、知った所で面白くありませんよ……それよりも、この後着替えがありますよね? 大勢の人の前で服を脱ぐ必要があるのでしょう……? 私、そういった経験はあんまり無くて……」


 自分の言葉で口に出すと、それだけで顔が熱くなる。恥ずかしさで視線は下を向いてしまうし、じっと出来なくなって膝の上で手を組んでもじもじさせてしまう。


 これまでの人生を振り返ってみても、本当にそういった経験が少ないのを再認識してしまうだけだ。孤児院にいた時から僕は特殊な扱われ方をされて来ていたので、自然と一人で着替えをする習慣が身についてしまっていた。


 ましてや今回の件は女子更衣室に行かなければならない。幾ら今の僕の身体が完全に女の子だったとしても、男だった時の方が圧倒的に長い訳で、申し訳無さの方が遥かに大きくあって、それを開き直れるような度胸も無い。


 こんな僕の反応を見て、吉田さんは僕の事情を完全に理解している訳では無いけれど、それでも共感出来る部分もあったようで声を掛けてくれる。


「わかるよー、日和さんの言いたい事ー。私達仲良くなったって言っても、知り合ってまだ数日しか経ってないもんね。私だって日和さん達なら一緒に着替えても良いと思うけど、それでもA組の女子全員と着替えるのは、ちょっと恥ずかしいと思うし」


 僕に優しく微笑みかける吉田さんに対して、桃瀬さんと南野さんはそんな事は、今まで特に気にした事が無さそうな表情をしている。


「ねえ、チュンちゃん。吉田さんの言いたい事はわかるんだけどさー、それでも日和さんはちょっと初心うぶ過ぎない? この前してくれた過去の話から男子慣れしてないって事はあり得るけど、私等は女子同士なんだしさー、恥ずかしがって距離を置かれるのは寂しいよねぇ?」


 南野さんの指摘はごもっともです。彼女は僕を完全に女の子だと思っている訳だから、着替えでこんな反応になる僕がおかしく見えてしまうのかもしれない。けれど、恥ずかしい物は恥ずかしいし、仕方が無い。髪や目の色を尋ねられるのとはハードルが違う。


 なけなしの勇気を振り絞って、着替え中は目を瞑りながら着替えようかと考えていると、少し何かを思っていた桃瀬さんが助け舟を出すかのように話し出す。


「まあ、待ちなさいよ春風。確かに普通の女の子だったなら、女の子同士の着替えに慣れてないだなんて変に感じるかもしれないわ。でも、日和さんは能力者よ? 私と初めて会った時にも既に周りから距離を置かれていたし、私も能力者だからそれだけで色々察しちゃったのよ」


 な、なるほど……僕に対して、そんな解釈の仕方があったとは。切なげな顔で話す桃瀬さんの言葉で、二人はハッとした顔になり、僕の方を見て完全に言葉を失ってしまう。


 二人は今何を思って僕を見ているのだろうか、ただ単に、僕が女の子じゃなかったから女の子としての経験値が皆無に等しいだなんて、とてもじゃないが言える筈が無い。


 とりあえず、今は桃瀬さんの話に合わせてこの場を乗り切ろうと思っていたら、続けざまに桃瀬さんが話し出す。


「という訳で、日和さんに慣れて貰う為に、私はこの後女子更衣室で徹底的にスキンシップを行う事にするわ! この際だからお姫様には勇気を出して貰わなきゃね! 皆もそう思うでしょ?」


 そう言って、桃瀬さんは僕達の会話を聞いていた周りの女子達を焚き付けていた。彼女達はすっかり乗り気になっており、南野さんもそう言う事ならと、桃瀬さん側に回っていた。唯一、吉田さんは状況が飲み込めておらず、良くわからないまま話に乗っている。


 僕を見てニコニコと微笑む桃瀬さんの目には、何だか良くない物が宿っているような気がして、僕は身震いがした。




◆◇◆




 お昼休みも終わり、身体測定の為に僕達は女子更衣室にやって来た。


 もうこうなったらササっと体操服に着替えて、廊下に出て皆を待てば良いと思い中に入ると、何故か女子達に囲まれて今は桃瀬さんに壁際に追い込まれてしまっている。


「ねぇ日和さん、もしかして恥ずかしいからって早く着替えてすぐに外に出ようって思ってない?」


 僕の考えが読まれているのか、桃瀬さんは手を伸ばしてグイグイと僕に詰め寄って来る。彼女の手がそっと僕の肩に触れ、次第に首元に近付いてくる。緊張からか、肌に手が触れた瞬間に身体が反応し、つい小さく声が出る。


「大丈夫、ここにいる皆、貴女に酷い事をしようって訳じゃ無いのよ。ただ、その綺麗なお肌やスタイルが気になってしょうがないだけだから。少し確認したいだけなの」


 女子達が僕を見る目つきが妙だ。入学式から気になってしょうがなかった事を知れる、絶好の機会だと言わんばかりの雰囲気だ。


 数に圧倒され、そのまま成す術無く僕は抵抗むなしく、制服を脱がされるのであった。




 一人で着替えられると言っても、彼女達の勢いは収まらず、僕はあっという間に制服のシャツからはだけた肌を触られる。桃瀬さん達はこれがスキンシップと言い張り、その手の知識に乏しい僕では判断が追い付かず、為すがままにされていく。


「日和さんって肌スベスベよねぇ、羨ましいなぁ……これって全身脱毛とかやってるの?」


「い、いえっ、体質なんです……全く生えて来なくて気にしてて……」


「何それ、羨まし過ぎ! じゃあ全くって言うと下もなの?」


 スキンシップ強めな女子達の視線が、僕のスカートの方に目が行く。彼女達の強い視線に耐え切れず、僕は咄嗟にスカートを手で押さえてしまう。その反応が答え合わせのようになってしまって、なんだか余計に恥ずかしくなる。


「なる程ねぇ……日和さんのそこはそうなんだぁ……じゃあ、ここはどうなってるのかなぁ?」


 僕の反応に嬉しそうな表情の桃瀬さんが、それでもまだ満足し足りないと言った目つきで腰に手を伸ばしてきた。腕や肩を触られて身動きが取れない所に腰まで触られて、くすぐったさを感じる。


「ひゃあぁぁっ! だ、だめ、桃瀬さん、そこはやめて下さい!」


「何この腰つき!? 細すぎでしょ、内臓とか何処なのよ!? 休日はドレス着て、お城の舞踏会でダンスでもしてるっていうの?」


 ドレスなんて着た事は無いし、ダンスも踊る相手なんていないし、踊り方も知らない。彼女達の手は次第に胸や脇腹まで伸びていき、とうとう耐え切れなくなって無理矢理振り解いてしまう。


 その際、桃瀬さんの手の位置が悪く、彼女の手がスカートのホックに当たって脱げてしまう。意識が足に向いてしまい、振り解いた勢いをどうにも出来ずに転んでしまう。


「いたたっ……もう、変な所を触らないで下さいよぉ……勝手に服を脱がすのも……って、あ、ああ……ひぃゃぁあぁ……」


 振り解いた勢いでスカートまで膝の辺りまで脱げてしまい、ショーツまで見えてしまっている。制服のシャツも脱がされた際に片腕しか腕が通っておらず、ブラも丸見えになっていて、僕は慌てて腕で身体を隠す事しか出来なくて、それでも全然隠せなくて頭がパニックになってしまう。


「や、やだ……み、見ないで下さい……恥ずかしいです……」


「うわぁ……これ日和さんえっち過ぎてヤバいって……しかも着てる下着はよく見たらS&Rブランドの新作じゃん。あそこの下着、質が良い割にお手頃価格なのも多いから好きだけど、可愛すぎるのも多いから、日和さんみたいに可愛く無いと中々着る勇気出ないんだよね」


「あそこの下着、ここまで似合ってる子初めて見た……プロポーション凄すぎでしょ……ってか、日和さん顔真っ赤になってない? ねえ、桃瀬さん、これって私達やり過ぎじゃない?」


 僕は女子達に囲まれ服を脱がされ、挙句の果てに着ている下着の品評までされ始めている。似合わない下着を着て、変に思われて困る事にはならなかったけれど、この状況はとても恥ずかしいし、別の意味で困る事になってしまった。


 ほぼ裸で身体が少し寒く感じるとのは別に、顔だけはとても熱く感じる。転んだ際の身体の痛みもあって、視界が滲んでしまう。これ以上は耐えられないので、どうにか止めてくれるように頼むしかない。


「も、もう、やめて下さい……スキンシップと言われたので受け入れてましたけれど、これ以上は耐えられません……」


 顔を上げると、目から涙が零れ落ちそうになる。そのせいか知らないけれど、皆の動きが固まる。手で拭おうにも両手は身体を隠すので精一杯な為身動きが取れない。


 すると、更衣室の入り口で固まっていた吉田さんが急いで駆け寄って来て、僕の身体を隠すように前でしゃがみ込み、持っていたハンカチで目元を拭いてくれた。


「大丈夫? 日和さんが辛くなるまで来られなくてごめんね……ほら、隅っこの方が空いてるから一緒に着替えよう? そのままじゃあ立てないだろうし、皆から隠しておいてあげるからスカートも直そうね」


 そう言って、何とか立って歩けるような格好になるまで吉田さんが僕の前でいてくれる。スカートを元の位置に戻し、この後着替えもある為、シャツは両腕だけ通して腕で胸元を隠すようにして立ち上がる。


 僕の体操服の入った袋と脱がされた制服の上着を持って、更衣室の隅に行こうとすると、何かを覚悟したかのような表情の吉田さんが桃瀬さん達の方に振り向く。


「あ、あの! 皆これはやり過ぎだと思うよ! 日和さんに慣れて貰いたいのはわかるし、お肌が綺麗なのも羨ましいのはわかるけどさ、それから先は、さ、流石に、ダメだよ!? スキンシップってこういう事じゃ無いと私は思うよ! も、桃瀬さんも、ナイトって自称するなら、あんな事お姫様にしないで欲しかったな……」


 震える声で皆に主張する吉田さん。言うだけ言うと、そのまま振り返って両手が塞がっている僕の背に軽く手を触れ、隅に移動して着替えを始める。


 僕が着替える間、空気は静まり返っていた。隣にいる吉田さんも何処か顔を赤くして一緒に着替えを始める。まだ肌寒いかもしれないと思って長袖を持って来ていたのだけれど、この騒動で僕は完全に肌を出せなくなったので自然と上下にそれを着る。ズボンも少し行儀が悪い気がするけれど、スカートを穿いたまま穿けると吉田さんが教えてくれる。


 幸い制服はシャツが多少変なシワが出来た程度で、ボタンが取れたりはしていなかった。スカートも何処も破れたりもせず無事で、まだ着て少ししか経っていない物だったので不安だったのだけれど、それにも安心する。


 着替えが終わり、吉田さんと一緒に更衣室を出る。その間、桃瀬さんが何か言いたそうな雰囲気だったけれど、吉田さんに庇われた手前、更衣室の中では反応が出来ずに、クラス委員長の役目もあるので他の人が出て来るのをすぐ側の廊下で待つ事になる。




 少しして、着替えが済んで桃瀬さん含めた僕を囲っていた女子達が出て来る。すると、出て来てすぐに桃瀬さんが僕の目の前に駆け出し、滑り込むような勢いで土下座をして来た。


「日和さあああんっ! ホントにごめんなさあああい! 私が! 全部、私が悪かったのよおおおおっ! スカートを押さえる仕草にムラッと来ちゃって、細すぎる腰つきについ理性がっ! ホントにホントにごめんなさい! 気が済むまで謝るから、だから嫌いにならないでぇ!」


 その勢いに続くかのように、周りの女子達もワッと駆け寄り僕に謝罪をし始める。流石に桃瀬さんみたいに土下座まではしてはいないけれど、皆深々と頭を下げている。あの時は恥ずかしかったが、少し時間が経って頭も落ち着いているので、僕はこれを早々に解決する方向に動きたかった。


「あ、あの、皆さん落ち着いて下さい。怒るのは既に吉田さんがして下さいましたし、わ、私も身体を見せ慣れていなかった為、過剰に反応してしまった所もあります。ですので、次からはもう少し控えめに接して頂ければ、私もどうにか乗り越えていきますから……」


 ここはどうにかして皆を宥める。こんな僕が恥ずかしくなるような事で騒ぎを大きくしたくは無いし、A組の女子達とは仲良くしていきたい。僕は何も怒っていない事を伝えると、彼女達は次第に落ち着きを取り戻していく。ただ一人、盛大に土下座をしている桃瀬さんだけは別で、尚も僕に縋るように謝罪をしている。


「ホントに? ホントに怒って無いの? でも! それでも、私の落ち度はまだ何も解決してないの! 貴女に酷い事をしてしまった私を罰して! これじゃあ貴女の騎士失格だわ!」


 自分が気が済まないのか、桃瀬さんが僕に何か罰を求めて来る。そんな事はしなくても良いと宥めても、それでも土下座を止めてくれない。どうしたら良いのか困っていると、ふと、僕を呼ぶ男の人の声がした。


「あの、日和さん、A組の女子が着替えから中々教室に戻ってこないから、どうしたのか様子を見て来いって担任に頼まれて来たんだけどさ、其処で馬鹿やって騒いでる涼芽は一体どうしたんだ……?」


 振り向くと其処には、僕と同じ男子のクラス委員長になった赤崎君がいた。この状況をどうやって説明しようか、僕含めた全員が固まってしまった。

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