4-5




◆◇◆




 A組のクラス委員長になり、吉田さんとも仲良くなってから既に三日は経った。


 今、僕は廊下を歩いていると、部活勧誘という名目で見知らぬ男子の上級生達に囲まれてしまっていた。


「君が一年A組の日和さんだね? 単刀直入に言って、俺達サッカー部のマネージャーになって欲しいんだ」「ちょっと待てコラ、日和さんに先に目を付けてたのは俺等野球部だっての!」「日和さん! 俺達柔道部ならこんな奴らすぐにでも追い払ってみせるぜ、是非ともうちに来てくれ」「我々、剣道部は日和さんに来て欲しいと願っている!」


「え、えっと……皆さん、私に部活に来て欲しいと言う事は、マネージャーとして来て欲しいという事ですよね……?」


 桃瀬さんも赤崎君も、所用でヒーロー支部への招集を受けて、今日は午前の授業は少し遅れるとの事で、僕は先生からクラス委員長の雑用を任され、一人で廊下を歩いていた事の出来事だった。


 桃瀬さん達がいない分、ここが狙い目と言わんばかりに僕を勧誘しに来た上級生達。この勧誘も初めの内は、女子が多い文化系の部活の上級生が僕に興味を持って、わざわざA組や他の組まで出向いて親切に部活の内容を説明してくれていた。


 僕の本来の目的はガンバルンジャーの調査なので、彼等が何処かの部活動に入部するという事情でも無い限り、調査よりも優先は出来ない事情がある為、表向きの理由として、まだ引っ越してきたばかりでまずは生活に慣れたいとやんわりと断っていた。


 僕がそう頭を下げて断ると、彼女達は僕の理由に納得してくれて、落ち着いたらで良いから気が向いたら遊びに来て欲しいと、すぐに引いてくれていた。

 

 僕が釣れなくても、一部の部活では興味を持ったA組のクラスメイトもいたので、彼女達の新入生の勧誘は概ね成功していると思える。


 僕が今まで、比較的活動が緩そうな文化系の部活の勧誘を断って来たのに、運動系の部活なんて出来る訳が無い。それに女子の運動部ならまだしも、今来ているのは全員男子の部活だ。他の部へのけん制の為なのか、複数人で集まって僕を囲み、逃げ出す事も出来ない。


 ここで僕を囲っているのは少なくとも、サッカー部に、野球部に、柔道部に、剣道部等がいるらしい。彼等の後ろを見渡すと、背が高い黒い人だかりが出来ているので、他の部活動の人もいるのかもしれない。


「あの、私はこちらに引っ越して来て、まだどちらに何があるのかだとか、把握も出来ていない段階でして、これからの生活の事を考えるとまずそちらを優先していきたいのですが……」


 前に断った時と同様の理由で、やんわりと他にやる事があると断りを入れる。そもそもの話、男子ばかりの部活動に女子がマネージャーとして入部するというのは、中々にハードルが高く思える。でも、僕は元々男だからこの場合はどっちになるんだろう? と、思考が現実逃避しかけようとした時、不意に肩を掴まれる。


「あー、それは大変だねぇ。でも把握していくのにさ、日和さん一人じゃ寂しくない? その点俺等サッカー部ならこいつ等より色々君に教えられるよ? 大丈夫だって! 楽しい所とかいっぱい知ってるし、遅くなっても一人で帰さないから安心してよ」


「えっ? あ、あの、ちょっと……」


 サッカー部の上級生に肩を掴まれ、グイっと顔が近づいてくる。色々教えられると言われても、まず僕は貴方の名前すら把握していない。


 そういえばここにいる人達全員が僕の名前を知っているのに、僕はまだ誰の名前も教えて貰っていない。振り解こうにも彼等をなんと呼べば良いのかわからずに困っていると、人だかりの外から聞き馴染みのある声がした。


「日和さんは別に寂しくなんかありませんよ。先輩達に教わらなくても、既に一緒に見て回ってくれる友達がいるみたいなんで」




「ゲッ……お前は、赤崎……!」


 声がした方向に顔を向けると、言葉遣いを意識しながらも、少し不機嫌そうな表情でこちらを見る赤崎君がいた。


 赤い髪に赤い瞳は、人が大勢いるこの場所では良く目立ち、普通のトーンで話す声も、戦場でも良く聴こえるようにする為に声の発し方から違うのだろうか、耳に残り易く感じる。この中で一番大柄な柔道部の上級生も、彼のその鍛えられた体格には思わず威圧されていた。


 赤崎君がスタスタとこちらに歩いてきて、僕の肩に乗った手を軽く振り払うかのように持ち上げて動かし、そのまま上級生から僕を庇うかの如く、彼等の前に出る。


「大体なんですか、揃いも揃って女の子一人を逃げられないように囲うとか、マネージャーとして勧誘するにしては、余りにも誠意が無さ過ぎでは?」


 そう赤崎君がきっぱりと言い放つ。彼自身、何か思う所があったのかその表情は真剣そのもので、誰かを威圧している訳では無く、別の感情へ訴えかけるかのような強い物がある。


 赤崎君の言葉と表情に、大半の上級生の顔が申し訳無さそうに勢いを失い、ばつが悪いといった感じでこちらを見ている。それでもまだ一部の上級生は、彼に向かって自分達の正当性を主張しようとしていた。


「なんだよ……ナイト気取りだか知らないけど、自分達のお姫様が取られそうだからって横から出しゃばるなよ……! ヒーロー様がそんなに偉いかよ、こっちはただ部活への勧誘をしてただけだぜ? 別に問題なんて無いだろ」


「ほう、部活の勧誘だから問題が無いというか。だが、そもそもこの時期での勧誘は正式な部員獲得が主で、マネージャーの勧誘はそれが終わり顧問の許可を得てからだと、生徒会でも説明した筈なんだが?」


 僕達のいる人だかりの方に向かって、追加で声を掛けてくる人がいた。赤崎君に詰め寄る上級生がそちらに視線を向けると、途端に表情が変わり青ざめていく。声の主はこの学校の生徒会長にもなっていて、ヒーローでもあるガンバブルーこと青峰 翠先輩だった。


「毎年毎年、まだ何も知らない一年の女子生徒に声を掛け、無理矢理マネージャーへ勧誘する部活があるとは聞いてはいたが、今年のそれは規模が大きすぎるな。まだ体験入部の段階だろうに随分と調子が良いではないか?」


 赤崎君同様、僕を庇うように側まで来た青峰先輩は、不機嫌を通り越して完全に怒りの表情を彼等に向けていた。


 まだ二年生でありながらも、生徒会長という肩書はこの場では非常に有効だったようで、違反を指摘された彼等は一目散に逃げだしていった。そんな事情を全く知らなかった僕は、突然起きた出来事と、後からお出しされた情報の多さに、何処に感情を向けて良いのか方向性を見失ってしまいポカンとなる。




 思考が追い付かず数秒固まっていた僕は、突如誰かに抱きしめられる。其処で思考が現実に戻り、抱き着いて来た人物を確かめると、それは桃瀬さんだった。


「日和さん! 大丈夫だった? あんなに大勢の上級生に囲まれて、とても怖かったでしょうに……私の勘で、何か良く無い事が起こるかもしれないって言ったら、二人共急いで飛び出しちゃってさ」


 急いで来たという割には、汗もかかず息も一つも切らさないで颯爽とやって来た二人。能力制限でヒーローでも人並みの動きしか出来ないというのに、それでも常人離れした体力は流石といった所。


 僕の安全を確認して落ち着いた桃瀬さんに離れて貰い、お礼を言おうと彼等の側に行く。頭一つ分程身長差があるので見上げるように視線を向けると、何故か二人の顔が赤くなるのだけれど、まずはお礼を言わなければと疑問をひとまず置いておく。


「助けてくれてありがとうございます、赤崎君。どうしても一人で出歩かなければならない時に囲まれてしまいまして、勧誘を断っても諦めて貰えず、皆さんの名前も知りませんでしたから、どうしようも出来ず困っていた所でした」


「あ、ああ、クラス委員長の用事だったのか……まさか学校内でヒーローの招集を狙われるなんて思いもしなかったから驚いたよ。でも、今日は何とか間に合って本当に良かった……」


 まずは赤崎君にお礼を言う。同じクラス委員長の彼には事前に先生から説明があったのだろう、今日の日程を把握していそうである。僕を助けられた事が嬉しいのか、彼の表情は心の底からホッとした表情をしていた。


「フッ、焔の奴め、涼芽からの予感を聞かされた時は、どんな凶悪怪人が出没した時よりも血相を変えて飛び出して行ったからな。焔の珍しい顔が見れて驚いたぞ」


「青峰先輩もありがとうございました。入学式の挨拶の時に名前は知っていますが、初対面ですよね? 初めまして、私は日和 桜と言います。桃瀬さんと赤崎君とは同じA組で、二人にはいつも仲良くして貰っています」


 先輩にもお礼を言い、初対面なので軽く自己紹介もしておく。先輩は赤崎君の隣に立ち、ここに来る前の彼の珍しいという表情について語っていた。


 僕はどんな凶悪怪人よりも厄介なシャドウレコードの四天王なので、血相を変えて飛び出すのはある意味正解かもしれない。ただ、今の僕はそんな存在だとは微塵も思われていないので、違う意味なんだろう。


「う、うむ、初めまして……だな。いや、君の事は涼芽や焔からは話で聞いていて、こっちは既に知っていた気になっていた……日和 桜さんだな、改めて名を言うが俺は青峰 翠だ。一応この学校の生徒会長もやっている」


 先程までのクールな雰囲気の先輩とは裏腹に、僕への挨拶を返す先輩は何処か動きがぎこちなくなっている。お礼と挨拶を済ませると丁度チャイムが鳴り始める。


「むっ、これはいかんな、急いで教室に向かわねば。この件は早速生徒会にも報告しておく、後の事は焔達に任せるぞ! それではな日和さん」


 そう言って早歩きで自分の教室に向って行く青峰先輩。僕達も三人で急いで教室に向かう。




◆◇◆




 桃瀬さんと赤崎君は午前中の授業に途中から加わり、それからは僕への勧誘は無く、時間は進みお昼になる。


 僕と吉田さんは、あの日に二人で一緒にお弁当を食べようと決めて、今日も仲良くお昼を食べている。ただ、一緒にお昼を食べる人数は増えていて、僕の隣には購買でパンを沢山買ってきた桃瀬さんと、彼女の友達がいる。


「でさ、なんとしてでも日和さんをマネージャーにしようと目論んでた連中なんだけど、午前での一件で生徒会長の青峰先輩にバレちゃったじゃない? それで今、お昼もロクに食べずに生徒会が動いてるっぽいよ?」


 僕の知らない所で、事が進んでいるという情報を桃瀬さんの友達である、南野 春風はるかさんから聞かされる。黒髪のショートヘアーで、桃瀬さん同様に活発そうな彼女は、部活勧誘の始まったその日から体験入部に行っており、手にした携帯端末から先輩や他の組の子から様々な情報を集めている。


 南野さんは、上田さん達とも仲が良く、たまたま食堂で彼女達と会った時に三人が僕の連絡先を知っている事を自慢されたらしい。


 それで南野さんが桃瀬さんに尋ねると、入学式が終わった後の一件を説明され、教室に戻って来た南野さんに半ば強引に連絡先を聞かれ、交換する事となった。


 彼女は桃瀬さんと良く一緒にいる事が多く、桃瀬さんの独自の言動の意味を、僕にも教えてくれたり、そのテンションにも着いて行ける人物でもある。時折、解釈に困る時もあるので、付き合いが長い南野さんの存在は非常に有り難かった。


「あら、翠も余計な仕事を増やされて、結構ご立腹じゃないの。それに、ナンパ感覚で日和さんに手を出そうとしていた輩もいたみたいだし、私も腹が立ってたのよね」


 買ってきたコロッケパンをムシャムシャ食べながら、桃瀬さんが呟く。僕と吉田さんは既にお弁当を食べ終わっており、今は彼女の食べっぷりをただただ眺めている。


「それにしても、相変わらずチュンちゃんは良く食べるよねー。今食べてるのがコロッケパンで、さっきカツサンド食べてなかった?」


 南野さんも食べっぷりに呆れてしまっている。桃瀬さんが買ってきたパンは、コロッケパンに、カツサンドに、焼きそばパンに、タマゴサンドに、ハムサンド。それに甘い物として、チョココロネとメロンパンが置いてある。


 総菜パンはコロッケパンが最後であり、チョココロネとメロンパンは食後のデザートとして頂くようだ。食べっぷりもそうだけれど、僕としては炭水化物ばかり食べていて、大丈夫なのかと心配になる。


「桃瀬さんは凄い食べますね……ですが、パンだけなのは栄養面で大丈夫なのでしょうか……? 普段はきちんとお野菜も食べていますか?」


「大丈夫よ! 日和さん! 心配してくれてありがとうね、コロッケパンはジャガイモを使っているからちゃんと野菜も入っているし安心して!」


「チュンちゃん? ジャガイモが野菜はちょっと無理があるんじゃないかなー? 吉田さんもそう思うよねぇ?」


「で、でも……ジャガイモだってナス科だし、一応分類上はナスやトマトと同じだから、正直どうなんだろう?」


 桃瀬さんの言うジャガイモが野菜と言う主張に、僕達はそれぞれ疑問を浮かべる。コロッケパンも食べ終わり、彼女はチョココロネに手を伸ばす。

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