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 女子トイレを出て、教室に戻りながら僕達は会話を続ける。


「桃瀬さんは何処の委員にもなりませんでしたけれど、やりたかった委員は無かったんですか?」


「あっはは、ごめんねー日和さん。あれだけ貴女と焔を推薦だけするだけしておいて、私は何処も選ばなくて。でも、ヒーローである都合上出来ない委員もあったりするのよねー」


 確かに、僕が桃瀬さんをクラス委員長以外だと体育委員が良いのではと先生に提案すると、大慌てで却下されてしまった。ヒーローの肉体基準で采配を決められる役職に着いてしまうと、今後の学校生活に支障をきたす生徒が続出するとの事だった。


 僕と桃瀬さんが話をしながら教室に戻ると、桃瀬さんの友達が数人寄って来て、彼女をお昼に誘いに来た。


「ねぇねぇチュンちゃーん、そろそろ学食に行こうよー。もう私お腹空いちゃって大変なんだよー」


「そういえば、もうそんな時間だったわね。ねえ日和さん、私達学食に行くけど一緒にどう?」


 桃瀬さんから一緒にお昼をどうかと誘われる。その提案は嬉しかったのだけれど、一人暮らしでこれからは自分でもきちんとした料理を覚えようと思っていた僕は、あらかじめお弁当を用意して来ている。桃瀬さんの横で、自分の机を指さしてアピールをしながら誘いに断りをいれる。


「ごめんなさい、折角のお誘いなんですが、私、実はお弁当を用意して来ていて……」


「なっ!? 日和さんの、てっ、手作り弁当ですって……!? なんてことなの……! ぐふっ」


 桃瀬さんは思わずお弁当の単語に驚くと、そのままガクリと膝をつき、その場で突然嘆き始めた。


「まさか日和さんのお姫様力がこれ程だったなんて……! 騎士を自称しておきながら、こんなに圧倒的な女子としての実力差があるだなんて……私はこの戦いにはついて行けない……」


 学食や購買があるからお昼は何もしなくて良いと、楽をしようとしていたらしい桃瀬さんは自分の横着さを嘆き始めた。桃瀬さんの友達も同様にダメージを受けているようで、僕は彼女達に謎の敗北感を与えつつ、とぼとぼと教室を離れる桃瀬さん達を見送る。


「しっかりしてチュンちゃん、傷は確かに大きいけど私らだってこれから努力すれば、料理の一つや二つ位は覚えられる筈だよ……」


「ううっ……無理よぉ……だって私、中学の時貴女は包丁を持つなって家庭科の先生にも怒られたもん……」


「それは料理漫画の真似をして、チュンちゃんが食材を空中で切ろうと振り回してたのがダメだったんでしょうが。しかも生の魚を三枚におろそうとしてたから余計に酷かったしさ……後、さっき床に思いっきり手を付けてたし手を洗っとこうね」


「それじゃあね、日和さん。多分、ご飯食べたらまたチュンちゃんいつもの調子に戻ってると思うから、あんまり気にしないでね」




 桃瀬さん達がいなくなり、随分と静かになった教室に入る。周りを見渡すと結構な人数が教室を離れ、皆思い思いの場所でお昼をとっているのだろう。僕を含めて四分の一程度しか教室には残っていない。


 僕が女の子になる前のシャドウレコードにいた頃は、いつも一人で食事をしていたので、それが何か嫌だったり、寂しさを感じるという事は無い。自分のペースで思いのままに静かに食べる食事も、のんびりとご飯を味わえて悪くは無い。


 早速自分の席に戻り、鞄から包みを取り出して中のお弁当を食べようと用意をしていると、誰かが声を掛けて来た。見上げると其処には一人の女の子が立っていて、手にお弁当箱の包みを持っていた。


「あ、あの、日和さん……もし良かったら私と一緒にお昼食べない……?」


 その子は入学式で、僕の髪の毛を興味津々に見つめていた大人しめな雰囲気をした子だった。確か名前は吉田さんで、委員決めの際に僕の代わりに保健委員になっていたりもしていた。


 入学式の時は彼女はもっと会話をしたがっていたけれど、桃瀬さんの勢いに後ずさり、廊下の男子達との一騒動もあってかそのまま話す機会を逃してしまっていた。今日の彼女は、自身の薄い色合いの茶髪の一部を綺麗に纏め、小さな三つ編みにしていて少しあの時と見た目が違う。


 そんな吉田さんが一人で僕に声を掛けて、一緒にお昼を食べようと誘ってくる。桃瀬さんに誘われて内心嬉しく思っていたのだから、当然吉田さんからの誘いも嫌では無い。


「はい、良いですよ、確か吉田さんでしたよね? 私も一緒に誰かとお昼を食べるのは嫌ではありませんから」


 嬉しくて微笑みながら返事をすると、彼女は一瞬でぱぁっと明るい笑顔になる。桃瀬さん達とは違う、その雰囲気に何だか穏やかな気持ちになる。


 吉田さんは一旦僕の席にお弁当の包みを置くと、自分の机を持ってきて僕の机とくっつけて、向かい合うようにして席に座る。お互いの準備が済むと、ようやく二人でお昼を食べ始める。




 僕のお弁当箱と、吉田さんのお弁当箱は僕の方が少しだけ大きいサイズで、食べる量が変じゃない事に僕は少しホッとしていると、彼女が質問をして来る。


「日和さんもこの位の量なの? 私、誰かとお弁当を食べる時に、よく量が少なくない? って言われたりしてたから」


「そうなんですか? 私はお休みの日はもう少し多めでも良いのですが、これ以上は運動する時とか苦しくて、学校みたいな場所で食べる時は大変なんですよね」


「わ、わかるよ! それすっごくわかる! 日和さんも私と同じタイプで良かったぁ……」


 僕が吉田さんのお弁当箱のサイズにホッとしていたら、彼女も僕のお弁当箱のサイズを見て質問をして来る。苦労を含んだ体験談に、返事を返すと向こうも僕の体験談で思わずホッとしている。


 お互いの体験談を理解出来て、何だかそれが無性に嬉しくて安心していると、それが可笑しく感じてしまい、つい二人してクスクスと笑い合ってしまう。


 こうして話をしてみると、吉田さんは凄く話をしやすくて、楽しくお昼を過ごす事が出来た。彼女も自分でお弁当を作って来ていたらしく、盛り付けも大変可愛らしかったので、是非とも参考にしておきたい。


 お昼を食べ終わっても会話は続き、二人で料理の話題になる。吉田さんも共通の話が出来る存在に心を躍らせ、大人しめな雰囲気はそのままに話をする。


「吉田さんのお弁当の中身、凄く可愛らしかったです。私もあれくらい盛り付けを上手に出来るようになってみたいですね」


「日和さんのお弁当だって、一つ一つ丁寧に作ってあって綺麗だったよ! 最近料理を始めたにしてはとっても上手だよ!」


 吉田さんが僕のお弁当を丁寧で綺麗だったと褒めてくれる。グレイスさんやメイさんに教わりながら一生懸命に作って良かった。こうして褒められると、僕の料理を通して教えてくれた二人まで一緒に褒められたような気持ちになって、何だかとても嬉しくなる。


「ふふ、ありがとうございます。私に料理を教えてくれる人達がいて、多分教え方がとても上手なんだと思います。何だかその人達も褒められてるみたいで嬉しいです」


「良いなぁ、日和さんの筋も良いんだろうけど、そんなに教え方が上手なら私も一度見て貰いたいなぁ……私、少食だけど料理を作る事自体は好きだから」


「吉田さんも料理が上手ですけれど、誰かに教わったりとかはあるんですか?」


「うん、小さい頃にお母さんに教わってたんだけど、最近は共働きで忙しくなっちゃって。私の家、弟妹もいるから、それで私が代わりに料理をしてたら自然と出来るようになったんだ」


 お互いの料理のお手本になった人物を教え合い、どんな人なんだろうかと想像してしまう。僕が吉田さんの家族の話を聞いて思わず想像していると、彼女は更に話を膨らませて来る。


「そういえば日和さんって、甘い物が好きだって言ってたよね? 私も最近練習し始めて、簡単な焼き菓子位なら作れるようになってきてね、日和さんはどんなお菓子が好きなの?」


「お菓子ですか! 焼き菓子と言いますと、クッキーやマフィンやパウンドケーキ等がありますよね。和菓子で言ったらどら焼きやたい焼き等も焼きという文字を使いますから焼き菓子に入るでしょうかね……? 特別な好みは無いのですが、お菓子を想像するだけで楽しくなってきます、あはは」


 焼き菓子と聞いて自然と顔がにやけながら、あれこれ思いついた物を声に出していく。料理のレパートリーを増やしていけたら、僕もいずれ自分で作れるようになってみたい。お菓子で浮かれてしまうのが何だか恥ずかしくて、照れ笑いをすると、吉田さんも笑顔になる。


「日和さんって、ホントに甘い物が好きなんだねー。顔に出ちゃってるよ? それで、あのさ……これからもこうやって一緒にお昼を食べながら、料理の話もしたいから……れ、連絡先教えてくれたら嬉しいんだけど……」


 そう言って吉田さんも照れながら携帯端末を取り出して来た。僕も吉田さんにはもっと料理について話を聞いて見たいので、二つ返事で連絡先を教える。僕の携帯端末に吉田 幸江ゆきえという吉田さんの名前が登録され、新しい友達が出来て思わず笑顔になった。


 二人ですっかり仲良く意気投合してしまったので、自然に和気あいあいとした雰囲気で穏やかに時間が流れていく。


 桃瀬さんの言動には振り回されがちになるけれど、吉田さんとは目線も歩幅も似ているような感じがして、これからも彼女とは楽しくやっていけそうでつい心が嬉しくなる。


 そうこうしている内に桃瀬さん達が教室に帰って来た。




「日和さん、ただいまー。お姫様が一人で寂しくならないように、急いでご飯食べて帰って来たよー……って、あれ!? 隣に誰かいる! 確か吉田さんって言ったっけ?」


「おかえりなさい、桃瀬さん。吉田さんもお弁当仲間でして、話してみればお互い会話も弾み、それで一気に仲良くなりこれからも一緒にお弁当を食べようって、二人で決めたんですよ」


 桃瀬さんの勢いに、相変わらずびっくりしている吉田さんの代わりに僕が説明をする。桃瀬さんは目をぱちくりさせて、机に置いてあった僕達のお弁当箱のサイズに注目する。


「お、お弁当ってこれ? ……二人してこの大きさなの!? ちょ、ちょっと待って! 噓でしょ!? 日和さんのお弁当箱がプリンセスサイズだとしたら、こっちの吉田さんの方は小動物サイズじゃない!?」


 桃瀬さんが驚くと、その友達も驚いていた。というか、プリンセスサイズって何だろう……お弁当箱にそんな概念があるだなんて、聞いた事が無い。


「この大きさは凄いねー……因みにチュンちゃんは食堂で、ラーメン大盛りと牛丼大盛りと親子丼大盛りを食べてたよー? 周りの男子達が凄い顔して見てたよね」


「ちょ、ちょっと、日和さん達にバラさないでよ!? それだけ食べてるのこの二人に知られたら、滅茶苦茶恥ずかしいわ!」


「ブッブー、もう手遅れでーす。てか、日和さんがもしお弁当じゃなくて、一緒に着いて来てくれてたらどっちみちチュンちゃんの食事事情モロバレだったっての」


「そこは……ほら、私だって乙女なんだしー……我慢して日和さんの分量に合わせてたからー……? それよりも、二人共それで足りるの!? 大丈夫? 無理していない?」


 ヒーロー特有の体質なんだろうか、桃瀬さんが良く食べる人だというのがわかった。僕はこの量で十分だけれど、能力者も人によっては違うのだろうか?


 でも、グレイスさんもメイさんもこの前一緒にご飯を食べたけれど、僕とそんなに変わらない量で食事をしていた筈。特にやせ我慢をしていた様子でも無かったし、桃瀬さんだけ特別に大食いなだけだろうか。


「私達のお弁当箱は、そんなに小さいのでしょうか? 確かにこの量では完全に満腹とはなりませんが、それは、お腹一杯だと午後の授業に支障が出てしまうからなんです。腹八分目位はあると思って下さい」


 別に無理はしていない、そう桃瀬さんに伝えると、ようやく勢いに慣れた吉田さんも同意してくれている。


 それを聞いて、桃瀬さんは教室を出る前同様にまたもや膝をついてガックリとしてしまう。


「ま、まさか……日和さんのお姫様っぷりに着いて来れる可愛らしい小動物ちゃんがA組にいたなんて……この桃瀬 涼芽、一生の不覚……! 腹八分目なんて私も同じだって言うのに、どうしてここまで差が開いてしまったのか。ううっ……慢心、カロリーの違い……!」


 桃瀬さんの独特な表現方法に、吉田さんも巻き込まれてしまう。可愛らしい小動物と呼ばれた彼女は、一気に注目を集めてしまい照れてしまった。


「はいはい、チュンちゃん、もうわかったからその辺にしてあげようねー。もうすぐお昼休みも終わるから、それまでにチュンちゃんはまた手を洗いに行ってねー」


「うう……手を洗うのもこれで何回目なのよぉー……」




 そんなこんなでお昼は過ぎて行った。

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