4-3




◆◇◆




 結局の所、僕の知りたかった思い出の詳しい話は出来ずじまいで学校に着いてしまったのだけれど、話を聞いてみたかった相手と、ひとまずはお互いの情報を出し合えたので成果はあったと思う。


 これ以上話を深掘りするには、僕も赤崎君もデリケートな部分もある為、無理強いは出来ない。彼も所々苦しそうな表情で思い出を語っていたので、それを知るにはまだ早いのかもしれない。


 でも話をしてみて、彼が嫌な人では無い事がわかったのが僕にとってはとても大きい。調査をする上で性格に難がある人であったら、調査どころでは無かっただろう。


 週末に思い悩んでいた悩みが全部解決した訳では無いけれど、それでも多少はスッキリした気持ちで行動出来るのは大きい。ただ、悩みを一つ解決しようとして、また一つ別の悩みが出来てしまったのは想定外だった……


 学校に着いて三人でA組まで行き、チャイムが鳴るまでまだ時間があったので、赤崎君は自分の机に鞄を置くと、サッと違う教室に向って行った。一応桃瀬さんが言っていた男除けとしての役目は果たしていたらしく、教室前の廊下にいた男子達は彼を怖がり一目散に散っていき、桃瀬さんが呆れていた。


「はぁー……何なのよ全く、やっぱり今日も懲りずに群がってたわね。悔しいけどアイツも一緒に連れて来たのは正解だったわ」


「おはよー! チュンちゃんと日和さん! 今日もまた男子の群れが来てたねぇ、綺麗所のお二人さんだから一緒にいるだけでもそれだけで男が寄って来て大変ですなぁ」


 教室に入ると、桃瀬さんの友達が数人やって来る。僕は彼女達に軽く挨拶を返し鞄を机に置く。今日は三人で来た事を尋ねられた桃瀬さんは、ただヒーロー活動の一環と詳しい事情は話す事なく流していた。


 桃瀬さんが話しながらこちらに目配せをして来たので、僕もそれに合わせて返事をすると、週末の不審者騒動もあってか彼女達は自然と納得してくれた。


「こないだの事件もあったもんねー、ニュースを観たらチュンちゃん達も出てたけどそんなに凶悪な集団だったの?」


「いやー、強さは良くわかんないんだけど、とにかくいっぱい数がいてさ。支部にいたヒーローをいるだけ出動させたって感じなのよね。調べた結果、連中、自前の筋肉だけで暴れてたっぽくて正確な強さがいまいち把握出来なくってさ」


 能力に制限が掛かるこの場所で、そんな方法で暴れていたとは。ニュースで見た限りでもあの筋肉団は相当数いた筈。僕も一応能力者である都合、引っ越す際にここに来る前に事前にチェックは受けている。それを突破してわざわざ暴れるとは、思わず驚いてしまう。


 その後も他愛の無い会話が数分続き、僕は相槌を打ったりして聞く側に徹していると、時間が来てチャイムが鳴る。赤崎君を含む教室を出ていた生徒がA組に戻って来て、少しして山田先生が教室に入り朝礼が始まる。先生は先週の事件に軽く触れながら、今日の時間割の予定を話していく。


 今日はこの後は始業式があり、その後A組の委員決めだ。僕がなるとしたら保健委員が合ってると自分ではそう思っている。能力を使わざるを得ない状況はそう滅多に無いだろうと考え、なれると良いなと淡い期待を寄せながら時間は過ぎて行った。




◆◇◆




 始業式では全校生徒が集まるので、あまりに生徒が多すぎてそれらしい人物は見つけられず、収穫らしい収穫は無かった。ガンバルンジャーの五人目は、こうなったら最悪桃瀬さんに直接聞きに行くしか無いかと一人でうんうん悩みつつ教室に戻り、委員を決めようとなった時に予想外の出来事が起きる。


「それじゃあ、これからクラスの委員を決めていくぞ。まずはクラスでの委員長を決めようか、これは男女一人ずつから選び、今後A組で何か決め事をする際に司会を務めて貰う事になる。誰かやりたい人はいないか?」


「はいはいはいはーい! 女子の委員長は日和さんが良いと、私は思いまーす!」


「ええぇっ!? も、桃瀬さん!? 私がですか!」


 桃瀬さんが手を挙げて勢い良く席を立ち、A組のクラス委員長に僕を推薦したのだった。

 

 僕が反論する間も無く、男子も女子もこの提案に賛成し、桃瀬さんに喝采が飛ぶ。騒ぐ教室内を先生が何とか場を宥めて僕の意思を尋ねて来た。


「落ち着けお前達、満場一致で賛成するにしてもまずは日和本人の意思を聞いてからだ。それで、日和はどうしたいんだ?」


「ちょっと待ってください……どうして私が委員長なんですか? 私個人としては能力的に保健委員になろうかと思っていたのですが……」


 桃瀬さんからの突然の提案に、思わず僕も席から立ち上がって理由を尋ねた。席が隣通しな為にA組全体の視線が集まるけれど、其処は致し方無い。何だか自信たっぷりな桃瀬さんは僕を諭すかのように理由を話し始める。


「いい? 日和さん、私が貴女を委員長に推す理由は三つあるわ。一つは既にA組の男女問わず興味を持たれている日和さんが委員長なら、教壇に立つだけで視線は自然と集まるし、貴女の話す声を聴きたくて皆静かに耳を傾けるわ」


 目の前に人差し指をピンと立てて理由を述べていく桃瀬さん。その理由に周囲もうんうんと頷き何故か納得している。というより何だろうかその理由って……もし前に出て話す機会があるのなら、ちゃんと聞いては欲しいけれど、そこまでされると若干恐怖を感じてしまう。


「そして二つ目、これは私達というよりかは、他の組が言ってくるかもしれない問題なんだけどね、私か日和さんのどっちかが女子の委員長になっておかないと、絶対尋ねられるわよねぇ。ならホントは私がやるべきってツッコミはわかるわよ、でもどうしても日和さんには保健委員になって欲しく無いの……!」


 二本目の指を立てて苦悶の表情を浮かべる桃瀬さん。まさかとは思うが、三つ目の理由って今朝のあれが原因ですか? 僕の事を、怪我をした人なら何でも能力を使って治そうとする人だと思われているのだろうか……


 僕が内心そう思っているのがまるでわかっているかのように、桃瀬さんは僕を見ながら頷いている。


「そう、三つ目の理由は! 日和さんの能力で保健委員になられたら、癒しの天使なお姫様が爆誕するでしょうね! 私個人としてはとっても捨てがたいんだけど、今朝の焔へのアレを見ちゃったら……! 私、日和さんが見ず知らずの誰かに能力を使ってる所を想像したく無いのよ!」


 やっぱり……僕が能力を使用した時の光景を見ての理由だ。桃瀬さんの勢いのある発言に周囲がざわつく。自己紹介の時にあれだけ興味を持たれたのだから、三つ目の理由が一番周りの納得の度合いが格段に違う。


「あ、アレは、赤崎君が痛そうにしていたし、日常生活にも支障が出ると判断したから使用しただけで、普段から何にでも能力は使用しませんよ!?」


 桃瀬さんにも周りにも妙な誤解はして欲しくは無かったので、僕は能力を使う際にはきちんと怪我の具合を判断してから使用するのだと説明を行ってみる。


「擦り傷切り傷なら消毒して絆創膏を貼るだけですし、打ち身や捻挫なら部位を冷やして湿布をします! 骨が折れるようなもっと大きい怪我なら痛みを和らげる事は出来ても、私では完全に治せないので、学校で使用するのはとても限定的ですよ!?」


 僕は何とかして理由に対しての反論を行った。ただ、それでも回復能力に対する憧れは大きく、桃瀬さんの言う癒しの天使とかいう存在になった僕を想像するA組の一同。そして次に視線は自然と赤崎君へと向かい、一部嫉妬のような感情を含んだ表情をしている人もいる。


 その感情は彼等の想像する、桃瀬さんの言う見ず知らずの誰かへとまた移っていき、A組の僕へ対する思いが一気に爆発し始める。


「ひ、日和さん! ダメよ! 自分を安売りしないでぇ!」「赤崎はヒーローだから日和さんの意思を尊重するけど、他の男にそれは嫌だあああ!」「日和さん可愛いから、そんな能力まで使っちゃったら勘違いする人絶対出て来るわよっ!」 

 

 僕に押し寄せて来る勢いのA組のクラスメイト達、学校での治療は主に保健室の先生が担当するだろうし、僕の担当する範囲はA組が主の筈なので、他の組へそんな事をするのは限りなく無いのだけれど、想像力が暴走した彼等彼女等の剣幕に圧倒される。


「わ、わかりました……皆さんがそこまで言うのでしたら、保健委員は諦めます……誰かが私の能力を見たくて、治せるギリギリの範囲の怪我をされて保健室に来られても、他の保険委員が困りますしね……」


「そうか、それじゃあ日和、委員長の方をやって貰えないか? どうもこの空気になった以上、皆、お前にやって欲しそうにしている。先生も桃瀬の言う通りとは理由は一部違うが、この学校は能力者もいる手前、女子は色々と目立つ日和か桃瀬のどちらかにやって欲しいと思っている」


 少し落ち込みつつも、自分を納得させる理由を考える僕に、先生も若干深刻そうな表情で委員長をやって欲しいと薦めて来る。恐る恐る理由を尋ねると、能力者ではないただ真面目な生徒に委員長をやらせると、夏になる頃には能力者グループと委員長でクラスが二分して荒れてしまうクラスが毎年出るそうだ。


 確かに、今の僕の過剰な持ち上げられ方を見れば、学校に慣れて来た頃には場合によってはとても悪い影響を及ぼしかねない。保健委員は諦めがついたけれど、ここで僕が桃瀬さんを説得して委員長にするには、条件はどちらでも良いのなら、先に別の委員をやりたがっていたと公言している僕では少し理由が弱いと考える。


 この学校に通う事が続く以上、せめてA組の雰囲気は良い方が僕にとっても居心地が良い。僕の存在でその流れが良くも悪くもなってしまうのなら、悪くする理由は無い。


「わかりました、私で良いのでしたらクラス委員長をやります。上手く纏め上げられるか不安ですが、やるからには良い雰囲気のまま一年を過ごせるように頑張っていきます。どうぞよろしくお願いします」


 思い切って覚悟を決め、挨拶をして頭を下げる。僕なんかで本当に良いのかと思うけれど、僕が委員長になると決めた途端に喝采が飛んで来る。


 この雰囲気なら満場一致で決まったような物だった。確かにこれなら桃瀬さんの言う通りに話を聞いてくれるだろう。反対する人も特にいないという事は、それだけ期待されているのだと思う。


 期待を無下にするのは嫌だし、腹を括って教壇に立って進行を務める事にする。まずは男子の委員長を決める所からだ。




◆◇◆




 男子のクラス委員長を決める際に、一騒動あった事以外は何とか無事に委員を決め終わった。


 僕が早速男子の委員長を決めようと声を掛けると、A組の男子がほぼ全員立候補したのにはびっくりしてしまったが、それも大事にはならずに無事に決まる。


 時刻はすっかりお昼休みに。委員長として教壇に立ってあれこれ決めるのに緊張してしまい、僕は食事前にトイレに行っていた。最初は一人で行こうと思っていたのだけれど、そわそわしていた所を勘の鋭い桃瀬さんに勘付かれてしまい、二人して連れ立って用を足す事に。


 男だった僕が、女子トイレに入るのは未だに罪悪感や違和感があるが、グレイスさんからの徹底した監視もとい教育によって、他に人がいても不審がられない程度には落ち着けるようにはなっていた。


「いやー、それにしても凄かったわねー。なんだかんだ言っててもやっぱり男子達は男子だったわー、逆に感心しちゃったもん私」


 ハンカチで手を拭く僕の隣で、同じくハンカチで手を拭きながら委員決めの感想を呟く桃瀬さん。

 

 男子達の騒動は一旦話し合いで誰が委員長になるかを決めようとしたのだけれど、それでは全く決まる気配が無かったので、最終的に桃瀬さんが無理矢理赤崎君を推薦して決着をつけた。


 当然男子達は納得はしていなかったので、桃瀬さんは僕が他の組の男子達に絡まれた際に、追い払える自信があるかという問いをして、渋々といった形で赤崎君に決まってしまった。


 委員長に選ばれて、僕の隣に立った彼は今朝の出来事もあってかとても顔を赤くしていて、男子からも女子からもからかわれてしまい、それで強面な印象は薄まっていったと思われる。


 その後は順調に話し合いは進み、委員長を決める際に長引いた時間が嘘のようにスムーズに委員は決まっていった。結局桃瀬さんは何処の委員にもならなかったのだけれど。

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