4-2
一人でどんどん思い悩むこんな僕に、思い詰めたような顔をした赤崎君が声を掛けようとした所、感極まった勢いの桃瀬さんが彼の背中を不意に何度も叩き出した。
「ちょっと、ちょっと! 何その話! 日和さんの表情も相まって私まで辛くなってくるじゃない! 今すぐ日和さんをギュって抱きしめて慰めてあげたいけど、それをするとびっくりしちゃうだろうから、なんか都合の良い事を言って日和さんとお近づきになろうとしてそうなバカを叩いて心を落ち着かせるわ!」
「なっ!? そ、そんな事言う訳ねえだろっ!? お、俺は、日和さんがそう思っているなら、きっとそいつだって同じ事考えてるよって励ましたかっただけだっ!」
桃瀬さんに背中を叩かれ驚いた赤崎君は、そのまま彼女を睨み付けて反論するが、桃瀬さんも負けじとそれに応じていく。
「へー、そう? 私はてっきりヘタレの焔君は、上手い事日和さんの記憶に話を擦り合わせて、彼女の罪悪感に付け込もうとしてるのかとー」
「そっ!? そんな卑怯な真似出来るかよっ! 俺だってヒーローなんだ、そんな情けない姿彼女の前で見せられるかよ……」
二人はテンション高く話をする。赤崎君の口振りからして多分僕を励まそうと、彼等なりのやり方で接しているのだろう。
最後に顔を逸らして、小声で何かを呟きながら頬を掻いた赤崎君の右手が、怪我をしているのに気が付く。今まで制服のポケットに右手を入れていたから全く見えなかった。
何時までも二人の前で落ち込んではいけないと、気持ちを切り替えた僕は気になって尋ねてみる。
「あの、赤崎君その手は一体どうしたんですか? もしかして週末の不審者事件で何か負傷でも……?」
彼の怪我で、僕が思いつく限りの範囲だとそれ位しかない。ひょっとしたらあの、なんとか筋肉団とかいう組織は想像以上に強力な組織なのかもしれない。
グレイスさん達には全く危害を与える事は無かったようだけれど、本性を隠していたのだろうか。想定外の脅威に、レオ様達にどう報告しようか深刻に考えていると、赤崎君は急にしまったと言いたげな失敗したような顔をして、その横で桃瀬さんがお腹を押さえて笑いを堪えだした。
「ど、どうしたんですか? 私、何か変な事でも言いましたでしょうか……?」
「い、いや……日和さん、これは何でも無いんだ。自分に対する戒めなんだ……」
「あはははっ! 心配しなくても焔のこれはこの間の事件とは全く関係無いのよ。むしゃくしゃしたコイツが派手にバカをしたからこうなったのよ。日和さんが心配する事じゃないの」
桃瀬さんが遂に笑いを吹き出して、赤崎君の手の怪我について事情を説明してくれた。
なんでもミーティングを始める前に、とある事があって赤崎君が部屋の机を思いっきり殴ってしまったのだとか、その時に彼が抱えている事情も知ってしまい、他の四人も協力する流れになってその一環で、今日こうして僕と一緒に会話をする事になったらしい。
因みに、筋肉なんとか団は片手だけでもどうにかなる以前に、ウェイクライシスの中でも異質過ぎて戦闘らしい戦闘にならずに騒動が落ち着いたという。
どうして彼の事情に僕が含まれているのかは、何の事なのか気になるのだけれど、僕の事情と似たような物なのかもしれないと思うと、余り詮索するのは失礼になる。個人的な事情なら彼が話してくれるまで待ってあげよう。
「それでね、その現場にさー、スタイル抜群でおっとり系の黒髪で眼鏡をかけた、物凄い美人なお姉さんがいたのよね。向こうもその人を見つけた途端に凄い勢いで彼女に群がってホント大変だったのよ」
「そうなんですか? 私はその時は家で休んでいたので話で聞いただけなんですが、私の保護者代わりの人もその日の晩ご飯の買い出しに出掛けて下さっていて、そこで騒ぎに巻き込まれたそうなんです」
もしかしてその物凄い美人なお姉さんは、僕が知っている人かもしれない。グレイスさんはあっさりと話を流していたけれど、確かいっぱいいたって言っていたような気がする。
「うそっ、ホントに!? じゃあ日和さんの保護者代わりのお姉さんが、その美人さんだった可能性もあるじゃない! 因みになんだけど、すぐ側にもう一人家政婦風の格好をしたお姉さんがいて、その人もキリっとしてて凄い綺麗な人で、駆けつけたヒーロー達も軒並み二人に鼻の下伸ばしちゃってたのよ」
間違いない、桃瀬さんが言っているのはグレイスさんとメイさんの事だ。他の組織やヒーロー達に囲まれても堂々としていられるだなんて、二人共流石としか言いようが無い。もし僕がその場にいたらどうなっていたのだろう、多分正気ではいられなかったと思う。
「筋肉連中といい、ヒーローといい、男ってどうして大事な時にバカをやるのかしら。デレデレだった連中は私が叱ったからすぐに女性のヒーローや警官に対応して貰ったけど、もう少し考えて欲しいわね。そんな訳で、コイツの手は事件と全く関係無いって訳」
そう言って桃瀬さんは赤崎君の腕を掴んで、怪我をしている手の部分をちょんちょんと突いて話をしめる。赤崎君はちょっと突かれただけで、とても痛そうにしてすぐさま桃瀬さんから離れた。
二人は僕に気遣ってなんでもないように振る舞っているけれど、あの手の痛み方では物も満足に持てないだろう。勉強も食事も、何をしようと思っても自由には出来ないと思う。僕絡みの件で手を痛めたというのなら、放って置く訳にもいかない気がする。
「赤崎君、ちょっと手を見せて下さい。先程自分に対する戒めと言っていましたが、話に私が関わっている以上、これを私は無視はしたくは無いですから」
そう言って僕は鞄を地面に置き、彼の腕を両手で掴む。抵抗される事も無く、素直に従ってくれている。見た所、指は動かせていたので骨には異常は無さそうだけれど、妙に痛々しく見える。
「あの、これってお医者様には診て貰ってますか? 二、三日では良くなりそうには見えませんけれど……」
「あ、ああ、一応支部の専属医には診せた。でもそんなに大した怪我じゃないし、よっぽどの事が無い限りこれ位なんとも無いって……」
「よっぽどの事ってどれ程の事ですか? 私はヒーローでは無いので、もっと具体的に言ってくれませんと伝わりませんよ? ですが、回復能力は多少は扱えますから、怪我の具合は良くわかります。赤崎君、少し良いですか?」
僕は少し意地が悪い感じに問い詰め、彼に断りを入れてから怪我をしている手を僕の両手でそっと包む。この手が原因で今後何かあったら大変だし、それでヒーロー活動に支障があっては調査が順調に行えないかもしれない。それに僕が理由で勝手に怪我をされて、僕が調査を行えないなんてそんなの本末転倒にも程がある。
ホムラ君の件とは別に、赤崎君が僕に嫌な事をしていた人では無いと知った以上、ここで無視をして距離を置く理由は何も無い。僕は僕のやりたいようにやるんだ。
目を瞑り、怪我が良くなりますようにと思いながら能力を発動する。意識を集中して赤崎君の手の痛みが引くように念じると、僕の手のひらがほんのりと暖かく感じる。
暖かさは次第に増していき、集中する僕を邪魔しないように二人も息を呑んで見守っている。やがて僕の手のひらは元の温度に戻り、手の怪我が治せた事がわかると、息を吐き目を開ける。
「これで大丈夫ですよ。怪我は治せた筈です、どうですか赤崎君? 痛みはありませんか?」
「ああ……ホントに治ってる……! 痛くない! 今までもっと派手な怪我をしてきたが、どんな治療よりも凄い心地良かった! 回復能力ってこんな感じなのか……!」
それは良かった、どうやら成功したみたいだ。もっと高度な能力者なら瞬時に治せるというらしいけれど、僕はまだその領域には程遠い。それでもこうして喜んで貰えるなら、僕もなんだか嬉しくなる。
初めて見るらしい回復能力ではしゃぐ赤崎君を見て、地面に置いた鞄を拾いつつ、僕もつい微笑んでしまう。すると、それを見ていた桃瀬さんが彼に詰め寄るのだった。
「ズルいっ! ズルいわよ焔! 回復能力ってこんなのだって知っていたら、日和さんにやらせたりしなかったわ! 焔だけ羨ましすぎるのよ!」
桃瀬さんも初めて見るらしく、何だか凄い剣幕で騒いでいる。僕は能力を使う時はいつも集中しているから、何が凄くて、何が羨ましいのかはよくわからない。
「ず、ズルいって、仕方ないだろ俺だって見るのは初めてだったんだから何も知らなかったんだ。それに、日和さんにあんな表情で怪我を治そうとされたら、断れないだろ……」
「それでも断りなさいよ! それにあの時殴るなら私にしておいてよ! そうしたらあれを体験出来たのは私だったのに!」
感情のあまり、変な事も言っている桃瀬さん。先程までの二人のやり取りを見て、一切反撃をしなかった赤崎君相手に一体何をしたら顔を殴られるのだろうか。
僕がそう思っていると、桃瀬さんは僕の能力への感想を述べ始めた。
「あんなキラキラ輝いて、光がふわふわ舞って、慈しむように焔の手を包んで祈る日和さんは最高にお姫様だったのに! 脳内で臨んでいたシチュエーションを先にやられて羨まし過ぎるのよ!」
桃瀬さんからの客観的な視点での評価で、今の僕が自分の能力を使用している姿を伝えられる。周りから見たら、そ、そんな風になってるの……?
いや、それでもシャドウレコードにいた時から、回復能力はそれなりに使用している。ザーコッシュの頃にはそんな羨ましいだなんて評価は、貰った事は無い。時々、治療が終わった後で凄い心地良さそうにしている隊員は見かけていたけれど、キラキラとかふわふわって今まで使う度にそうなっていたって事? 素顔の僕を見て、基地内でのあの騒ぎぶりを思い出すと、可能性は否定出来ない。
戦闘力が無い僕が、それでも誰かの為に役に立とうとして、習得して来た回復能力がまさかそんな見た目をしているだなんて……これから使うのが躊躇われるかもしれない位に恥ずかしくなってきた。
「あ、あの……桃瀬さん、本当に私ってそんなにキラキラとかふわふわだったのですか……? 他の人からの評価を聞いた事がありませんでしたから、そ、その……急に恥ずかしくなって来て……」
「ええ! そうよっ! 最高に綺麗なお姫様だったわよ! 相手が焔じゃなくて私だったら急いで動画を撮っていた位だもの! 安心して、あんな綺麗な光景に日和さん自身も負けず劣らずの美少女だから凄い似合ってるわ!」
そう目を輝かせて、僕を褒め称える桃瀬さん。思わず僕は顔が熱くなり、ただ笑うだけしか出来なくなった。そんな僕を見て、赤崎君も何故か照れながらお礼を言う。
「あ、ありがとう……日和さん。その、涼芽が言うようにホントに綺麗でさ……躊躇なく能力を使ってたから、てっきり把握しているのかと思ってたけど、知らなかったんだな……」
「あ、はは……い、いえ、回復以外でお礼を言われる程の事はしていません……ですから、もうそれ以上は褒めないで下さい、恥ずかしいですから……」
二人して顔を赤くしてしまう。周りから見ればどう思われるだろうか。桃瀬さんは増々気を悪くしてしまい、遂に僕の手を取り、攫うように無理矢理走り出した。
「バーカ! バーカ! 焔のバーカ! 日和さんは私のお姫様なんだから、アンタなんかに簡単に取らせ無いわよ! こんな事で勝ったと思わないでよね! 私の方が仲良しなんだからー!」
赤崎君を置いて、僕を連れて桃瀬さんはどんどんと距離を離していく。置いていかれた彼が気になり、転ばないように一瞬だけ後ろを振り向いた。
彼は穏やかな顔で笑っていて、何だか憑き物が落ちたかのようにスッキリとした表情で僕を見ていた。そして追い付くように早足になり、そのまま学校まで向かっていく。
今週もまだ始まったばかりだというのに、調査とは関係無いような思い掛けない出来事が起きて、ドキドキしたり恥ずかしくなったりで、僕はちゃんと身が持つのだろうか。
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