桜と一年A組

4-1




◆◇◆




 あれから日は過ぎて月曜日になる。週末にグレイスさんとメイさんに今後の相談に乗って貰いながら、とりあえずの目標や心身の休息等、様々な事で労わって貰った。


 今の僕は女子高生として学校に通いつつ、重要な情報を集めるという立場上、レオ様達には話し辛い内容もあった為に心構えをする上で、大変落ち着けて週を迎える事が出来た。


 グレイスさんは日曜の午前中にはシャドウレコードに戻って行ったので、これから当分の間は僕とメイさんの二人で色んな事を乗り越えて行かなければならない。少し寂しいのだけれど、戻る際に僕ならちゃんと出来ると励まされたので、期待に応えるように頑張って行きたい。


 鏡に向かいブラシで髪を整えて、先週と同じ髪型にする。うん、ちゃんと出来ている事を確認してリップクリームも塗る。


「よし、ちゃんと出来たぞー。教えて貰った通りにきちんと出来て良かったぁ」


 今日の予定は朝に始業式があり、それから教室でクラスの委員を決めたり、学校の様々な決まり事や施設を確認していく。




 その後はお昼を挟んで新入生への部活勧誘への紹介が行われる。全校生徒が集まる流れで、最後のガンバルンジャーの五人目を確認出来たら良いのだけれど、そう上手くはいかないのだろうなぁ。


 一息ついて、忘れ物は無いかを確認する。キッチンのテーブルの上には今日から持って行く為に用意したお弁当がある。グレイスさんが帰った後、日曜の午後にメイさんと一緒に買い物に行き、二人でどんなお弁当を作ろうかあれこれ考えていた。


 最初はメイさんが毎日お弁当を用意しますと意気込んでいたのだけど、グレイスさんが作ってくれたご飯を自分でも再現してみたくて、きちんと自分で作りたいと提案した。ただ、一人ではまだ色々不安な事もあるので、メイさんに教わりながらお弁当のおかずを用意していくという形で話は纏まった。


 土曜日の買い物で、お弁当を用意する必要があると二人に相談したら、二人はお弁当箱をウキウキで選んでくれた。お陰様で、僕のお弁当箱は大変女の子らしい可愛い物になっている。

 

「うん……これ大丈夫だよね? 味見はして美味しかったけれど、量とかは変じゃないよね?」


 お弁当箱の包みも同じように可愛らしく、僕は最初もっと落ち着いた物が良かったのだけれど、今の僕にはこれ位の物じゃないと浮いてしまうと二人に念押しされたので、結局はこうなった。大丈夫だろうかと思いつつも、丁寧に鞄にしまっていく。


 僕をお姫様扱いするヒーローに対抗心を燃やすかの如く、二人は僕に構ってきてくれた。もう少し落ち着いた距離感でいて欲しかったのだけれど、言っても聞かないので、僕が妥協するしかないのかなぁ。親切にして貰えるのは嬉しいけれど、これに完全に甘えないように気を付けなければ。


 時間を見ればもうすぐ登校の時間。最後にきちんと戸締りをしているかを確認して家を出る。


「行ってきます」


 扉を開けてそう呟く。誰かに知らせるつもりでは無く、自分自身の気持ちに気合を入れる為にこの言葉を言う。マンションを出て、覚えている通りに道を進む。




◆◇◆




 学校に向かう道を少し進み、僕は携帯端末を確認する。日曜の夜に桃瀬さんからメールが届き、一緒に学校に行こうと誘われていた。


 まだ一人で通学するのは心細かったし、入学式の件で一人で学校に行けば、何が起きるのかわからないのもあって、これを断る理由は無かった。すぐに了承の返事を返し、何時何分に集まろうとの流れになった。


 目的の場所に少し早めに着いて、ここで合っているかどうかを確認する。僕と桃瀬さんが最初に会った場所で間違いない。一人でホッとして少し待つと、時間通りに桃瀬さんがやって来た。けれど、その横にはもう一人の姿があった。


「おはよー、日和さん。待たせちゃった?」


「お、おはようございます桃瀬さん、それに……赤崎君も一緒なんですね」


「えっ、いやっ、勘違いしないで! 私と焔は別にそんな仲じゃ無いって前も言ったよ!? 今日はコイツの方が尋ねたい事があってどうしてもって、着いて来たがってたのよ!」


 この前見た夢の件もあって、二人で来た事に僕が驚いていると、桃瀬さんはすぐさまそんな関係では無いと否定して少し強めに赤崎君に肘打ちをし始めた。

 

 彼女の肘打ちに痛がる素振りも見せずに、赤崎君はぎこちない動きで一歩身を乗り出し僕に挨拶をしてくれる。


「お、おはよう……ございます。ひ、日和さん……本日は大変お日柄も良く……って、痛ぇ!? な、何すんだ涼芽!」


「なにわけわかんない事言い出してんのよ! バカやって無いで、挨拶くらいまともにしなさいよ。まあそういう訳だから、今日だけでも一緒に行ってくれない? こんなのでも男除けにはなるからさ」


「は、はぁ、一応わかりました。私は構いませんけれど……えっと、赤崎君もおはようございます。答えられる範囲までですけれど、知りたい事があるのなら何でも尋ねて下さいね」


 彼に挨拶をしながら、少し微笑む。桃瀬さんからの肘打ちには耐えていたようだけれど、後ろから更に強めに後頭部を殴られて流石に痛がっている。僕も赤崎君には聞きたい事があるので、何とか穏便に話を進めたい。


 もしかしてこの前の不審者事件の一件で、僕に対して何か不審に思う所があり、二人して何か企んでいるのではないかと思ったが、どうやらそうでは無かった。


 桃瀬さんは僕に申し訳無さそうにしているし、赤崎君も話をするタイミングが欲しくてそわそわしている。このままだと話が一向に進まなさそうだったので、僕は歩きながら話をしようと提案するのだった。




 三人で通学路を歩く。車道側を歩く赤崎君は僕の歩幅に合わせて歩いてくれている。それを見た桃瀬さんは何処かしかめっ面をしたと思ったら、僕達の数歩先を進んで歩いている。


「あの、赤崎君、そろそろ私に尋ねたい事って何か教えてくれませんか?」


 一緒に歩いてはいるものの、一向に話をしてくれない赤崎君に、逆にこちらから聞いてみる事にする。鍛えられた大きな身体に、迫力のある顔とは裏腹にまるで緊張しているかのような素振りをしている。彼はもっとグイグイ来るような印象があったのだけれど、どうやら認識を変える必要があるみたいだ。


 彼の聞きたい事とは何なのだろうか、もし週末に何をしていたのかなんて他愛の無い話なら、幾ら緊張していても、もっとスムーズに会話が出来ると思う。それでも何をしていたのかを頭の中で思い出していると、赤崎君はしどろもどろに話し出す。


「え、えっとさ、俺が尋ねたい事は……その、孤児院時代の事でさ、日和さんの話を聞いて一つ伝えたくて……当時の俺はまだ能力も無い情けない奴で、女の子を虐めるようなクソガキでも無いし、逆に虐めを止められるような度胸も無い、誰かの記憶に残る訳無い位のヘタレ野郎だったんだ……」


 突然孤児院時代の自身の話をしだす赤崎君。どういう訳か昔を思い出しながらその話をする彼の顔は、とても悔しそうに見えた。


「あ、赤崎君……? どうしたんですか、そんな自分の事を悪く言うだなんて……今はちゃんと立派なヒーローじゃないですか、良く無いですよ……そういうの……」


 苦々しく昔の自分を話し出した赤崎君に、僕はどう反応したら良いのか困る。とても嫌そうな顔で語る彼を思わず心配してしまい、何だかこちらも悲しくなってくる。


 そんな話はして欲しく無いので止めるように伝えると、彼は何だかハッとした顔になり、途端に慌てだした。


「い、いや、違うんだっ! 俺は日和さんにそんな顔をさせたくて言ったんじゃなくてだなっ、ただ俺が言いたかったのは俺は日和さんに嫌な事はしてなかったって事なんだよ! 信じてくれっ!」


 話を聞いていた桃瀬さんが、慌てふためく赤崎君に呆れるように僕達の間に割って入って来た。彼の方をじろりと睨み付けたかと思うと、苦笑いしつつ僕の方に振り向き話を聞いて来た。


「大丈夫、日和さん? このバカの事はほっといてさ、今の話で私からも気になる事があるから聞いて良い?」


「は、はい、大丈夫です。何だか心配を掛けてごめんなさい」


「いやいや良いのよっ! それでさ、孤児院の話で悪いけど、逆に日和さんの中で印象に残る位に良い人はいなかったの? 辛い話ばかりじゃ私も耐えられないわ、今すぐタイムマシンを作って昔の日和さんを助けに行きたい位だもの。あっ、でもそれじゃあ素敵な王子様とは出会えなくなっちゃうかー」


「あはは、なんですかそれ。でも、そこまで思ってくれるのはありがとうございます。赤崎君も当時の私に嫌な事はしていないって言いたいのはわかりました。それがわかったので今はホッとしています」


 昔の赤崎君は僕に嫌な事はしていないのだと言う。慌てた彼の目を見れば、真剣な感情でそれが嘘では無いと感じられる。桃瀬さんも言っている事は滅茶苦茶だけれど、恐らく本心だと思う。


 聞かれたからにはきちんと答えていきたい。この二人なら大丈夫だと信じたい。気になっているのは僕もそうなのだから、グレイスさんに言われた通りに僕は僕の思うように行動する。


 僕が覚えている中では、同年代の男の子で僕に嫌な事をしなかった子は一人しかいない。もしかしたら赤崎君とホムラ君は別人かもしれないけれど、それを調べるには今が良い機会だ。




「随分と昔の事なので、どんな人がいたかは殆ど覚えていないのですけれど、もしかしたら誰かと間違えていたり、何か別の記憶と混ざっているかもしれませんが、印象に残っている子ならいます」


 僕の記憶が当時の頃をそのまま覚えているかどうかは自身が無かったので、あらかじめ断りを入れてから話していく。二人は真面目な顔で僕の話を聞いてくれる。


「入学式の後、お昼を過ぎた頃に少し疲れていたので寝室で休んでいたんです。それで昔の話をした事もあってか、夢を見ました。いつも私が泣いていると側にいてくれて、泣き止むまで一緒にいてくれる男の子の夢を」


 僕がそう言うと、桃瀬さんは驚いた顔をしていて、赤崎君も目を見開いている。どうしたのだろうかと不思議に思うと、桃瀬さんが僕の話の続きを聞いてくる。


「へぇ……そんな優しい子がちゃんといたんだ……それで、その子はどんな子だったの?」


「あ、はい。その子は大変身体が病弱でして、それでも私が辛くて悲しんでいる時にはすぐに来てくれて、私の中ではとても心強かった思い出があります。ですが、夢で見るまで忘れてしまっていて……もう一度会って感謝を伝えたい位に大切な筈なのに、どうして覚えていなかったのでしょうか……」


 彼を置いてレオ様に拾って貰えた事が、僕の心の中で後ろめたい思いを持っていたのだろうか、それとも彼ごと記憶に蓋をする事で、辛い経験から幼い僕は自分を守ろうとしていたのかわからないけれど、あの子の事を思い出す度に胸が苦しくなる。


 夢で見るまで忘れていたのにもう一度会いたいだなんて随分と自分本位過ぎて、なんて酷い奴だと自己嫌悪してしまう。合わせる顔が無くて、痛むような胸を押さえてしまう。

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