3-6 ヒーローサイド2




 ここはピースアライアンスの管理している都市の中。例えヒーローで在っても、非常事態以外では力のほぼ全ては制限されている。そんな中でも殴られた衝撃で机は凹み、能力では無い彼の素の身体能力の高さが窺えた。


「悪いが俺はその話、全く乗り気じゃねえんだっ! そんなにやりたいならお前らだけでやれよ!」


 思わず怒鳴り散らすかのように言い放つ焔、その余りの機嫌の悪さに一体どうしたのかと尋ねる翠や彰や武志。


 根湖田博士はその余りの剣幕に驚き、部屋に置いてある壊されたくない機材を焔から遠ざけようとしている。


「ブニャー! 焔がお怒りなのニャ! 質素な机と言えど、造りはしっかりとしていたのニャ! それニャのにあんな風にするニャんて、他の機材じゃ耐えられないのニャー! フニャー!」


「おい! 突然何だ焔! 何時もならここで俺達と一緒にノリノリでカッコつけてる所じゃないか! 乗り気じゃないとはどういう事だ!」


「うるせぇ! とにかく俺はやりたくねえんだよ! ほっといてくれ!」


 焔の突然の態度に、思わず翠も声を荒げて問いただす。機嫌の悪さの原因は何なのかはわからないが、何時ものノリでは無いと疑問に思った事を口に出して問う。


 二人の一触即発な雰囲気に、思わずおびえる彰。焔を宥めようと彼に近付く武志。教室のある一件をふと思い出した涼芽は、焔の機嫌の悪さの原因がそこにあると考えて、冷めた口調で言い放った。


「もしかして、焔、アンタ日和さんとの昔の事で実は彼女を虐めてた側にいたんじゃないでしょうね? 今更ヒーローとして出て来てはバツが悪いってレベルじゃないから、顔を合わせたくも無いんでしょ?」


「ち、違うっ!? 俺を、あんな奴らと一緒にするんじゃねえっ! それ以上ふざけた事を言ったら、涼芽でもブッ飛ばすからな!」


「おい、どういう事だ? 虐めとか何の話だ? 焔、お前日和さんと昔何かあったのか? ちゃんと説明しろ」


 涼芽から放たれた突然の情報に、事情がわからずトーンダウンしながらも尋ねる翠。あからさまに動揺した態度で完全に否定した焔は、何も言いたくないのか黙り込む。


 彰と武志も、焔の様子が気になり知ってる事があるなら話して欲しそうに涼芽を見つめる。何も喋ろうとしない焔に呆れ、ため息を吐きながら涼芽は日和 桜と赤崎 焔の関係を、話で聞いて知った部分だけを話す。




 自分の知っている部分だけを一通り話した涼芽。根湖田博士も含めて焔の事情の一部を把握した一同。


 全員の視線は焔に向けられている。彼は自分が座っていた椅子に座り直し、今は力無くうな垂れてしまっている。


 もう此処まで来ると本人から直接事情を聴くしかない。焔が喋り出すのを待っていると、ぽつりぽつりと小声で何かを話し出した。


「……つこぃ、だったんだ……れにとって、……らちゃ……は、はつ……んだ……」


「なんだ? よく聞き取れないぞ焔、何時ものお前ならもっと馬鹿みたいな大声で話すだろ」


 小声で何かを話した焔、しかし、声が小さすぎて良く聞き取れなかった。思わずそれを煽るように尋ねる翠。


 言い方が良く無かったのか、焔は思わず顔を上げ、口を思い切り噛み締めてわなわなと震えていた。その余りの形相に謝罪しようとする翠だったが、すかさず焔は叫ぶように先程の言葉をもう一度言うのだった。


「は、初恋だったんだよっ! 俺にとっての! 桜ちゃんは俺の初恋の相手だったんだよっ!」


 突然の告白に、しんと静まるミーティングルーム。そして数秒の後に大声を上げる一同。思わぬ衝撃に話の続きを聞くのに少し時間が必要だった。




◆◇◆




 日和 桜は赤崎 焔にとっての初恋の相手だった。その事実に、思わず茶化してはいけない雰囲気になり、途端に真剣な空気になり話の続きを待つ涼芽達。


 特に涼芽は、また自身のデリカシーの無さで仲間である焔を疑い、追い詰めるような形で彼の大事な心の部分を晒してしまった事を後悔し、思わず床の上に正座になって待っている。根湖田博士を除く三人も連帯責任と言わんばかりに何も言わなくても正座になった。


 こうなっては今はもう報告とか護衛とか仲良し作戦とかの話をしている場合ではない。それよりも大事な話が始まったので、部屋の空気はとてつもなく神妙となっている。


 頭が落ち着き、観念した焔は孤児院時代の話をぽつぽつと語り出す。


「俺は当時、能力も何も無いガキだったんだ。そして同じ孤児院の中に桜ちゃんはいたんだ……一度だって忘れたことはねえ、あの髪の色に目の色に、日和 桜って名前の女の子。俺が初めて恋したあの桜ちゃんと全部一緒なんだ……!」


 孤児院にいた当時は、何の能力も発現していない子供だったと語る焔、話の中で何気無く桜ちゃんと親しく呼ぶ事にムッとする涼芽だったが、続きが気になるので今は静かにしている。


 焔の記憶と現実ではとある一か所だけ違う部分があるのだが、周囲も同じ勘違いをしょっちゅうしていたし、同年代の女の子も自分達と同じ存在として扱っていたので、今現在では勘違いして貰った方が都合が良い。


「桜ちゃんは孤児院の女の子の中でも一際輝いてた。いつもままごと遊びを楽しそうにしていて、とても可愛かったんだ。俺はそんな桜ちゃんの笑顔が大好きだった……」


 あの特徴的な容姿はそのままで、小さい頃の桜を想像する涼芽。まだ出会って間もないのだが、何故か容易に想像出来た。そんな幼い桜が笑顔で楽しそうにままごと遊びをしている姿を思い浮かべると、自然と口が緩みにやけそうになってしまう。


 慌てて口元を引き締め、焔の話の続きを聞く。


「それなのに、あいつ等はいつも桜ちゃん達が遊んでいる場所を荒らして来やがってたんだ……! 人形は蹴飛ばされ、摘んできた花は踏み潰され、滅茶苦茶にした挙句嫌がる桜ちゃんに虫やトカゲやら投げつけて逃げてくんだ……! でもあの頃の俺は、何もできない位に病弱で身体もガリガリで、臆病な弱虫だった……!」


 今でも鮮明に覚えている程だ、苦々しい表情で語る焔にとってそれはとても悔しい経験だった。何時も窓から外の様子を見ていたのだろう。初恋の女の子がただそんな酷い目に遭うのを眺める事しか出来なかったなんて、彼にとっても地獄のような日々だった筈だ。


 その話を聞いて、例え想像の中であっても涼芽は許せなかった。今すぐ自分の想像の中に飛び込んで幼い桜を助け出したくなってしまう。それ程までに愛おしく感じる彼女に酷い事をする輩に怒りを覚えていく。


「例え、身体の調子が悪くなってでも、もし、一度でも勇気を出してあいつ等に立ち向かえていたら、桜ちゃんはもしかして俺の事を覚えていてくれたかもしれないと思うと、途端に情けなくなっちまってさ……今更どんな顔してあの子と向き合えって言うんだ……」


「で、でも今はちゃんと強くなったんだ、昔はどうであれ、悔しい思いをした結果きちんと努力したんだろ? それが今のお前じゃないか焔! 大丈夫だって、今度は絶対護れるよ!」


 そう焔を励ます彰、実際焔は凄い努力をしていると彰以外の全員もそう思っている。事実ガンバルンジャーの中で一番の実力者は焔だ。


 今のお前なら絶対に結果を残せると、今の自分を彼女に覚えて貰えば良いじゃないかと、同じ男として翠や武志も彼を励まそうとする。


 ただ、焔は諦めたように冷ややかに笑いながら話を続ける。


「俺が能力に目覚めた時を教えてやろうか? 初恋の女の子一人まともに救えずにおどおどした日々を過ごしていたら、ある日突然王子様みたいな奴が現れて、そいつが桜ちゃんを救うように引き取って行ったんだ」


 焔は何か疲れ切った顔をしているが、机を殴った手を思い切り握り締め、その手は小刻みに震えていた。


「桜ちゃんは凄い嬉しそうな顔でそいつに抱きかかえられて俺の前からいなくなった。それから数日経って俺は能力が発現したんだ」




 物凄い間の悪さに、全員が絶句した。ヒーローは自分が能力に目覚めた瞬間という物は絶対に忘れない。


 ようやく好きな女の子を護れるような力を手に入れても、その肝心の女の子は自分の目の前から既にいなくなっていた。


 当時の焔のその絶望はメンバー全員がすぐに想像出来た。そしてもっと勇気を出していれば、もっと早く能力が使えていたらという焔の悔しさも悲しい程に伝わって来る。


「確かに悔しさを力にして今があるさ、でも俺の間の悪さは致命的だ。肝心な時に側にいないんじゃ、何も成長してないのと同じだ……朝の最初に桜ちゃんに声を掛けたのは涼芽で、二度も危機から護ったのも涼芽だ。俺じゃない、こんな俺じゃ騎士なんて名乗る資格すらない……お前が羨ましいよ涼芽」


 自身の間の悪さに自棄になり、思わず苦笑いする焔。


 組み分け表をもっと注意深く見れば、自分の組に日和 桜という名前はあったのに、一番最初に自分の名前を見つけてしまえば後はもうどうでも良くなり、教室での席順もろくに確認もしないですぐさま教室を飛び出し、携帯端末で彰の組を教えて貰ってそっちに向かってしまった。


 教室に戻れば人だかりで中心の人物は見えなかったし、入学式の移動も行くのも帰るのも一番最初で後ろなんてよく見ていなかった。日和 桜という存在に気が付いたのは自己紹介の時にようやくという程だった。


 焔の間の悪さは最早呪いのように思えて来るが、それで良いのかと涼芽は少し苛立ってきた。我々は悪党も泣き出すガンバルンジャーである、そのガンバルンジャーがこの程度で諦めてしまって良いのかと、もっと頑張れる筈だと。そう思った涼芽は焔に檄を飛ばす。


「ちょっと! 焔! アンタ言うだけ言っていきなり諦めるなんて情けないわよ! ガンバルンジャーでしょ、もうちょっと頑張りなさいよ!」


 思わず正座から立ち上がり、そのまま焔を睨むように見つめ話し出す涼芽。彼女の突然の行動に、一緒に正座をしていた三人は思わず驚いてしまう。


「情けないのが何? そんな自分が嫌だから変えたくて頑張って来たんでしょ! 日和さんの記憶とは違う姿になったんだから、向こうが覚えてないのは当たり前よ! 間が悪いのだって、一度や二度なんて大した事無いわ!」


 そう叫ぶように話しながら、ずんずんと焔の前まで向って行く。そして彼の両肩を自身の手で掴んでいく。


「そもそも初恋の女の子が同じ高校に入学して来るなんてどうやって察しろって言うのよ! そんな簡単にわかったら恋愛なんて入学試験より楽勝じゃない!」


 幾ら特別な能力者も入学出来る学校であっても、たったそれだけで初恋の相手が入学する事を察するなど、感知に長けた涼芽の能力でも不可能に近い。


 思う事をそのままダイレクトに伝える涼芽。久しぶりに出会ってすぐに自分の恋を諦めて良いのかと、もう少し頑張れと叫ぶ。ここで諦める位踏ん切りが良いのならフンギルンジャーに改名してやろうかとも思った。


 涼芽の言葉に、自分の気持ちを改めて再確認する焔。脳裏に浮かぶのは桜の笑顔、しかしどうしても桜が孤児院から出て行ったあの日が頭から離れない。


「お、俺は、桜ちゃんが今でも好きだ……! それだけは変わらない、で、でも孤児院のあの日がずっと忘れられない……今の桜ちゃんはお姫様みたいに綺麗になったんだ、きっとあの王子様みたいな奴に釣り合うように努力して来たんじゃないかって……なら、俺はもう遅すぎたんじゃないのか……?」


 自分の思いを正直に告げ、それでも何もかも手遅れなのでは無いかと、先程語った話と照らし合わせて今の桜の姿を見てそう思う焔。


 確かに王子様みたいな存在は今の桜にはいるが、桜自身はそれを否定していたのを知っている涼芽。


 敵に塩を送るようだと嫌々ながらも、しかし焔にやる気になって貰わねば、今後の活動にも影響を及ぼしかねない今回の事態。ここで焔の心を折ってしまっては大幅な戦力ダウンになってしまう。それに自分が焚き付けたのだ、完全に望みが無くなった訳では無い事を教えるのが筋という物。


 涼芽は焔に自分の知っている情報を正直に話す。


「確かに王子様がいるのは私も帰りに本人に聞いたわ。でもね、日和さんはその人の事を慕ってはいたけど、兄のような存在だって言ってたわ。それに向こうも日和さんの事を妹のような存在だって思ってるみたいよ」


 焔の顔をしっかりと見ながらそう伝える涼芽。それを聞いてハッとした表情になる焔に、但し、と付け加える。


「まだそういう関係じゃないみたいだけど、顔を真っ赤にしながらそう言っていたから時間の問題かもしれないわよ。それで、アンタはどうしたいの?」


 相当深い仲になっているようだが、まだそういう関係でも無いという。ただ、このまま何もしなければいずれそうなって行ってもおかしくは無いと、涼芽はそう考えている。


 横やりになるような形にはなるが、それでもまだ自分にも何か出来る事があるんじゃないかと思う焔。涼芽の情報に、諦めかけていた感情がふつふつと熱く煮えるような感覚を覚える。


 目の輝きを取り戻し始めた焔に、翠や彰も思わず沸き立つ。


「焔、お前はまだ始まったばかりだ、そして俺達はお前の事情を知ってしまった。これがどういう結果になるかはわからないが、簡単には諦めたくないって気持ちは俺達も同じだ」


「そうだよ焔! 俺達はお前の仲間であり味方なんだ! 一度どん底に落ちたら後は這い上がれば良いだけだよ!」


「翠、彰……俺、まだ諦めなくても良いんだな……? 好きだって思いを捨てなくて良いんだな……! やってみるよ、望みは薄いけど俺はまだ諦めきれないから、これからもう一度始めるぞ!」


 二人に勇気を貰い、もう一度再起すると宣言する焔。何やら思う所がある武志は、焔の肩をポンと叩き念の為に釘を刺しておく。


「焔、一応言っておくがお前の思いは向こうは知らないのだろう? 何せ記憶に無い位に姿が変わったんだってね、まずは孤児院にいた頃のお前を正直に伝えてみる事をオススメするよ」


 武志からの言葉に、そう言えばまだ桜に孤児院にいた頃の詳細な自分の姿を伝えていなかったと気が付く焔。当時の自分はとても情けない存在だったと思っている焔は、正直にそれを伝えるのが恥ずかしくて躊躇ってしまっていた。


「虐めっ子だと思われていたら初めから脈なしだからね。それで、何か好感情があるような出来事を思い出してくれれば話は進むかもしれない。何も無かったら別の方法を考えよう、決して一人で暴走するのはダメだよ」


 その言葉にそうだったと焔は気が付く。まずは虐めに加担していない事をもっとしっかり伝えるべきだったと後悔する。気付きを得て素直に武志へ頷く。


「わ、わかりました武志さん! やっぱこういう時は武志さんが一番頼りになりますね!」


 ガンバルンジャーの中で唯一の恋人持ちの武志、こういう時に頼りになると素直に尊敬する焔。


 ただ武志は集まった情報を纏め、シンプルに道を示しただけに過ぎない。アドバイスでも何でもないと思う武志は乾いた笑いを出すしかなかった。


 こうして何とか焔も立ち直り、秘密を共有することでチームとしての結束力も高まった。涼芽の思惑通り、お姫様を護る騎士は五人となった。


 日和 桜本人の知らない所で、ピースアライアンスの猛烈なアプローチが始まる。

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