3-7




◆◇◆




 流石に家でお昼を食べるのに、制服姿のままなのはだらしが無さすぎると思い、ぐうぐう鳴るお腹を抑えつつも、何とか身体を起こして寝室で制服を脱ぎ、部屋着用のゆったりとしたラフな私服へと着替える。


 髪も解き、軽くブラシで整えた後にご飯を食べやすいように一纏めにしておく。先程大いに泣いてしまったので、目元が少し気になってしまう。部屋に置いてある鏡で顔を見ると、若干赤くなっているような気がする。


 こんな所でも身体の変化とは出る物なのだろうか、盛大に泣いたのはいつぶりだろうかと思い返すと、直近では触手に襲われた時を思い出したので、少し嫌な気分になってしまう。


 そうこうしている内にお昼が出来たとグレイスさんに呼ばれ、キッチンのテーブルに向かう。




「あら、桜ちゃん着替えちゃったの? 制服姿をもうちょっと堪能したかったけど、お昼ご飯だし着替えちゃうのも仕方無いわよね」


 手際良くグレイスさんがお昼を作ってくれたので、早速頂くことにする。


 椅子に座り、テーブルにはオムライスとサラダとスープが用意されている。どれも美味しそうな見た目であり、オムライスは玉子で綺麗に巻かれていて、焼き色とかも一切無くてつるんとしている。


「す、凄い美味しそうです! オムライスがとても綺麗で、これって一体どうやって作ったんですか?」


「うふふ、子供みたいにはしゃいで可愛いわね。作り方は後で教えてあげるから早速食べましょ?」


 二人で手を合わせてお昼を頂く。グレイスさんの作った料理は見た目通り味も大変美味しくて、パクパクと食べてしまった。


 サラダやスープもしっかりとした出来で、全部食べ終わると丁度良い満腹感を得る。食後のデザートに買って来て貰ったプリンも美味しく頂き、二人で食べ終わってから改めて作り方のコツを聞いてみた。


 玉子の処理や、フライパンでの熱し方に工夫をすると出来るようで、中に入れるライスの量も重要で多すぎると玉子で上手く巻けなくなるとの事。


「そんなに気に入ったのなら、レシピを用意して置かなきゃね。自分でも作れるようになればお弁当にも出来るわよ」


「お弁当ですか! それは楽しそうですね。でも味もちゃんと再現出来るでしょうか」


「あら、それは光栄な事だわ。そこまで満足させられたなら料理人冥利に尽きるものね。洗い物もやっておいてあげるから、桜ちゃんは今日はゆっくりしておきなさいね」


 グレイスさんが微笑みながらそう言うので、お言葉通りに甘える事にする。いつも優しいグレイスさんだけれど、今日は更にやたらと構ってくれる気がする。クッションに座り一息つく、なんだかここが僕の定位置になりつつある。このままではダメになってしまいそうだけれど、心地良さには抗えない。




 数分して、洗い物も終わりエプロンも外したグレイスさんが僕の元にやって来る。隣に座ってクッションに飲み込まれ意識がふやふやになりそうな僕の顔をグレイスさんはじっと見つめている。


「さっきわんわん泣いちゃったから、お目目がほんのり赤くなっちゃったわね」


「やっぱりそうでしたかぁー……先程着替える時に鏡で確かめたのですが、これも身体が変わった事で敏感になりやすくなっているのでしょうか」


 女の子の身体になった事でこういう部分も影響が出るのかもしれないのではと尋ねると、グレイスさんが微笑みながらそっと僕の頬に手を触れる。先程まで洗い物をしていたのでその手はひんやりとしていて、ほのかに食器用洗剤の香りもしていた。


「今日はこの後、メイちゃんも連れて一緒に何処かにお出掛けしようかなと思ってたんだけど、このお目目じゃそれも控えた方が良いわね~」


 何処かに出掛ける予定かぁ、メイさんと一緒に三人で何処かに行くのは良い案だと思う。


 まだこの街の事は全然知らないし、何処に何があるのかは凄く気になるし、一緒に行けるのならとても楽しい事なんだろうけれど、今日は色々と疲れてしまったので僕は今は家でゆっくりしていたい。


 お腹は膨れて満足したけれど、全身に何だか疲れを感じている。肉体的な疲れでは無さそうなので回復能力も効果は薄そうだ。


「お出掛けの予定は今日じゃ無いとダメそうですか? 今は家で休みたいです……」


 僕がそう伝えるとグレイスさんは表情を変えずに、ただ、うんわかったわと一つ頷き、頬に触れていた手を放しポンと僕の頭を撫でて来た。


「あらあら、桜ちゃんはすっかりお休みモードなのね。お出掛けは明日でも出来るからそうしましょうか。この後晩ご飯の買い出しもやっておいてあげるから、桜ちゃんは晩は何が食べたい? お肉? お魚?」


「今日はお肉よりお魚の方が食べたいですね。少し気になっているのですが、何だかグレイスさんが普段よりも親切なような気がします」


 晩ご飯の内容に答えつつ、何となくそんな気がしたのでつい尋ねてみる。いつも可愛がるように接して来るのだけれど、今はとても大事にされているような感じがする。僕が疲れているからなのかもしれない。何だか眠くなってきた。


「そうかしら? 特に理由は無いんだけどねぇ、うふふ」


 微笑みながら曖昧に返される。それでは納得が出来ないので表情で説明を求めようとすると、グレイスさんは手をもじもじさせて何だか困ったような顔になりながらも話し始めた。


「えっとね、さっき泣き出した手前言い辛いんだけどねぇ、ガンバピンクの桃瀬さんが桜ちゃんをお姫様みたいに扱ってきてるってお話があったじゃない? それを聞いて私もね、負けてられないなぁって……」


 負けてられないって……、一体何時から勝ち負けの話になったのだろう。その勝負は僕が判定するのだろうか?


 謎の対抗心を燃やすグレイスさんは、続けように喋る。


「桜ちゃんのお話を聞いてね、さっきはモニターの向こうの連中は口には出さなかったけど、それはきっとレオ様もウルフもイグアノも絶対そう思う所はあった筈なのよ。だから、貴女はヒーローのお姫様より先に私達のお姫様でもあるのよ!」


 自分達のお姫様を取られまいという表情でこちらを見つめて来て、グレイスさんがギュっと僕の手を握る。


 男だった自分がどうしてそんな扱いになるのか、謎でしかないのだけれど、少なからずレオ様達もそう思っているという言葉には何だか胸がくすぐったくなってしまい、クッションからゆっくりと身を起こし返事をする。


「えっと、グレイスさんに心配をかけてしまい申し訳ありません。それと、大事にしたいって思って下さってありがとうございます。両方ともお姫様扱いになるのはちょっと良くわかりませんけれど、大事にされるのは嫌じゃないです。それが伝わりましたからもう単語が恥ずかしいからって泣く事はありません」


 今はただ単語の意味を考えるよりも、向けられる好意を大切にしたい。何時までも考えて悩んで恥ずかしがっていたら、身体よりも頭が疲れてしまう。


 グレイスさんの好意は伝わったので、気を遣わせてしまった事への謝罪と感謝の言葉を述べて、今出来る精一杯の微笑みを浮かべる。満腹感と頭の疲労で身を起こした時に眠気が急に来たので、ちゃんと伝わっているかわからないのだけれど、それでも残る気力でグッと耐える。


 すると不意に柔らかい物が急に抱き着いて来た。その柔らかさはクッションよりも柔らかくて温かく、とてもいい匂いがして心地が良い。柔らかさにフッと意識が行くと眠気が一気に押し寄せてくる。何だか声が聞こえて来るけれど、僕の意識はあっという間に眠りの中へ。


「桜ちゃんがかつてない程の可愛らしい微笑みを浮かべたから、つい抱きしめちゃったけど、桜ちゃん? なんだか寝ちゃってる……? ちょっと、桜ちゃーん、おねむならお布団まで行きましょー? もうしょうがないわねぇ。うふふふ」




◆◇◆




 遠い昔の夢を見る、孤児院にいた頃の夢だ。


 随分と昔の事なのに、今日だけでもいっぱい話をしたし調査対象のガンバルンジャーにも同じ孤児院出身の人もいて、あれこれ思い出したからかもしれない。


 その頃の僕は見た目と名前のせいでしょっちゅう女の子に間違われ、近い年の子達からもそういう風に扱われていた。キラキラと光るような髪の毛が綺麗だからという理由で、髪の毛を切るのも周りの女の子達から反対される程に。


 友達というよりは、動いてお喋りも出来るお人形みたいな存在だったので、沢山構っては貰えてたけれど真に親しいと呼べる関係の子は、そういう意味ではいなかったのかもしれない。


 お人形やお花を抱えた女の子達に連れられて、天気の良い日はいつもおままごとに参加させられる。当時はそれが当たり前の事だったので嫌という気持ちは無く、純粋にそれを楽しんでいた。


 ただ、楽しい時間もつかの間で、僕が遊んでいるといつも年上の男の子達がやって来て悪口を言われたり場を荒らされたりで毎回泣かされていた。とても痛くて、辛くて、悲しい気持ちになりながら、どうしてこんな事をするのか泣きながら尋ねてみても、ちゃんとした答えは返ってこなくて、彼等は逃げるように去っていく。


 同年代の男の子は年上の子達に同調して僕に沢山ちょっかいを掛けて来た。僕も同じ男なのに、男の子の事が嫌いになりそうだったけれど、それでもただ一人だけいつも僕の事を心配してくれる男の子がいた。


『さくらちゃん、だいじょうぶ?』


 僕よりも細身で、病弱な黒い髪の男の子は、泣いて孤児院に戻る僕を真っ先に見つけ気遣うように慰めの言葉を掛けてくれた。


『いつもおおぜいでおんなのこをいじめるなんて、さくらちゃんがかわいそうだよ』


 その子も僕の事を当たり前のように女の子扱いしていたけれど、向けられる優しさは本物で、同年代の男の子で彼だけは僕に意地悪な事は言わないし、一緒に悲しんでくれたりしてくれた。


『なきやむまでぼくもそばにいるよ。ほんとうなら、まもりにいきたいんだけど……』


 病弱で弱々しくて、頻繁に体調を崩していた男の子。そんな彼だけど泣いている時に側にいてくれるだけでもとても心強かった。他の女の子はやられたらやり返すようなお転婆な子達が多くて、度胸も無い僕には立ち向かう強さより、誰かを気遣う心優しさを大事にしたいと強く思うようになった。


 彼はいつも周りから『ヒョロちゃん』や『ヒョロ坊』なんてあだ名呼ばれていたけれど、僕はそんな彼をきちんと名前で呼んだ方が良いと思ったから、何度か交流があった後に本名を彼に尋ね、それ以降はその名前で呼んでいた気がする。


『ぼくにはこんなことしかできなくて、ごめんねさくらちゃん』


『ううん、そんなことないよ……つらいときにいつもそばにいてくれてありがとう、ホムラくん』


 僕は泣き止み、それまでずっと側にいてくれた男の子に微笑む。何だか聞き覚えのある名前にハッとすると、其処で目が覚めた。




◆◇◆




 目が覚めると、僕は寝室のベッドで横になっていた。何か柔らかい物が抱き着いてきてそれ以降の記憶が無い。まだ頭はぼんやりとしているけれど、さっき見た夢を思い出しながらゆっくりと起き上がる。


「今のは、夢だったんだ……あの名前……ホムラ君ってまさか……?」


 辛いだけだったと思っていた昔の事に、確かにあった小さいけれど、心地の良い温かくて優しい思い出。そして、その相手は思いもしなかった人物と同じ名前。


 なんであんな大事な事を忘れていたんだろう。昔と今とでは全然似ても似つかない見た目と体型だった。苗字だったか名前だったかも曖昧な為、もしかして別人の可能性もあるのだけれど、そうなると余計に混乱してしまうのでその考えは今は置いておく。


 ベッドの横の目覚まし時計を確認すると、時刻は夕方になっており、寝室を出て窓を見ると外はほんのりと赤くなりつつあった。


 グレイスさんがいるにしては部屋が何も音がしない静かな状態だったので、どうしたのだろうかと思うとちゃぶ台に一枚のメモが置かれていた。メモを確認してみると、グレイスさんの字で、メイさんと一緒に晩ご飯の買い物に行ってくると書いてあった。


 何時頃に出掛けたのかはわからないけれど、今ここにいないと言う事はまだ買い物の途中になる。夢の件は二人が帰ってからにして今は落ち着こう。

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