3-5 ヒーローサイド




◆◇◆




 ピースアライアンスが統括し、管理を行っている平和地帯の一つ、東の国。その都市には街中の治安維持を行う為に様々な施設が存在する。


 都市部の中心には必ず、ピースアライアンスのヒーロー組織が活動の拠点にしている支部が建設されている。


 その支部に向かい、軽やかな足取りで歩を進める一人の少女がいた。希星高校と呼ばれるとある高校の真新しい制服を着こなし、明るめの茶髪を一纏めにポニーテールにした、前髪にピンク色のヘアピンを付けたほんのりと瞳が桃色に見える少女だ。


 彼女は一見すると、新進気鋭のアイドルやモデルのようにも見える。その健康的な身体つきと、活発そうな顔はとても整っており、街を歩く人々も自然と視線を向けている。


 そんな彼女の名前は桃瀬 涼芽。れっきとしたピースアライアンスに所属するヒーローの一人で、若干十五歳でAクラスに昇格し、次代の一角を担う新世代のヒーローとして注目を集めている。


 入学早々、毛先がほのかに桜色に見える、白く輝くような銀髪に、黄金の瞳を持つ可憐な少女と出会い、その子と無事に友達になり先程彼女を家まで送り届けて、今は自分の胸の中に秘めているとある願望を叶えてくれそうなその少女の事を思うと、心躍る気持ちでいた。


 進む先にある信号が赤く光り、足を止める。信号を待つ間、ふと携帯端末を手にし先程友人達と撮影した一枚の画像を眺める。




 そこには今日初めて出会い、仲良くなった少女の姿も写っていた。とても魅力的な姿をした彼女と、今後親しくなれるかを考える。そして、ヒーローとして対処しなければならない最近の不審者事件についても頭を過ぎっていく。


 そこで彼女、桃瀬 涼芽は考えた。


 携帯端末に保存されたこの画像を、今向かおうとしている支部から、セントラルにある本部の人間に見せ、自分達の通う高校にこのような美少女が入学して来たと報告し、不審者への護衛の許可を貰い、事件が落ち着くまで彼女の専属の護衛になろうと考えた。


 画像の少女、日和 桜はその類まれな容姿の他に、希少能力の回復能力を十五歳という年齢で、初級でありながらも一通り扱えるという才女だ。それに何処かの国のお姫様とでも言わんばかりの風貌までをも兼ね備えている。


 画像を見せれば、絶対に本部の人間も騒ぐ程の姿をしている、この日和 桜という少女。ピースアライアンスとしても、親交を深めたいという思いになるだろう。


 正義の味方である、ピースアライアンスに所属しているヒーローと言えど人間である。世間では超人として持て囃されているが、欲が無い訳では無い。疲れたら眠りたくもなるし、腹が減っては戦は出来ない。これはガンバルンジャーとて例外では無い。


 基本的にヒーローは特別な女の子との出会いに飢えている。容姿が整っていれば稀に男の子にも反応するという。


 これは強いヒーロー程より顕著に表れ、下手をすると組織としてのモチベーションにも繋がる程の懸念事項でもあった。


 彼等彼女等も人並みに欲求がある、そしてそれが強ければ強い程、正義のヒーローとしての強い感情への側面にも繋がっている。まだ年若く、学生としての側面もあるガンバルンジャーは相応に刺激が強い物に惹かれてしまう。


 これを抑制して、理性ある行動に慎めという方が残酷な話だ。過去に理性を求め、冷静な行動を優先した結果、ヒーローとしての大事な物を失い判断力が鈍って大惨事を引き起こした事例もあったりする。


 組織の人間もこの数十年で失敗や経験を積んで、歩んできた過程でもある。希少な能力者でもある日和 桜という少女を庇護下に置いた方が、ピースアライアンスにとっても利があると涼芽は考える。


 そうと決まれば行動は早い方が良い。涼芽は人当たりが良い笑顔を浮かべ、信号が青くなった横断歩道を歩き、何処か足取りも早くなったような彼女は颯爽と支部へ向かう。




 ただ、二つ、日和 桜には重大な問題点がある。


 それは、彼女がウェイクライシス側の人間であり、その中でも最大組織にあたるシャドウレコードの四天王ザーコッシュである事と、日和 桜が元は男の子であった事は、誰も知る由も無いのであった。


 最も、元は男の子であった事はこの際些細な問題に過ぎないのかもしれない……


 この日和 桜と言う少女、もし仮に彼女が男の子だったとしても、その容姿は彼等の琴線に触れる程だったであろう事をここに書き留めておく。




◆◇◆




 場所は変わって東の国の都市の中央に建造されている、ヒーロー組織の支部。ここにはガンバルンジャーの他にも数多くのヒーローが所属している。


 Aクラスのヒーローはガンバルンジャーの他に現在では三組程在籍しており、時期や災害等様々な状況に合わせて変動している。それより下位のクラスのヒーローは戦闘出動の際に、彼等の補佐を任されたり、出張任務で護衛を務めたり、自警団の一員として警察組織と協力し、都市の巡回も行っている。


 他の三組のヒーロー部隊達は皆成人した歳の為、何処かの組織が学生として潜入するような無茶な作戦をしなくても、ある程度は自然に情報が集まるのだ。


 彼等は東の国の都市の最大戦力として位置しており、それより上位のヒーロー達はセントラルや宇宙や異世界での活動がメインとなる。


 Aクラスにもなると、専用の階が割り振られ、ガンバルンジャーは主にそこでミーティングや鍛錬を行っている。




 ガンバルンジャー専用のミーティングルームには、同じ学校の制服を着た四人の少年と、白衣を着た一人の獣人がいた。


 体裁より、現場主義派のガンバルンジャーのミーティングルームは実に簡素な装いをしており、会議に使う金があるなら、武装や強化に回したいという情熱の表れでもある。


「ねえねえ、焔の組はどんな感じだった? 俺のC組はさぁ、焔がいなくなった途端、俺に声を掛けてくる女子ばっかりでホント大変だったんだよ」


「さあな、そんなに知りたきゃ、涼芽にでも聞いてくれよ……」


「その涼芽はまだここに来ていないようだが、一体何をしている。おい焔、同じ組だったのだからちゃんと今日の予定を伝えたんだろうな?」


「一応伝えた……仲良くなった女子がいるからそいつに付きっ切りなんだろ、知らねえよ」


 会話をしている三人の少年はそれぞれ赤崎 焔、萌黄 彰、青峰 翠と言う。


 赤い髪に赤い目をした端正な顔立ちの少年が赤崎 焔で、今は何だか不機嫌気味に彼等の話に答えている。


 彼等はそれぞれ他愛の無い話をして涼芽を待っていたが、青い髪に眼鏡を掛けた焔より一つ年上の少年、青峰 翠がついにしびれを切らし、何故涼芽は遅れているのかと焔に問いただしていた。


「えぇ!? 涼芽が仲良くなった女子って、もしかしてA組に現れたって言うお姫様って子かい? 俺の組でも男子が凄い噂してたよ!」


 焔が言う、涼芽が仲良くなった女子の話題に興味津々に食いつく、金髪に目尻が垂れ下がった緑色の目をした少年、萌黄 彰。自分もC組の女子達の注目の的であったのに、興味は別の所にある。


 そこに今まで彼等三人の話を静かに聞いていたもう一人までもが、彰の発した単語に興味を惹かれて話に加わって来る。


「おやおや、今年の新入生にはお姫様が入学して来たのかい、焔? でもそんな出自が特殊な子は俺達に事前に通達が来てもおかしく無い筈だろう? 説明してくれないか?」 


「た、武志たけしさん……!? 違うんだ、お姫様って言ったって、実はそれを言い出したのは涼芽の奴なんだ! た、確かに、見た目は周りとは違うんだけどよ……」


 何か事情を知っている焔に、落ち着いて問いただすガンバルンジャー最後の五人目。彼の名は林田はやしだ 武志たけしという。この中で誰よりも大柄で、新緑の髪を短く切りそろえている彼はチーム内での信頼も厚い。今日はボランティアで入学式の椅子や机を運搬する係に勤めていた。


「ふむ、確かに武志の言う通り、その子が本当にお姫様なら事前に生徒会長でもある俺に何の通達も無いのは奇妙な話だ。涼芽の奴め、一体何を企んでいる……?」


 翠までもがお姫様の話題に興味を持ち、四人の間の空気感が混沌になりつつあった。




 お姫様という単語に、異様に反応を示すガンバルンジャー。それもその筈、話は半年前の彼等がまだAクラスに昇格する前まで遡る。彼等は護衛任務でとある異世界の小国のお姫様の護衛を任されていた。


 そこで出会ったお姫様は一〇歳と幼く、彼等が選ばれたのも、実力があり一番歳が近い者だったからである。その幼くとも可憐な容姿をした少女は、心を十分に刺激する程の存在だった。たった二週間の護衛任務でありながら、彼等とお姫様との関係はとても良好に進み、双方にとって綺麗で大切な良き思い出となった。


 Aクラスになった今、無理を言えば多少の無茶は通り、またいつでも彼女には会いには行ける。しかし、今の彼女の国の問題はガンバルンジャーの活躍によって解決し、平和になっている。緊急の要件でも無い限りヒーローが向かうには行き辛い。それに彼女はまだ年端も行かない少女。お姫様にとって清く正しいヒーローで在りたい彼等は、彼女を欲望の捌け口にしない為にも耐えるように自重していた。


 故に今、彼等は特別な女の子への欠乏症を患わってしまっている。特に涼芽は最終的にはお姫様から姉のように慕われていた。故にこの中で一番そういう出会いを求めていたのは涼芽であった。


 そんな涼芽が入学早々に、同じ組の女子をお姫様呼びしあっという間に教室の外にも広がる騒ぎになった。翠は一瞬涼芽の頭がおかしくなったのかと思ったが、彰の反応と焔の表情から実際にそう呼ばれる程の少女がいたのだろうと推測する。


 入学式での挨拶が面倒で、ロクな確認もせずに早々に切り上げたのを今になって惜しく感じてしまっていた。


 彰も同様に、挨拶の際は焔をチラッと見ただけでA組の詳細などは確認していない。髪の色が多少変わった子は各組にもちらほらといたが、気弱な性格な為、挨拶に気を取られ過ぎていて失敗しないようにするのが精一杯だった。


 お姫様に気を取られ、思考が明後日の方向に向かう翠と彰の二人と、異様に不機嫌な態度を表に出し始めた焔、武志とこの部屋にいるもう一人の獣人は一体どうしたものかと互いに顔を合わせた。


根湖田ねこだ博士、何だか三人の様子が途端に変になりましたね……一体どうしたんでしょうか」


 妙な空気が流れ出した部屋で、耐え切れず武志は白衣を着た獣人に声を掛ける。真っ白な体毛に全身を覆われた二足歩行の猫のような容姿をした愛らしい見た目の獣人、根湖田博士はガンバルンジャー専属の博士である。現地から送られてくる映像を元に敵性生物の分析に、武装や戦術、ありとあらゆる面で彼等を日々サポートしていた。


「ウニャー……全く、また何時もの発作なのニャ。話を進めようにも肝心の涼芽がいないのだから、今は放って置くしか無いのニャ」


 幼馴染の彼女を作り、ヒーロー特有の職業病を乗り越えている武志と、人間ではない根湖田博士しかこの場には正気の者はいない。しんと静まり返った部屋で備え付けの時計の進む音だけが聞こえる。


 下手に触れて彼等を刺激するよりも、全員が集まって話を進めるまで静かにした方が良いと判断した二人は、ただ時が来るのを待つ事になった。




 数分してようやく、涼芽が部屋に訪れる。彼女は何処かうきうきした表情を浮かべながらも、まずは遅れて来てしまった事を謝罪し始める。


「皆、遅れて来てごめん! ちょっと不審者の件でミーティングで伝えたい事とか考えながら歩いてたから、時間とか見てなかったわ!」


「遅いぞ涼芽、その伝えたい事とは何だ。まさか例の件では無いだろうな、彰曰く既に噂になっているらしいぞ」


「うわぁ、友達を送ってく途中でも聞かされたけど、ホントに噂になってんだ。まぁ、ちょっと見て頂戴よきっと気に入る子なんだから」


 噂になる程の騒ぎだと詰め寄る翠に、その言葉だけで即座に察し自身の携帯端末を手にする涼芽。部屋に置いてあるパソコンに画像を転送すると、モニターに送った画像を表示する為にパソコンを操作する。


「え? 何やってるの涼芽? もしかして噂のお姫様の写真でも撮ったっていうの?」


「ええ、そのまさかよ彰。その場にはちゃんと他の友人もいたし、本人の許可も取った上での撮影だから私が無理矢理やった訳じゃ無いわよ」


 マウスを数回クリックし、画像フォルダを開く。涼芽が騒ぎ立てる噂の子とは一体どれ程の姿なのか期待する翠と彰。


 少し離れた所で苛立つような顔でそれを見る焔に、何時もそういう話題になら二人と一緒に食いついている焔の変わった様子が気になる武志。


 根湖田博士はようやく全員揃ったので、お茶を淹れに横のドアから給湯室に向かっていた。


 半年前の出来事で必要以上にお姫様には目が肥えているガンバルンジャー、モニターには涼芽が用意した日和 桜の写真が表示され、想像以上の容姿に思わず驚く二人。


「凄い……! まさかこれ程とは、なんと可憐な少女なのだ……!」


「うわー……凄い綺麗な子だねぇ……こんな子と一緒の組になれるだなんて、二人が羨ましいよー」




 写真に写るその少女は、独特な髪の色に、透き通るように純粋そうな黄金の瞳をしていた。

 

 桜の花びらを宿したのかと思える髪の毛先に、春の日差しで輝くように白く光る銀の髪がふわりと舞い、瞳は何処か遠くを見つめるかの如く澄んでいる。


 身体の線は細めでありつつ顔立ちはあどけない幼さを残しており、白く滑らかな頬は血色が良くて、か弱そうな容姿に見えるものの姿勢はしっかりとしている為、何処かの国の令嬢とも姫君とも思える気品を漂わせている。

 

 同時に、ふとした瞬間にいなくなってしまいそうな、春の陽気が見せる一瞬の優しい夢のような儚さも感じられた。


 今まさに、彼等が欲し求めていた護りたくなるような特別な女の子がそこに写っていた。側にいて一言励ましの言葉を貰うだけで、何処までも頑張れそうな、そんな女の子がそこにはいた。


 写真一枚で激しくテンションが上がる二人。後ろでその光景を見ていた武志も、モニターを見て、半年前に出会った小国のお姫様と並び立っても見劣りしない所か、年相応に育っている彼女はそれ以上かもしれないと思わず息を呑む。


 お茶を淹れに部屋を離れていた根湖田博士も戻って来て、騒ぎはより一層増す。涼芽の予想通り、日和 桜の容姿はヒーローにとって大変受けが良い。


 自身の能力か、思い立ったら即提案が良いと涼芽の勘もそう告げている。勢い良く立ち上がり、早速自身の思いついた案を皆に聞かせる。




 「……という訳で、私はこれからこの方向で行きたいと思ってるのよ。不審者対策は出来るし、日和さんを護衛しつつ仲良くも出来るし、私達はお姫様の騎士気分を味わえるし、最高の案じゃない?」

 

 自信に満ちた表情で、涼芽は語る。焔以外のメンバーも良い案だと大いに納得する。


「フッ、良いだろう。涼芽の案に俺は乗るぞ! 幸い俺は生徒会長の身、学校内での事なら多少は融通が利く。お前の案が進みやすくなるように裏で手回しも出来る」


「俺も賛成だよ! 日和さんって言うのかぁ。涼芽の言う通りの子なら、俺達にもあまりがっついて来なさそうだし、俺でも仲良く出来そうで楽しみだなぁー」


「はははっ、俺はあんまりその子と会う機会は無さそうだから裏でこっそり見張っておくけど、お前達ががっつき過ぎて嫌われないようにしておけよ? それじゃあ主な護衛は組も一緒な涼芽と焔に任せて良いかな?」


 これは自分達でも納得の案だと、ノリノリで今後の方針を固める四人。報告と提案はまだこれからだが、本部の人間も彼等と同じヒーロー、あの画像を見せたら自分達以上に好反応を示すだろうし、気持ちも理解して貰える。

 

 極めつけはお姫様は希少な能力者でもある事で、この案は確定したも同然の内容だった。


 早速武志が、今後の活動内容を決めようと焔を含めて話を進めていると、突然ドゴンと机を殴る音がした。


 その音のした方に振り向く四人、驚く根湖田博士。


 機嫌の悪さを最高潮にした焔が机を殴ったのだった。

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