3-4
向こうがどれだけ僕の事を勘違いしているかにも寄るので、もし小さい頃の僕を女の子だと思っているのなら何も問題は無いから、出来れば強引な手段は控えておきたい。
二人の提案する作戦に苦笑いしながら返事をすると、ウルフさんが他の二人の情報を聞いてくる。
「ふむ、桜も小さい頃から色々と苦労して来たのだな。俺の持っている情報と桜の証言からして、赤崎 焔がガンバレッドで間違いは無いか。それで、他の二人はお前とは違う組のようだが、見かけたのだろう? どんな姿をしていた」
「はい、まずはガンバブルーからですね、彼は青峰 翠と言う名前で入学式で生徒会長として挨拶に出て来て自らヒーローと名乗っていました。青い髪に眼鏡をしていて、冷静沈着な雰囲気をしていて女子からの評判が凄かったのですが、桃瀬さん曰く実は性格はまるっきり違うとの評でした。」
「へえ、ガンバブルーは生徒会長さんなのねぇ、これまた随分と厄介な肩書きを持っているじゃないの」
「確かに僕もそう思いましたけれど、彼は二年生で生徒会長にされて嫌そうにしていたと桃瀬さんが言っていました。本人も挨拶の際に休みたいと、そう言っていましたし」
「ガンバピンクは随分と仲間の事でぶっちゃけて来ていますね。ガンバルンジャーは思いの外面白そうな組織でこれからが楽しみになってきましたよ」
僕の説明にグレイスさんとイグアノさんがそれぞれ反応する。
僕はちゃんと彼等の事を上手く説明出来ているのだろうか、例え敵ながらも余り適当な事を言ってしまうのは、それは失礼になるかもしれない、だけれど彼等に詳しい筈の桃瀬さんからの評価がそうなので、ただそう伝えるしかない。
ありのままの知り得た情報を報告しているだけなのに、これは告げ口なんじゃ無いのかと思ってしまう。精神衛生的に宜しく無いので、自己嫌悪になる前に伝える事だけ伝えて早く終わらせたい。
「次はガンバイエローになります。名前は萌黄 彰と言う名前で一年C組にいるそうです。新入生代表として挨拶に出て来て、彼もまた挨拶でヒーローだと名乗っています。金髪に目尻の下がった緑色の瞳をしていて、見た目とは裏腹に気弱で真面目な性格だと、桃瀬さんが教室内で女子達に聞かれてそう答えていました、」
「違う組の子なのね、気弱で真面目な子なら誘惑しやすそうだったのに残念だったわね」
「ゆ、誘惑って何ですか? 色仕掛けみたいにやれと? で、でも僕の身体で何処まで出来るでしょうか……」
成程と思い、僕は色仕掛けについて真剣に考える。こうすれば自分で情報を引き出せるし、何だか雰囲気も悪の組織っぽい。これは一石二鳥かもしれない。
隣にいるグレイスさんは比較にならないけれど、それでもスタイルの良さなら桃瀬さんの方が上だった。そんな桃瀬さんを異性として意識していない彼等に、一体僕の身体が何処まで通用するのか……
情報を手に入れる為の手段なら、無論手数が多い方が良い。けれど僕の身体はそういう事をするには色々と薄い気がする。悩みに悩んで身体を触って確認しようとすると、グレイスさんに腕を掴まれ止められる。
「ちょっと、ダメよ!? 冗談に決まっているじゃない! 桜ちゃんがそんな事しちゃダメなのよ!」
「誰かから聞いた話より、直接僕が身体を使って情報を集めた方が正確じゃないですか? そ、それにこうすれば少しでも悪の組織の四天王っぽくなれそうでは……」
「それは私の役目だから! 桜ちゃんがそれをやるのは色々ダメなのよ! もしかしなくてもさっきのイメージの話引きずっちゃってるじゃない! レオ様が悲しむから止めなさい!」
レオ様の名前を出され、思わず身体が固まる。モニターを見るとレオ様は顔を赤くして目線を逸らしていた。
大変お見苦しい姿を見せてしまった事を反省してしまう。
「そ、そんな事をしなくても桜は今でも十分貢献してくれている。元々俺が想定していた事態よりも何倍もの速さで情報が得られた」
モニターの向こうのレオ様は、普段の慌て方とはまた違った慌て方をして僕に語り掛けて来る。
「それに今日はまだ入学式初日だぞ? もし俺がこの作戦に潜入する立場だったら、組み分けを確認して何処に誰が居るのかを確認するだけで精一杯だった。ヒーロー二人といきなり接点を持てる桜はとても凄いんだ! だ、だから身体を使う行為は止めてくれ、頼む」
レオ様が顔を赤くしてそう説得して来た、他でもないレオ様にそう言われてしまうと従うしかない。
身体を使うにしても、もっと別の手段がある筈だし、冷静に考えてみたら色仕掛けをするには肌を露出する訳なのだから、当然下着なんかも見られてしまう。
お姫様扱いからどうにかして抜け出したいあまり、もっと恥ずかしい事をしてしまう所だった。一体今日の僕はどうしちゃったのだろうか。
「申し訳ありませんレオ様……何だか今日の僕はとても変になってしまっているようです。情報は得ましたけれど、それよりも色々な事があり過ぎて追い詰められていました」
「そんなに張りつめなくて良いのよ。私なんか桜ちゃんが一から情報を集めて来るのに、今日から一か月は掛かると思っていたから、今後の予定が全部パーになっちゃったんだから」
グレイスさんはふざけるような口調で、一つのメモ帳を取り出した。メルヘン調な可愛らしい動物のイラストが描かれた表紙に油性マジックで『日和 桜魔性の女強化計画』と書かれている。
「まさかねー、私が考えていた魔性の女路線を軽く上回る、お姫様路線で進んじゃうなんてねぇ。もしかして参考になる所があるかもだから、このメモ帳は桜ちゃんにあげるね」
そう言って、グレイスさんはポンと僕にメモ帳を手渡す。中を開いて確認したいところだけれど、もうこれ以上は疲れて大変そうなので今は止めておこう。
今日一日、一人で緊張していたのが何だったのかと思うと、途端に肩の力が抜ける。すると、ぐぅ、とお腹が鳴ってしまう。そういえば今何時かと思って時計を確認すると、もうお昼も半分以上過ぎてしまっている。
僕のお腹が鳴った事を合図に、今日はこれで解散というムードになった。僕からも出せる情報は出し尽くしたと思うので、もう何も言う事は無い。ただこれからはどういった情報を優先的に集めれば良いのか気になったので、軽く全員に聞いてみようと思う。
「情報を一つ手に入れるのにとても大変なんだなって思いました。なので、レオ様達が知りたい情報があるのならそれを優先的に調べようと思います。何か知りたい情報というのは無いでしょうか?」
「知りたい情報か……そうだな、なら俺は奴らの主義や理念が知りたい。若くして相当な実力を手にした者達だ、我らの脅威になり得る者がどんな考えで動くのかを知っておきたい」
僕の問いに対して、レオ様は今後敵対する可能性がある彼等が、どんな考えで動くのかを知りたがっている。
「情報か、ならば俺は奴らと再び対峙する時、実力がどれ程上がっているのかが気になるな。個人の実力だけで無く、連携の練度もどれ程の物かも把握出来たら、部隊の展開をするべきかの判断にも使える」
ウルフさんは、交戦時の経験から彼等の成長速度を警戒していて、戦い方の意識にも変化があるのかを知りたそうだ。
「そうですねぇ、私は奴らが苦手とする地形や戦術等を知っておきたいですね。どんな些細な事でも構いません、苦手な物やトラウマなんかがあれば教えて下されば、いざという時に役に立ちそうですね」
イグアノさんは、戦闘に組み込めそうな弱点を調べて欲しいようだ。これはもっと踏み込んだ部分なので一番難しいかもしれない。
「うーん、私は桜ちゃんに毎日楽しく過ごしていて欲しいから特に思いつかないのよねぇ。でもしいて言うのなら、桃瀬さんと仲良くして何処で遊んだかとかを教えてくれれば、それで良いわよ。うふふ」
どういう訳か、グレイスさんに関しては桃瀬さんと仲良くなって欲しいと言ってくる。唐突なお姫様扱いに僕は恐怖感すら抱いていたけれど、ちゃんと仲良くなれるのかな。
それぞれ知りたい情報を語ってくれる。グレイスさんだけ何だか方向性が違うような気がするけれど、お腹が空いているので、軽く受け流してメモに留める。
メモをしていると、またもやぐぅ、とお腹が鳴ったので、グレイスさんがケラケラ笑いながら台所に向かう。
「あらあら、桜ちゃんはすっかり腹ペコさんねぇ。もう準備はしてあるから早速お昼を用意してあげるわ。今日は私が腕によりをかけるから晩ご飯も期待しててね」
エプロンを身に着け、てきぱきとフライパンやお皿を取り出すグレイスさん。まだ通信が付いたままなので、それを見てウルフさんとイグアノさんが思わぬ顔を見せる。
「うむ、グレイスの奴は料理が出来たのだな。初耳だぞ」
「知りませんでしたよグレイス。貴女がそのような事が出来るだなんて」
「あら、桜ちゃんまだ通信切って無かったの? 単に振る舞う相手がいなかっただけですからあんた達はこれからも食堂よ」
二人に素っ気なく返事を返して、グレイスさんはキッチンに籠る。本格的に料理の音が聞こえて来たので、そろそろ通信を切ろうとすると、不意にレオ様が声を掛けて来る。
「それでは桜、また次の会議だな。ただ何か緊急の用があれば会議を待たなくてもいつでも連絡してくれれば良い。それと、ガンバルンジャーの動向には気を付けておけ、特にガンバレッドには注意だ」
レオ様は孤児院の件で赤崎 焔を警戒している。僕も彼の言葉が気になるので、それに同意する形ではいと返事をして頷く。すると横で見ていたイグアノさんがニヤニヤして割って入って来た。
「おやおや、レオさんは随分とお姫様が気掛かりなんですね。これも青春ですか、それでは桜さん、私達もグレイスの奴の言葉通りに食堂でランチとなります。では」
イグアノさんの言葉で通信が終わる。最後レオ様が何やら声を上げていたけれど、僕には聞き取れなかった。
何だか大変な一日だったなと思う。まだ朝からお昼までしか経っていないのだけれど、凄く疲れてしまった。来週以降は一体どうなってしまうのかと悩むとお腹の音が鳴り止まないので、僕はもう考えるのを放棄してお昼を待つ事にした。
来週の事は来週の僕に任せる事にして、今は何も考えずにゆっくりと週末を過ごしたい。
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