3-2




◆◇◆




 僕は今日起きた出来事を順番通りに思い出し話していく。


 まずは最初に通学の際、周囲に遠ざけられ一人になっていた所を、心配した一人の女子生徒に声を掛けられ途端に仲良くなる所から始まる。


 一見するといきなり躓きながらも、親切な生徒に助けられ仲が良くなる事は順調な滑り出しだと思えるのだろう、その話に先程買ってきた飲み物を二人分のコップに注いで持ってきたグレイスさんが食いついてくる。


「あらあら、良い話じゃない? なのにどうしてお話はそこからなの? まだ学校にも着いてないじゃない」


「僕も最初はとても親切な優しい人もいるんだなって、思っていたんです。ですが、話をしていく内にお互いの名前を教え合う所まで行って、ここでようやく僕が話していた相手が今回の作戦の調査対象の一人、ガンバピンクだって判明したんです……」


 良い話からの衝撃の事実。開幕から敵対組織の重要人物と出くわし、一歩間違えればそのまま作戦失敗になる所だった瞬間に、レオ様達も思わず驚いている。隣にいるグレイスさんにコップを手渡され、そのまま一口付ける。コップに入ったオレンジジュースは、程よい酸味と自然な甘さで一息つくのに丁度良い。


「まあ、始まりからいきなりだったのねぇ。ちょっとレオ様、予定では数日経って桜ちゃんが学校に馴染んだ後に調査開始の筈でしたよね?」


「ああ、桜にいきなり無理をさせるつもりは無かったから、本人のタイミングでいつでも作戦を開始出来るようにそういう調整にしていた。それに桜の容姿は目立ち過ぎるだろうから、何か事を起こせば必ず奴らの目にも入る筈だと踏んでの事だったのだが、まさか向こうから反応を見せるとはな……」


「それからはもうずっとガンバピンク、桃瀬 涼芽さんが一緒でした……気づいた時には希星高校の校門前にいて、更に桃瀬さんの友人達にも目を付けられて距離を置く間も無く、更には教室の組み分けも桃瀬さんと同じでした」


 はあ、とため息を吐き、更に一口オレンジジュースを飲む。校門前で上田さん達にもみくちゃにされた部分はレオ様達に言うのは恥ずかしかったので、何とか言い止めてぼかして伝える。イグアノさんは桃瀬さんがガンバピンクだと特定できた経緯を聞いてくる。


「ふむ、ガンバピンクこと桃瀬 涼芽ですか、確かに事前に入手した苗字と一致していますね。それで彼女が調査対象のヒーローだと断定出来たのはどうしてでしょうか」


「桃瀬さんが僕の目の前で群がる男子達を追い払う為に、二度周囲を威圧していたんです。一度目は彼女自身に群がる男子相手にでしたが、二度目は僕も巻き込んでの事でした。僕は全くそういうのは扱えないので尋ねてみました、そうしたら桃瀬さんはあっさりと自分がヒーローだと正直に伝えて来たんです」




 僕からの返答に首を傾げるイグアノさん。ヒーローが悪の組織の四天王を護るような構図になっている為か、いまいち状況が掴めないでいる。その顔は一体何がどうなったら僕がヒーローに護られる状況になるのか聞きたそうにしていた。


「皆さんは僕がシャドウレコードの人間だって知っていますけれど、学校の初めて出会う人達は僕の事を全然知りませんよね?」


 まず前提として、僕と学校の人達は初対面になると説明し、自分の髪の一部を摘まんで持ちながら目線をそこに移す。


「このような見た目ですし、グレイスさんにも徹底的に身嗜みについても鍛えられましたし、とどめに僕の能力にも周囲の注目が集まりました。男女問わず人が集まって来てしまい、特に男子からの視線が強すぎてそれで」


 要するに僕が初日から目立ち過ぎてしまって大騒ぎになってしまい、それで桃瀬さんが僕を助ける形になったと言う事を伝える。


 僕からは周囲には何もしていない筈。なのに向こうからグイグイと詰められてそうなってしまった。


 こう言うと何だか、僕が自慢しているように感じてしまい背筋がぞわぞわして心地が悪くなっていると、隣にいたグレイスさんは途端に楽し気な表情になり僕を抱きしめて来た。


「凄いじゃない桜ちゃん! これも私や隊員の皆が身嗜みについて色々教えた結果でもあるのよね! お姉さんも鼻が高いわ! 私達が思っていた以上に人気者になっちゃったみたいだし、そんなお顔をしないでもっと誇らしくしちゃっても良いのよ?」


 そう言われ、僕は褒められる。今度は胸がむずむずして恥ずかしくなってくる。今日はずっと容姿を褒められっぱなしなので、そうなるように陰で指導してくれた皆には感謝しかない。


「え、えっと、ここまでして下さって本当にありがとうございますグレイスさん。女性隊員の皆さんにも感謝しきれません、僕一人では何をどうすれば良いのかわからなかったので、色々と助かりました。女子からの注目に対処できたのもグレイスさん達のおかげです」


 裏で思わぬ貢献の立役者になっていたグレイスさんに、感謝の言葉を伝える。


 僕からの感謝の言葉に、グレイスさんはより一層笑顔になり、その勢いでモニターの向こう側のレオ様達にも自慢をし始める。


 その勢いに、レオ様は若干戸惑いながらも笑顔を向け、イグアノさんはいまいち納得のいかない様子で僕の報告をまとめている。今の今まで静かに僕の話を聞いていたウルフさんは、何か気になる事があるのか、今度はウルフさんが僕に尋ねて来た。




「なるほど、今までの話は大体わかった。それで桜よ、ガンバピンクはお前の目の前で二度も威圧を見せたのだろう? 口振りからして向こうもお前の能力を把握したと判断出来る。そこまで接触しているのだ、奴のお前への評価が気になる。何か困るような事はされてはいないか?」


 う、鋭い……。確かに僕は桃瀬さんから、大半の人が対応に困るような事だけれど、問題と言われれば大半の人は問題とは思わないが、僕にとっては大問題な事をされている。


 物凄く言い辛いけれど、ちゃんと言わなければ報告にはならない。腹黒い悪女になる過程をすっ飛ばしていきなりお姫様にされたのだ。自ら望んでなった訳でも無いので何故こうなったのかも相談もしたくて途端に気持ちがしんどくなってくる。


 悪役としての偽者のお姫様になるのなら、ちょっと恥ずかしさはあるけれど、僕自身そこまで苦には思わなかった。


 だけれど、あれではまるで本物のお姫様のような扱いだ。桃瀬さんの口振りからして一種の職業病のような物だと判断はしているけれど、戦場に出てヒーローと対峙した経験も豊富なレオ様達の判断を聞きたい。


「あ、あの……今から僕の言う事で、決して笑わないで下さいよ……? 僕自身今日はこの事でずっと頭を悩ませていて、桃瀬さんの方も凄く真剣な態度で接して来ているので対応に困っているんです」


「大丈夫よ、桜ちゃんがそんなに悩んでいるんだもの、どんなに些細な事だったとしてもそれが桜ちゃんの悩みなら、私達は真剣に聞いてあげるわ」


 僕の肩を抱き、優しく微笑むグレイスさん。レオ様も真剣な顔で僕を見つめ頷いてくる。そんなレオ様の顔を見ていると、家に帰る際に校門前で起きた出来事も思い出してしまう。


 途端に顔が熱くなるも、その件は話に関係は無いと全力で頭の片隅に置きながら、話を始める。変な風に思われていないだろうか気になるけれど、今は話さなければ。




「実は、先程学校で注目を集め過ぎたって言いましたよね。それで、桃瀬さんに何かスイッチが入ったようで、途中から僕の事を、お、お姫様っ、なんて呼び始めたんですっ……」


 レオ様達にこの事を伝えるのは物凄く恥ずかしい。だって僕は元々男で、ここにいる皆もその事を知っている。ただの女の子扱いなら、色々と体験してきたのでまだ大丈夫だけれど、演技でも無い素の僕がそう呼ばれてしまっているのは、僕自身未だに違和感を覚えてしまう。


 僕が桃瀬さんにお姫様と呼ばれてしまっている事を伝えると、案の定全員固まっていた。


「へ、変ですよね……? 家を出る前にグレイスさんに指摘された一人称を変えただけなのに、桃瀬さんがそう言いだした途端に教室の皆もそれに乗っかってしまいまして、そんなに僕はお姫様なのでしょうか……?」


 顔の熱さで頭の中がぐるぐるして来た。視界もじわりと滲みだす。お姫様なんて言葉、桃瀬さんは僕に対して最上級の敬意を示しているのは理解しているつもりだけれど、何の仮面も着けていない素顔の僕には荷が重すぎると感じてしまう。


「仕草や言葉遣いもシャドウレコードでザーコッシュとして生きていた頃より変えているつもりはありませんでしたし、グレイスさん達から指導して貰ったのも服装や身嗜み程度です。それなのに、周囲の女の子よりお姫様って事はおかしくありませんか……? 桃瀬さんだって女の子なのに、僕を護る騎士を自称し始めるし……!」


 話をしていく内に僕はつい視界が下がってしまう。制服のスカートの端を握りながら恥ずかしさに震えつつ話を続ける。桃瀬さんが僕を護る騎士を自称し始めた事を伝えると、いきなりグレイスさんが息を吹き出して笑い始めた。


「ちょっ! ちょっと! グレイスさん!? 笑わないで下さいって言ったじゃありませんか! 酷いです!」


「あっはは、ご、ごめっ、桜ちゃん、だって私達は桜ちゃんが男共からの良からぬ視線とかに困ってるんじゃないかって思っていたの、そしたらさ、桃瀬さんっていう子が桜ちゃんを護る騎士を名乗りだしたって言いだすもんだから、ね?」


 どんな些細な悩みでも、真剣に聞くと言ったのは噓だったのですか!? そう言いたかったのだけれど、僕も震えて来て限界なので、ただただグレイスさんを見つめる事しか出来ない。


「ホントにごめんってば桜ちゃん、ただ、桃瀬さんの言ってる事もわかるのよ。だって今の桜ちゃんホントにお姫様みたいに可愛くて……って、ちょっと!? な、泣かないで桜ちゃん! そんなに恥ずかしがってるなんて思って無かったの! お姉さんが悪かったってばー!」


 恥ずかしさのあまり、僕はいつの間にか涙が出ていたようで、それを指摘されてしまうと否定したくても最早我慢する事が出来なくなってしまって、声も上擦ってしまう。


「な、泣いてないでずょ……! 泣いでっなんか……う、うぅ、うわあああん!」




◆◇◆




 僕は泣いてしまった。それはもう情けなく泣いてしまった。お姫様呼びがそうとう心苦しく思っていたのか、グレイスさんにも肯定されるともういよいよ我慢が出来なくなってしまった。


 ちゃぶ台の上にはティッシュの箱が用意され、僕の横にはゴミ箱が置いてある。泣いては洟をかみ、泣いては洟をかみを繰り返した。僕はお姫様とか関係無くみっともなくティッシュを消費する。


 数回やった後、ようやく落ち着けたので、そろそろ話の続きに戻りたい。レオ様達を待たせてしまった事実に途端に申し訳なくなる。今は休憩と称してグレイスさんの端末による遠隔操作で、こちらの音声と映像を遮断している。


 僕が設定を元に戻そうとすると、横からグレイスさんから謝罪が入る。


「ごめんね桜ちゃん……私は褒めたつもりで言ったんだけど、まさか泣く程追い詰められていたなんて、知らなかったのよ。これじゃあお姉さん失格だわー……」


 どんよりと落ち込んだ表情のグレイスさん。普通は誉め言葉にしかならない言葉を肯定しただけなので、悪気があって言った訳じゃ無いのはわかる。ただ、僕が限界がたまたまあそこだっただけです。


「僕がお姫様だなんて言われた事が無いから、対処の仕方がわからなくて限界が来てしまっただけなんです。でも変じゃないですか? だって一人称以外は本当に何も変えていませんし」


「うーん……私が思うに、何も変えて無いのにそう呼ばれたって言うのなら、桜ちゃんは元からお姫様って言うより王子様だったのかもしれないわね。今は女の子だからそう呼ばれちゃっただけよ」


 僕が王子様? 確かに元から僕が変わっていないのだから、お姫様と呼ばれるよりそっちの方がしっくりは来る。でも、僕はそんな呼ばれ方一度もされた事が無い。


「素顔込みの僕の姿がそうだって言いたいんですか? 向こうは僕の事情なんて知りませんし、そう言われればそうなるのかもしれません。ですが今ではもう確かめようがありませんから、グレイスさんのその言葉を信じるしかないですね」


「きっとそうよ、それに潜入する分には何も問題は無いじゃない。お姫様も王子様も大きな違いなんて性別ぐらいでしょ? 難しく考えないでそれ位の認識でいきましょ?」


 そう諭され、納得せざるを得ない。不本意な呼ばれ方に泣き出す位取り乱していては、この先やっていけないと思い。認識を改める機会を得たのだと自分を説得する。


 レオ様みたいな王子様のような風格は出した覚えは全くないのだけれど、この事をいつまでも考えては埒が明かないので、ここは僕が折れるしかない。気持ちを切り替えてモニターの設定を元に戻す。


 パッと画面が表示され、再び三人の顔が映る。モニターの向こうのレオ様達は僕を心配するような顔をしていたので、僕はもう落ち着いている事を伝える。

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