桜と焔

3-1




「うぅー……今日だけでも色んな事があって、しんど過ぎます……」


 全身をすっぽり覆えるクッションに身体を預け、僕はそのまま顔を埋めたまま疲労感を口に出してしまう。このクッションはグレイスさんがこういう私物があっても良いんじゃないかと取り寄せて、引っ越しの時に一緒に持ってきた物だ。


 今の僕は、自分でもとても人に見せられない位にはだらしなくだらけてしまっている。すぐ側にグレイスさんがいるのにも関わらずにだ。女の子がはしたないとか、制服がシワになるとか、注意が飛んできそうだと思っていたけれど、グレイスさんは何も言わずにただただ一緒にゆっくりしてくれている。


 何も言ってこない好意に甘え、あー、うー、と理性の無い怪物のように呻きながら、クッションにずぶずぶ沈んでいく。少ししてようやく落ち着けたので、ゆっくりと身体を起こし服や髪の乱れを直していく。


「すみません、グレイスさん……自分の事で手一杯過ぎて、少し取り乱してしまいました……」


「あら、別に良いのよ。女の子にはそういう時がある物だから、入学式が始まる数日前にドタバタしてたのはメイちゃんにも聞いてるし、体調が万全じゃ無かったんでしょ? 何も無い日にあんな事やっていたらそれは一言言ってたけど、今日は特別よ。それに柄にも無い桜ちゃんの姿が見られたし、うふふ」


「僕の体調が万全じゃないって、そうなんですか? 自分の体調の事なのに、あんまりよくわからないんですけれど……」


「まあ要するに無理は禁物って事よ、また次もやって来る物だから、終わった後も数日は体調には気を付けましょうってお話よ。桜ちゃんの場合は精神的な所が大きいって聞いてるから疲れた時にはリラックスしなきゃねー」


 そう言ってグレイスさんはいつものように、もにもにと僕の頬を揉みに来る。僕の来るべき日が訪れた時に側にいれなかった分を取り戻すかのように揉みに来ている。


 人によって個人差がある物だと聞いているけれど、こうやって心配されていると言う事は僕はそんなにわかりやすい位に表情に出てしまっていたのだろうか。もっと気を付けていかねば。


 頬を存分にこねられて十分堪能したのか、満足したグレイスさんにようやく解放されて、そろそろ会議の為に通信しなければと言う話になる。




「レオ様達との会議もそういえばあったわね。でも、お昼にもなっちゃったしどうする? 桜ちゃんがまだお休みがいるって言うなら、私がレオ様達に伝えて先にお昼ご飯の準備をしちゃっても良いんだけど?」


「いえ、先に会議で良いです。僕自身早くレオ様達の顔が見たいですし、それに想定外の出来事ばかり起きてしまったので相談も兼ねて報告しなければいけない事を、忘れない内に伝えておきたいのです」


「お外でも聞いたけどよっぽど大変だったのね。入学式を無事に終えて、早速お友達が出来てお姉さん嬉しく思っちゃったけど、私の顔を見た途端、桜ちゃんとっても複雑なお顔をしてたもの。うん、それじゃあ早速会議の準備をしましょう、場所はここで良い?」


 場所は今僕達がいる、借りている部屋の居間。


 部屋を見回して確認する。特にゴミが散らかっていたりはしていない、下着等の見られると恥ずかしい物も、干しっぱなしでは無いし、学校に向かう前にちゃんとしまっているのを思い出す。


 部屋の確認をすると、はいと頷き返事をしてすぐさま寝室に置いてあるシャドウレコード専用の携帯端末を持って来る。




◆◇◆




 専用の携帯端末を持ってきて、部屋の居間に置いてある昔ながらのちゃぶ台の側に改めて座り直す。このちゃぶ台は僕のお気に入りで数少ない私物の中の一つでもある。

 

 シャドウレコード内の僕の部屋では置く場所が無かったので収納していたのだけれど、引っ越しの際にグレイスさんにも持って行くように薦められた品でもある。


 グレイスさんと横並びに座り、僕は手にした携帯端末を起動させる。初めて使う物なので一つ一つグレイスさんと確認しながら操作を行っていく。


「折角久しぶりに全員揃う会議なんだから、もうちょっと大きめの画面が欲しいわね。桜ちゃん、この部屋に置いてある映像出力台ってうちの技術部の特注品だから、専用の操作で携帯端末より大きい画面を用意出来るらしいわよ」


「そうなんですか? えーっと、何処でしょう……あっ、ありました。多分これですかね?」


 携帯端末の遠隔操作で部屋の出力台を起動する。専用の表示画面が映し出され通信が始まった。無事僕の生体認証も通り、向こうの会議室との接続が確認出来る。会議室にはレオ様達の姿が映っている。


 モニターに映るレオ様にウルフさんにイグアノさん。数日ぶりに三人の顔を見られて思わずホッとする。前に見た時と姿は何も変わっていないのだけれど、今は何だかとても嬉しくてついつい微笑んでしまう。


「お久しぶりですレオ様、ウルフさん、イグアノさん。こうやって通信するのは初めてなので、こちらの姿はちゃんと上手く見えていますでしょうか?」


 モニター越しに三人に挨拶をしてみる。しかし、三人は固まっていた。もしかしてこっちの映像は向こうには届いていないのだろうか?


「あれ……? どうかしましたか皆さん……? 僕ですよ僕。シャドウレコードの四天王の一人、ザーコッシュこと桜です」


 ザーコッシュと聞いてようやくハッとした三人。さっきはどうして動かなかったのだろうか、映像出力が上手く行っていないのかな? 




「大丈夫ですか? ちゃんと見えていますよね? グレイスさんが久しぶりに全員集まって会議が出来ると言っていたので大きい画面で映れるようにしてみたのですが……」


「ああ、妙な入れ知恵は隣にいるグレイスの仕業でしたか。桜さんお久しぶりですね、モニターが大きくて随分と迫力ある姿でしたので少々戸惑っていましたが、こちらは大丈夫ですちゃんと見えていますよ」


「うむ、随分と見違えたなザーコッシュ、いや、今は桜か……先程の嬉しそうな表情は雰囲気が以前より柔らかくなっていた。名を言われるまで少し惚けてしまうとは」


 ようやくウルフさんとイグアノさんが返事を返してくれる。どうやらこちらが大きい画面を使用したせいで向こうのモニターもそれに影響して大きくなっていたようだ。端末を操作してモニターの大きさを調整するイグアノさんの姿が見える。その様子をしてやったりという表情でニヤニヤして見ているグレイスさん。


「どう、今の桜ちゃんの姿、とっても可愛いでしょ? レオ様以外にも、あんた達にも効いたって事は効果は抜群だったみたいね。それで、レオ様はそろそろ返事をしてあげないと桜ちゃん落ち込んじゃうわよ?」


 グレイスさんの言葉で固まっていたのが正気に戻り、ようやく動き始めたレオ様。僕の顔を見て、相変わらず狼狽えてしまっている。僕が女の子になってもうひと月は経っているのに、僕を見て落ち着くまでに少し時間が必要なのは変わっていない。


「レオ様お久しぶりです。僕を見て慌ててしまうのは相変わらずですね、あはは。そろそろ僕を見ても落ち着いていて下さるようになっているのかと思いましたけれど、何も変わらないようなので安心したと言いますか、なんと言いますか」


「さ、桜……! す、すまない、お前を見ると未だに心がざわついてしまうと言うか、しかしその姿は良く似合っている。同じ学び舎で級友となる者達が羨ましくなってしまうな、ははは」


 ようやくレオ様と会話をする事が出来た。良く似合っていると言う反応と、級友と言う言葉に、僕は今学校の制服姿でモニターに映っているのを思い出す。それに今朝グレイスさんにも髪型を少し弄って貰っていたので、シャドウレコードに居た頃の僕の雰囲気とはだいぶ変わっていた。


 確かにこれでは、一見僕が誰なのかわからないかもしれない。三人からしたら初めて見る姿でもあるので、慣れない反応をしてしまうのも仕方が無い。


 僕が自分の姿を改めて見つめ直していると、それを見たレオ様はまた様子がおかしくなり始める。今の姿を褒められて素直に嬉しい反面、僕は少し前まで男だったので、前の姿との違いで違和感を感じてしまっているのでは無いかと思うと申し訳無いという気持ちになってしまう。すると隣のグレイスさんがため息を吐きレオ様を睨むように見ていた。


「ちょっと、レオ様? 私前に言いましたよね、情けないようなら桜ちゃんを任せてられないって。きちんと容姿を褒める所までは良かったですけど、桜ちゃんの前ならもっとしっかりしてあげて下さい。これ以上は私だって考えを変えますよー?」


 そう言ってグレイスさんはムスッとした表情で僕に抱き着いて来た。今のグレイスさんは見た目同様に落ち着いた香りをしていて、今朝にも先程にも感じた柔らかさは温かく、前までは顔が熱くなる位恥ずかしかったけれど、どうしてだろうか、今は心地よい優しさを感じてしまいそのまま甘えてしまいそうになる。


 グレイスさんの突然の行動に、モニターの向こう側のレオ様は一瞬顔を赤らめるも、グッと堪えたかのような表情をし、数秒固まったかと思うと大きなため息を吐き、僕が女の子になる前の以前のキリっとした顔になった。


「本当に申し訳なかった、桜。俺が悪かった。お前は何も変わらず俺を思って慕ってくれているのに、俺はお前の姿が変わった位で一々動揺し過ぎていた。その事に不安を感じさせてすまない、桜、お前は今も昔も俺にとっても大事な存在だ。いつも大切にしたいとそう思っている、これだけは信じていて欲しい」


 レオ様はそう言って僕に謝罪の言葉と大切にしたいとの言葉を掛ける。


 その目は真剣そのもので、いつもと変わらない真っすぐな思いで僕を見ていてくれているのが伝わる。


 それとは別に、もっと他にも伝えたい言葉を飲み込んでいるのもありそうな雰囲気だったけれど、今はレオ様の言葉と目を信じたいと思ったので、僕がはいと返事をする事でグレイスさんもなんとか納得してくれた。


「グレイスも申し訳ない。俺の態度で桜を不安にさせてしまい、すまなかった。お前も失望させるところだった……情けないと言われる内は俺もまだまだだな」


「私はレオ様よりも桜ちゃんの方が可愛いから、桜ちゃんに優しいだけなんですー。そんな桜ちゃんを不安にさせるのが嫌なだけで、お互いに強い信頼があるならもう何も言いません。そろそろ本題に移りましょ?」


 そう言ってグレイスさんは僕に抱き着きながらもにもにと僕のほっぺを揉んでいる。その姿を見てレオ様は若干顔を赤らめつつも、慌てるような姿は見せなくなった。


 ようやく落ち着いた横で、イグアノさんが一息ついて話に加わってきた。


「やれやれ、桜さんが今の姿になってから、いつも貴方達三人の間で唐突に青春が始まってしまいますね。これも作戦の部隊が学校なのだからでしょうか、レオさんの遅れてやって来た青春に早く幸せが訪れると良いですねえ、それでは頼みますよ桜さん」


 イグアノさんから突然何かを頼まれてしまう、多分会議の本題に移る事を頼んできたのかもしれない。


 皆の顔を見て忘れてしまいそうだったけれど、今日の会議の本題は僕にある。ちゃんと上手く説明出来るか不安になる、ガンバルンジャーの情報と僕が学校で注目された事は、とても密接に絡み合っているので一つ一つ思い出して行かねば。


「は、はい! それでは今日の学校で起きた件を報告していきたいと思います……」

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