2-10
「じゃあさ、お互い連絡先も知れた事だしさ、早速メールするから日和さん、記念に一枚写真撮らせてよ?」
え? メールをするのに写真? 良くわからずに曖昧に頷くと、下橋さんがパシャリと携帯端末のカメラ機能で僕を撮影し、すかさず僕の端末に下橋さんからのメールの着信が届く。
添付された画像を開くと、そこには僕の姿が写っていた。真新しい学生服に身を包んだ不思議な髪の色と瞳の色をした女の子のその表情は、随分と気の抜けた感じの顔で、間抜けな瞬間を撮られてしまったと、少し恥ずかしくなる。
「うわー、日和さん写真写りも凄く可愛いね! ねぇ、後で私等にもこの写真頂戴よ、アンタ一人で堪能するのはズルいっての」
「じゃあさ、折角だし五人で写真撮ろうよ! 日和さん、良いでしょ?」
桃瀬さんがこの機を逃すまいと写真をせがむ。グイグイと勢い良く話が進んだので、そのまま五人で集合写真を撮る事になる。
僕が真ん中で、その左右に桃瀬さんより少し背が低い上田さんと僕より背の低い中島さんに挟まれて、後ろは桃瀬さんと一番背の高い下橋さんだ。下橋さんが携帯端末を操作し、ポーズを決める四人とは裏腹に、全くタイミングが掴めず、僕はどうしたら良いのかわからず少し慌てたままパシャリと撮影される。
写真はそのままメールで送付され、僕の端末にも届く。写真に写ったその姿は、僕だけ一人慌てているので、何だか滑稽に見えて恥ずかしい。
「ちょっと、下橋さんっ、この写真私だけ酷い状態じゃないですか!? せめてタイミングだけでも教えて下さいよ!」
「いやー、それでも日和さん滅茶苦茶可愛いじゃん! これで酷い状態だっていうなら、世の中の女子の大半は絶望してしまうって、お姫様は時に残酷でいていらっしゃるわー」
「写真を撮られるなら、私はもっとこう、気合の入ったキリっとした感じで行きたかったんです! 何ですか、この写真では隙だらけでどうぞ狙って下さいって顔をしていませんか?」
「えー? 今日初めて会ったばかりだけど、日和さんって教室でもずっとこんな感じの顔してたよ? 騎士として見守っていた私が言うんだから間違いないわよ」
「うーわ、チュンちゃん何気に気持ち悪い事言ってるー。でもこれで、私等も日和さんと友達になったね。えっへへー、来週早速クラスで自慢しちゃおうよ! 男子がヤバそうだけど、そこは写真にチュンちゃんもいるし、何とかなるでしょ」
そう言って上田さんが僕の肩を抱き寄せ、ギュっと近づいて来た。今朝よりも更に接し方が強く、完全に気を許した距離感に思わずびっくりしてしまう。でも、距離を置かれるよりかはこうやって親密に近づかれた方が上手くやれて行けそうな気がする。
僕からこんな事は絶対に出来ないけれど、向こうから来るのならある程度は受け入れた方が良いのかもしれない。
これが女子の友達の距離感なのかと、僕は自分の知らない世界を再認識する。これが友達という物なんですね。
桃瀬さんの反応は終始おかしいけれど、この感じだと彼女が少し変わっているのだと改めて確認出来る。教室の内外で友達がいる彼女は、悪い人では無いのは確かなのだけれど、やっぱりまだ慣れない。
改めて端末に写る自分の写真を見てみる。僕自身は自分の顔は思いのほか酷い写り方をしているなぁと感じるのだけれど、周りからの評価は悪くは無い。これも認識の違いなのかと考えると共に、初めて出来た同じ年の友達から、好意的に見てくれている事自体には何だか胸がじんわりと温かさを感じてしまう。
今まで体験したことの無い、新しい経験を一つ一つ大事に感じているのを他所に、彼女達の話は別の方向に流れつつある。
「そういやチュンちゃん、今日のヒーローの会議ってまた何かあったの?」
「んー、機密情報も扱ってるからあんまり詳しくは言えないんだけどさぁ、最近不審者の目撃情報が増えて来てるのよねえ……」
写真撮影ですっかり調子を取り戻した桃瀬さんが、自分が言える範囲で内容を語り出す。不審者が増えているという話に、上田さん達は露骨に嫌悪感を顔に表した。
「うわー……不審者とか最悪じゃん、春先になると増えるって昔からの諺にもあるって聞いた事があるけど、なんでまた増えてるのさ」
「概ね考えられる事と言えば、私等の部隊、ガンバルンジャーの存在かなぁ。メディアとかが今期待の若手のエースとか言っちゃって騒ぐから、悪い奴らが情報欲しさに集まって来てるのよねぇ、全く」
桃瀬さんの正確な情報分析に思わずドキリとしてしまう。そうです、今ここに悪い奴が存在しています。情報欲しさに学校まで潜入している組織はシャドウレコードだけですよね?
年齢制限で情報の開示にもピースアライアンスが介入しているから、僕は今こうして命懸けでここにいます。友達が出来て浮かれてしまっていたけれど、本来の目的はこっちだった事を忘れていた訳では無い。
「不審者とか怖いよねぇ、日和さん。引っ越してきた早々に滅茶苦茶タイミング悪くて最悪だよね。日和さんも凄い目立つから不審者に目を付けられないか不安になっちゃうよね」
「あっ! そうじゃん! 日和さんみたいなめっちゃ可愛い能力持ちの子とか不審者が狙うに決まってるじゃん! 私のヒーローとしての勘もそう言ってるわ!」
ヒーローとしての勘を即座に発動させた桃瀬さんは、そのまま何かを呟き始める。
「でもどうしよ、一応本部にさっき撮った写真付きで申告したらあっという間に護衛の許可は降りそうだけど、それでも申請には時間が掛かるし、今出来る事と言えば、自警団の巡回ルートにこの辺りを加える位しか出来ないし……」
桃瀬さんが真面目な顔で何かとんでもない事を言い出した。上田さん達もこの案自体には凄い納得した表情で頷いている。
どちらかと言えば、僕が不審者側なんですけれど、ピースアライアンス自体がまさかこんなに特別な女の子とやらに飢えているとは……僕自身の受け入れは僕が思っている以上にすんなりとは行きそうだけれど、そうなって来ると今度は情報を集めきった後に抜け出すのが大変そうだ。
ちょっと選り好みが激しすぎでは無いだろうか、シャドウレコードも悪の組織らしからぬ側面もあるけれど、秩序側のピースアライアンス自体がそんな状態になりつつあるとは、色んな意味で不安になって来る。
「あ、あはは……不審者とか怖いですよね……桃瀬さんもヒーローとしての視点からのお気遣い頂き、ありがとうございます。でも、不審者が狙うとしたら私だけじゃない可能性もあるかもしれませんから、上田さん達も十分気を付けて下さいね?」
「えー? 私等なんか狙っても、大した成果なんて得られないと思うし、向こうからしてみたらこんな危険地帯、狙うとしたら日和さんみたいな子に限定して来るのは、なんか統計とかでそういうデータがあるっぽいよ?」
そういえばそうでしたよね、闇雲に誰かを襲ってもここでは一瞬で制限解除したヒーローがやって来るような危険地帯でした。すぐさま飛んで来ると言う事は監視も相当な物では無いだろうか。一体どういう仕組み何だろう……
僕はシャドウレコードの人間で、一応護衛にもメイさんがすぐ側にいる。余程の事が無い限りそういう心配は無いのだろうけれど、それでもウェイクライシスの他の組織には僕の存在は知られていない。
そう言う連中からしてみれば、僕はよっぽど美味しそうな餌に見えるのだろうか、同業者からの横やりにも気を付けなければと思うと、途端に憂鬱になる。
一人で気落ちしていると、その表情がまた桃瀬さんの変なスイッチを押してしまったのか、瞬時にキリっとした顔つきになり僕の手を握り締め励ましてくる。
「大丈夫、そんなに不安にならないで。日和さんと一番最初に出会ったのは私だもの。それなら私達ガンバルンジャー全員が全身全霊を掛けて貴女を護り抜くって改めて誓うわ」
突然手を握られてしまい戸惑う僕を他所に、そのままの顔つきで安心して欲しいと話し続ける桃瀬さん。
「他のメンバーが文句を言ってきてもあいつ等は馬鹿だし、それに特別な女の子にも飢えてるから、日和さんみたいな子に頼って貰えるなら喜んで協力してくれると思うわ。だから私のお姫様はいつも側で笑顔でいて欲しいの」
「あはは……どうもありがとうございます……そう言って貰えるのはとても頼りになります。ですが、無理はしないでくださいね……」
桃瀬さんのこの妙なノリは何なんだろう、ヒーローをやっていると少なからず誰でもこうなってしまうものなのだろうか。ガンバルンジャー全員がこんなノリで僕に接して来られるのは、凄く疲れてしまいそう。
こうして僕の家までの道のりを、賑やかに過ごしていく。途中道を抜けた通りに何があるとか、美味しい甘い物のお店があるとか、可愛い小物が売ってあるお店等を紹介して貰った。
週末で一度に全部は見て回れる程、道に詳しくは無いので、時間に余裕があれば今度一緒に見て回ろうという話になった。良いお店であればメイさんとも一緒に見て回りたいと思う。
そうこうしているうちに僕の住む家の近くまで来てしまう。この辺りが家の近くだと告げると、桃瀬さん達は何だか名残惜しそうにしている。
「この辺りが日和さんの住む家の近くかぁー、巡回のルートに加えるのを忘れずにメモしとかないと。街の地図は頭に叩き込んでるんだけど、中学にはこういう場所に友達は住んで無かったから自分が護ってる街だって言うのに、何だか妙な気分だわ」
「ここで日和さんとはお別れかー、チュンちゃんも予定があるからこの後別行動になるし、花が二つも消えると何だか急に寂しいねぇ」
「ちょっと、私等も花の女子高生だっての! まあ、日和さんやチュンちゃんにはどうしても敵わない部分があるのはわかるけどさぁ、まだまだこれからっしょ!」
「じゃあね、日和さん。また今度学校でねー。お互い連絡先も教え合ったし、何かあったらまた誘うねー、バイバイ」
「はい、上田さん達も今日は朝から色々ありましたけれど、私とお友達になって下さってありがとうございます。この辺りの事はまだ何も知らないので、お互い予定が空いてる時は誘ってきて下さい。それではまた来週学校で」
テクテクと元来た道を戻って行く桃瀬さん達。今日は何だか疲労感が凄いけれど、悪い気分では無い。
僕は自然とにこやかな顔になりながら、彼女達の姿が見えなくなるまで手を振り続けた。姿が見えなくなって数秒経ち、しんと静かになった歩道を見て思わず息が漏れる。
少しぼんやりしながら頭の中で今日の出来事を思い返していると、急に背中に柔らかい物に抱き着かれて、びっくりして後ろを振り向くとグレイスさんが僕に抱き着いて来ていた。
「うひゃぁ! 何ですかいきなり!? って、グレイスさんじゃないですか、どうして抱き着いてきたりして……」
「おかえりー、桜ちゃーん。もうすぐ桜ちゃんが帰って来ると思って、近くのコンビニに行ってプリンと飲み物を買いに行ってたのよー。そうしたら丁度桜ちゃんが早速女の子のお友達を作って仲良く帰ってきたからちょっと隠れて見てたのよ、うふふ」
そう言うと、グレイスさんは抱き着くのを止めてスッと僕から離れる。おっとりとした雰囲気に落ち着いた服装で買い物袋を手にして、柔らかな微笑みを向けてくる。
「入学早々に女の子のお友達を作れるなんて、桜ちゃん結構女の子の才能ありありなのね。話を聞いてた限りだとお互い連絡先も交換し合ってるみたいで微笑ましいわぁ。それでどうだった? 結構注目されたりしちゃったんでしょ?」
そうでした。この後報告があったんだった。学校初日から周囲の僕への印象は何やらとんでもない方向に向かって行ってしまった。想定外の出来事が多すぎて、ちゃんと逐一報告出来るのだろうか不安だ。
「それなんですが、グレイスさん……僕についてなんですけれど、予想以上の事ばかり起きちゃいまして……今日だけでもいっぱいいっぱいでした……こういう時どうしたら良いんでしょうか……?」
「あら? そんなに大変だったの? うん、ここじゃあ何だし、とりあえずお家に入りましょうね? もしレオ様達に相談しづらい事もあるなら会議の後で、ゆっくり聞いてあげるからね桜ちゃん」
グレイスさんは優しく微笑みながら僕の肩に手を触れ、そのままマンションの部屋まで歩くように促される。一緒に僕の部屋に入り、ようやく一呼吸吐いて落ち着くと、僕は部屋に置いてある大きめのクッションに倒れこむように飛びついてしまう。
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