2-9
靴を履き替えて、校門まで行くと、今朝ここでひと騒動あった上田さん達とまた出会った。
身長差もあり、それぞれ違う雰囲気の見た目をした仲良しトリオは僕と桃瀬さんを見ると、すぐさま側まで駆け寄ってきた。
「あっ、チュンちゃんと日和さんじゃん! 今朝ぶりだねぇ。ねぇねぇチュンちゃん、A組にお姫様が入学してきたってなんかクラスの男子共がバカ騒いでたんだけど、それってもしかしなくても日和さんの事だったりする?」
明るい茶髪に緩いウェーブのかかった髪をした上田さんが元気良く僕達に話し掛けて来る。
上田さん達の組にも早速、僕の騒動の余波が伝わっている。上田さん達はニヤニヤしながら桃瀬さんを見ており、一体誰がこの話を焚き付けたのか見当がついているような素振りだった。
僕は彼女達にただ苦笑いする事でそれに答え、僕の事を最初にお姫様呼びし始めた桃瀬さんの方にチラリと目線を向けた。上田さん達と僕からの目線に耐え切れず、たじろぎながら桃瀬さんは話し出す。
「だ、だって……困っていた日和さんを一番最初に助けたのは私なのよ? 雰囲気が違い過ぎて誰も近づけない、右も左もわからない様子で一歩一歩不安に歩きながら、今にも泣きだして消えてしまいそうだった儚くて可憐な美少女をお姫様扱いして何が悪いの!?」
大きな声で校門前で僕の事をそう言い出す桃瀬さん。他人からはそんな風に見えている事を改めて感じて僕にも思わぬ形で飛び火してしまい、恥ずかしくなってしまう。
「しかも希少な能力者だったりするし、私が言わなくても今朝廊下に居た男共が自然にそう呼びそうだったから、それが嫌でならせめて私からそう呼ぶようにしたのよ!」
「ああー、それでチュンちゃんはいきなり日和さんをお姫様呼びするようにしたんだぁ、あの時の日和さんそんな感じだったもんね、バカ騒いでいた男子も日和さんの能力でえらく興奮してたわ。『癒し姫最高!』とか叫んでたし、自分の知らない所で勝手にそう呼ばれだしたら、確かに怖くて気色悪いと思うわぁ……」
ショートボブの茶髪に、髪色に合わせた眼鏡をかけた中島さんはうんうんと桃瀬さんの話に納得する様子を見せる。
「チュンちゃんの勘って凄い当たるもんね。それがチュンちゃんの能力なんだっけ。まあ、日和さんの見た目と雰囲気で更に言葉遣いとか性格も含めたら、勘とか無くてもお姫様って呼びたくもなるよね。まず私達とは育ち方から違うっての」
黒いロングヘアにたれ目が特徴的の下橋さんは僕を見ながら、そう評価をする。
桃瀬さん以外の三人の評価も大体同意見であり、周囲の騒ぎぶりに僕も困惑してしまう。
僕の知らない所でそんな事まで起きているとは。A組でもそう騒いでいた男子がいたのだし、直接問われなくても別に隠していたい能力では無いし、外で会話をしていると其処から話が広がる物なので、特定する気は無い。
後、桃瀬さんの能力は勘に関係する能力なのか。直接聞いてみないとわからないけれど、覚えておこう。
ただ、言葉遣いに関しては、そこまでの物だろうか? シャドウレコード内では立場もあるし、こう話すのが普通だと思っていたんだけれど、外でだと妙に浮いてしまったのかな。
会話中の四人に背を向けて、僕についてああだこうだと上田さん達が桃瀬さんを弄って盛り上がっているのを利用し、こっそりとつい口元に手を添えむにむにと触ってしまう。
「それで後は、何でナイトな訳? 男子にけん制する目的もあったんなら、チュンちゃんだったらそこは無理矢理にでも王子様って名乗りそうなのに、中途半端に自重するような性格でも無いじゃん」
「だ、だって、日和さんが自分には既にカッコ良くて素敵な大人の男の人がいるって言ってたから……」
『えええっ!?』
下橋さんの何故ナイトか? という問いに、少ししょぼくれた表情で話しだした桃瀬さんの言葉に思わず驚愕する三人。驚いたのは僕も同じで、慌てて桃瀬さんの方に振り向く。
「ちょ、ちょっと桃瀬さん!? わ、私が桃瀬さんにそう言ったのですか!? 覚えが無いのですけれど、何時頃の事でしょうか!?」
「ええっ!? 日和さん覚えてないの? 今朝に私がデリカシーの無い事言っちゃって慌ててた時に、凄い幸せそうな顔で私に似ている大事な男性がいるって思い出してたじゃない」
あっ、あの時の事なんだ。確かナンパがどうとかで一人で慌てている桃瀬さんの姿が、何処かレオ様に似ていたから、思い出し笑いをしていた時だ。
確かにレオ様は王子様みたいな見た目だし、僕にとってはとても大事な人だけれど、凄い幸せそうな顔をしながらそれを言っていたっていうの?
ちょっと待って欲しい、桃瀬さんから見て今の僕はお姫様で……? その桃瀬さんが見ず知らずのレオ様を王子様と思ってて……? えっ? えっ? 何だか急に体が熱く感じてきた。
「うわぁ! 日和さん凄い顔真っ赤だよ! ちょっとチュンちゃん! これチュンちゃんのせいじゃない!?」
「ええっ!? これも私のせいだって言うの!? またデリカシーでやらかしちゃった!? うわーゴメンって日和さーん!」
顔が熱く、胸の鼓動が急に早くなる。王子様としてのレオ様は確かに適任だけれど、その横に並び立つお姫様が僕だって事!? レオ様の事は尊敬しているし、あの居心地の良い場所にいつまでも側にいたい気持ちもある。でもそれは四天王としての話だし、そもそも僕とレオ様は元々男同士で、そんな関係では無いと言わなければ。
「あ、あのっ……違うんですっ、ぼっ……わ、私とその人は……そのっ、兄と妹のような関係でしてっ……!」
慌ててしまい、一人称が崩れかけてしまう。胸を抑えて深呼吸して落ち着こうとしても触れた手が感じる胸の鼓動は段々と早くなっていく気がする。
「身寄りの無い私を拾って下さった格好良くて素敵な大事な人なんですが、私はただその人の事を、あっ、兄のように尊敬しているだけなんですっ!」
一体、僕はどうしてしまったのだろうか。ただ違うと説明するだけなのにとても難しく感じてしまい、変な事は言っていないだろうか。
「その人も、私の事を妹のようにしか見ていない筈ですし……そんな、王子様とお姫様だなんてとても……!」
突然湧いて来たこの感情は何なんだろう、僕もお姫様と慣れていない呼ばれ方をされてしまっているからだろうか? こんな話、誰に相談すれば。
「おっとー……これはー? どう思いますか、審判の中島さん?」
「うーん、司会の上田さん。これは、日和選手のご馳走様完全ノックアウト勝ちですねぇー、見て下さいこの表情、男子が見たら一撃必殺ですよ色んな意味で」
「成程ー、一撃必殺ですかー。確かにこれはとても可愛らしい表情をしております」
「血の繋がり等一切無い相手を兄のようと慕う一方で、こんな初々しい反応をするなんて、我らのお姫様は純情な乙女でもありました。いやー素晴らしい、今日のお昼はこれで良いかもしれません」
上田さんと中島さんが今の僕の姿を見てふざけるように感想を言い合っている。ここで真面目に反応されても僕も困ってしまう所だったので、これはこれで気が紛れて助かってしまう。
「片や対戦相手のチュンちゃん選手は、デリカシー暴投でレッドカード一発反則負け、退場ですねー。お姫様にこんな顔させるナイトなんてねぇ、退場ですよ退場」
「そういや私等、お昼どうするかでここにいたんだよね。日和さんが落ち着いたら改めて決めようか」
僕の言い分はどうやら、余り意味は無かったようです。でもどういう訳か効果はあったようで、彼女達はこれ以上この話をする気は無さそうだった。
突然のこと過ぎて、思わず一人称が崩れかけたけれど、そこにも触れないでくれている三人の大雑把とも寛容とも言える対応には今はとても助かっている。多分この感じだと、僕が自己紹介で言った事は三人の耳にも届く位に広まっているのかもしれない。
僕が落ち着けるようにと、下橋さんからは深呼吸の誘導を受けている。まだ若干身体は熱いけれど、吸って吐いてを何度か繰り返すと、幾分落ち着く事が出来た。
三人からレッドカードで退場宣告を受けた桃瀬さんはと言うと、少し離れた所でいじけていた。
◆◇◆
完全に落ち着きを取り戻した僕は、お昼をどうするか決めかねていた上田さん達とも一緒に帰りの道を歩く。
途中でお昼をどうするのか僕にも聞いて来たので、正直に昨日からグレイスさんが来ている事を彼女達に教え、お昼は家で食べると言う事も伝える。
「という訳で、今日はその人と一緒にいるつもりなんです。折角誘って頂いたのですが、それを断るようでごめんなさい」
「いやいや、先に予定が決まっていたなら、そっちを優先するのは当たり前じゃん? こっちも日和さんの都合も知らずにいきなり誘っちゃってごめんね」
「チュンちゃんも予定入ってるんでしょ? 確か例のヒーロー会議だっけ、じゃあお昼は私等三人で行こうかー。あ、そうだ、また突然誘って予定が埋まってる事が無いように日和さんの連絡先教えてよ!」
中島さんが僕の連絡先を知りたいと携帯端末を取り出した。それに続いて上田さんと下橋さんも期待を込めた顔でそれに続く。
それなら自分も、と桃瀬さんも圧を掛けて来るので、円滑に周囲に溶け込む為の手段として、連絡先を教える位ならと、僕は事前に用意された市販の携帯端末を取り出して彼女達と番号やアドレスを交換する。
「わかりました。私達随分と打ち解け合いましたし、これで連絡先を知らないと言うのも少し変な話ですしね。確かこうやって、こうでしたよね? あっ、ちゃんと届きました!」
上田
同年代の人と、こうやってお互いの連絡先を教え合うのは初めてだったので、ちゃんと違和感なく上手くやれているだろうか? 少し不安だったけれど、携帯端末を持った彼女達はうんうんと頷きながら楽しそうにしているので、失敗とかはして無さそうなのでホッとする。
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