2-8
◆◇◆
今日の学校は終わり、後は家に帰るだけになる。ピースアライアンスが管理する都市部の街では、宇宙技術と異世界の技術を取り込んで地球の技術も飛躍的に進歩している為、電子化が進んでおり、プリントやコピー用紙などと言った紙を使った印刷媒体は文化遺産としての技術体系では保存されているが、近年では主流から大きく外れ、教科書の類い等も教室の教卓を介して机に立体資料を出力する仕様になっている。
その為、より一層生徒の自主性が尊重され、ノートに自ら書き込むと言った行為がとても大事になって来る。そうやって自ら一つ一つ字を書き、文を作って、ノートを埋めて行く事が何よりの貴重な財産となり、その行程が自らの心の自信を育むとか何とかかんとからしい。
一応、テスト期間中には範囲を纏めた電子端末が貸し出されるようなので、最悪これで一夜漬けをする生徒もいたりするのかもしれない。
これらの話は全部入学式の途中や先生の話で語られていた事なので、誰にも怪しまれないように円滑な学校生活を送る為に、僕はこれに従う事にする。
来週の予定を一通りメモして確認し忘れが無いのも確かめた後、メモを鞄に仕舞い教室に備え付けられた時計を見る。他にもメモを書いているクラスメイトがいるので、あながちおかしな行為では無いようだ。
まだ午前中で、もうすぐ十一時になろうとしている。家に帰ってすぐに会議を始めるとお昼の時間と被ってしまいそうだと考えていると、不意に桃瀬さんから声を掛けられる。
「ねえ、日和さん。今日はもう学校は終わりだけど、この後は何か予定でもある?」
「はい、昨日から泊まり込みで私の事を見に来てくれている保護者代わりの人が家で待っているので、すぐに帰って今日はその人とゆっくり過ごす予定です」
「えっ!? 泊まり込みで! 大丈夫なのそれ!」
家に帰る準備をしていると桃瀬さんにこれからの予定を聞かれ、僕は当たり障りの無い部分での予定を話す。
でも、どういう訳かそれを心配されてしまい、家に来ている人はグレイスさんであると名前は伏せつつもやんわりと伝える。
「大丈夫も何も、その人は女性ですよ? ええと、朝にも言いましたけれど私に身嗜みについて教えて下さっている人です。今日の入学式が心配だと言って忙しい中来て下さったんです。そして案の定、外に出る前に一人で不安になっていた私を手助けしてくれました。あはは……」
「ああ、今朝言ってた例の大人のお姉さんね! 厳しいって人らしいけど思ってたより優しいのね。良いなぁ、私も泊まり込みで日和さんとオシャレの勉強してみたいなぁ」
話の途中の単語に過剰に反応するが、グレイスさんが来ているのは事実なので、朝の質問にも答えとして出した例の人だと伝えると、途端に納得して今度は羨ましがっている。
グレイスさんが来ていると話すと、その手の話題に興味津々だった女子が反応し、僕と桃瀬さんの話に混ざり、オシャレの話題が始まりだした。
早く帰りたかったのだけれど、自分から女子の輪を乱す度胸も無いし、無碍にしてしまうのもA組から孤立してしまう危険がある。
僕が話に出した手前、一つずつ話題を消化しようと思っていたら、今度は桃瀬さんを呼ぶ男子の声が不意に掛かる。
「おい、涼芽。今日は定期ミーティングの日だろ、早く済ませてサッサと飯食いてえから、行くぞ、オラ」
そこには例の赤崎 焔がいた。桃瀬さん達もこの後定期ミーティングとやらがあるらしい。急にやって来た彼はそのままズンズンと桃瀬さんの近くに立ち並ぶ。
にらみつける様に桃瀬さんを見つめる彼は、こうしてみると結構身長がある。イグアノさんと同じくらいだろうか、僕とは頭一つ分違いそうだ。ただ、イグアノさんとは違って体格が良いので対象が僕ではないにしろ、間近に迫られると何だかそのまま襲い掛かってきそうで少し怖い。
機嫌が悪そうな顔と迫力のある体型に、僕の他にも怖がっている女子がいた。でも仮にもヒーローなんだし正体がバレたならまだしも、まだ彼とは何もトラブルを起こしてはいないので、怖がるのは失礼だと思って桃瀬さんの近くから離れないでいると、何気なくこちらを見た彼と目が合う。すると、彼は一瞬目を見開き固まったかと思ったら、何だかぎこちなく僕に話し掛けて来るのだった。
「な、なあ、お前……確か日和って言ったか? 昔、孤児院にいたって言ってたよな。そ、そこで、俺達出会わなかったか……?」
意外な人物からの思い掛けない突然の告白に教室の空気が固まる。そして少しして時は動き出し、男女問わず驚愕の声で溢れ出した。
教室に残っていたクラスメイト達は全員こちらを見ている。中でも桃瀬さんが一番驚いた表情をしており、食って掛かる勢いで彼に問いただす。
「焔! あ、アンタっ! どういうつもり!? 日和さんとそんな昔から知り合いだったって言うの!? 何でこんな大事な事言わないのよ! ちゃんと説明しなさいよ!」
桃瀬さんは思わず彼の両肩を掴み、前後に力強く揺らしながら尋ねている。不機嫌そうな顔をしていたけれど、何の抵抗もせずに赤崎 焔はただ静かにこちらを見ている。
孤児院に赤崎 焔なんて名前の子がいたなんて知らないし、その時に赤い髪の男の子なんて見た事が無い。彼の頭髪は随分と目立つ。そんな髪の子がいたって言うならちゃんと記憶に残っている筈だ。
僕はシャドウレコードに拾われるまでの、孤児院にいた時の記憶を思い返す。確かあの頃は、僕は名前と見た目のせいで、しょっちゅう女の子に間違えられて、女子達にも女の子扱いされていてずっとおままごととか花冠とか作って遊んでいた記憶がある。
そうして女子達と遊んでいると、少し年上の男子達が僕にちょっかいを掛けて来て、何処からか捕まえて来た虫やらトカゲやらを投げつけられて、それが嫌で何度も泣かされていた。一緒に遊んでいた女子達は僕を庇ってくれていたけれど、最終的に男子達をいつも叱っていたのは孤児院の大人や更に年上の孤児達だった。
記憶を思い返してみても、やはり赤い髪の男の子なんて見た事が無い。騒ぐ桃瀬さんに、僕から返事を聞くまで何も言う素振りを見せない赤崎 焔。僕と彼を見て、ありもしない関係性を思い浮かべてそうな周りの女子達。男子もその後ろで聞き耳を立てて話を聞いている。混沌とし始めた教室を鎮めなければ。
「す、すみません、孤児院での記憶を思い返してみても、赤崎君みたいな赤い髪をした男の子は見た事が無いと思います……」
彼のような珍しい髪の色をしていた子がいたならば、どんなに記憶が朧気であっても忘れる事は無いと話す。それを聞いて、桃瀬さんも動きを止めて僕を見つめて話を聞いている。
「能力に目覚める前だったのなら、覚えていないのは仕方が無いのですが、ただ、あの頃の男子の思い出は、私が女子と遊んでいるとよく、少し年上の男子達が集まって悪戯をしたりしてきて、その度に泣かされてばかりで余り良い記憶とは言えないのですが……」
こうなっては仕方が無いので正直に話してみる。本当に嫌だった思い出しか無いので、今でもはっきり覚えている。シャドウレコードに拾われた当時は、イグアノさんの意地悪そうな顔を見ては怖くて良く泣いていたのも思い出してしまった。
もし、彼があの男子達の中にいたとしたのなら、僕はかなり幻滅してしまい桃瀬さんには悪いけれど、ヒーローを見る目自体も変わってしまいそうだ。僕の話を聞いて、素敵な再開を期待していた女子達は、一瞬固まった後どういう事なのかと言いたげな冷ややかな視線を彼に向け、男子達は何だかバツが悪そうな顔をしていた。桃瀬さんに至っては目から殺気が出ているような気がする。
僕のその話を聞いた彼が、今度は何だか悔しそうな複雑な表情を浮かべながら慌てて口を開く。
「ち、違うっ! 俺は決してそんな事はしていない……! た、ただお前によく似た奴が、昔一緒の孤児院にいた気がしたんだ……そっか、お互い覚えていたら名前と顔を見たらすぐにわかるよな……何か、嫌な事を聞いてすまなかった。涼芽も……悪い、俺先に行ってるわ……」
何だか煮え切らない様子で話を一方的に終えられてしまった。変に注目を集めたと思ったら、そのまま勝手に意気消沈して彼はとぼとぼと教室を出てしまう。
何だか微妙な空気になり、またもや固まってしまう教室。そんな時、教室の扉が開き一度職員室に戻っていた山田先生が現れる。
「お前達、まだ残っていたのか! 早く帰れと言っただろう。もう今日は教室の扉を閉めるから、さあ早くここから出て行って家に帰りなさい、さあほらほら」
山田先生の登場で、教室での流れは一気に終わりを迎え、ようやくこれで家に帰れる事になった。
◆◇◆
「あーあ、もうちょっと話したかったけど先生に怒られちゃったね。日和さん、一緒に帰りましょ?」
教室を出て、桃瀬さんが一緒に帰ろうと誘う。教室に残っていた他の女子達は、それぞれに予定があるのだろう、既に散り散りになっていた。
登校する際に通学路で偶然出会ったのだから、途中までは方向が一緒なのだろう。一人で帰るのも心細かったのでこれには返事をしておく。
「はい、良いですよ。一緒に帰る位なら付き合います。あっ、でもさっきの赤崎君達との用事の件は大丈夫なんですか?」
何か定期ミーティングとか言っていたような気がする。僕に付き合って遅刻して怒られたりしたら、敵ながら何だか申し訳ない。僕に対して暴走気味な所がある桃瀬さんだけれど、言動には好意や善意があるのは伝って来るので、少し心配にもなる。
「ああ、それなら大丈夫よ! 場所は街中にあるから一旦家に帰ってから行くのも、日和さんを家まで送って行くのもそんなに時間が変わらないし、それだったら日和さんを送って直接その場所に行くだけだから!」
な、成程。でも女の子がそんなノリで大丈夫なんだろうか、ヒーローと言えど仮にも同年代の男女なのだから、相手からどう見られているのかとか気にしないんだろうか? グレイスさんは、会議に出る際には徹底的に僕の身嗜みについて見てくれていたし、グレイスさん自身も身嗜みはしっかりしていた。
僕がそう思っていると、はっきりと顔に出ていたのか、それを見た桃瀬さんがすかさず言葉を続ける。
「いや、別に同じ組織のメンバーってだけで、何度も言うけどそういう関係じゃないからね!? それに戦場でお互い汗だくで泥だらけになったりもしてるから、最早異性として見られて無いっていうか、今更私だけ意識しても焔達から笑われるだけだしさ」
そういう特別な関係にはなってはいないのだと、僕に勘違いされたくないのだろう桃瀬さんは慌ててそう言う。
その勢いに少したじろぎながらも聞いていると、桃瀬さんは一息吐く。
「まあ、そこに日和さんみたいな綺麗で可愛らしい女の子でも一緒だったら、皆、気を遣ってると思うけどさー」
「そ、そうなんですか……何だか桃瀬さんも苦労しているんですね。赤崎君も萌黄君も青峰先輩も皆さん女の子に人気がありそうな見た目ですから、そういう意識はしっかりしているのかと思っていました」
僕はガンバルンジャーについて何かしら情報を落とせないかと、桃瀬さんの話に乗っかってそれとなく聞いてみるのだった。すると、彼女は僕に聞いて欲しそうな顔でヒーローの事情を話して来る。
「奴らも男だし意識が無い訳じゃ無いのよ。でも、普通の女の子じゃ住む世界が違い過ぎてダメだって言うのよね。ホント贅沢だわ」
そう話す桃瀬さんは少し呆れ気味な顔で、彼等について話していく。住む世界とは何だろうかと考えていると、話は続いていく。
「でもまあ、ヒーローやっていると私含めて皆、特別な女の子との出会いを求めているっていうか、毛色が違っていてそれでいて護りたくなるような子に飢えているっていうのは界隈じゃよく聞く話だったりするのよねー」
一種の職業病と呼べる物なのか、ヒーローにも特殊な事情があるみたいだ。毛色が違っていて護りたくなるような子かあ……成程、僕の事をやたらと特別視している桃瀬さんもどうやらその病気らしい。
今もこうして、僕と一緒に玄関前まで一緒に廊下を歩いているだけで何処かうきうきとしている。彼女の光り輝くような目を見ていると、シャドウレコードの四天王の僕が、その対象になっている事に申し訳なさを感じてしまう。
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