2-7


「それじゃあ次は、って何故か皆が期待していてそわそわしているようだが、頼めるかな? ……おっ、ちょっと待て、出席簿の備考欄によると特別能力者入学枠と記載されているが、先生からも幾つか質問したいな……日和、少し時間が掛かるけど良いかな?」


 先生が発した特別能力者入学枠という単語で教室中がざわめく。ヒーローになれる位身体能力が秀でてる桃瀬さん達ならともかく、この枠に僕もいると言う事はよっぽど凄い能力を保有していると言う事になるので、当然注目は集まる。


 はい、と返事をして席から立ち上がると、一斉に視線が飛んでくる。シャドウレコードの朝礼の時にも隊員達からの視線を集めた事もあったけれど、男女問わず同年代からの期待に満ちた視線を向けられるのは校門の時もそうだったが、それだけで何だか新鮮味を感じてしまう。自己紹介を始める前に恐る恐る周囲を見渡すと、隣の席の桃瀬さんも驚いたようにこちらの顔を見ている。


 僕が立ち上がって尚も教室はざわついていて、完全に自己紹介を始めるタイミングを見失ってしまっていると、先生から注意が飛びようやく落ち着いた。




「あー……済まない日和。ただでさえ目立つお前の番に先生余計な事を言ってしまったな。申し訳ない。それじゃあ、始めていいぞ」


「え、えっと、はい。朝に色々あって、もう皆さんはご存じだと思いますけれど、私の名前は日和 桜といいます。一応好きな食べ物は甘い物で、苦手な食べ物は多少なら我慢できるのですが、苦みや辛みが強い物は苦手だったりします」


 僕は自分の名前を言い、最初にお手本になった先生を見習って慌てないようにゆっくりと自己紹介をしていく。


「立派な大人になろうと勉強漬けの日々だったので、趣味は特にありませんが、皆さんの知っている素敵な物を教えて頂けると、皆さんの事も知れるので気軽に教えて貰えるとありがたいです。こんな私ですが、これからどうぞよろしくお願いします」


 と、とりあえず、こんな感じで自己紹介は良いのかな……? 胸がドキドキしていつの間にか手で胸を抑えながら喋っていた。何とか言い終えると、拍手が鳴り響く。


 拍手と共に、色々教えてあげるよと気さくに話し掛けて来れるクラスメイトの声が聞こえる。


 そして、特に隣の桃瀬さんの熱が凄い。目とか爛々に輝いていて何だかちょっと怖い。ただ、同年代の友達と呼べる存在がいなかった僕には、この教室に心地よい温かさを感じている。この空気感は大切にしたいと思った。


 これで自己紹介が終われば良かったのだけれど、それとこれとは話は別にある。A組の皆はまだまだ僕に聞きたい事がありそうな雰囲気だし、先生も聞きたい事があると言って少し事前に時間を取ると言っていたので、僕の時間はもう少し続く。こうなって来ると、僕の後ろ以降の人がやり辛く無いだろうかと気まずく思うので、早い所終わって欲しいと願うばかりだ。


「皆から大事にして貰えそうで良かったな、日和。それでだが、備考欄には特別能力者入学枠とあるんだけど、これは本当なのか? 差し支えなければどんな能力なのかも把握しておきたいのだが……」


 先生がそう言うと、桃瀬さん以外の皆の目も輝き、熱も籠り始めた。さっきまで良い感じに温かかった空気感だったのに、なぜだろう今は少し暑く感じてしまう。


 能力者と言ってもその能力は千差万別ある。特別能力者にもなって来ると期待の色は大きい。僕の能力は回復能力だ。この世界ではこの能力と言うだけで、特別な枠で入学出来る位には希少な能力になる。


 大きな怪我とか瀕死の重体とかは、まだ流石に治せる程の実力では無いけれど、それでも痛みを和らげたり治癒力や抵抗力を上げたりなんかは一応出来る。治療を行うには神経や血管や筋肉や骨や内臓を把握していないと正しく効果を発揮しない事もあるので、まず人なら人の、動物なら動物の構造から把握しておく所から始まる。


 僕は回復能力は一通り使えるし、人体の勉強も行っていた。じゃあなんで女の子の身体機能には疎かったのかと言われると、僕は女の子じゃなかったし、そもそもアレは痛みや出血はあるけれど病気でも怪我でも無いので、幾ら構造を把握してても僕の能力ではどうしようも無いし、勉強の範囲では無かったとしか言えない。


 教室の熱気と僕自身の恥ずかしい体験談で、顔が少し熱くなりながらも、なんとか答えていかねばと声を出す。


「私の能力ですか……まだ初級の範囲までしか修めていないのですが、回復の能力を一通りは扱えます。これからももっと精進して、卒業する頃には中級までの範囲を習得していきたいです」


 能力を話し終わり、何とか冷静になろうと一息を吐こうとしたら、教室は一気にざわめき、思わず息が引っ込んでしまう。


 女子からは「回復能力!? すごーい!」「日和さんってやっぱりお姫様なんじゃないの?」などと言った僕に憧れるような声が聞こえ、男子からは「癒し系お姫様って最高だな!」「俺も癒されてぇ……」等と言った何だか良くわからない声が聞こえる。


 注目に耐え切れず、これ以上は身が持たないので、何とか落ち着いて貰おうと宥めようとしても、教室内は一向に落ち着かない。そうだ、こういう時はヒーローだ。と、桃瀬さん達にどうにかして貰おうと顔を見ると、桃瀬さんは僕の方に顔を向いて目を思いっきり輝かせ、何だか妄想の世界に入っている。これではどうしようもないと、もう一人のヒーローの方を見ても、向こうも何故かこっちを見て小声でぼそぼそ呟きながら惚けているような顔をしている。


 突然どうしたのか、肝心な所でヒーロー二人が役に立たなくなってしまったので、最後の頼みの先生に助けを求める。先生も自己紹介の場でこんな騒ぎになるとは思っておらず、二人で周りを落ち着かせるのに数分掛かってしまった。




「髪や目の色や、見た目の雰囲気や本人の性格と能力が相まって、騒ぎを起こすのはわからんでも無いが、流石にやり過ぎだぞお前達。このクラスや他のクラスにも日和以外に、他にも能力者はいるのだし、中には過去にからかいを受けて気にしている者もいるかもしれない。皆が皆、日和みたいな子だとは限らないんだ。その子の見た目だけを見るんじゃなく、内面を大事にしてやるんだ。いいな?」


 はーい、とトーンダウンするA組一同。桃瀬さんも正気に戻り、一緒に落ち込んでいる。僕だけでもう結構時間を取ったし、疲れてしまったので先生から最後の質問が入る。


「日和の能力は把握したが、確か日和はここに一人で引っ越してきていると聞いている。これだけ希少な能力だと他にも誰か親族で日和に似た能力者とかはいたりするのか?」


 先生からの質問に、僕はどう答えようか悩む。僕は生まれつき孤児なので、そういう人がいるのかいないのかなんてわかりっこなんて無いのだから。


 隣の桃瀬さんも先生の質問を聞いて、ハッとした顔をしたと思ったら苦い顔になる。最初からいない者に僕自身はそんなに悩んだ事は無いのだけれど、それでも気にする人は気にしてしまうのが人っていうものなのだろう。


「実は私、生まれた時には孤児だったんです。なので、親が誰なのかとか、今も生きているのかとかも全く知らないので答えられないんです。けれど幸い、小さい頃に孤児院から引き取られて、大事に育てられて過ごして来ました。今でも私の大切な人達は私を大事に思ってくれています。一人で引っ越してきたのも、社会勉強の一環としてその人達に薦められたからなんです」


 僕がそう答えると、まずい質問をしたのだと先生も戸惑ってしまい、慌てて謝罪が入る。


「ああ……いや、済まない……そういう事情があったとは、先生も余り考えが足りていなかったようだな。ただ、日和がその人達にとても大事にされているのは良くわかる。日和自身の言動からしても余程の人格者なのが伝わって来る。良い人達に出会えたようだな」


 先生は深入りさせないようにそう言って、僕の自己紹介の締めに入ろうとしている。僕の番が終わり、ようやく席に腰を下ろせる。しかし、A組の皆は僕のさっきの話を聞いて、何だか神妙な空気になってしまった。


 これでは自己紹介が回せない、これで座って良いのかと思っていたら、察した先生が甘い物のお店を幾つか紹介してくれた。ただチョイスが微妙にズレていたのか、そういうのに詳しい女子からツッコミが入り空気を和ませてくれた。




 ようやく自己紹介が次に進み、順調に進行していく。僕の自己紹介一つで場の空気がとんでもない事になってしまったので、何だか次の人達に申し訳ない。


 そう思い後ろを振り向き謝罪をしようとしたら、寧ろ自分達も色々気になって仕方なかったし、こうなるってわかってて乗りに乗ってしまった所もあると言う事で、許してくれた。


 順番が巡って、いよいよ桃瀬さんの番になった。僕の時と同様に、教室中の視線が集まる。ただ、僕の時は男女問わず視線が来ていたけれど、桃瀬さんの場合は男子からの視線の方が強く感じる。


「次は桃瀬か、桃瀬もまたクラスの注目を集めているな。先に言っておくと、彼女は最初に自己紹介した赤崎と同じヒーロー部隊に所属しているので、当然赤崎と同じ措置を設けてあるぞ。それじゃあ桃瀬、自己紹介を」


「私は桃瀬 涼芽よ。最初に自己紹介した焔とは同じ組織のメンバーで、それ以上の関係では無い事は最初に言っておくわ。そして私は今日、運命とも呼べる出会いを果たしたの、その子は正に護るべきお姫様と呼ぶのに相応しくて、私の理想と言っても過言では無いわ」


 過去に何かやっかみを受けたのだろうか、最初に独特な断りを入れて桃瀬さんの自己紹介が始まる。彼女は同じガンバルンジャーの男子達よりも、興味がある子がいるのだと言わんばかりの意味深な事を言い放つ。


 ……ここでもお姫様と呼ばれてしまうという事は、相当な気に入られ方をされてしまったと、僕は一人身震いしてしまう。


「今日ほどヒーローとして活動してきた事に感謝するなんてね、これからはヒーローであると共に、お姫様に相応しい素敵でカッコ良い騎士なる事を誓うわ! 皆、応援よろしくね!」


 桃瀬さんの自己紹介(?)が終わる。それと同時に男子達からの熱い声援が飛び交う、女子達は何だか微笑ましい物を見るような感じで桃瀬さんに拍手を送っている。


 それらを応援と受け取ったのか、桃瀬さんは拍手と声援にお礼を言って感謝している。多分彼女の言うそのお姫様であろう僕は、A組のノリについていけずに苦笑いをするしか出来なかった。


「そ、そうか……桃瀬よ、隣でそのお姫様が苦笑いしているから、なるべく日和の負担にならない程度にしておくんだぞ」


「勿論です! だって嫌われたりしたら元も子も無いですし! これはあくまでも私の決意表明ですから、皆にも伝える事で私の本気度を示したかっただけです!」


 正直、僕に対する熱量が凄いしヒーローでもあるしで、少し桃瀬さんの事を怖いと感じてしまっている。最初に出会った時は凄く親切な人だなって思っていたのに、一体僕の何が彼女の本能を刺激してしまったのだろうか。出会って初日とは思えない位距離感が近くて、普通の女子ってこれ位近づいてくるものなの? 誰か僕に教えて欲しい。


 先生からやんわりと自己紹介を次に回すように促され、桃瀬さんは席に座る。


 今は僕の方に向かって、満面の笑みを浮かべている。その顔はやりきったとでも言いたげにしていた。


 自己紹介も最後まで進み、先生の言葉で次の話に進む。先生が正面の電子ボードを操作し、来週の予定表を出す。始業式に、A組での委員決めに、身体測定に、組全体での集合写真なんかもある。


 身体測定に委員決めかあ、ボロを出さないように気を付けねば。特に身体測定とか、ただでさえ僕は謎のお姫様扱いを受けてしまっているので、これからどうしたらいいのかグレイスさんやメイさんと相談しなければ。多分グレイスさんは面白がって変な方向に舵をきりそうだけれど、一人でパニックになるよりまだマシかもしれない。


 委員決めも教室に馴染む為以外にも、色々と学校内で情報を探る理由付けに最適かもしれない。僕の能力からして、保健委員とかがピッタリだと思うし、その方向で上手く行けないか期待したい。一応これらの予定は今後の作戦に役立てないか、メモをしておかねば。


 先生からの注意事項も耳に入れて、今日はこれで学校は終わりになる。特に用事も無い僕達新入生は真っすぐ帰路に着くだけである。今日は金曜日で、土日があるので次の登校は来週になる。

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