2-6




◆◇◆




 体育館に行くと床に敷き物が敷かれ、大量のパイプ椅子が並べられている。山田先生からA組はここだと説明され、出席番号順に座る。


 少しして、他の組の生徒達も組ごとに順番にやって来て、各組の先生の指示によって座っていく。


 一年生が全員座った後、壁際に置かれた椅子に先生達が座りだす。今日の入学式には生徒会や一部のボランティアの上級生以外は休みのようで、桃瀬さんと赤崎 焔以外の調査対象は一体どこにいるのだろうか。


 マイクを持った先生が司会を始め、入学式が始まった。校長先生やら学年主任の先生が壇に立ち、挨拶や色々な心構え等を話している。


 それらの話は数分程で終わり、次は生徒会代表の挨拶になる。司会の先生がマイク越しに生徒会長の名前を呼ぶ。


「えー、それでは続きまして、生徒会代表からの挨拶です。生徒会長、青峰、前へ」


 先生の口から出た青峰という名前。恐らくその人も僕が調査を行う人物だと思われる。先生達とは別の方向の壁から一人の生徒がやって来て、礼を済ませてから壇に上がり挨拶が始まった。


「来賓、および教師、新入生の皆さん。おはようございます、俺は生徒会代表にして生徒会長の青峰あおみね すいだ。まだ二年の身ながら生徒会長という存在になってしまい、本来であれば今日は休みだった筈だったが、急遽この場に立たされ挨拶をさせられている者だ」


 生徒会長の青峰という先輩は、二年生ながらも生徒会代表に選ばれたのだと自身の事を説明している。余程の事が無い限りこの時期では珍しいのではと思い、僕は彼の話を注意深く聞くのだった。


「知っている者や俺の髪の色を見て気づいた者はいるかもしれないが、一応ピースアライアンスのヒーロー組織に席を置いている者でもある」


 僕の想像通り、彼はヒーローとして活動している実績を買われて、生徒会長という地位に選ばれたようだ。


 そのまま先輩は僕達新入生に対して、自らの立場からの注意を行う。


「ヒーローと生徒会長、そのどちらも両立させていくのは少々骨が折れるが、実現不可能な事では無い。新入生諸君がのびのびと学校生活を送れるように努力していくつもりだが、余りにもやんちゃが過ぎると生徒会長では無くヒーローの俺がやって来るのでそのつもりでよろしく頼むぞ、以上」




 切り揃えられた青い髪に、眼鏡を掛けきっちりと制服を着ている長身の彼は、青峰 翠という名前と自ら明かした所属組織からして、恐らく調査対象の一人で間違いなさそうである。


 これで三人目であり、学校内で相当な立場を持っている人物がヒーローだという事実だけで、僕は何だか身体中の気が重くなったように感じた。


 原稿を用意した形跡も無く、ただ冷静に正面を向いて言いたい事を簡潔に纏めて挨拶を済ませて颯爽と立ち去る彼に、あちらこちらから女子の浮き立つような声が聞こえる。長身でスラっとした見た目で、それでいて生徒会長でありヒーローなのだから、興味を惹かれるのはわかる。


 一見すると、冷静沈着且つクールな印象を覚える。もし彼と学校内で対立するような場面に会い、それで目を付けられでもしたら、今後の作戦活動が相当にやり辛そうに思える。桃瀬さん達含め要注意で警戒しつつ、尚且つ目立った行為は行わないように慎重に行こう。


 司会の先生から、女子への注意の言葉が入り、周りが静かになるまで少し時間が掛かる。完全に静かになった後に進行は進み、次は新入生代表の挨拶になる。


 桃瀬さんから始まり、赤崎 焔と青峰 翠と続いているこの流れ。もしかして新入生代表も……?


「次は新入生代表の挨拶になります。新入生代表、一年C組、萌黄もえぎ、前へ」




 やはり、新入生代表もこの流れに続いて調査対象の名前と同じだった。まだ名前だけ同じな生徒で実は違うのではと一瞬思いもしたけれど、壇に上がる彼の髪の色は新入生代表の筈なのに、しっかりと金髪だったので、能力者である事が確定したようなものだった。


「皆さん、おはようございます。俺は新入生代表の萌黄もえぎ あきらと言います。新入生代表の筈なのに、髪の色で疑問に思った人もいると思いますので答えますが、一応俺も能力者になります」


 壇に上がった新入生代表の彼も、自身が能力者だという事を明かすのだった。気を抜く間もないまま僕は話に集中する。


「そして、先程の生徒会長と同じ組織に席を置かせて貰っています。特別能力者入学枠を設けている学校はこの辺りではこの希星高校だけなので、俺が所属する組織のメンバーは全員この学校に入学しているという訳です。じゃあなんでメンバーの中で選ばれたのが俺なのかと言うと、他のメンバーに挨拶を断られたからです、あはは……」


 苦笑いを浮かべながら、自分がこの場に立った理由を説明し後頭部を掻く彼。


 僕もあんまり人の事は言えないけれど、一見すると金髪で派手な印象を受けてしまうが、その穏やかそうな印象は桃瀬さん達三人の中だと、新入生代表として挨拶をするのは妥当と考えてしまう。


「そう言う訳で能力者の見た目は派手ですが、中身は皆さんとそう変わらないと思いますので、クラスの中に能力者が居ても距離を置かずにまずは気軽に接してくれると幸いです。皆さんと良い交友関係を築けたらと思います。以上、それでは」




 穏やかで気さくな雰囲気で挨拶をする新入生代表。彼は挨拶の言葉を話す前にチラッとA組の方を見たような気がした。A組には桃瀬さん達が居るので、さっきの彼の口振りからしてやっぱり彼は四人目の調査対象だった。


 彼が見たのはA組だけのようなので、五人目は一年生にはいないのかもしれない。流石に五人全員の名前と容姿を入学式初日で確認するのは無理があった。


 萌黄 彰と名乗った彼は、金髪で目尻が垂れ下がった緑色の目をしていて、新入生代表に選ばれる位真面目で制服もきっちりと着ていた筈なのに、何処か遊んでいそうな雰囲気に見えてしまった。


 案の定彼にも女子達からの熱気を帯びた声が飛ぶ。A組は男子達が集まっていたけれど、C組の方は女子の方は大丈夫だったのかな?


 彼も彼で、今日見た調査対象の男子の中では一番柔和そうな雰囲気なのに、近づくと女子の視線に射殺されそうだと感じたので、出来れば僕からは近寄らないように気を付けないといけない。組も違うので、多分機会はそう無いと思われるのが唯一の救いになる。


 一応最後の五人目が出てこないか警戒は解かなかったが、その後に続く挨拶は保護者代表の挨拶やピースアライアンス関係の来賓の挨拶だったので、どうやら五人目の人は出てくる気配は無かった。


 入学式自体も終わりを迎え、来賓客がぞろぞろと退場し始め、生徒達にも息を吐いて気を緩める声が聞こえる。学年主任の先生がこの後の全体の注意事項や、ここに来た時と同じようにまたA組から順番に教室へ戻る様に指示が入る。


 山田先生がA組の列にやって来て、移動するように言うと、それを合図にぞろぞろと教室まで戻る。




◆◇◆




 A組に戻り、皆がそれぞれの席に着く。他のクラスがちゃんと教室に戻るまで少し時間が掛かるのと、山田先生も準備があるらしく教室の扉を開けて生徒が全員いる事を確認して、職員室の方に戻っていくと、教室はつかの間の時間自由となった。


 そうなると当然今この瞬間、最も気になる話題となるのは入学式に代表として出て来た二人の存在である。桃瀬さんと同じくヒーローであり、見た目も相当に格好良いと思われるあの二人に興味を持つA組の女子は多く、彼女達の多くが桃瀬さんに詰め寄って質問攻めに遭っている。


「ねぇ! 桃瀬さん! さっき挨拶に出てたあの二人、青峰先輩と萌黄君なんだけど、桃瀬さんと同じヒーロー組織に所属してるんだよね! どっちも格好良かったけど普段はどんな感じなの?」


「あぁー、あの二人ねぇー。聞かれると思ってたわぁ、中学の時は学校別々だったから交流が出来たのはチームとして組んだ時からだし私も詳しい事まではまだ知らないけど、まあ二人共普段とは雰囲気変えて来て驚いたわ」


「えぇ! そうなんだ! じゃあ入学式にはいなかった五人目の人と五人一緒にいる時ってどんな感じだったりするの? 答えられる範囲で良いから教えてよ」


 興味津々の女子達に対し、桃瀬さんはこの手の話題を振られるのだと待っていたかのように堂々とした振る舞いをしており、愛想良く周囲に話していく。


「まぁ、あの二人も柄にも無くカッコつけてたから私はおかしくて笑いそうになったから言うけど、五人でいる時なんかはホントに雰囲気違うわよ?」


 二人は普段とは違うのだと、先程の挨拶を思い返しているのか、一人で笑いを抑える桃瀬さん。


「翠なんか生徒会長に選ばれた時は本気で嫌がってたし、冷静沈着装ってたけどいつもは焔と彰と一緒に馬鹿な事やってるし。彰も本来は気弱で真面目な性格なのに、自分の遊び人みたいな風貌ですぐに難癖付けられたり、遊んでそうな女の子に絡まれたりで滅茶苦茶苦労してるのよね」


 へぇ、そうなんですか。あの二人、普段はそんなに変わったりしているのですか。桃瀬さんの三人で馬鹿をやっているという発言を聞き、何となく廊下の方の席を見る。机に肘をついて手に頭を乗せてボーっとしている赤崎 焔が、以前から交流のあるような距離間の男子達の話を何やら聞いている。


 年相応にふざけ合える仲間がいるのは羨ましいと思う。シャドウレコード内での僕は組織内で一番年下だったので、立場を越えてそんな関係になった隊員はいない。比較的仲の良いメイさんだって向こうは二十歳だし、高校に通う歳でも無いし、仲が良くてもふざけ合うような関係では無いので、そう思うと、何だか寂しさを感じ、胸の辺りがきゅうっとなってしまう。良いなぁ、同じ年の友達かぁ……


 隣の席にいる桃瀬さんの話を聞いて、今までの組織での立ち位置を思い返して一人で物悲しい気持ちになっていると、教室の扉が開き先生が帰ってきた。


「はい、それじゃあこれから先生が話をするのでお喋りはその辺にしておいて、皆席に着いて貰ってね。お互いの自己紹介や今後の予定なんかを話すので、まずは担任の俺から紹介させて貰うぞ」


 全員が席に着いた後、山田先生の自己紹介が始まる。下の名前から、好きな食べ物や嫌いな食べ物、趣味や最近はまっている事など、お手本となるようなありきたりな内容を坦々と語る。因みに担当教科は社会科である。


「というのが、先生の大体のプロフィールになる。こんな感じで順番に自己紹介をして貰えればありがたいぞ。先生が出席簿で名前を呼ぶので、名前を呼ばれた生徒は返事をして立って貰い自己紹介をしていってくれ。それじゃあ、出席番号一番の赤崎から行くぞ」


 先生に呼ばれ、一番最初の彼が軽い返事と共に立ち上がる。一体どんな自己紹介をするのか気になる。


「俺は赤崎 焔。食べ物の好き嫌いとかは特に無いし、食えりゃなんでも良い。趣味も楽しけりゃ何でもいいし最近は活動が忙しすぎて眠くて仕方がねえ。学校とか怠いけど行かねえと色々うるせえからせめて俺の周りでは静かにして欲しい。以上」




 開幕から何だか随分と素っ気ない自己紹介だった。教室の一同がポカンとしてしまっている。本当に眠いのか今も欠伸をしているし、今にも眠りに入りそうだ。仮にもヒーローをやっている者がそんな自己紹介で良いのかとすかさず先生が補足に入る。


「い、一応赤崎はピースアライアンス所属のヒーロー組織に所属している能力者になる。なので学校側としても事前に幾つかの条件を盛り込んで通学を許可している訳だ。緊急で出動命令が出た場合、途中早退や欠席そのものになる可能性にも考慮して、活動で出席日数には響かないようにはなっている」


 先生からの補足説明により、彼等ヒーローは特殊な措置を含めての入学になるのだという。彼がそうなのだとしたら、桃瀬さん達も同じ扱いなのだろうと考える。


「因みになんだが、ピースアライアンス等の今の世界を構成する三つの勢力についての成り立ち等は俺の授業で教える範囲なので、その辺については覚えておくように。えー、じゃあ気を取り直して次に行くぞ」


 そう言って先生が次の生徒の名前を呼び、何事も無かったかのように自己紹介が進んでいく。


 先生が言った制度は、ピースアライアンスのヒーロー組織に所属している生徒にのみ適応される制度であり、能力者であっても何処の組織にも所属していない生徒や、僕みたいな密かにウェイクライシス側の人間には適応されない。しかも学校や病院等こういった公共的な場所が多く存在してある生活圏では、意図的に戦闘能力が極端に制限されているので、そもそも危険な人が容易に立ち入れないようにはなっている。


 治安維持側のヒーローには非常時には制限を一時的に解除出来る仕様なので、不審者が暴れていても、通報があればすぐに制限解除したヒーローがやって来てボコボコにされるだけである。


 シャドウレコードの存在はウェイクライシスの中でも結構最上位に位置している筈だ。なのにこうして真っ当な手段で正式に生徒として入学できた僕って一体……


 自己紹介も最初の件以外は何事も無く順調に進んでおり、既に中盤まで来ている。僕の番まで後二人、後一人となると、次第に緊張してきた。ちゃんと自己紹介出来るかな?


 前の席の人が立ち上がり、簡潔に自己紹介を進めていく。さくさくと終わらせ、先生からの補足にもしっかりと受け答えして席に座って自己紹介も終わる。

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