2-5


 A組の男子ならば教室の中に入れば良いだけなので、あそこにいるのは恐らくA組以外の男子なのだろう。あまりの光景に驚いてしまい、声が出そうになってしまったので、失礼にならないようについ手で口元を押さえてしまった。


 僕が廊下を見たので、A 組の女子達も廊下に視線が向き、各々、一様に驚いてしまっている。


 まだ入学式も始まる前なのに、彼等は自分の教室にいないで大丈夫なのだろうか。


「うわぁ! 何この人だかり! 全部男子じゃん、いつの間にいたのよ!?」


「お前ら! 何やってんだよ!? もうすぐ先生来るから教室帰れって!」


「うるせぇ! A組の男子ばかりズルいぞ! 俺達だって桃瀬さんや、そっちの日和さんの姿を見に来たって良いだろ!? クラスに超が付く程とびきり可愛い美少女が二人もいるなんて羨ましいんだよっ!」


「そうだそうだ!」「A組の男子だからって二人にカッコつけてんじゃねえよ!」「日和さんがこっちに気づくまでお前ら俺等を認識してなかった癖に!」「もうちょっとだけ! もうちょっとだけ見ていたい!」「桃瀬さーん! こっち見てー!」


 廊下の男子達に、女子の他にも教室の男子数人が至極真っ当に反応する。しかし、それが火に油を注ぐきっかけになり、彼等の勢いは増してしまった。


 自分達の教室にも同じ数だけ女子はいる筈なのに、その存在を無視して桃瀬さんと僕を名指しで見に来て良いのだろうか? まだ入学初日だというのに、物珍しさだけでホイホイと来てしまった彼等のこの先の学校生活はどうなるのだろうか……


 僕が心の中で男子達の今後を案じていると、桃瀬さんが廊下に振り向き一歩前に出る。


 先程玄関前の組み分け表の所で見た姿と同じ姿だ。今度は真横で見るので、一際凛々しくなった彼女の真剣な表情が窺える。


 僕に接して来るような親しみやすい雰囲気とも、先程のテンション高く話す時とも違う、まるで戦場に出る時のような凛とした空気を纏っている。


 表情を変えた彼女の姿に、教室中が飲み込まれ一瞬で静かになる。その空気は廊下にも伝わり、男子達は思わずのけぞってしまう。




「そんなに大勢で押し寄せて来て騒いで、やり過ぎよ。日和さんだって怖がってるじゃない。男子達の群れを見て驚きはしても、悲鳴を上げるのは抑えてくれる優しい子にこれ以上気を遣わせるなんて、貴方達男として情けないわよ」


 堂々とした桃瀬さんの言葉と態度に、廊下の男子達は心を折られたのか、逃げるように散り散りに退散していく。


 僕は男子達を案じてはいたが、怖がってはいない……筈。桃瀬さんからどう見えていたのかはわからないけれど、多分、都合が良い表現を選んで言葉にしたのだろう。


 教室が静かになると、生徒達の誰かのため息が聞こえ、それをきっかけに皆また元の雰囲気に戻りだす。


「はぁー……何だったのあの男子達。日和さん、大丈夫? あんな大勢の男子に名指しで呼ばれて怖かったでしょうに良く我慢出来てたね、凄いよ!」


「ホントそれよね! 私があの立場だったら気味が悪くて泣き叫んでるよー。日和さんってば、口元を抑えて耐えてるんだもの、上品過ぎてそっちにビックリしちゃったわ! 桃瀬さんも良くアレに耐えれたよねー」


 クラスの女子達が僕を心配する言葉を掛けてくれる。シャドウレコードの四天王として立ち振る舞い方に気を遣っていたのが役に立っただろうか。


「あ、あはは、傷つけないようについ咄嗟に声を抑えてしまっただけなんですが、あの場面は声を出しても良かったんですね。桃瀬さんもありがとうございます。私ではどうしようも出来なかったので、せめて追い払うのに説得力があるような振る舞いにはなっていたでしょうか?」


 部下達がいる手前、僕も桃瀬さんみたいにもっと堂々としていたいのだけれど、グレイスさんからはこっちの方が周りのウケが良い筈とオススメされたのだ。立ち振る舞いにウケの良し悪しがあるのだろうか?


 自分が理由で集まっていた部分もあるのだろうけれど、僕も男子達に名指しで呼ばれていた事もあってか、ここは素直に桃瀬さんにお礼を言う。


 すると彼女はとてもうきうきとした笑みを浮かべて顔を僕に向けて、やりたい事が出来たと喜んでしまっている。


「うん! 日和さんの見た目の雰囲気と相まって、最高に良かったよ! さしずめ暴漢の群れに襲われて内心は怖い筈なのに、国の為、民の為を思い気丈に立ち向かうお姫様って感じで感激したわ! 私はそれを颯爽と救い出す騎士で、正に憧れていたシチュエーションなのよ!」


 正直、桃瀬さんが何を言っているのか僕にはよくわからないが、周りにはそれで伝わる子達もいて、うんうんと頷いてしまっている。そんな彼女の独特な表現に慣れているのか、桃瀬さんの友人は軽いノリでその表現に乗っかる会話をする。


「あはは何それー、日和さんがお姫様で、チュンちゃんがそれを護る騎士様なら、私らはお城に仕える従者って事ー? 私もお姫様は無理でもお嬢様役がやりたいよー。廊下の男子を追い払おうとしてたクラスの男子はへっぽこな兵士で良いけどさぁ」


「おっ? 俺等もその話に加わっても良いの? やったー! 正直役に立たなかったし、それでも仲間になれるならこの際へっぽこでもなんでも良いや!」


 桃瀬さんの僕の例えに友人の子がそれに乗っかり、教室の男子も巻き込んで和気あいあいとした雰囲気になる。


 教室の雰囲気が良い事なのはそれ自体はとても良いのだけれど、ただ、お姫様の役が僕になってしまったのは、どうしてこうなってしまったという思いがある。


 確かに、ここに来る前の会議で作戦の為なら、周りを欺く悪いお姫様になるみたいな事は言った。しかし、このお姫様は僕が自ら望んでやった訳では無いし、欺く必要も無い程に何故か周りが勝手にどんどん僕をお姫様にしていく。


 話の主体は桃瀬さんなので、これがガンバルンジャーの作戦の内かもしれないと思うと、何だか身震いがして来る。


「どうしたの日和さん!? 今頃震えだして……やっぱり、あの男子達が怖かったの? 大丈夫、これからはこの騎士の私が貴女を護るから、運命に誓って貴女を不安になんてさせないから、だから安心して、ね? お姫様プリンセス


 思わず震えてしまった僕に対して、その場に跪いて真剣な眼差しで両手を握って来る桃瀬さん。僕は今、貴女を恐れて震えています。本来なら敵対する筈の二人がどうして運命で主従関係になるのか。

 

 これでもし、僕の正体がバレて、更に元々男だった事が知られると、一体何をされるのか想像すると怖くて堪った物じゃない。早く家に帰って、助けを求めたい。


 騎士モードに入っている桃瀬さんを振り解く度胸も無い僕は、彼女が満足するまで苦笑いするしかなかった。




 桃瀬さんの独特な価値観やその行動が周囲に知れ渡るものの、Aクラスのヒーローという肩書を持っている為か、ヒーローとはそういう物なのだろうと僕というお姫様を犠牲にしつつも好意的に受け入れられ始めた頃に、ふと教室内の男子が何かを思い出すのだった。


「そういや、このクラスには桃瀬さんの他にもアイツがいたよなー。ってか、アイツが最初からここにいたら他クラスのアホ共もビビッて教室まで近寄って来なかったんじゃねえの?」


「あー、赤崎君だっけ。出席番号だとクラスの一番先頭で机も廊下側だけど、確かに教室にいなかったよねー。机に鞄があるから来てる筈なんだけどなー、居てくれたら最初からあんな騒ぎにならずに済んでたかもね」


 えっ? 今なんて言った? まさかこのA組にもう一人ガンバルンジャーがいるっていうの!?


 震えを抑え、何とか桃瀬さんから解放された僕は、恐る恐る教室の正面にある今や黒板の代わりとなった電子ボードに目をやる。


 電子ボードにはクラスメイトの名前が出席番号順に並んで表示されており、確かに一番先頭に赤崎という名前がある。


 教室に入った途端、女子達にもみくちゃにされ、おまけにあの騒ぎで僕は自分の机の位置を把握するだけで精一杯で、まだ他の人の名前を確認出来ていなかった。


ほむらのバカなんて、いなくても私がいるから別に良いのよ。っていうか、何で同じクラスに同じ組織のヒーローを二人置くわけ? 今日はたまたまいなかったけど、アイツがいたら私の活躍全部取られてたって事じゃん! 嫌よ! あいつが騎士だなんて! 私のお姫様は私が護るんだから!」


 突然、隣の席に座る桃瀬さんが、自分の妄想でぷりぷりと怒り出した。桃瀬さんは出席番号が離れているけれど、席順が一巡して僕の隣の席になっている。


 成程、ガンバレッドは下の名前は焔って言うのか。同じ教室に二人も調査対象のヒーローがいるのは大きな誤算だけれど、他のメンバーは全員男子なので、桃瀬さん並みにフレンドリーに接して来る事は無い筈。


 一体どんな人なんだろうなぁ。いたらビビッて男子が寄ってこないって言われていたから、余程怖い人なのかもしれない。


 僕も自分の想像上の赤崎 焔に怖くなっていると、チャイムが鳴りだす。もうすぐしたら先生が来て入学式の説明になる。


 クラスメイトがそれぞれ自分の席に座り始めていると、教室の扉が勢いよく開かれる。そこには赤い髪で長身の端正な顔立ちの少年がいた。


 そしてそのまま自分の席にドカッと座る。その席は出席番号で一番最初の席だったので、やっぱり彼が赤崎 焔で間違いない。顔つきは僕と同じ歳とは思えないくらい迫力があり、瞳も赤くて鋭くて、制服越しでもわかるくらいに身体もしっかりしている。


 確かに彼が最初から教室にいたら、騒ぎなんて起こさせないという雰囲気を感じる。クラスメイトや桃瀬さんの評価は間違いではなさそうである。正体がバレないようにこちらからは余り関わらないようにしておきたい。


 教室の全員が席に着いて少しして、また扉が開き、今度はスーツ姿の大人の男性が入って来る。


 そのまま教壇に立ち、挨拶をし始める。


「おはようございます、皆さん。俺はこの一年A組の担任の山田です。ここに向かう途中、廊下で慌てている男子共を見かけたんだが、概ね気になる女子がいたけど、相手にされず逃げ帰ってると言った感じだったな。何かあったのか? まあ、それは置いておいて、今日はこの後の入学式の説明をして、それが終わり次第教室に戻って順番に自己紹介をして貰います。後は今後の日程を伝えて解散になります。本格的な授業になるのは来週以降になるのでそのつもりで」


 山田先生は事情を把握しているのかしていないのか解らないけれど、自身が廊下で見た光景を軽く流して淡々と伝えるべき事を優先させて話していく。


 式の後に教室で自己紹介か、あれだけ目立ってしまっていたのだから、順番が回って来たら殆どの子が僕に注目するんだろうなぁ……上手く自己紹介できるかなぁ。緊張してきた……今からでも何を言うべきか考えておかないと。


 山田先生が少し話した後に、自身の腕時計で時間を確認して、そろそろ時間になると移動を始めるように伝える。A組から順番に移動を始めるようで、ぞろぞろと生徒全員で体育館に向かう。

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