2-3
桃瀬さんが明後日の方向に勘違いして気を遣ってくれている間に、何とか策を練らねばと考えていると、先程の女の子達がこちらに近付いてくる。
「あー、チュンちゃんやっと来たー。もう遅いよー、あっ! さっきのとんでもねえ美少女も一緒じゃん! やっぱ改めて見ると私らと顔の造形全然ちがくね?」
「ねえねえ! 貴女名前なんて言うの? さっきは聞きそびれちゃったから今聞くよ! それにしても髪も凄い綺麗だし、脱色とかじゃ傷んで絶対こんな維持の仕方出来ないって。やっぱほらっ天然物じゃん!」
「肌も凄いよこの子! 透明感半端無いし、シミもほくろも見つかんないって。ていうか、無駄な毛が生えて無いし、毛穴無くね!?」
彼女達は僕達を見つけると、目を輝かせて近付き僕の身体を突然触り出した。何をされているのかわからず、僕は驚いてしまう。
「えっ!? あ、あのっ! ちょっと、かっ、身体とか急にっさわっ! んひゃあっ! 首筋とかくすぐったいですっ、な、名前教えますからっ! あっ、や、やめてくださいぃっ、そこ触るのだめですってぇ!」
突然の乱痴気騒ぎに周囲は騒然となる。更にこの人達はそれなりの人に言いふらしたのだろう、僕の姿を見てざわめき出した。幸い、反応しているのは女子が多めなので、首元とか、脚周りを触られても女子の視線を気にしてか、色めき立った人はほぼいない。
「こらぁ! アンタ達校門の前で日和さんに何してんのよぉ! 幾ら気になるからって、時と場所を考えなさいよ。私だって気になってるんだし、立場が無ければ混ざりたくなるじゃない! 理性を消費させないで! 縁切るわよ!」
桃瀬さんが三人に注意する。後半の発言が気になるけれど、一応止めには入ってくれている。
僕はまだ色々見て回りたい三人から渋々ながらも解放され、何とか服や髪の乱れを直す。
「大丈夫? 日和さん、ごめんねぇ私の友達が急に変な事しだして……ほら、アンタ達も謝んなさいって!」
「うひゃー、悪かったってチュンちゃん。日和さんっていうの? さっきはごめんね! 何かとんでもねえ別次元の美容法でも隠し持ってんのかと思ったけど、ただ単に日和さんが別次元に綺麗なだけだったわ! ホントにごめんなさい!」
「髪とか肌とかは普通にケアはしてるっぽいんだけど、化粧品で補えるレベルじゃ無いんだわ。おみそれしました。ごめんなさい、それで上っち、私らの組に日和さんの名前ってあったっけ?」
「いやー……流石に無かったと思うわぁ。日和さんごめんねぇ、皆に言ったらどうしても気になっちゃった子もいてさぁ。女子の間であっという間に話広がっちゃうし、チュンちゃんの友人の私らが代表して日和さんの事調べるような事して悪かったね。ごめんなさい」
ああ、これってそういう事だったのかと思う。ひと月前にも似たような事があったなぁ。恥ずかしくてびっくりしたけれど、まだ服を着ている分診察の時とは違い、恥ずかしい部分までは見られて無いからまだ落ち着ける。
規模や勢いはこっちの方があったけれど、ひと月前のは裸になった分、生々しさがより顕著に出ててあっちの方が恥ずかしさの方では上だった。
くすぐったくて思わず変な声を出してしまったのがあれだと思うが。ひとまず乱れた所は直せた筈なので、僕は三人に向き合う。
「あの……私も人とは色味が違う分、多少なりに覚悟はしていたつもりです。女子が相手なら、髪が気になると言えば触っても良いですし、ケアの仕方も尋ねられたら知っている範囲でなら答えました。ただ場所は考えてやって欲しかったです。流石に男子も普通にいる場所だと恥ずかしいですよ」
自分なりに心構えはしていたが、これは少しやり過ぎているとそう答える。こういう事をされるのは恥ずかしいし嫌だけれど、グレイスさんが前もって言った通り、気になる子は気にするだろうし、こうして羨ましがっている子達を間近で見てしまうと、あまり強くは出られない。
それに相手は僕の事を完全に女の子だと思っている訳だし、自分から手を出すのはアウトだけれど、向こうから手を出して来て、女の子の枠組みに入れて貰う方が今は都合が良い。
ここで僕が少し我慢すれば、少なくともここに集まってた女子達はオシャレとかに興味がある筈なので、そういう子達からのけ者にされず受け入れて貰える土台を作る事はこれからの作戦には必要不可欠だと、女性隊員達からそう学んだ。
でも、嫌な事は嫌だとちゃんと周囲に意思表示もしておくのも大事だと、これも女性隊員達の教えになる。
「日和さん、ホントにごめんね、アンタ達も日和さんが妙に達観してるだけで、アレは普通に親とか呼ばれて停学になっても仕方ないレベルよ。入学初日でそんな恥ずかしい事にならずに済んだんだから、もっと反省しときなさいよ」
「えっと、私もそんなに気にしてませんから、桃瀬さんもその辺で落ち着いて下さい。それに気になる子は大勢いるのは自覚している方なので、こういう襲撃は違う人から何度も起こされるより、大勢で一度に襲撃された方が私は気が楽と言いますか……」
「そうだよ、チュンちゃん! 日和さんも言ってる通り、私らの行いは必要な行為だったんだよ。ていうか、あんなに周りに人だかり出来たら、私らじゃもうどうしようも出来ないって! あんなに人が来るとは思わなかったの!」
「男子も普通にいる場でやるのが問題だって言ってるのよ。やるなら女子更衣室とかあるでしょ。そこでなら私も羽目を外せるし」
結局さっきの三人と一緒に校門前の通路を移動する。名前はそれぞれ上田、中島、下橋というらしい。
上田さんは明るい茶髪に緩いウェーブがかかった子で、中島さんはショートボブの茶髪に髪の色と同じ縁をした眼鏡をしていて、下橋さんは黒いロングヘアでたれ目が特徴的だ。
背丈は、上田さんは桃瀬さんより少し背が低く、中島さんは僕より背が低めで、下橋さんがこの中で一番背が高い。
周囲にいた女子達は、僕の痴態を見て知りたい情報や、僕個人の主張を聞いて、知りたい事があれば教えてくれると理解したのか、無理をする必要は無いと判断してそれぞれの教室に向かった。
桃瀬さんは真面目に怒ってる風に見えるが、何だかちょっと言動がおかしい。さっきも自分も混ざりたいとか言っていたような気がするし、女子更衣室なら羽目を外せるとか何なんだろう?
「えー、更衣室じゃ私ら日和さんと組違うから無理なんですけどー、さっき組み分け表見てきたらチュンちゃんとも組違ってたし、超萎えるんですけどー。もう帰っていい?」
「え? 上っち達と私って違う組なの!? 日和さんも違うってちょっと何でそんな大事な事教えてくれないのよ! てっきり同じ組だと思ったじゃない」
そういえば僕も組み分け表を見ていない。どこにあるのか上田さん達に尋ねたら、玄関にある電子掲示板にあるという。
せかせかと歩く桃瀬さんを先頭に組み分け表の前にやって来る。するとそこにはやけに男子が多くいて、一人一人が声を上げてはしゃいでいたり、はしゃぐ男子を恨めしそうに見る男子や、うな垂れて悔し泣きする男子もいる。
「一体どうしたんでしょうか、組分けであんなに大騒ぎするような何かがこの学校にはあるんですか?」
「あー、あれだねぇ多分A組の件かなぁ。チュンちゃんA組だったよ」
「えー、ちょっとぉ! 何で先に本人の目の前でバラすの! 何組だったか気になってた私の楽しみ無くなったじゃない」
下橋さんが桃瀬さんの組を先に言ってしまい、桃瀬さんがそれに怒っている。そんな僕達の声が前の男子達に聞こえると、彼らは一斉にこちらを振り向いた。
「み、見ろ本物の桃瀬さんだ……!」「隣にいる美少女誰だ……?」「あの子さっき校門で女子達に囲まれてた子だ」「確か日和さんって苗字だった筈」「!? マジかよっ! A組の男子全員爆発しろよ!」「うわあああっ! 羨ましいよおおおおお!」「チクショー!!!」
様々な男子があれこれ言って騒いでいる。状況から察するに怨嗟の声の方が大きいので、あそこにいるのはA組では無い男子達なのだと思う。
すると騒ぐ男子達に向かって桃瀬さんが一歩歩きだし、男子達を一瞥すると一言放つ。
「邪魔よ。入学式早々にこんな所でいつまでも騒いでたらこっちも迷惑なのよ」
桃瀬さんがそう言い放つと、彼等は突然背中を震わせてササーっと退散し、慌ててそれぞれの教室に向って行った。
僕はその一瞬で起こった出来事に驚き、その際に放たれた桃瀬さんの迫力について感想を述べる。
「うわぁ、何だか桃瀬さん凄い迫力ですね。私の知り合いにも似たような事が出来る人がいますが、一体どうやるんでしょうね、男子達が一瞬でいなくなってしまいました。私もやってみたいんですけれど、逆効果になって群がってしまうとその人に止められた事があるんですよね」
僕が何となく呟いていく感想に、上田さんと中島さんが反応する。
「へえ、日和さんの知り合いにもチュンちゃんと同じ事出来る人がいるんだー。凄いね、チュンちゃん曰く、あれってとっても強い人が周囲を気合で威圧して怖がらせてるだけだって言ってたよ」
「じゃあ日和さんの知り合いにもヒーロー関係の人がいるって事!? うわぁ凄いじゃん! ねえねえ、どんな人なの? 男の人? 女の人?」
……えっ? 今サラッと中島さんから大事な確証を得る言葉を聞いたような気がする。じゃあもしかして桃瀬さんってやっぱり……
「あ、あの……中島さん、つかぬ事を伺いますけれど、私の知り合いがヒーロー関係の仕事だと思った理由って、もしかして桃瀬さんってヒーローか何かなんですか?」
僕が尋ねた内容に、何だかスッキリとした表情をした桃瀬さんが、胸を張ってそう答えてくれる。
「私はそのヒーローよ、日和さん。と言っても最近Aクラスに上がったばかりなんだけどね。始めたのもここ数年だし、まだまだ修行中の身よ」
間違い無い……桃瀬さんは、僕が調査を命じられたガンバルンジャーの一人で、恐らくガンバピンクだと思う。もし、ここで僕の素性がバレて戦闘になったら、僕には勝ち目は無い。絶対にシャドウレコードの四天王ザーコッシュだと言う事は知られてはいけない。
一人で不安になっていた僕に優しく声を掛けてくれた親切な人が、まさかヒーローだなんて、思わないよね? ……ってそれ正にヒーローっぽい行動じゃん。
どうしよう、一人で脳内で上田さん達のようなツッコミをしてしまう程に慌ててしまう。とりあえず、桃瀬さんが調査対象なのはわかったので、ここは一旦距離を取って家に帰って一度会議で作戦を練ろう。うん、そうしよう。
そうと決まれば、せめて僕はA組では無い事を祈りたい。
「も、桃瀬さんがヒーローだったとは……驚きです、私の知り合いは今は護衛をやっていまして、ヒーローでは無いので凄いですね……と、所で私って何組なんでしょうか?」
一刻も早くこの場を離れたい。頼むから桃瀬さんとは別の組でいて欲しい。組み分け表を見に行こうとしたら、既に上田さんが先に組み分けを見ていた。
「あっ、チュンちゃん、日和さんも同じA組だってさ。あー良いなぁ、チュンちゃんだけ日和さん一人占めじゃんずるいよー」
まさかそんな筈は、と駆け足でA組の組み分けを見てみる。そこには確かに僕の名前がそこに書かれており、そこから少し離れた所に桃瀬さんの名前もあった。
……終わった。上田さん達は調査対象の名前では無いので、彼女達はヒーローではないのだが、桃瀬さんの友達なので万が一ヒーローに準じた強さを持っていたら、僕が完全に詰んでしまう。どうしよう、レオ様。助けて下さい。
「あ、ホントだ。私と日和さん同じA組だ! やったー! 嬉しい! 桃と桜で良い感じじゃんって話してたらまさか同じA組になれるなんてね! もうこれ運命感じちゃうんだけど、私が一番最初に日和さんと仲良くなったし自慢していい? これ」
一人絶望してしまう僕を他所に、一緒の組になれた事が嬉しくて桃瀬さんは先程の機嫌の悪さを吹き飛ばして大はしゃぎしている。
「えー、A組羨ましすぎじゃん。いいないいなぁ、今なら男子達の気持ちもわかるわぁ、チュンちゃんがいる時はチュンちゃんが男子から守ってくれるけど、日和さんも十分気を付けてね」
「……善処します」
まだ入学式も始まってすらいないのに、僕は既に疲労感とすぐ側にヒーローがいる恐怖で家に逃げ帰りたくなってしまう。どういう訳か彼女は僕を見て運命を感じるのだと言って上機嫌でいるのだけれど、一体どうしてしまったのだろうか。
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