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「ごめんねぇ、突然あの子達も騒ぎ出しちゃって驚いちゃったよね。しかも周りに貴女の事話してくるとか何考えてんだか、全く」


「ああ、いえ、私自身目立つ髪や目の色をしているという自覚はありますので、そこは承知の上です。それより別次元とかとんでもねえとはどういう意味なんでしょうか? 確かにとんでもない髪の色をしていますけれど」


 自分の髪の一部を摘まんで確かめる。白みを帯びた銀髪に毛先だけほんのり桜色をしているこの髪は、僕自身でもとんでもないとは思う。


「あー……確かに髪の毛もそうだけど、多分そこじゃないと思うわ……それでさっきも聞いたけど、不安そうな表情で一人でいたけど何かあったの? というか貴女って、ここら辺じゃ見かけた事無いんだけど、外国とか異世界からとかの出身ですか?」


 お互い初対面なので、どこから来たのかと出身を聞かれてしまう。シャドウレコードからヒーローの調査をする為にやって来たとはとても言えないので、どうにか当たり障りの無い感じの説明を考える。


「私は希星高校に入学する為に最近この辺りに引っ越してきました。でもその後すぐに体調不良で数日寝込んでいたので、見かけた事が無いのも仕方が無い気がします」


 僕は産まれてから物心ついた時にはもう孤児だったので、本当の両親の顔を知らない。なので外国とか異世界出身なのかと尋ねられても、正直どう答えるのが良いのかわからないけれど、これは素直に話すしかないのではと思う。


「あと、ちゃんとこの国の戸籍は一応持っていますが、産まれた時には既に孤児だったもので、実の両親や何処の産まれとかは聞かれても私も全然知らないんです」


 出自については全然知らないのだけれど、シャドウレコードに拾われた時に表で活動する時用の戸籍は用意してある。ただそれもこのひと月で大きな変更があったのだけれど。


 自分でも全く知らない事を聞かれて、変にはぐらかすのも深掘りされるとどうしようも無いので、言いにくいけれど正直に話すしかなかった。


 どう答えようか考えながら話したので、いつの間にか目線が地面を向いていた。これではいけないと思い、目線を上げるとチュンちゃんと呼ばれていた少女は、自分が何気なく尋ねたであろう質問が不味い質問をしてしまったと、一人震えていた。


「ごっ! ごめんなさいっ! 貴女が全く見掛けた事が無い、とびきり可憐で儚げな綺麗な子だったからっ、もしかしてはるばる遠い国からお忍びでやって来たお嬢様か何かだと勝手に思っちゃったのよ! だからそんな事を聞きたくて尋ねた訳じゃないの! ホントにごめんなさい!」


 勢い良く頭を深々と下げる彼女。勢いが良すぎて側にいると頭をぶつけてしまいそうだった。ぶおんとした風圧と素早くしなるポニーテールに僕の髪が少し揺れた。




 孤立してしまっていた僕を見かねて声を掛けて来てくれたこの人は、悪い人じゃなさそうなんだけれど、何だかとてもパワフルだ。活発そうな印象だったけれどここまで力強いとは。

 

 ふとした瞬間に吹っ飛ばされるんじゃないかと警戒するが、僕が何か言わないとずっと頭を下げてそうだったので、声を掛けてもう少し会話をしてみる。


「あの、頭を上げて下さい。自分でもどう話せば良いのか考えながら話していただけですから、落ち込んでいたとかでは無いんです。それに、歩いていただけで何故か周りに距離を置かれてしまい、不安になっていた所に声を掛けて来て下さったのは、チュンちゃんさんだけですし」


 お互いまだ名前を知らないので、とりあえず先程呼ばれてたチュンちゃんで呼んでみる。いきなりチュンちゃんは馴れ馴れしいと思ったのでさん付けもしてみた。


 僕が声を掛けると彼女はホッとしたような顔で頭を上げる。


「怒って無いんだ……良かったぁ、私って周りにしょっちゅうデリカシーに欠けるって言われるし、さっきのもまたやっちゃったって、どうしようってなってたんだよね。こんな可愛い子に嫌われちゃったらこれからの学生生活、三年間お先真っ暗かと思ったわ」


 頭をようやく上げ、先程と同じ調子に戻る。


 僕に嫌われた位でお先真っ暗になるとは随分大袈裟な、とは思うが、僕もさっきは不安になっていたので人の事は言えないなと、胸の内だけに留める。


 いつまでも道の上に立っているのも学校に遅れてしまうし、目的地も一緒なのでここからは歩きながら話しましょうとチュンちゃんさんから提案され、僕も一人だとまた寂しくて不安になりそうだったので、それに乗って一緒に歩きだした。




 テクテクと歩を進めていると、歩きながら色々考えるような素振りをしていたチュンちゃんさんが話し掛けて来る。


「それで、私が貴女に声を掛けた理由を改めて言うんだけどね。同じ制服着てて見た事も無いとびきり可愛い子が一人で不安そうな顔をしていたから、気になって声を掛けたんだよね」


 おどけながらそう言う彼女、親切心で声を掛けて来たんだと言うのが伝わって来る。


「結構色んな女の子にこうやって声を掛けて仲良くなって来たから、やり慣れて無いと貴女みたいな子相手だと萎縮しちゃってたかもね。あーでも、なんかこれじゃあナンパみたいだわ、あっはは」


 そう笑いながら、僕から距離を取って離れた人達の事も向こうが萎縮してしまったのだと説明が入る。


「ナンパだなんてそんな、たまにそういう目的の為に私に話し掛けて来る男の人はいましたけれど、貴女みたいな優しい理由で声を掛けて来て、ナンパだなんて言う人初めてですよ」


 引っ越しの時の一件含めて、シャドウレコードで僕をそういう目で見て来たであろう人達を、グレイスさんとメイさんは纏めてナンパ野郎とそう断定した。

 

 僕の事を上司とわかっていたから一線を越えて来る人はいなかったが、尚もグイグイと迫って来られたのには、認識の差を教えて貰ってから改めて思い返してみると、少し複雑な気持ちになる。


「ええっ!? ナンパされた経験あるの!? そりゃ男子からして見れば放って置けないだろうけど、こんな子にそういう目的で声を掛けるなんてちょっと一体何考えてる訳!? ……って、私もさっきナンパって言っちゃってるじゃん! 違う、私のはナンパかもだけど違うの! またデリカシーの無い事言っちゃってた!? ホントにゴメン!」


 チュンちゃんさんは僕の嫌な体験を聞いて、親身になって怒ったかと思うと、自分がおどけて言った言葉がまた悪い方向に向いているんじゃないかと、慌てて手を合わせて謝罪し訂正し始めた。


 僕の事で勝手に慌ててしまう様子を見て、何だか彼女は少しレオ様に似ている気がした。


 慌てふためくレオ様の事を思い出してしまい、不意に笑みがこぼれてしまったので、チュンちゃんさんが不思議がって尋ねて来る。


「……って、怒らない所か笑ってる? 何処かおかしい要素ってあった?」


「あはは、いえ、慌てふためくチュンちゃんさんの姿が、孤児だった私を拾って、育ててくれている大事な人に少し似ていたんです。普段はとても格好いい素敵な人なんですけれど、最近は私の事になると特に一人で慌てているんです」


 レオ様達、今頃何をしているんだろうなぁ。

 

 グレイスさんは能力的に力に頼らないタイプだし、見た目を誤魔化して会いに来てくれて寂しくは無いのだけれど、レオ様達はこっちに来るのは無理そうだろうな。尚更、今日の通信会議で久々に顔を見せるのが楽しみだ。


 楽しみで仕方が無くなって、目の前に人がいて会話の途中なのに、何だか顔がにやにやしてしまう。これではいけない、失礼な人に思われて無いだろうか。




「へぇ……孤児だって聞いてびっくりしたけど、顔を見ればホントに大事にされてそうだし、ホッとしたわ。ねえ、私が少し似てるって人ってカッコよくて素敵って言ってたけど、もしかして男の人だったりする?」


「は、はい! そうなんです。私とは少し歳が離れているんですけれど、凄い頼りになる人なんです。あっ、で、でも失礼ですよね、男の人に雰囲気が似ているなんて言われても。チュンちゃんさんは私よりスタイル良くて健康的で綺麗ですし、どう見ても女の子なのに、ごめんなさい」


 女の子が男の人に雰囲気が似ているだなんて、そんな事を言われた方は褒められた気がしないだろうと思い慌てて謝罪をするものの、彼女はどういう訳かそれを気に入ってる様子がした。


「ふふん良いの、気にしなくて。だって私カッコよくて素敵な女を目指してるから! 寧ろどんどんカッコいい素敵って思って! あー、身近にそんな人がいるなんて羨ましいなぁ、私も大人になる頃にはそう思ってくれる子に出会えないかなー。なんてね」


 腕を上にあげ、頭の後ろで手を組みながらそう答えるチュンちゃんさん。見た目はとても女の子らしい女の子なのに、格好良さに憧れていて頼りになる素敵な存在を目指しているなんて、僕も見習わなければ。


 そんな事を思っていると、どこかもどかしそうな顔をした彼女が僕にまた話し掛けて来る。


「所でさ、話は変わるんだけどさ。お互いまだ名前も知らないよね、ここまで話してるのに貴女の事なんて呼べば良いのかわからなくて、そっちはなんか私の事独特な呼び方してるけど」


 そういえばそうでした。チュンちゃんさんって呼び方は流石に気になるよね。話の振られ方からして本名では無い事は判明した。


 僕もここまで話し合った人に、これで名前も告げずに別れでもしたら、学校内で出くわした時とか非常に気まずい。




「そう言われればそうですよね、失礼しました。私は日和 桜って言います。先程チュンちゃんって呼ばれていたので、さん付けして呼んでいたのですが嫌でした?」


「日和 桜さんね、思ったより和風な名前でホッとしたわぁ、でも桜って名前は髪の色的に似合ってて素敵よね。後、別にチュンちゃん呼び自体は嫌じゃないのよ、ただ小さい頃からのあだ名だから初めて会った人からそう呼ばれるのはちょっとムズ痒いっていうか、まあ何か変な感じしない?」


 人差し指で自分の頬を軽く搔きながら話す彼女。確かに僕も見ず知らずの人に突然ザーコッシュって呼ばれたらびっくりするかもしれない。


「私の名前ってスズメって言うのよ、ほら、スズメってチュンチュン鳴くからそこから取ってチュンちゃんな訳よ。小さい頃はそう呼ばれる経緯が可愛かったから気に入ってたんだけどね、流石にこの歳になる頃にはチュンちゃんは可愛すぎるかなぁって」


 シンプルだけれど、とっても可愛いらしい理由で良いなと思う。僕のザーコッシュって名前は四天王としては弱すぎるからって理由で、皆が面白がって付けた名前だった思い出がある。いつか僕が強くなったら改名する予定ではあった。


「スズメさんって言うんですね。スズメがチュンチュン鳴くからチュンちゃんという訳ですか、私も可愛くて良いと思うんですけれど、今は格好良いのを目指しているんでしたっけ」


「うん、そうよ! 漢字の方は涼しいって字と、植物の芽で、小鳥の方じゃ無いんだけどね。それで苗字の方は桃瀬って言うの。桃瀬ももせ 涼芽すずめよ、桃と桜で何だか良い感じだと思わない? これからよろしくね日和さん。困った事があればいつでも声を掛けてね」




 え? 桃瀬? 今確かに目の前の彼女は桃瀬だと自己紹介した。


 何処かで見た覚えがある名前である。ウルフさんが調べ上げて、レオ様から貰った資料にもその名前が記載されていた筈だ。多分親戚か兄弟姉妹の類いなんじゃないかとは思う。話し掛けて来た相手が、まさか本人である確証はまだ無い。


 桃瀬さんは僕からの返事にニコニコと微笑んで待っている。とりあえずこちらも返事をしなければ。


「も、桃瀬 涼芽さんですね。はい、こちらこそよろしくお願いします……い、いやー、桃と桜ですかー、確かに奇遇ですねぇ。あはは……」


「急にどうしちゃったの日和さん、もしかして、私またなんか不味い事言っちゃった? 桃と桜で近くて良いねって思ったんだけど、これ嫌だった? 順番が気に入らないとかだったら別に桜と桃でも良いんだけど……」


 何だか気まずい空気になってしまった。気が付くと目的地の希星高校の校門まで来ていた。

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