1-11
「あら、桜ちゃんそれって、レオ様が桜ちゃんにプレゼントしてくれた仮面じゃない?」
レオ様から貰ったとても大事な仮面を両手で持ちながら呟く。
「僕は今まで、組織の掟もありましたが、自分では頼りなく思っていて悩みでもあったこの顔を、自信がついて頼れる顔になるその時まで隠していても良いんだと、その時が訪れるのを待つと、この仮面を直々にレオ様から貰った時にそう言われていたのですが……頼りになるならない以前にこうなってしまうとは……」
レオ様直々に貰い受けたこの仮面は、僕を絶対に見捨てないという意思を感じさせ、今まで表で活動できる機会が訪れなくて落ち込む僕を、何度も支えて来てくれた。
とても希少な素材で作られたこの仮面は、今まで傷一つ付けずに僕の目元を覆っていてくれていた。
俯きながら見つめるその仮面が僕の顔を映す。ぼんやりと見えた僕の顔は、やっぱりとても頼りなく見える。
この仮面が大事な物ではあるのは今でも変わらないのだけれど、それに頼り過ぎてしまい、僕と周りで認識の差が出来てしまったのは事実でもあり、何だか複雑な気持ちになってしまう。
そんな僕にメイさん達は声を掛けて来るのだった。
「桜様、それでしたら尚の事、この作戦絶対に成功させ自信を付けましょう! 大丈夫です、見た目の上での力強さや逞しさだけがレオ様の言う頼れる顔の要素ではございません」
そう言ってメイさんは、今も作業を行っている男性隊員の方に視線を向けるので、僕もそれに合わせて顔をそちらに向ける。
「現に私はあそこで荷物運びをしている男共より遥かに細身ですが、彼等が十倍の数になって襲い掛かってきても絶対に負けませんし、グレイス様なら百倍になっても勝ってます」
「そうよ、桜ちゃん。もし仮にレオ様の言う頼りになる要素が見た目だけだったら、桜ちゃんだけじゃなくて私やイグアノなんかも四天王になんて選ばれなかったでしょう? メイちゃんの言う事が正しいわ」
メイさんが本気を出せばそれ位は出来る事は知っている。グレイスさんもそういう能力を扱えるので、僕はいまいち話の意味をわからずにいると、グレイスさんが頼りになる存在は見た目だけではなり得ないのだと説明してくれる。
「それに今の桜ちゃんは男の子の頃とは違った視点で動けるのよ? 女の子としての戦い方なんて幾らでもあるんだから、それを磨けば貴女は誰よりも輝ける筈よ」
男の頃ではそういう見た目に意識が向きがちになるが、今はそうでは無いのだとグレイスさんは語る。僕は二人の事もとても頼りになる存在だと思っているので、その言葉に思わずハッとさせられる。
「メイさん、グレイスさん……そ、そうですか? 本当に僕はこれからもやっていけるんですか? ……わかりました! 僕、頑張ります! 頑張ってこの作戦を成功させて、レオ様が頼りにしてくれるような立派な四天王になります!」
レオ様やウルフさんのような頼れる逞しい身体への憧れは、未だにあるけれど、メイさんとグレイスさんは女性からの視点から見て、それ以外にも道があるのだと教えてくれた。
今の僕に目指すべき道はそこなのだと、意識の差に衝撃を受け、気持ちが沈んでいた僕を救い上げてくれた二人には感謝してもしきれない。
僕はレオ様から貰った仮面を両手でギュっと胸に抱きしめ、改めて決意を胸に誓うと、その姿を二人が見ているのに気が付いた。
二人は何も言わずに微笑ましく僕を見つめていたので、思わず恥ずかしくなって照れてしまうとグレイスさんがケラケラと笑い出して、僕の頬を両手で優しく撫でて来る。
「さて、桜ちゃんの新しい戦いに向けて、二人の荷解きが軽く終わり次第買い出しに行くわよ~? 車を出すからメイちゃんも勿論着いて来てくれるわよね?」
「はい、当然です。私は桜様の護衛も務めさせて頂きますので、その護るべき主が向かう戦場への下準備等、私のやるべき任務ですから。ただ、その前に……」
終始にこやかな表情でグレイスさんが僕のほっぺをもにもにして、荷解きを軽く済ませてからの今日の予定を話し合っていた二人。
ただ、メイさんがフッと冷静な顔になって後ろを振り向いたと思ったら、グレイスさんも僕の頬から手を離しメイさんと同じ方向に身体を向ける。僕も気になって二人の向いている方に顔を向けると、そこにはずっと荷運びをしていたであろう男性隊員達の姿があった。
「まずは桜ちゃんにちょっかいをかけて来た男達を軽く注意しないとねぇ。いい歳した大人が一体何を考えているのかしら? 桜ちゃんはまだ十五歳だっていうのにねぇ……」
「そうです、幾ら四天王といえども、桜様はまだ年齢的に手を出してはいけないお方の筈です。更に言えば少し前まで同じ性別だった訳ですし、ちょっとでも考えれば自制が効くのが当たり前だと言うのに、あの男共は自分達が変態の暴漢に成り下がろうとしていました。例え我々が悪の組織の一員であろうと、外道にまで落ちたつもりはありません」
背中越しから彼女達の圧を感じる。これが先程僕に言っていた女の子としての戦い方というのだろうか。僕も勉強すれば使えるようになるのかな?
つかつかと二人で隊員達の所に向かうと、彼等は途端に顔が青ざめていく。少し離れてしまってよく聞き取れないが、グレイスさんが一言二言何かを言ったかと思うと、隊員達が悲鳴を上げている。
その後は彼等の作業スピードが体感五割増しで上がったような気がして、あっという間に荷運びが終わってしまった。
僕と会話していた時はあんなに張り切っていた逞しい身体も、疲労と緊張で何だか萎縮してしまっているように思える。何だか可哀想に見えたので、せめて今日のお礼を言おうと彼等の元に駆け寄ろうとしたら、いつの間にか側にいたグレイスさんに不意に抱きしめられ頭を撫でられる。
「もう、桜ちゃんってば、あの人達に近付こうとするなんて、何されるかわかんないのに危ないわよ?」
「グ、グレイスさんっ、ただ僕は今日の作業のお礼を言おうとしただけですよ?」
「桜様はなんとお優しいお心をお持ちなんでしょうか。貴方達、桜様がお怒りの様子ではございませんのでこれ以上は何もしませんが、図体ばかり鍛えないで少しは自制する精神を鍛えなさい。いい歳でありながら十五歳の少女に色目を使うなどと……」
ぜぇはぁと息を吐きながら、隊員達は『すいませぇん』『桜様が可愛すぎてつい』『背徳の香りに脳が』『うっす』等、それぞれ謝罪の言葉を述べていた。
余程グレイスさんの何かを刺激したのか、もう既に荷物運びの仕事をやり終えた彼等に帰って欲しそうな顔をしている。ただ、酷使しすぎて最早トラックを運転する体力も無さそうだった。
本当にどうしようも無いので、僕の能力で体力を回復する事にした。ここはピースアライアンスの管轄内の地区なので戦闘に関する能力には制限がかかるのだが、緊急性を要する可能性がある回復能力には制限は無く、問題なく使用する事が出来た。
回復させた彼等にお礼を言われ、ササっと引っ越しトラックは帰っていった。
僕達は入居する部屋へと向かい、それぞれの部屋で軽く荷解きを済ませる。メイさんの部屋は隣の部屋になる。僕の分の荷物は少ないので、途中からグレイスさんはメイさんの部屋に向って行く。
あれも足りないこれも足りないと、グレイスさんにあれこれ詰め込まれた荷物の箱からクッションを取り出し、そこに座って少し休む。僕の為に借りた部屋はシャドウレコードの僕の部屋より広く、メイさんの部屋も同じ広さだと思う。
「今日からここで僕は暮らしていくんだ……思ってたより広いね、グレイスさんの言った通り確かに物が少ないのかもしれないね……」
壁には備え付けの姿見用の鏡が掛けられていて、クローゼットもある。あそこを服で埋め尽くすのに何か月掛かるんだろうか。
少しボーっと辺りを見渡していると、メイさんの方の荷解きも軽く済ませたようで、グレイスさんと一緒に玄関で僕を呼ぶ声が聞こえて来るので、僕は立ち上がって二人の元に向かう。
「おまたせー桜ちゃん。じゃあこれからお買い物に行くわよ!」
「二人とも一緒になって楽しそうにしてましたしね。所で一体何を買いに行くつもりなんです?」
「近所にショッピングモールがあるらしくてね、そこに行って桜ちゃんに必要になる物を買いに行くのよ! ほら、さっき女の子の戦い方を教えてあげるって言ったじゃない? それのお勉強よ」
なるほど、そうなんですか。そこに行けば僕もちゃんと戦えるようになるんですね。
戦いと聞くと、さっき背中から威圧する様な迫力を出していたけれど、あれは一体どうやるんだろうか。
道中の車内の中で、それとなく二人に聞き出してみたものの、僕がそれを使うと最悪の場合死人が出ると物騒な事を言われ全く教えてくれなかった。
目的地に着いて、二人に手を引っ張られながら早速必要になる物がある場所に向かう。そこはなんと、女性用下着売り場だった。
「えっ? あの、ここって下着売り場のようですけれど、本当に僕に必要な物があるんですか?」
「えぇ~? 何とぼけてるの桜ちゃん、私結構前に言った記憶があるんだけど? 地味な下着だけじゃ絶対怪しまれるって」
そう言うグレイスさんに、確かにそんな事があったなと僕は身体が変わって最初の頃を思い出す。
「それに検査の結果によると、順調に身体の機能が働いていたらもうすぐ来ちゃうんでしょ。体温だって起きた時に毎日測ってメモするだけで良いって言ったのに、あれから何故か私にも律義に毎日教えてくれるじゃない? 色々知っちゃったからにはもう私だって最後まで面倒見るしか無いのよっ」
追加でグレイスさんが言い出した事の内容が、一体何の事を言っているのか僕の頭じゃわからない。下着の事は思い出したけれど、もうすぐ来るとは何が来るんだろう?
あの触手で滅茶苦茶にされた苦い記憶のある僕の身体は、全く変な所は無く、無事に女の子になったのが証明されてそれで終わった話の筈だし、体温だって、体温計を渡されたから言われた通りに、毎日測ってメモはしているし、グレイスさんに教えるのも義務だと思ったから四天王会議の時にこっそり報告していただけで、僕が何か変な事をしたのだろうか。
「あの、僕が何か変な事をしていたのでしょうか? 下着の件は色々覚える事があって忘れていたのは謝りますが、もうすぐ来るとは何が来るんですか? 身体はあんな滅茶苦茶な方法で無理矢理弄られたのに何処にも異常が無くて健康そのものでしたよね?」
どういう事なのか、もう少し具体的に説明して貰わないと理解出来そうになかったので、そういう意図で尋ねてみると、グレイスさんは頭を手で押さえて唸り出した。
「あぁー、うん……これは完全に私の判断ミスだわ……もっと最初の段階でちゃんとハッキリ言っておくべきだったわぁー……桜ちゃんお勉強は得意でも特定の分野だとそれを自分に結び付けるのが下手だったわよねぇ、ごめんね桜ちゃん。貴女は悪くないの……メイちゃんちょっといい?」
そう言ってグレイスさんは何かを察した表情のメイさんを連れて、ショッピングモールの隅っこでごにょごにょ何か話し合っている。数分後二人が帰ってきて、何かを決意した表情のメイさんが僕に近付く。
「桜様、ちょっとお耳を拝借しても宜しいですか? これは桜様にとって重要な事ですので……」
メイさんが僕の耳にそっと小声で話し掛けて来る。メイさんは僕に色んな事を教えてくれた。
僕の身体がすこぶる健康だとどうなるのかだとか、もうすぐ来るの意味だとか、体温を測ってメモをする理由だとか、今日何でいきなり下着売り場に来たのかだとか、色々教えてくれました。
確か診察で検査した際、僕を診てくれた先生もちゃんと言っていたような気がするし、僕だって医学書で断面図を見た時、何がどうなってこうなるとか調べた筈だ。
でも何故か、現実味が無さ過ぎていつの間にか頭の中からすっぽりと抜け落ちていた。こんなデリケートな話、本来女性同士だったらこっそりとしているのだろうけれど、僕は元々男なので、向こうから話を振るのも憚られていただろうし、僕から相談してこない限り助け舟も出せなかったんだろう。
結論を言うと、メイさんの耳打ちが終わる頃には僕の顔はゆでだこのように真っ赤になってました。
「という訳でして……って、桜様!? お顔が大変な事に!」
「はい、今の僕に確かに必要な物でした……本当に迷惑を掛けてごめんなさいグレイスさん……メイさんも来た時にはちゃんと言うのでその時はよろしくお願いしますね……」
「ま、まあ、ちゃんとわかったんならそれで良いのよ? それで、桜ちゃん大丈夫? ちょっと休んでから行こっか?」
余りに顔を顔が熱過ぎて、ショッピングモールの店内に置かれている鏡に映った自分の顔が、真っ赤になってしまっている姿を確認してしまった。思わずグレイスさんも気を遣ってくる程で、今の僕には逆にそれが恥ずかしく感じてしまう。
「だ、大丈夫ですっ、早く行きましょう。僕が本当に何も知らない無知の馬鹿でした……今日はもう素直に言う事も聞くので、下着も服も派手すぎないのであれば自由に選んでください……」
「え? ほんとに良いの? まあそこまで言うんだったら、ちゃんととびっきりの可愛くて似合うやつ見繕ってあげちゃうからね?」
その後、店に入り言われるがままに身体のサイズを測られ、グレイスさんとメイさんにあれやこれやと下着や服を用意され、着せ替え人形となった。
下着を買う時にちゃんとその時用の下着も数枚一緒に買って貰い、必要そうな物も一通り揃えて貰った。
自分のそういう日も把握出来てなかった奴に何も言う資格は無いので、ただただ心を無にして二人の指示に従う事にする。
最初は皆、教わっても来る時まで自覚出来ずにそういうものだったって、失敗する子の方が多いって励ましなのか何なのかわからない言葉を頂き帰路に着く。
翌日にはグレイスさんは帰らないといけないので、寝る時は僕の部屋で一緒に寝たいと言い出した。
僕の部屋の布団は一つだけなので、添い寝をするのかと思いきや、メイさんが予備の布団を持ってきていたので何とか事無きを得た。
グレイスさんがシャドウレコードに帰って、いよいよ入学式が始まる数日前に、その日が訪れたりしててんやわんやな日々が続きました。
そしていよいよ入学式当日が始まる。
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