1-10




◆◇◆




 日は進み、今日は引っ越し当日。


 場所はS&Rグループと呼ばれる企業が経営している若者向けのマンションの一室になる。


 S&Rグループとは、シャドウレコードが表向きに運営している総合企業であり、特に衣住食の方面に力を入れて事業を手掛けていて、老若男女種族問わず大衆人気も結構あると聞いている。


 ここの代表は勿論レオ様で、本社で働く社員も全員シャドウレコードの隊員になり、今日の引っ越しを行う業者にも扮して引っ越しトラックとワゴン車に乗っていた。


 今日もグレイスさんは付き添いに来ている。女の子になってから事あるごとに僕を優先して面倒を見てくれている。このひと月の間に僕に構ってばかりいて、グレイスさん自身の仕事は大丈夫なのかと一度訪ねたら、しばらくは僕に知識を叩きこむのが仕事だと胸を張って言っていた。


 そんな彼女は、人前に出ると目立ってしまうから今日は変装していて、髪を黒く変化させ眼鏡を掛けて服装も露出が控えめになっている。ここまで来るのに車まで用意してくれて、僕を乗せてマンションまで送って貰っている。


「今日でお引っ越ししちゃうのよねぇ。桜ちゃんと基地で会えなくなると思うと、寂しくなるわね」


「あはは、寂しくなるのは僕も同じですよ。でも、定期的に報告で通信しますから顔は見れますよ」


「うーん、そういう事じゃないんだけどねぇ。あら、会話してたら目的地に着いちゃったわね」




 目的地のマンションに到着して、グレイスさんにお礼を言い車から降りる。


 車を駐車場に停める為に僕が先に車から降りて、隊員達が停めてある引っ越しトラックに近付き状況を見る。


 トラックは少し早く到着しており、今から積み荷を運ぶ作業が始まろうとしていた。僕は今日一日肉体労働をしてくれる彼等の側まで行き挨拶をする。


「おはようございます皆さん。今日は僕達の引っ越し準備の為に来て下さって、ありがとうございます。積み荷の持ち運びは大変だと思いますが、一日宜しくお願いしますね」


「さ、桜様!? おはようございますっ! いやあ、これ位の量ならあっという間に終わってしまいますよ! 荷運びは俺達に任せてのんびりしてて下さいよ!」


 そう言って作業着を着た屈強な男達が数人、僕の前に並び立つ。


 業者に扮したシャドウレコードの戦闘部隊に所属している隊員達が、僕に挨拶と共に敬礼をしてくる。全員逞しい身体つきをしており、服の上からでも鍛え上げられた肉体を主張していて、こういう身体に憧れがあった僕には何だか羨ましく思える。


 彼等は背筋をピンと伸ばし、僕が何か特別な事を言った訳でも無いのにやたらと張り切っている。


 今日もこうして彼らが張り切っているのは、少しでも逞しい活躍を見せ僕に気に入られようとしているのだと思うと、途端に微笑ましく感じて、つい顔にもそれが出てくる。


「本当ですか? 皆さんの負担にならないように荷物を減らそうと考えたりもしましたけれど、大丈夫なんですね」


「ハハハッ! 任せてくださいよ桜様! これ位楽勝ですよ。軽すぎて後十人分は行けますって! なあ、お前ら!」


 『おうよっ!』『うっす!』と彼らは威勢よく掛け声を出す。


 荷物がいっぱいあって大変だなぁ、と僕は思っていたのだけれど彼等曰く本当に少ないようだ。


「そもそも僕自身余り物を持っていないらしくて、もっと物を持った方が良いってグレイスさんに言われてあれこれ詰め込まれていたのですが、それでもあっという間に終わってしまうというのならとても頼もしい限りです」


 彼等が張り切っているのは別に今日に限った事では無い。


 これは時間を少し遡って、グレイスさんに服を用意して貰った日の後に、全体朝礼にその服を着て行った僕の姿を見た時から、明らかに組織全体の様子がおかしくなり始めた。


 用意された服は普通の洋服だったし、直に着てみて鏡で確認して何度もおかしな所は無いって調べたのだけれど、あの日は本当に大変な事になってしまった。


 僕の部隊の隊員は、朝礼の後に挨拶に出向くと僕を見て何故か泣いている人もいたし、他の部隊から僕の部隊へ転属願を出す隊員が急増して騒ぎになったり、女性隊員の距離感が全体的に近くなったような気がしたりもする。極めつけは僕の呼び名がザーコッシュから桜様に統一されてしまった事だ。


 僕のせいで迷惑事が増えて、取り巻く環境の変化に何だか怖くなってレオ様達他四天王に相談してみたが、お前はそのままのお前で良いと一同から笑顔で総意を受け取ってしまう。


 そのまま少し日が経ち、隊員達の僕に対しての意識は変わったが、何か害しようという気は無いという事はわかったので、変化に戸惑いつつも次第に慣れるようになる。


 ただ、逞しい身体には憧れてはいるけれど、こう複数人でグイグイと迫られるのはまだ慣れない。彼らの迫力に圧されていると、不意に声が掛けられる。


「貴方達随分と元気が良いですね。桜様の荷物を運び終わったら、次は私の荷物が残っている事をお忘れではないですよね?」


「あっ、メイさん! おはようございます」




 僕達に声を掛けてきた、黒い髪を肩の辺りで切りそろえた家政婦の様な格好をした女性。


 彼女は僕の部下で、名前は紫奧しおう メイさんという。身長は僕より少し高く、まだ二十歳で僕とそんなに歳が離れていないのに、キリっとした黒目や落ち着いた佇まいが大人びた印象を与える。


 メイさんは僕と隊員達の間に割って入るように立ち、彼等をじっと見つめる。そんな彼女に威圧されたのか、隊員達はうっと小さく唸り一歩後ずさる。


「こうして桜様にお声掛けする程に余裕がおありでしたら、わざわざ私が私の荷物を持ち運びする必要はありませんね。桜様のお世話は私の仕事なので、貴方達はご自分の作業にお戻り下さい」


 そう言ってメイさんはニコリと微笑む。たじろいだ隊員達はそそくさと荷物運びの作業に戻る。


 彼等が退散すると、メイさんはふう、と一息吐いて僕に振り向く。


「おはようございます、桜様。先程は大丈夫でしたか? 誰にでも対等に接しようとするそのお姿は素敵ですが、次からは私に一声お声掛けして頂けますと安心かと」


「うっ、うん、そうだね。姿はそんなに変わって無い筈なのに、女の子の格好をしだしてから隊員達の距離感が急に変わっちゃって、未だに測り間違えちゃうしメイさんも迷惑だよね……」


 本当、なんでなんだろうね。素顔も中身も今まで通りの僕なのに、急に何もかも変わっちゃって。


 どっちも仮面を着けていた頃は、尋ねれば対応はしてくれていたが僕の部隊以外の隊員は必要以上に絡んでは来なかった筈なのに。


 ただ、女性隊員の方は、僕にあれこれ教えたくてうずうずしている感じだったのに、今の男性隊員の方は、フランクな感じを装っているけれど、目を見れば何だかぎらぎらしている。


 シャドウレコードの中で僕に対する対応が一番明らかにおかしくなったのは、レオ様なんだけれど、他の男性隊員とは違ってレオ様が僕を見る目はとても真剣な眼差しをしていて、僕はそっちの方が何だか安心出来る。


 人によって距離感が変わってしまった事に慣れず、何度も変な空気にしてしまう自分の駄目さ加減についため息を吐くと、メイさんが両手で僕の手を握りだした。


「そんな事はございません桜様、寧ろ私にどんどん頼って下さい。それに今更桜様の魅力を知り、近づこうとする男共等最初から見る目が無いのです。レオ様や他の四天王様達の足元にすら及びません」


「いや、魅力も何も少し前まで僕男だったからね? 見る目も何も、当時の僕にあの人達が過度にグイグイ来る理由なんて無いんじゃないの……?」




 男だった僕に、男性隊員がグイグイ来る理由なんて無いだろうと僕はそう思っていると、メイさんが僕の魅力についてあれこれと語りだした。


 因みに彼女は数年前に僕の部隊に配属されて、親しくなって素顔を見せる前から僕に付き従ってくれていた人でもある。


 そんな彼女がそう言うのだから、何か思う所があるのだろうと僕はそう感じたが、メイさんは僕を見て何もわかっていないと言いたげな顔をしている。


 そんなメイさんの顔を見て、改めて自分自身を考え直してみる。


 男だった僕が、仮面を着けて服装も男性用の服を着てたのだから、彼等が僕に興味を示さないのは当然である。でも今は女の子で、素顔を出して服も女性用になっている。僕に対しての周囲の評価が変わったのは、女の子になった翌日に着る物も無いまま制服姿に素顔のままで食堂に行った時だから、服装じゃなく顔を見て印象が変わったのだと思う。


 僕の顔自体は変わっていない事は僕自身そう思っているし、素顔を知っていたレオ様達もそう言っている。じゃあ、男の頃でも基地内で素顔を出していたら、隊員達は僕に対して今のような反応をしてきたという事になる……?




 ……ちょっと自分でも何でそうなるのかがわからない。でも皆今の僕にとても興味深々のようだし、男だと頼り無い顔だったけれど今の僕なら魅力的に映るのかな?


 一人で混乱していると、車を停め終わったグレイスさんがつかつかと僕の所に寄ってきて様子を尋ねてくる。


「どうしたのよメイちゃん、そんな所で桜ちゃんの手を握っちゃって、桜ちゃんも何か考え事でもしているの?」


 自分一人では考えが上手く纏まらないので、グレイスさんに顔を向けて僕の事をどう思っているのか尋ねてしまう。


「グレイスさん、この際だから聞きますけれど、僕は自分の素顔をひ弱で頼りない顔だと思って仮面で隠していたのですが、もしかして他人からはそうは見えないのですか?」


「えっ? どうしたの急に、そんな事聞いてきて。でもそうねぇ、私は桜ちゃんの素顔は男の子だった頃から可愛いと思ってたし好きだけど?」


 グレイスさんから見ると、僕の顔は可愛いという評価になるようだ。わざわざ好きとまで言ってきたのだから、相当高い評価に値すると思われる。


 親しくして貰っている間柄の人からそう言われてしまうと、何だか嬉しく感じて思わず頬が緩みそうになるけれど、それを聞きたくて聞いた訳では無いので、更に質問をしてみる。


「あ、あの……そういう評価をして頂けるのはありがたいのですが、もしかしてなんですけれど、僕が男だった頃に仮面で顔を隠していなかったら、隊員達は今の僕みたいな距離感で接して来ていたのでしょうか?」


 身体が変わって素顔を晒した後に、このひと月で直に受けて来た印象を頭の中で整理しながら聞く事にしてみる。


「女性隊員達は多分グレイスさんと似たような感情で接してくれているのでありがたいのですが、最近の男性隊員達も僕に親切にしてはくれているのですが、全員そうでは無いとは思うんですけれど、何だか目つきがおかしく感じて……」

 

 僕の言葉にきょとんとした表情をするグレイスさん、口元に手を当てて少し考えてくれた後返事が返ってくる。


「あぁ……うん、そういう事ねぇ。今まで桜ちゃんお顔を隠してたものねぇ……本人を前にして非常に言い辛いんだけどね、多分桜ちゃんの言いたい事は合ってると思うわ。ただ男女比が多少変わっていたかもしれないけどねぇ……それでも男からもそういう目線は向けられてたかもねぇ」


 凄く言い辛そうにしながら、グレイスさんが僕の質問に答えてくれる。


 そんなに僕と周囲とではここまで認識に差があるとは思わなかった。僕の手を握っていたメイさんも気まずそうに目を逸らしている。


 僕が仲良くなって、素顔を見せた部下達はメイさんを含めてそんな素振りを見せてこなかったからとても衝撃を受ける。思わず肩に提げていたポーチからある物を取り出した。

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