1-9




◆◇◆




 会議が終わり、医務室に向かう。


 指示を受けて中年位の歳の女医の先生と医療班の女性隊員が三人いて、軽く挨拶を済ませると、早速僕の診察が始まり説明を受ける。


「あ、あの、この診察って、診る時は下着も脱がなきゃダメなんですか……?」


「はい、そうして頂かないと判別が出来ないと言いますか、ザーコッシュ様の今の胸部の発育状態がどこまで進んでいらっしゃるのかを貴女本人にお伝え出来ないので」


 自分の胸の状態がどうなっているのかを知る為に、まずは人に見せて触らせる必要があるらしい、すごく恥ずかしいけれど女の子の身体の事なんて僕は何も知らないのだから、医者に従うしかない。


「わ、わかりました……自分の事なのに今更嫌々言ってても仕方がありませんからね。よ、よろしくお願いします……」


 服を脱ぎ、ブラも外す。上半身が裸になり視線を下に向けると、胸に付いた二つの膨らみはそこまで大きくは無いのだけれど、確かにその存在を僕に主張してくる。相変わらず自分の裸に戸惑っていたら、グレイスさん達が近づいてきておもむろに僕の腕や肩を触り始める。


「わぁ、ザーコッシュ様ほんとに女の子の身体になってるんですね、顔も赤くなってますしまだご自身も見慣れて無いのですか?」


「肌は白くて、背中や腕もすべすべですよ……これは身体が変化した際にグレイス様が処理なさったので?」


「それがね~、流石にお肌はより繊細になったようだけど、毛の方は桜ちゃん本人曰く女の子になる前からこうだったらしくてねぇ、最初はメアリーちゃんでムダ毛を生えにくくしようと思ってたんだけど、やる意味が無かったわ」


「ええ!? それはす、すごいですね……ケアが楽でいいなぁ……」


 僕の身体を四人で囲って、女性隊員と付き添いに来たグレイスさん達のガールズトークが始まる。


 僕以外全員成人しているので、この場合ガールという表現は適切なのかわからないのだけれど、それを言ってしまうと僕は何をされるのか怖いので、身体をペタペタ触られながら本題を尋ねる。


「あ、あのっ、皆さんっ……これが診察なんですか……? そんなに触られると、くっ、くすぐったいのですがっ……」


「ちょっと貴女達、いつまでもそうしていたら私が診察出来ないでしょ! ザーコッシュ様もそんな訳ありませんから、もう少し抵抗しても宜しいのですよ」


 どうやら違ったらしい。で、ですよね……


 先生に注意され、渋々僕から離れる彼女達。用意された椅子に座るよう指示され、僕はそこに座り診察が始まった。


 まずは聴診器を当てられ、言われるままに息を吸ったり吐いたりを繰り返した。ひんやりとした感触に思わず声が出そうになったけれど、後ろで見ているグレイスさん達にからかわれそうだったので、何とか我慢してみたが、その後の触診で胸を直に触られた時には耐えきれず声が漏れてしまう。


「お胸を軽く触診されただけで、声が出ちゃうなんて毎回新鮮な反応しちゃって桜ちゃんってばほんと可愛いわねぇ。それで、どうかしら?」


「はい、確かにザーコッシュ様の胸部の膨らみは女性特有の物と断定出来ると思います。この後機械を使って身体の内部構造を調べますが、年齢相応の発育状態でしょう」


 そ、そうなんですか。ただそれを言われても今の僕の頭ではいっぱいいっぱいなので、検査結果だけを頭の片隅に置いておく留めるだけにしておく。


 自分で自分の胸を触るのにも躊躇うのに、診察とはいえ本格的に触られるとは。とりあえずこれで僕の身体は女の子だって証明されたと思うので、これ以上一人だけ裸でいるのもあれだから急いで脱いだ服を再び着る。




「あの、とりあえず結果の方はわかりました……服はもう脱ぐ必要は無いんですよね?」


「えぇ~? 何を言ってるの~? 桜ちゃんの身体でもう一か所調べておかなきゃいけない大事な部分があるわよ?」


 シャツのボタンを留めながら訊ねると、もう一か所調べる必要がある、と言われる。大事な部分とは何だろう? と、思考が明後日の方向に行きかけるとグレイスさんが近づいてきて、いつもより優しい微笑みを浮かべて徐に僕のお腹の下辺りにそっと手を添えて来た。


「へ? お腹ですか……? 僕のお腹が一体どうしたっていうんですか?」


「どうしたも何も、今の桜ちゃんのお腹の中にはとっても大切にしなきゃいけない所があるからよ? 前に裸を一通り確認して、外側の何処がどうなっているのかはお姉さん全部知っちゃったけど、ここが今どうなっているのかは桜ちゃんも知っておく必要があるのよ?」


 そう言ってグレイスさんはニコニコと微笑みながら、僕のお腹の下辺りを優しく撫でている。


 どういう事なのかいまいちわからないでいると、先に女性隊員の方が居た堪れなくなったのか、医務室に置かれてある使い込まれた医学書を持って来ると、本を開いて目次を調べ、該当する項目があるページを捲ってから僕にそれを見せてくれた。


「ザーコッシュ様、つまり、その……貴女の身体で調べる必要がある場所と言うのは、ここなんです。よく知らないのは仕方が無いとは言え、余りにもここまで何もわかっていないご様子だと、かえってこっちが恥ずかしいですよ……」


 女性隊員は気まずそうに僕から目を逸らしている。僕は彼女が教えようとしている事を確かめる為に本のページに目を向ける。


 そこには男性と女性の下半身の断面図が描かれていた。男女の違いが細かく描かれていてそれぞれの性別ごとに何処に何を有しているのか理解出来る。


 僕は視界に入るそれの内容を理解したと同時に、彼女が伝えたい事の意図と、グレイスさんが触っている僕の身体の部分に意識が向かう。

 

「え……? あっ! へぇえぁっ!?」


 思わず変な声を上げてしまう。グレイスさんは僕の何処を触っているのか理解した途端、さっと手を放し嬉しそうに半歩下がる。


「ようやくわかってくれたようねぇ。普通年頃の男の子なんてどんなに格好つけててもムッツリスケベさんだから、異性の身体の事は教えなくても自分から反応してくれると思ってたんだけどね」


 思ったような反応を僕が見せて来なかった為か、少し不満気な顔をしながらグレイスさんはそう語る。


「生真面目な桜ちゃんはここまでしないと自分の身体に結び付けてくれないから、お姉さん達からかいようが無くて大変だったのよ?」


「ひへぇえゃあぁ……」


 調べたい場所の意味を理解し、思わず手で顔を押さえてしまい、僕の顔は途端に熱くなるのを手の先から感じる。


 情けなく声を出す事しか出来なくなった僕に、さっきはペタペタ身体を触ってきた女性隊員達も何も言わずにただ優しく微笑んでくるだけになる。


 この後、見かねたグレイスさんが僕を椅子に座らせて、数分掛けてようやく落ち着いた頃に、先生から声を掛けられて診察の続きが始まるのだった。




◆◇◆




 僕の反応があんまりにもからかって欲しく無いものに受け取られたのか、流石にその後の診察では皆真面目に対応してくれた。


 ただ、僕が下着を脱いだ途端に一際真剣な表情で見つめてくるのはとても恥ずかしかったし、実際の診察の内容はもっと恥ずかしかった。


 医学書に描いてある通りの身体の構造であるかを確認する為に、まさかああいう事をしなくてはいけないとは……結果、僕は下半身も無事? 女の子でした。


 一通り触診が済んだ後は、触診で検査出来ない部分を機械で調べて、血液検査も行った。


 最初から機械で調べればと思ったけれど、僕に自覚を促す為に触診は必要な行為だったと先生含むその場にいた全員に念を押されてしまう。


「しかし、私達は診察に立ち会っただけですけど、ザーコッシュ様って色々凄いですね。お肌のツヤも素晴らしかったんですが、特に無駄な毛が一切無いとは……」


「な、なんですか……そんなに言ってくるなんて、貴女達もグレイスさんと同じで、僕のそういった事情が気になっていたんですか……? そう反応されても、生えてこない物は生えてこなかったんですからっ、僕だって知らないんですよぉ……」


 診察中の出来事を思い出してしまい恥ずかしさのあまり、顔が熱くなってしまう。そんなに僕の身体が珍しいのだろうか、あんなに真剣な表情をされてしまうと誰でも耐えられないと思う。


「ちょっ!? そ、そんな表情しないで下さいよ! まるで私達が悪者みたいじゃないですか!」


「僕達悪の組織の一員なんだから、僕含め最初から全員悪者ですよ……何を言ってるんですかぁ……」




 僕がこんな事になっているのは、そもそも悪の組織として潜入任務を行う為の大事な下準備なのだから、誰も何も間違った事はしていない。


 ただ、僕一人がとっても恥ずかしがっているだけで、寧ろ責められるべきは四天王としてもっとしっかりしないといけない僕の方である。


 頭ではわかっているつもりでも、心が追い付いてこないだけなんだ。女性隊員達が反省しているような表情で僕を見つめてきて、こちらも申し訳無く思っていると。ふいに僕の頭にポンと手を置かれグレイスさんにそのまま頭を撫でられる。


「よしよし、ごめんなさいね桜ちゃん。この子がこんなに反応しちゃってるのは元は私のせいだから、貴女達は悪くないのよ」


 僕は頭を撫でられ宥められ、無暗に人に言いふらしたりしない事を約束させて、この場は何とか落ち着けた。ただ、僕の髪は珍しい色だからこの手の話はずっと起こるのだと自分に言い聞かせ、僕が強くなるしかないと決意する。がんばれ僕。


 自分で自分を勇気付けていると、お腹が空いてきた。医務室に備え付けられた時計を見るとお昼を少し過ぎた時間になっている。


 僕がご飯を食べに行くと提案すると、検査結果を提出する必要がある先生を除く全員が付いてくる事になった。


 食堂に行く間、頬や髪を触られたり化粧やファッションのあれこれを指導され、色々教わると同時に先程の気まずい雰囲気も解消出来て、後腐れ無くお昼の時間を過ごせた。


 その後は部屋に戻り渡された書類にサインをしたり、夕方にグレイスさんが僕が着る用の服を持ってきてどれが似合うか話し合い、そのまま晩の入浴時にあれこれあったりと、一日が終わり引っ越しの日までの間、必要最低限の身嗜みや覚えておかないといけない知識等を叩きこまれたのであった。

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