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◆◇◆




 僕達は数十分話し合い、今やるべき事と、今後しなくてはいけない事を確認していく。


 まず僕は、会議が終わり次第グレイスさん同行の元、女性の医療班によって診察を受ける。


 四天王の僕に女の子の身体について指導するのは同じ役職の自分が行うべきだと、何故か使命感に燃えているグレイスさんは誰にも譲らない勢いでこれを強引に決めた。


 確かに昨日まで男だった年下の上司に逐一あれこれ教えなければいけないのは、僕も相手も正直キツいものがあると思うので、この提案に乗るしかなかった。


「この後の診察ですが、医療班に連絡しグレイスが指摘した通り、女性隊員を数名向かわせます。会議が終わり次第、第三医務室に向かって下さい」


「あの時は桜ちゃんが男には刺激が強すぎる状態になっちゃってたから、そういう話になっちゃっただけなんですけどね。でもまあ、今の桜ちゃんも診察とはいえ男に診られていい気分じゃないから助かるわ」


 グレイスさんが今の僕の姿を見てそう言いながら頷くと、イグアノさんはため息を吐いて僕に忠告をして来る。


「……桜さん、もし今後グレイスが触診と称し何かしてきたらすぐにおっしゃって下さい。この人は趣味と実益を兼ねて、半月で徐々に変化していく身体に戸惑う貴女の姿を見て楽しもうとしていましたから」


「ちょっと、人聞きの悪い事を言うのやめてくれる? 変化がゆっくりなら教えるのも楽だと思ったし、気構えも出来たし、下着や服だって余裕を持って揃えられたのよ。そういう事はイグアノじゃフォロー出来ないでしょ」


「あ、あはは……これから自分の身体がどうなっているのかがわかるんですね、グレイスさんも色々教えてくれましたが、まだわからない事だらけなのでよろしくお願いします」


 善意か趣味か謎だけれど、わからない事があったらとりあえず今は乗り気で教えてくれるグレイスさんしか頼れる人がいない。僕の部下にも女性はいるのだが、元男の僕に突然尋ねられても向こうも嫌じゃないだろうか。




 診察が終われば潜入先への引っ越しの手続きがある。


 僕は無事に試験に受かり入学申請が受理され、通学に必要な物は引っ越し先に届くようになっている。


 こちらは事前にレオ様が大半をやっていて下さり、後は僕が端末に送られている電子書類に必要なサインを済ませ、住居の間取りの確認や周辺地域の地図の把握を行う。


「後は必要な書類に僕がサインをすればよろしいんですね、レオ様」


「そうだ。診察が済み、空いた時間に一通り目を通してから記入してくれれば良い。わからない事があれば連絡してくれると助かる。それと、これが希星高校の入学許可証に学校周辺の地図のデータだ」


 レオ様から入学許可証に地図のデータを受け取る。これでようやく使命を果たせると内心一人意気込むと、不意にレオ様から声をかけられる。


「桜、お前なら試験など容易いと信じていた。最後に向こうで使用する為のシャドウレコード直通回線が開ける携帯端末だ、これを渡しておく」


「あ、ありがとうございます。これがあればどこでも僕達は繋がっていられるという訳ですね! 寂しい思いをしなくて済みそうです」


 レオ様からここへ直通回線を開ける端末を渡され、僕は思わず頬が緩んでしまう。四天王クラスが長期の任務に就く時に、ここと連絡を繋ぐ為の物だ。回線を開くには四天王本人の生体反応で承認する必要があるので、他の人は使う事は出来ない。


 他の三人が過去に、これと同じ物を持たされ今も尚所持している筈で、僕は今までこういう機会が訪れなかったのでようやく皆と並び立てる事に感動している。




「あらあら、桜ちゃん何だかとても嬉しそうね。レオ様もこんなに喜んでもらえるなんて思っても見なかったでしょう? この子誰かが通信で会議に参加してた時、今までずっと物欲しそうにあの端末を見てたものね」


「えへへ、はいっ! 今はまだこうやって会議で皆さんと直接顔を合わせる事が出来ますが、作戦が始まってしまいますとこの端末が唯一の連絡手段になりますからね」


 なぜだかとても嬉しくて、つい僕は上機嫌で返事をしてしまう。グレイスさんも笑顔で僕を見ていて、少し間が空いた後に別の話題を振るのだった。


「それで皆、話は変わるんだけどね、さっきも軽く触れたし当たり前の事なんだけど、今桜ちゃん女の子のお洋服全然持って無いのよ。困ったわ」


「あっ、そういえばそうでしたよね……今日だって人前に出る服が無くて、仕方なくこの服を着ましたから」


「なるほど、確かにな。今のザーコッシュがその格好をしていても潜入には全く使えんしな、戦いに出るには常にそれ相応の装束が必要になる。ザーコッシュにはザーコッシュの、桜には桜のそれぞれに合った格好か」


 ウルフさんの言う通り、今着ているザーコッシュの制服は外では着る事は無いので、引っ越しに持っていく物でも無いしその他に持っている服も全部男物なので、新しい服を下着込みで用意しなくてはいけない。


 間に合わせの服はグレイスさんが自身の部下に用意してもらうと言っていたので、当面はそれを着て、引っ越しが済み次第再度調達する方向になった。


 服の調達に、僕は信頼の置ける自分の部下の女性隊員に同行を頼もうかと思っていたが、グレイスさんはこれにも同行する意思を示しており、意見は多い方が良いとの結論になり三人で行く事になった。


「人前に出て大丈夫なんですか? グレイスさん、服のアドバイスだけ貰って僕が部下と一緒に用意する方が安全だと思うんですが」


「人間態に変装するから大丈夫よ。桜ちゃんが部下と二人っきりだと向こうが気を使っちゃって貴女の意見に合わせて地味で控えめな服と下着しか買わなさそうだから、私も行くのよ。レオ様も可愛いお洋服を着た桜ちゃんの方が見たいですよね?」


「なっ!? 何故俺に振る!? さ、桜の服だから、桜が着たい物を着れば良いのではないかっ? ただ何だ、今は余り露出が少ない方が助かる……刺激が強すぎると心が落ち着けられない、桜だから大事にしたいんだ……俺は」


 唐突に話を振られ、動揺してしまうレオ様。僕の服の話でレオ様にどれだけ女の子の服の知識があるのかはわからないけれど、意見を聞いて良いのだろうか。


 ただ、僕も余り露出の多い服は避けたかったので、方向性が合って助かっている。


「そうですよね、僕も自分で露出の多い格好をするのは恥ずかしそうで落ち着かないので、考えが合って助かります。今は全く服の知識が無いので、着づらい物が多くあっても困りますね」


「俺はそういう事では……あっ、いや! な、何でもない……落ち着いていて似合う服が見つかれば良いな、うん」


「なるほどねぇ、大体方向性はわかったわ。間に合わせのお洋服も着やすくて露出の少ない物で用意させるわ。ただ、引っ越し後の買い出しはレオ様にも見せるつもりで気合を入れるからね、桜ちゃん」


 話が進み、僕の方針はあらかた決まった。後は次の全体朝礼で作戦発表と今の僕の姿を隊員達に見せればシャドウレコード内で伝えるべき内容は伝わる筈。


 ホッと一息つくと、会議は次の話に進んだ。




「奴らに叩きのめされた後、このまま負けたままでは悔しくてたまらないと、オレの部下が表の部隊と独自に協力して奴らについての情報を集めたが、判明したのはせいぜい苗字ぐらいだった。ザーコッシュ、確認しておけ」

 

 そう言ってウルフさんから手渡されたデータによると、ガンバルンジャー五人の苗字が色ごとに表示されている。赤が赤崎、青が青峰、黄が萌黄、緑が林田、桃が桃瀬らしい。


「僕が言うのもなんですけれど、それぞれ色と名前が一致しているんですね。萌黄だけちょっと緑と色味が寄ってますが」


「それと主に奴らが活動している地区で、他組織の構成員の姿を目撃したとの情報も入っている。ピースアライアンスの管轄内では派手な動きなど出来る筈も無いだろうが、敵性生物を利用している時は別だ。極力関わらない方が良いだろう、今後、学校内にも潜り込んでくる可能性もあるので油断はするなよ」


「ふむ、他組織の行動次第によっては、ガンバルンジャー以外のヒーローも向かってくるかもしれませんね、希少な回復能力の保有者である一般人としての桜さんは、彼らヒーローに庇護対象として護衛されるかもですが、そうなれば、まさか誰も桜さんがシャドウレコードの四天王であるとは思いもしなくなるでしょう」


「あら、そんな面白い展開になってくれたら、こちらも暗躍しやすくて非常に助かるわ。護るべき皆のお姫様が実は悪の組織の最後の四天王だったなんて、正に悪女の極みで羨ましいわ。なんだったら代わる代わる皆で出て行って、桜ちゃんを襲うフリをして適当にヒーローを焚きつけてやれば、向こうも乗り気になりそうね」


「やりすぎるなよグレイス。もしこちらの介入の目論見がバレたらそれで一番危険になるのは桜になるのだからな、こちらへの人質にでもされたら少々厄介だ。桜を助ける為に俺自らが出なくてはいけなくなる。今後の為に世界情勢は余り変えたくは無い」


 情報共有も済み、皆それぞれの思惑を語る。


 思ったより潜入している他組織の数が多く、それを利用して僕がヒーローに護られる立場になって、潜入している四天王だと思われ無くなれば確かに本来の目的である情報は集めやすくなる。


 しかし、その為にはたとえフリだとしても皆さんと相対する立場にならなければいけなくなるのは寂しい。


 僕としては情報を集められればそれで良いのでそこまでしたいと思わない。でも、役に立ちたい気持ちはあるので僕はここで逃げる訳には行かない。


「わかりました! 例え演技とはいえ皆さんと相対する立場になるのは寂しくて嫌ですが、情報を集める為ならヒーローに護衛されるように計算して動く、腹黒い悪女のお姫様だって目指します! ……自分で言ってあれですが僕なんかがお姫様で良いんですかね?」


 自分で目標を話したのに、返って何が言いたかったのか、訳がわからなくなってきた。今後僕がやるべき事は学校に潜入して、ヒーロー達の情報を集めつつも彼等を油断させる事になるだろう。その為には何が足りなくて、皆と何を変えて行けば良いのかを考えていく。


「腹黒は頑張って目指しますし、悪女だって今は悪の組織の女の子ですから既になっていますが、お姫様ってなんだか女の子の最上位みたいな響きですけれど、一応僕も四天王ですしこれも既になっているようなものなのでしょうか? でもそうなると皆さんもお姫様に……? あれ?」


 僕が腹黒の悪いお姫様を目指すと、どういう訳か皆もお姫様になるという結論になってしまった。もうちょっと考えてから話そうと思い直し、少し固まっているとグレイスさんが近づいて来て優しく頭を撫でられてしまう。


 そこでレオ様が今日の会議の終わりを告げ、それぞれ解散していく。僕もグレイスさんに診察に向かいましょうね。とそのまま第三医務室に連れられて行く。

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