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「昨日からずっと桜ちゃんの可愛いお顔を見てきたけど、特に真っ赤なお顔になった時の桜ちゃんは別格ね。もうね、ギュって抱きしめたくなっちゃうわ。ギュって、何度も見てきたからお姉さんもう理性を抑えるのも大変だわ~、うふふ」


「なんですかそれ……そんなに僕の顔って赤くなりやすいんですか? 確かにこの身体にされてから慣れない体験で恥ずかしい思いは沢山しましたが……」


「肌質も薄くなったのかしらね、大まかな見た目は元のままだけど、性別レベルで変化するとやっぱり細かい所で変わるものなのね。後でお肌のお手入れも教えるから、覚えておきましょうね」


 グレイスさんと一緒に会議室の手前まで歩き、不意に顔が赤くなる話を振られる。先程トイレを済ませた時に顔が赤くなっていたからだと思う。


 本当は辛いのではと心配されていたが、ただ単に変に緊張していただけだとわかったから、今はもう手を繋いでは無いし、こうして話しかけてくる。


 そもそも緊張してしまったのは、用を足す前に気持ち良さそうに色々噴き出したとか言われたから変に意識してしまったからだし、確かに男の頃とは違いびっくりしたけれど、こんなに意識してしまうなんて、もしかして僕は変態なのかもしれない……


 気になったから尋ねてしまったが、あんな事を聞くのは完全にタイミングを間違えたと思う。


「あらら~、またちょっと顔が赤くなってるけど、どうしたのかしら? ほんとに大丈夫?」


「な、何でもないですっ、また僕顔赤くなってるんですか……」


 そう考えていると、また顔が赤くなってしまっているようだった。


 思っているより僕の顔は赤くなりやすいようだ。トイレの事はひとまず置いておいて、今は会議に集中しないといけない。


 この姿でレオ様達に会うのだから緊張してしまう。気が付けば会議室の扉の前、今日は前もってグレイスさんが会議に来るのに少し時間が掛かると伝え、僕達がここに来るのは一番遅い。


 扉を開けたらそこには既にレオ様達が待っている筈だ、待たせてしまうのは申し訳ない急がなければと僕が扉を開けようとしたら、不意に声を掛けられる。


「あ、待って桜ちゃん。ちょっとこっちの方を向いてくれる?」


 グレイスさんに声を掛けられ振り向く。すると彼女は手に何か筒状の物を持っていて、それを僕の口に近づけてきた。


「あ、あの。なんですかそれ?」


「未使用のリップクリームよ、紙袋に入れて置いてたのを持って来たわ。今日はこれで間に合わせだけど、女の子になったんだし特にお年頃の子は人に会う時は色々と意識してるものよ」


 リップクリームを手にしたグレイスさんに、女の子としての心構えについて説かれる。随分と真剣なのだなと感じていると、こういう事は自分もやっているのだと意識の差について指摘される。


「私だって会議の時は身だしなみとしていつも顔を軽く整えて来てるから、桜ちゃんも覚えておくと潜入が楽になるわよ。塗ってあげるから、少しじっとしててね」


 そう言ってグレイスさんは僕の口にリップクリームを塗る。口に何かを塗る経験は無かったので、変な感じがして、ふと口元に手を添えている自分がいる。


 今まで特に意識はしていなかったが、覚えておくと潜入作戦を円滑に進められるなんて言われてしまうと、これからの任務の為にはと意識せざるを得ない。


「あ、ありがとうございます。こういうのって使った事無かったんですが、口に塗るとこんな感触になるんですね、勉強になります」


「まあ、とは言っても学校だと派手にお化粧なんてしないと思うけど。顔が赤くなるくらい肌が白い桜ちゃんならお肌のお手入れを覚えて常にリップクリーム位持っておけば、周りの子からも変に思われないわよ。レオ様がどんな顔をするのか楽しみね」


 そう言ってグレイスさんは僕にリップクリームを手渡し、両手でもにもにと僕の頬を軽く揉む。数秒して手から解放されると、なんだか緊張がほぐれた気がして楽になる。


 僕はリップクリームをポケットに仕舞い、会議室のドアを開け中に入る。




 会議室には既にレオ様達が座っていて、僕達を待っていた。


 ドアが開き、僕に顔を向け途端に表情が一変し立ち上がるレオ様。ウルフさんとイグアノさんも同様に僕を見て表情を変える。


「遅くなりました! 待たせてしまい申し訳ありませ……あれ? どうかしましたか皆さん?」


「ザ、ザーコッシュ……本当にお前が……? い、いや、顔も髪の色も確かに昨日見た通りなんだがっ、そのっ、か、かかっ……」


「そ、そうですっ、僕はザーコッシュです。レオ様……? どうしたんですか? もしかして今の僕の姿は変でしょうか……?」


 僕を見て明らかに様子がおかしくなるレオ様、ここ最近急にこんな調子になる時がある。確か僕の潜入作戦に関して女装とかメスとか言い出してからだ。


 グレイスさんはレオ様が僕の顔を気に入ってるって言ってくれてはいたけれど、ひょっとしてこんな作戦、男らしく無いから本当はレオ様は嫌なのかもしれない。


「あの、レオ様……僕は皆さんと違って四天王としては全然戦う力がありません……この作戦だって何で女の子になる必要があるのか未だに僕自身よくわかりませんが、新たな脅威に対してシャドウレコードの今後に関わる重要な作戦なのはわかります」


 レオ様の様子がおかしい原因が僕なのは間違いない。そう考えると気持ちが落ち込み、話す内にどうしてか胸の辺りが切なくなって手で押さえてしまう。


「……元から頼りない僕ですが、大切に思う皆さんの為に初めて本格的に役に立てる機会を得られた事は本心で嬉しかったんです。レオ様はこんな男らしく無い事嫌かもしれませんが……」


 身体が震えそうになり、仕舞いにはレオ様の顔も見られなくなり不意に視界も滲んでしまう。


「ち、違う!? 違うぞザーコッシュ! そんな事は無いぞっ! 男らしく無いとか一体何の話だ! 俺はお前がお前らしくいてくれれば、男とか女とかは、そのっ……」


「えっ……? じゃあ、な、何でレオ様は数日前から様子がおかしいのですか? 僕の作戦が決まってからずっとこの調子ですよ?」


 今の僕の姿が嫌では無い事を聞いて顔を上げる。嫌だとは思われていないようなのでホッとしたが、でも僕の顔を見るレオ様の様子がおかしいままなのは変わる事は無い。


「そ、それは……その、話題になったからつい想像してしまったんだ……! ザーコッシュ、お前の女装姿や女になった姿を……! 勝手に想像するのは失礼だと思ったんだが、お前を見る度に頭の中で何度も思い浮かべるのが止まらなくなって……すまない」


 レオ様の突然の告白に、どういう意味なのかわからずつい驚いてしまう。


 止まらなくなる程思い浮かべてしまうというのはどういう事なんだろう。とても大事に思っていてはくれているので、それについては僕は嬉しいのだけれど、何故レオ様がおかしくなるのかはわからない。


 とりあえずお互い落ち着いて話をしようと思い、涙で滲んでしまった目を手で擦ろうとしたら、隣にいて話を聞いていたグレイスさんがハンカチで目元を優しく拭ってくれる。そして、僕の目を拭いた後はレオ様に向かって眉を上げ少し怒るような顔をしていた。


「駄目ですよレオ様、立場も歳も上なんですからいつまでもそんな調子じゃ。貴方が桜ちゃんに対してもっとしっかりとした対応をしてあげないから、不安にさせて泣かせてしまうんですわ。それで、どうなんです? 今の桜ちゃんの姿は?」


「あ、ああ。本当に申し訳ないザーコッシュ、いや……桜。い、今のお前は俺が想像していた姿より、遥かに上回っている……これは嘘偽りない本心だ。これなら作戦も上手く行く筈だ」


「当たり前です、まだ一日も経ってませんけど私がここまで桜ちゃんを見てきましたから、半端な事は致しませんわ。入学まで後ひと月程ですが、これからもっと面倒を見て何処に出ても恥ずかしくないようにしていくつもりです」


 レオ様からの感想を聞いて、どういう訳か得意げな顔になるグレイスさん。ここまであれこれ面倒を見られているけれど、今後もそうなのだと言われると、学校に向かう頃には僕は一体どうなってしまうのだろうかと考えてしまう。


「こんなに生真面目で慕ってくれてる子をレオ様が今後も泣かせるような情けない人なら、私が奪っちゃいますからね。うふふ」


 そう言ってグレイスさんは両手で僕の肩を抱き、レオ様に向かって微笑みながら顔を僕に近づける。


 頬がくっつきそうな所まで顔を寄せられ、大人の女性の香りを強く感じさせる程のさっきまでとは違う今までに無い距離の迫り方に、思わず顔が熱くなってしまう。


「なっ!? あっ……! グレイスお前っ、顔が近いぞっ……」


「はいはいレオさん、これ以上やっても尚更ザーコッシュさんに情けない姿を晒すだけですよ」


「イグアノ!? し、しかしだな……」


「普段は誰よりも堂々としている貴方がここまで取り乱すとはよっぽどですね。グレイスもおふざけはその辺にして置いて下さい、三人だけで盛り上がっていては私とウルフが話に加わる機会がありません」


 顔を赤くし取り乱すレオ様を見かねてイグアノさんが二人に割って入る。ウルフさんの方も話が終わりそうに無くて腕を組んでそわそわしていた。


 僕達の会話を聞いていた二人に挨拶をするべく、僕はグレイスさんに離れて貰い身体を彼等に向ける。




「おはようございます、イグアノさん、ウルフさん。僕のせいで変な空気になってしまい、ごめんなさい」


 僕の姿が変わったせいで、会議室の空気が変になってしまった事を謝罪すると、ウルフさんはゆっくりと首を横に振るのだった。


「いや、ザーコッシュのせいではない、確かにオレもイグアノもお前の今の姿を見て驚きはしたが、取り乱す程動揺したレオが悪い。髪が伸び、オスの匂いが完全に消え去ったぐらいで一体何をそんなに慌てている」


 そ、そうなんですか。ウルフさん曰く、もう既に僕の身体はオスの匂いはしないんだ。


 たった一晩で匂いが完全に無くなるなんて、一体あの触手は僕の身体に何をしたのだろう……


 触手に関わっているグレイスさんとイグアノさんなら何か知っているだろうけれど、グレイスさんは昨日から一つ一つ確かめるように僕の身体の事を見てくれているから、多分イグアノさんの方が原因なのかもしれない。


「いやぁ、グレイスが提供して下さった触手の方を薬剤投与で遺伝子操作と活性化をさせて変化速度を早めたのですが、身体の方は元気そうで安心しましたよザーコッシュさん。後で診察を行いましょう。レオさんとグレイスが既に桜さんと呼んでいるのでこれからは私も合わせておきましょうか、桜さん」


「ちょっとイグアノ、桜ちゃんが一瞬で女の子になっちゃったの貴方の仕業だったの?」


 イグアノさんの言葉に、突如顔をしかめるグレイスさん。それがどうかしましたか? と、何か不都合な事でもあったのかと首を傾げるイグアノさん。


 やはり僕の予想は当たっていて、何か言いたげなグレイスさんはつかつかと前に進みだしそのまま口論を始めた。


「貴方がメアリーちゃんに無茶な事をしたせいで、桜ちゃんが大変だったのよ」


「何が問題なのですか、早く済んで良かったでしょうに」


「ほんとはあの時メアリーちゃんを媒介にして女の子になる薬を注入した後、半月かけてじっくりと身体を変えていく予定だったのに」


「貴女の個人的な興味の為に、半月もかける方が身体への負荷が長引いて大変ではありませんか」


 半月掛けてゆっくりと身体を変えていく予定だったグレイスさんに、そんな事は面倒では無いかといった顔で反論していくイグアノさん。


 僕の身体を変化させる方針で意見が食い違っていて、僕もどう反応したら良いのかわからず唖然としてしまう。


「その半月分の負荷が一気に来て、半日も意識が無かったのよ! 桜ちゃん全然目を覚ましてくれなくて慌てたわよ!」


「あの後すぐに桜さんが意識を失ったと貴女が端末で知らせて来たので、こちらも医療班を手配しようとした所で全部突っぱねられてしまいましたが、そちらこそ一体何をお考えで?」


「あっという間に女の子にしちゃって意識も失うものだから、裸のままべっとべとにされてとても見せられる物じゃなかったわ、何が起きるか考えなかったの? この子が可哀想よ」


「おや、レオさんがこの部屋で責任を取ると言い出した辺りで突然通信が切れたんですよね。今日のこの時まで桜さんにも会わせてくれませんでしたが、そのような事があったのですか」


「色々あったのよ。それも全部桜ちゃんの為だったの。貴方が用意した医療班は全員女性だったかしら? 通信を急いで切ったのも、貴方達にも見せてたら桜ちゃんは今頃、部屋に引きこもって作戦どころじゃ無くなってたわよ」


 口論が続いていき、僕が意識を失った後、盛大に粗相をしてグレイスさんに色々迷惑をかけてしまった事や、僕が個人的に恥ずかしがっていた身体の悩みを隠したまま、イグアノさんに苦情をぶつけるグレイスさん。


 イグアノさんも、僕に問題が起きた場合を考えていて、すぐに対応出来る準備をしていたようだけれど、全部グレイスさんが一人でやってしまった事に疑問を持っている。


 意識を失う前、僕はグレイスさんに抱きかかえられてたような気がする。目を覚ました時、服を着替えていたのはそういう事だったんだと理解すると、途端に恥ずかしくなってしまう。


「あ、あの……グレイスさん、イグアノさん、そ、その辺りで僕の話は一旦終わりにしてくれませんか……? 僕自身その事でいつまでも口論されるのはとても恥ずかしいので……」


 二人が言い争っている部分を集約すると、どっちの選択が選ばれていたとしても結局僕が恥ずかしい目に会っている結果にしか繋がらないので、本当にもうやめて欲しい。


「あっ、う、うん……そうね、桜ちゃん。このまま詳しく状況を質問されてたら、また貴女に怒られる所だったわ、ごめんなさいね」


「私も医学的見地から腕が良い者を揃えたつもりでしたが、確かに指摘された通り配慮する部分を見誤りましたね。申し訳ありません桜さん」


「いえ、もう僕の事はいいんで、会議を始めましょう。そうですよねレオ様?」


 二人の口論を止め、そろそろ会議を始めるべきだと、僕はレオ様に進言する。先程から決まりが悪そうにしていたレオ様は、僕からの言葉に機会を得たというような顔で応じようやく会議が始まり、潜入作戦に向けて今日から僕がするべき事を提案していく。

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