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 グレイスさんと一緒に食堂に着く、隊員も利用するので朝のこの時間帯は大勢の人で賑わっている。


 普段の僕なら、結構長くシャドウレコードにいる人以外だと自分の隊に配属されている隊員位しか僕に声を掛けてこないが、今日の僕は服はいつもの格好だけれど、身体は女の子になっていて仮面も着けてない状態なので、食堂にいた全員が僕を見ている。ような気がした。


 見知らぬ女の子が、ザーコッシュの服を着てしかも四天王に連れられて食堂にやってきたのだから、組織に忠誠を誓っている立場の者なら、ここで騒がない方がおかしい。


「誰だあの子……?」「着ている服装や髪の色はザーコッシュ様と同じだが……?」「だがあの子は女の子だよな?」「グレイス様とはどういう関係なんだ……?」「何もわからん……誰か尋ねて来いよ……」


 案の定ざわついてしまった食堂。管理職に就いている、中年の男性隊員が周囲の空気を見かねて恐る恐るグレイスさんに挨拶してきた。


「おはようございます、グレイス様。私はイグアノ隊第三部隊の補給班の指揮を務めております、隊員ナンバー六八〇であります。周りの兵共々気になる次第なので、失礼を承知で伺いますが……そちらのザーコッシュ様の衣装を着ていらっしゃる可憐な少女は一体どちら様でしょうか……?」


「おはよう、ナンバー六八〇。やっぱり皆気になっちゃってる感じ? んっふふー、皆が気になってるこの可憐な女の子はねぇ、なんとこの度情報収集の任務でガンバルンジャーが通う学校に潜入する事が決まって、素性を分からなくする為に性別が女の子になった四天王のザーコッシュ君こと、桜ちゃんよ!」


『えええっ!?』


 グレイスさんの紹介で、僕の事が隊員達に知れ渡る。食堂にいる人だけでも結構な動揺が伝わったようで、これは日を改めて朝礼とか人が集まる場面できちんと挨拶しなければいけないかもと考える。後でレオ様達に相談しようと思う。


 しかし、僕の事を可憐な少女とは。確かに僕が弱いのは皆知っているので、物は言いようなんだなぁ。


「ザーコッシュ君の時はいつも皆の前では仮面を着けてたけど、顔は今と全然変わって無いのは私含めてレオ様達全員確認済みよ。女の子にする時に私も立ち会ってたから、この桜ちゃんがザーコッシュ君本人なのは私が保証するわ!」


 満面の笑みを浮かべて、まるで僕の事を自慢するかのように説明しだすグレイスさん。


 そこに今まで顔を隠して来た事に対して、密かに思い悩んでいた事情までも話されていく。


「この子ってば、規則に則って素性を隠す為なのもそうだけど、自分では頼りない顔って思ってたらしくって、素顔を晒すと皆の士気を下げてしまうかもしれないって気にしてて仮面を着けてたんですって。そんな事無いのにねぇ、ほんと生真面目さんで可愛いわぁ、うふふ」


 以前、素顔を晒した事がある人の前だけについ零してしまった事を隊員達の前でバラされてしまい、僕は慌ててグレイスさんの口を覆うように前に出て、そのまま挨拶をする。


「ちょ、ちょっと、グレイスさんっ、そんな事まで言わなくても良いじゃないですか! あ、あの、皆さんおはようございますっ! 僕はザーコッシュを改めまして、本名は日和 桜と言います」


 グレイスさんに名前まで明かされてしまったので、グレイスさんが言っている桜ちゃんとは誰なのかという説明を含めて、僕は自分の本名を正直に明かす事にした。


「え、えっと、こんな強さの欠片も無い姿の僕ですが、シャドウレコードの為に四天王の一人として、大事な任務をこなせるように務めていく覚悟です! ですから、これからも皆さんよろしくお願いしますっ」


 隊員達の前で、僕は頭を勢いよく下げた。


 数秒して手を叩く音が聞こえ、頭を上げると隊員達が拍手で迎えてくれた。こんな僕でもちゃんと受け入れてくれる事に安堵すると、緊張がとけたのか勢いよくお腹が鳴ってしまった。


 そんな僕の姿が面白かったのか、隣のグレイスさんは声を押し殺して笑っていた。お腹が空いてしょうがないのと恥ずかしさで、僕は速足でご飯を選ぶ注文パネルに向かう。




 焼き魚の定食を選び、携帯している電子端末で代金を引き落とし、注文が厨房に届くのを確認する。グレイスさんも選び終わり、注文した料理が出来るまで空いている席を見つけ並んで座る。


「朝はいつもこれくらいの時間に一人で食べるんですけれど、今日はグレイスさんと一緒ですね」


「そうねぇ、私はいつも遅くに来るから時々入れ違いで見かけるくらいよね」


「それにしても今日はいつもより、食堂が賑やかな気がします。やっぱり僕のせいでしょうか」


 少し遠くの席で、隊員達が話し合っている。素性を隠し、身元を特定されないようにする為に屋外活動では戦闘服に覆面姿が徹底されているけれど、組織の基地内では食堂みたいに食事の邪魔になりそうな場合があるような所では、素顔になってもいい場所はあるし、服だって戦闘服とは別の制服姿になっている。


 そういう場所があるのに、僕はずっと仮面を着けていた。さっきの隊員達の反応からして僕が気にしすぎていただけかもしれないと思うと、空回りしてたなぁ、とため息が出る。


「桜ちゃん、どうしたの? もしかして仮面の件でまだ思う所があるの?」


「ああ、いえ、グレイスさんの言った通り僕が気にしすぎてたのかなって。でも僕は本当にレオ様達みたいに強くて逞しい顔に憧れてたんです」


「んー、私は今の桜ちゃんの顔の方が良いと思うけどなぁ、そうじゃなかったらこんな女の子にする作戦なんて提案しなかったし、レオ様も桜ちゃんの顔は前々から気に入ってると思うんだけどねぇ、あの仮面だってレオ様からの大事な贈り物なんでしょ?」


 レオ様は僕の素顔を気に入ってる? 僕個人としてはもっと頼りがいのある逞しい顔になって、レオ様の側に立つのに相応しい存在になりたかったけれど、レオ様が今の僕の顔の方が好みだって言うのなら、なんだか複雑な気持ちになる。


「何か起きてしまう前に、桜ちゃんの顔を隠して護りたかった位には、桜ちゃんの事大事にしたかったみたいだし、それ程までに素顔を知ってる人間は少ない方が良いと思ってた訳よね」


 今の僕の顔がレオ様の好みだと言うグレイスさんは、僕が知らなかったその内情まで話してくれる。大事にしたいと思われているのは嬉しいのだけれど、それは僕がまだ年若い子供だからという事もあるのだろうか。


「まあ、男の子の頃からこの顔だった訳だから、今この場を見れば隠しておいて正解だったかしらね……最も、言い換えてみたらレオ様本人が一番どうにかなってしまう所だったって事よねぇ、うふふふふ」


 レオ様が僕の顔を見るとどうにかなってしまう? だから仮面を僕に贈ったという。好みの顔なのに、隠しておかないといけないってどういう事なんだろう。


 何かを企んでいるかのような、怪しい微笑みを僕に向けるグレイスさん。


「もしかして、レオ様は、強すぎて僕みたいな見るからに弱そうな人を見ると、何か良くないスイッチか何かが入ってしまい暴走してしまうタイプの人だったって事ですか!?」


 お腹が空いてしまい、上手く考えが纏まらない頭でそれでも何とかして、僕は自分の考えをグレイスさんに尋ねる。


「悪の組織のリーダーを名乗っている割に悪癖なんか一切無いとは思ってたんですが、まさかそんな事態になっているなんて……どうしようグレイスさん! この姿でレオ様に会ったらきっと暴走するんじゃ……」


「あらあら、桜ちゃんお腹が空きすぎて、変な事を言うようになってきたわね。もしそんな面白い事になっても頑張らなきゃいけないのはレオ様だから、桜ちゃんは作戦が上手く行く事だけ考えましょ」


 お腹が空くと、何だか良くない事を考えてしまうのは僕の悪い癖だ。先程までグレイスさんは怪しげな笑みを浮かべていたのに、僕の考えを聞くと途端にそれを崩して数日前から向けて来る様になった微笑みに変わっていく。


 前途多難だわ、とグレイスさんが呟くと端末に料理が出来た通知が来たので、二人で取りに行く。結構な時間ご飯を食べてなかったので、ぱくぱく進む。全部食べ終わると適度な満腹感なので、胃はあんまり縮んでなくてホッとするのだった。




◆◇◆




 ご飯を食べ、食堂を出て会議室に向かう途中、色々お腹に入れたので催してしまう。


 トイレに行きたくて一旦部屋に戻りたいとグレイスさんに伝えると、女子トイレの方が近いと言われそのまま近くのトイレまで連れられてしまう。


「だ、大丈夫なんですか? 僕が入って騒ぎになりませんか?」


「私もいるし、こんな所で何も起きないわよ」


 昨日まで男だった身の僕が、女性用のトイレを使用する事に不安を覚えたのでそう尋ねるのだけれど、グレイスさんは何の問題も無いと言った顔をしている。


 それと、性別が変わり気を失って半日は時間が経っていたというのに、その間何も無いという事はおかしいと思ったので聞いてみた。


「そういえば僕って半日気を失ってましたよね、その時に盛大にやらかしてたりはしてませんよね……」


「そういえば、気を失っちゃってすぐにメアリーちゃんを引き剥がしてたら何処から何がとは言わないけど、ブルブル震えながら気持ち良さそうにいっぱい噴き出しちゃって大変だったわぁ」


 何で半日以上気を失ってたのにさっきご飯を食べるまで何も感じなかったのが気になっていたが、どうやら僕は、僕の知らない所でグレイスさんの目の前で既に何から何まで粗相をしてしまっていたようだ。


「そのお陰で半日トイレに行かなくても大丈夫だったのかしらね、だから失敗してもちゃんと面倒見てあげるわ」


 その彼女がニコニコの顔で僕の面倒を見てくれる宣言をしている。


 何もかも受け入れて色々教えてくれているグレイスさん相手に、これ以上抵抗しても恥ずかしいと感じているのは僕だけなので、もう用を足す事だけを考える事にした。


 女子トイレは洗面所と個室しかなく、違和感だけがある。手前のドアを開け中に入り、ドアを閉めカギをかける。


「あら、私が見てなくてもちゃんと一人で出来る?」


「そこまで子供じゃありません。やり方だけ教えて下されば、僕一人でもちゃんと出来ますよ」


 この歳になって、他人に色々と見られながら用を足す事なんて、恥ずかし過ぎてとてもじゃないが出来る訳が無い。


 あれこれ気づかれないように、顔や動揺を見られない事を利用して冷静さを装いながら答える。


「うふふ、そんなに怒らないでよ、ごめんなさいねぇ。女の子って一度出ちゃったら結構音が凄いのよね、大抵の子は気にしちゃうから横にある音姫を使うのよ、終わったらトイレットペーパーで押さえるように拭いてね。男の子と違って残ってるから拭かないと大変よ」


 そんな事はお見通しかのようにグレイスさんは余裕のある返事をして来て、僕の顔だけが熱くなってしまう。けれど、尿意は限界近くまで来てしまっているので、僕はズボンを脱いで無心になるように心掛ける。


 教わったようにトイレで用を足す。自分の身体の事なのに一々騒いでいては身が持たないと感じ、頭の中を無にする。


 決してショーツを脱いだら、何も無い股間を見て驚いたりとかはしていない、決して。


 水を流し、トイレのドアを開ける。グレイスさんは僕が事を終えるまで待っていてくれていた。


「大丈夫? 顔が真っ赤よ桜ちゃん。もし限界だと思ったら今日はもうお部屋に戻ってゆっくり休んでもいいのよ? 身体もそうだけど、心も色々追い付かない事だらけだし、無理はしちゃダメよ」


「だ、大丈夫です……僕の身体だから早く色々慣れたいんです。た、たかが身体の形が変わっただけですっ、病気とかじゃ無いんですから大丈夫です……レオ様達だって待たせる訳にはいきません。早く行きましょう」


 トイレから出て来た僕の様子を見て、グレイスさんに気を遣われてしまう。だがしかし、こんな事で一々戸惑ってしまっていては身が持たないとも思い、何とか自分を奮い立たせていく。


 女子トイレの洗面台で手を洗いハンカチで拭く、その間ふと鏡を見ると指摘された通り、鏡に映った僕の顔はまだ赤くなっている。


 トイレから出て落ち着くまで息を整える、その間グレイスさんは隣で何も言わずに手を握ってくれていた。


 数分して落ち着いたのか、顔を触りもう顔が熱くなってない事を確認したので、ようやく会議室に向かう。

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