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 グレイスさんはこのまま僕の部屋で朝まで変な事を言い続けてくるのかと思っていたらそうでもなく、僕が普通に受け答え出来るとわかると割とあっさりと僕を解放してくれた。


 服や下着をどうにかしましょうと言われ、下着なら間に合わせがあると女性隊員用に用意されてある未使用の下着を渡された。


 ショーツというらしい物体の詳細な名称を教えられ、このショーツは食い込みが少ないとか、屋外での活動にも最適等と力説されたけれど、よくわからないので手渡された下着を手にし、ベッドから降りてこれを穿く事にする。


 いつまでも裸のままなのは嫌なので、下着の包装をさっと剥がしショーツを手に取る。いざ穿こうと足を上げようとすると、視線を感じる。


「あの……グレイスさん、そんなに真剣に見つめられると恥ずかしくて穿きにくいんですけど……」


「大丈夫よ桜ちゃん、これも訓練の一環! 着替え中に同性から不意に向けられる視線に耐える特訓よ! 何もしないからさあ早くささっと着替えましょう。風邪を引いたら大変だわ」


 グレイスさんは視線を逸らさず、ただただ裸の僕を見つめている。テコでも動きそうも無い様子なので、僕は諦めて背を向けて下着を穿く事にした。


 足を交互に通し、くいっと下着を上げてぴったりフィットする所で止める。お尻がすっぽり綺麗に収まってるのになんとも言えない気持ちになり、グレイスさんに変じゃないか尋ねる。


「グレイスさん、この下着ってこんな感じで穿けば良いんですか? こんなきっちり包むような感じなんですね……」


「うん、大体そうよ。上のブラの方はワイヤーもホックも無いパッドだけのやつだから、胸に違和感無いようにすればいいだけよ」


 そう言われ、上のブラの方も着る。本格的な物は胸のサイズをきちっと測らないといけないと力説を聞きながらスポッと着て、髪の毛がブラの中に入って無いか掬い上げつつ、言われた通りに胸の位置を整える。


「おお、なんだか胸がぷるぷる揺れなくなったような気がします」


「上も下もちゃんと着れたようでよかったわぁ。後はとりあえず上にパジャマでも着れば眠れると思うわよ。今日はもう私も一旦部屋に戻るね、本当は一緒に桜ちゃんと寝たいんだけどそれはまた今度にするわ、じゃあまた朝に様子を見にくるわね」


 そう言ってグレイスさんは部屋から出て行く。また朝来るのかと思いつつ、僕は収納スペースに入れてあるパジャマを着る。


 半日意識が無かったのにまた眠れるのかと思ったけれど、パジャマを着た途端すぐに眠気が来て、すぐさま部屋の電気を消してベッドに横になる。


 昨日までと違う柔らかさが増した身体と常に密着している下着に、なんだか違和感を覚えるが、急な変化に身体はまだ疲れているのか眠気の方が勝ったのですぐに眠りにつけた。




◆◇◆




 目覚まし時計にいつもセットしておいたアラーム音が鳴り、僕は目を覚ます。あくびをしながら起き上がると長くなった髪が乱れていて、頬にかかる。


 口に髪が入ると嫌なので、ぼんやりと手で髪を纏め肩の後ろに流していると、来客を知らせる部屋のベルが鳴り、起きてるか確認してくるグレイスさんの声が聞こえたので、ドアのロックを外しに立ち上がる。


 軽く挨拶し、ドアのロックを外す。そこにはいつもの戦闘服姿のグレイスさんがいた。


「おはよう、桜ちゃん。どう、よく眠れた? 私はこれから学校に潜入するまでに桜ちゃんをどう可愛くするかの方針でワクワクしちゃって、少ししか眠れなかったわぁ。うふふ」


 グレイスさんはそう微笑みながら一緒に部屋の中に入る。手に紙袋を持っていたので、中に何が入っているのかを尋ねたら、着替え用の未使用の下着、ヘアブラシや髪留めにドライヤー、シャンプーやトリートメントに、洗顔フォームに幾つかの化粧品等、他にも色々入っていた。


「一応、数日分の替えの下着と、お化粧道具とか、髪の毛のケアをする物とか、予備でとっておいた新品の私の私物の中で色々持って来てあげたわ!」


 女性用の日用品等は全く縁が無かった為に、男性用の物とは色味やデザインが全く違う事に戸惑いつつも、ひとまずお礼を言うと、グレイスさんはこれでもまだ足りないと言いたげな顔をしていた。


「ほんとはねぇ、お洋服も用意したかったんだけど私のサイズじゃ全然合う服無いし、こればっかりは外に出ないと用意出来ないから、今日にでも桜ちゃんと背丈の近い部下に頼んで用意してもらわないとね」


「随分と色々とありますね、ブラシやドライヤーとかは使い方はわかるんですが、化粧までやるんだ……」


 持って来て貰った色々な物を手に取り、僕が今まで使ってきた身の回りの道具より高価そうな品に思わず声が出た。下着は今着ているのと同じ物なので少し安心する。


「まだまだ全然足りないわ。部屋に置く姿見も欲しいし、下着だってもっと可愛いの一緒に見て回りたいし、長くなった髪のケアの仕方も教えたいし、勿論お化粧は絶対覚えて貰わないと潜入する時に困るわよ」


「そ、そんなにやるんですか。下着とか今着てるこれとかじゃダメなんですか?」


 下着はこれで良いのではないかと思い、尋ねてみる。すると、グレイスさんは少しプリプリと怒りながら僕に説明してきた。


「当たり前でしょ、スポーツとかやってる子ならそういう形のでも通せるけど、桜ちゃん体育会系じゃないわよねぇ? もし学校で下着を見られた時、それで変に思われたら困るのは桜ちゃんなのよ。それに女の子には色々あるから、そういう日が訪れた時用にもっと厚手の下着も必要になるし」


「な、なるほど。そうなんですね。そういう日とかは良くわかんないんですけれど、僕が不審に思われ無いように全部必要になるんですね……」


「もう少し日を置いて、桜ちゃんが落ち着いたらきちんと説明してあげるけど、この中に体温計も用意してきたから毎朝起きたら横になったまますぐにそれで熱を測って、明日からは毎日記録しておいてくれたら助かるわ」


 ふう、と一息吐きながら用意してきた紙袋を探りだし、お目当ての物を見つけたグレイスさん。


 机の上に置かれた体温計のパッケージには婦人体温計と書かれてある。こんな物があるんだと思い、体温計というと体調が悪い時に腋に挟んで熱を測る為に使うイメージの物だったけれど、どうやらこれは朝起きてすぐ横になったまま口にくわえて測る物らしい。


 体温計を眺めて口に意識が向かうと、ぐぅ、とお腹が鳴る。昨日半日意識を失った後、今日の朝まで何も食べていない。




「グレイスさん、僕お腹が空きました。ですが、着替えがありませんし、パジャマ姿の状態で食堂に向かうのは他の隊員もいますしどうしたら……」


「困ったけど、しょうがないわねぇ、今日はもうとりあえずいつもの制服姿で良いんじゃないかしら。それなら桜ちゃんが誰なのかは一応わかる筈だし。ほら、これで髪を纏めて顔を洗って着替えましょう」


 グレイスさんが渡してくれたヘアバンドを頭に巻いて洗面台で歯を磨き、顔を洗い、パジャマを脱いで収納スペースを開け、いつもザーコッシュとして着ている服を手に取る。


 この服がここにあるという事は、あの後グレイスさんが僕を運ぶ際に一緒に持って来てくれた事になる。その隣には僕の仮面も置いてあった。


 普段のようにサッと僕の服を着たつもりなのに、なんだか凄い違和感を感じる。


 いつも見ている視点と変わらないので、身長はほぼ変わって無い筈なのに身体はだいぶ変わっていて、ズボンを穿いて、ベルトを腰の位置に留めようとしたらベルトの穴が定まらないので何とか無理やり誤魔化した。シャツも上着も、肩幅が余り気味で何だか細かい所で服が落ち着かない。


「あらら、今の桜ちゃんじゃその服も随分着た印象が変わるのね。昨日身体を見た感じでこうなるんじゃとは思ってたけど、線が細かった身体が細いままメリハリが丸く付いちゃったのね。やっぱり早い所お洋服がいるわねぇ」


 今の僕の姿を見て、そう評価される。気になって洗面台に行くと、僕と同じ髪の色と目の色をした、僕の服を着た女の子が立っている。


 顔もそんなに大きく変わっていない筈。頼りない顔つきはそのままに大きく変わった所は髪が長くなっただけ。ドタバタしながら洗面台の鏡の前に立った僕の後ろに、ヘアブラシを持ったグレイスさんが近づいて来た。


「これじゃあ、どう見ても男装した女の子よねぇ、髪の毛が長くなっただけなのにどうしてかしらねぇ、ブラッシングも教えるからそれが終わったら一緒に食堂まで行きましょ桜ちゃん」


 そう言われ髪を梳かされる、長い髪は大丈夫そうに見えて結構絡まってる事があるので、寝る前や起きた時は勿論、気になったら鏡で見て確認した方がいいとの事だ。


 仮面を着けた方がいいか迷っていると、グレイスさんにこれから素顔で活動する事になるのだから慣れる為に着けない方が良いと言われ、手をとられてそのまま一緒に部屋の外に出て食堂まで連れてかれる。




「あ、あの、グレイスさんっ、ほんとにこの姿で出てきて大丈夫なんですか? こんな弱そうで頼りない顔、隊員達に見せてなんて言われるか……」


「だーいじょうぶよぉ、桜ちゃん。ザーコッシュ君が弱いのはここにいる人達は皆知っているし、そんな子の顔がこんな顔だった所で幻滅される事なんて無いわ。寧ろ想像以上だったって騒ぎになるんじゃないかしら?」


「想像以上に弱そうだって事ですか!? ……うぅっ、僕の顔はそこまで貧弱な顔なんですね……」


「まあ、桜ちゃんの顔は戦う者としての顔だったら確かに〇点かもしれないけど、その逆だったら一体どんな点数が貰えるんでしょうねぇ、うふふ」


 食堂までの通路を一緒に歩いているだけなのに、戸惑う僕に何だかとてもうきうきとした口調で話し掛けて来るグレイスさん。


 今の僕が誰なのかわからないかもしれないと不安になるが、僕の方に顔を向け笑顔で大丈夫だと言われてしまうとそれを否定は出来なくなってしまう。

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