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 その後、一体どうやってメスにされるのかとか、一番懸念している四天王としての情報は他に無いのかとか、そもそも学校に潜入するうえで入学試験は大丈夫なのかとか、レオ様を除きノリノリに話を進めようとする四天王達を相手に、僕はこの作戦について出来る限り質問した。




「はぁ……本当に僕についての情報は存在してないんですね……ううっ、ぐすん」


「まあまあ、これからいっぱい作戦に出るんだからすぐにでも嫌っていうほど注目されちゃうかもしれないわよ? だから泣かないでその事だけ考えましょう。きっとこれから面白くなるわ」


 グレイスさんが泣きそうな僕を慰めてくれる。この人は僕に優しいのはいつもの事だけれど、雰囲気が更に柔らかくなったのは気のせいなのかな?


 この作戦、色々不安ではあるが、僕が参加すること自体には不満は無い。


 少し頭が冷えると、僕自身のつまらないプライドで会議で騒いでしまい少々恥ずかしくなる。四天王になって今まで表立って活動はしてこなかったのだから、僕の事を良く知るシャドウレコード内での扱いとそれ以外で評価が変わるのは当たり前の話だ。


 戦闘面以外では努力はしてきたつもりなのだ。部下達も表に出られない事で僕に不満を漏らした事は無いし、まだ若い僕をやっかむ人も組織内にはいない。


 本当に戦闘面以外でも実力が無いのならレオ様達だって僕をこんな側に置いて面倒を見てくれる訳が無い。


 今回の作戦で、ようやく僕は自分が主体の表向けの任務が与えられたのだ。これを機会に、シャドウレコードの四人目の四天王はちゃんと実在する工作戦が得意なやり手の新星だと、外に向けてアピールするのだと気合を入れ直す。


 レオ様がひねり出すように思い出した情報以外、本当に僕についての出回っている情報は無いらしく、悲しくなって泣きそうになるのをグレイスさんに慰められ、落ち着いた所で他の質問への答えを聞く。




「それでレオ様、僕が実際に向かう学校とはどんな所なんですか?」


「あ、ああ。ザーコッシュ、そうだったな。表での調査の際そこの部隊が既に入学に関する情報も入手してある」


 そう言ってレオ様はタブレットを操作し、机にガンバルンジャーが通う学校の資料を表示させる。


「俺もざっと目を通して多少幾つか条件があるのを確認したが、ザーコッシュなら問題ないと判断した。後でお前の部屋の据え置き端末にデータを送っておく」


 僕達はそれを眺める。資料には『希星高校』と学校名が記載されており、表の部隊によってこの学校であるのは確定済みなのだという。そして、レオ様が指し示した条件を確認する。


「もしかして、特別能力者入学枠という項目ですか?」


「ああ、その条件なら出自が特殊なお前でも今から応募は可能だ」


 特別能力者入学枠。この学校はピースアライアンス公認で若くて優秀な能力者を保護する名目でこのような入学枠を設けている。そのお陰でガンバルンジャーは学校に通えて僕もこの制度を利用して潜入を行える。


 入学試験についてはこんな議題が出る時点で予め計画が進められ、潜入する人間が問題だっただけで僕が選ばれた事により問題は解消されたそうだ。この後自室に戻り、ネットから学力試験を受けてもう一つ心理テストも受けるのだという。


 僕は生まれつきとても希少な能力を二つ扱える。一つは【回復能力】。対象の傷や怪我や病気に対して治癒の力を与えたり、生命力や抵抗力を高めるといった能力だ。一か月前の隊員達の負傷の件を知っていたのは、僕も治療に関わったからだ。


 この能力は扱える人が少数で、更に習得難易度が高く、需要に対して全く供給が追い付いてない希少な能力なんだとか。僕はまだ初歩的な部分しか習得出来ていないが、この能力ならばよっぽど学力が酷くない限り大丈夫だろう。


 もう一つの能力は【強化付与】。回復能力より更に希少らしいけれど、この能力は使用しても恩恵を得られる人間はごく少数しかいない。


 戦闘力が低い僕が僕自身に使っても大して効果が無い上に、無駄に疲れるだけという結果しか残らない。ただ、レオ様や他の四天王達みたいな戦闘力が高い人に使うと絶大に効果を発揮する。


 けれど過去に一度だけレオ様の役に立てる方法を探していた時、この力を発動した際に僕が三日三晩寝込む事になってしまって以来、レオ様から封印されてしまっている。


 今も尚この能力は使えないので、僕は回復能力の能力者としてこの学校に入るようだ。


 一般的で数も比較的多い能力者なら普通の入学枠で入学試験を受ける事になる。高水準の能力者で戦闘力も保有しているガンバルンジャーは全員この枠だろうと思うと、それだけで彼らと同じ土俵に立つという意識が芽生え、たちまち気合が入る。


「うふふ、まだ入学までひと月以上あるっていうのにすっかり気合が入っちゃっていいわねぇ」


「はい、敵は強敵のようですし、僕はようやく自分の活躍する機会を与えられるんだと思うとやっと皆さんのお役に立てて嬉しいです」


 気合が入った僕の顔を、グレイスさんが微笑みながら見ている。潜入する場所はわかったので、気になっている事を尋ねてみた。


「所で出回っている情報だと少年なのは判明しているようですが、それを打開する為にメスになるっていうのは一体どんな方法なんですか? 脳波で動く特殊なロボットでも用意したりとか、周囲に幻術をかけたりとかするのでしょうか?」


 ここの部分だけはどう考えても何もわからないので、僕は自分で思いつく限りの方法を用いて潜入を行うのかと尋ねるものの、イグアノさんは不敵な笑みをしながらゆっくりと首を横に振っていた。


「そういう手段もあるのは考えましたが、それらはどれもバレた時のリスクがありますザーコッシュさん。君のリスクが一番少ない方法を私とグレイスで思いつきましたので、多少君にも頑張ってもらう事になりますが、少し日にちを頂ければ準備は出来ますよ」


 一番謎の、僕をメスにするという話は、グレイスさんとイグアノさんが異様に乗り気になっており、何やらレオ様にこそこそと耳打ちをした後、三日時間が欲しいとの事だった。


 その事で何故かレオ様が一番動揺している様子で、心配になった僕はレオ様に何か良くない事があってはならないと思い、様子を伺うと顔を赤くしながら何でも無いと言い、二人に許可を出して強引に会議を終わらせてしまった。




 作戦会議が終わり、僕たちはそれぞれ会議室から出る。


 僕はすぐさま自分の部屋に戻り仮面を外しきっちり着込んでいた服を緩め、前もってレオ様が入学用の準備手続きを済ませていた希星高校という学校が用意した試験を受ける。


 僕は自室にある端末の電源を入れ、画面を軽く操作し送られて来たデータを確認して、学力を測る筆記試験や人格等に問題が無いように用意された心理テストを受けた。


 筆記試験はランダムに音声付きの映像と共に質問が表示され、制限時間のうちに記入する仕様になっている。データ毎に問題の内容が異なり、実際に音声と映像を聞いて確認しないと解けない仕組みの問題形式になっていてカンニングするような時間は無い。


 試験を終え、心理テストも続けざまに終わらせ、データがすぐに送信される。用意されている表向けの組織の回線を経由して僕の情報は送られるので、この場所が特定される危険は無い。


 ひと段落着き、後はグレイスさん達の準備が終わる予定の三日まで待つだけだ。


 その後は特に何事も無いまま、僕は約束の日を迎えた。




◆◇◆




 三日過ぎ、僕は組織内にある指定された場所に向かった。


 そこはイグアノさん指揮下の科学実験室だった。ドアを開けると何故かイグアノさんではなく、にこやかに微笑むグレイスさんが待っていて、モニター越しに会議室に座っているレオ様達の姿が映っている。


「待ってたわよぉ、ザーコッシュ君。ようやく準備が終わった所でね、無事にこの日を迎えられてよかったわぁ」


「この部屋にはグレイスさんだけなんですか? レオ様達は何故モニター越しに?」


 きょろきょろと部屋を見渡す。電気が点いてないので、中は薄暗くちょっと怖い。そんな部屋にグレイスさん一人だけがいる。


 ぼんやりと光る壁に備え付けのモニターからは、レオ様達が僕に挨拶をしてきたので僕も返事をする。


「これからやる事に、ザーコッシュ君がちょーっと恥ずかしがるかもしれないから電気は消してたんだけど、まあ流石に暗すぎて危ないかしらね。ごめんね」


 そう言ってグレイスさんは部屋のスイッチを押し、電気を点ける。照明が点き部屋が明るくなり辺りを見回しても、使用用途が良くわからない機械が置かれている以外は特に恥ずかしい物は無さそうに見える。


「来たところ早速で悪いけど、まずはこれに着替えて貰える? あ、後もしかして危ないかもだから仮面や下着も外して貰えるとありがたいわ」


 そう言って渡されたのは、病院で入院する時に治療用の機具を着脱しやすくする為に用意される患者衣のような物だった。仮面を外すのはともかく、下着まで脱いでこれを着るのはそんなに大それた事をするのだろうか。


「あの、グレイスさん……もしかしてこれから手術とかやっちゃうんですか? まさかメスになるってそういう事なんですか!?」


 思わず不安になり、モニターに視線を向ける。ウルフさんは良く分かって無いのか首を傾げている、イグアノさんはただただニヤリとしているだけ、レオ様に視線を向けると慌てて狼狽え身振り手振りで改造手術ではないことを伝えてきた。


「ち、違うぞ! ザーコッシュ! 決してお前の身体を切り刻むような物理的な手術などではない! ただ……なんというか、グレイス曰く痛みは無いらしいが、身体のあちこちに特殊な装置を着けるらしく、まあ、その……なんだ……」


「詳しい話は、それに着替えてからよ。ただ本当にレオ様の言う通り、痛い事はしないから心配しないで、まあどういう訳かは後で教えてあげるわ」


 グレイスさんは着替えない事には話をする気は無いらしく、仕方が無いので僕は渋々ながらも着替える事にした。


 実験室の隅に着替える為の部屋があるのでそこに向かう。仮面を外し、備え付けられている鏡にふと顔を向けた。


 毛先に淡く桜色を宿した白みを帯びた柔らかな銀髪に、目を細めても尚も大きく丸い金色の瞳。不安なのか少し眉も下がり気味で、男としてはかなり頼りない顔をした僕の顔が鏡に映る。これからどうなるのかため息を吐くと鏡に映った僕の顔が更にしょぼくれてしまう。


 余り鏡ばかり見ていると更に元気が無くなりそうだったので、僕はササっと衣服と下着を全て脱いで言われた通りに患者衣を着て外に出るのだった。

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