第5話「悪魔が消える別荘④」

「その捕まえた悪魔は計画した犯人では無いんじゃない?本当の犯人が他にいる」


気を失う前に感じた気配を今も感じる。


「その悪魔は人知れず侵入している。この別荘に細工をして、鏡の中に

監禁部屋を作っていた。いるのにいないように見せかける不可視の悪魔…」

「で、犯人は?」


レイラはコンパクトミラーを取り出した。そこにはレイラ、ザガン、アズール、

ベヒーモスの他に見慣れない悪魔が映っていた。全員が振り向いた。さも当然の

ように彼はそこに立っていた。だが不気味な出で立ち。血塗れだ。彼のものでは

無い事は明白だ。傷が無い。彼はにこりと笑って、レイラに拍手を送る。


「ご名答。俺だよ。拉致するのは手間がかかってさ、俺だけじゃ少し

大変なんだ。専門が違うからね。…名前だけは名乗っておくよ」


感情を殺した能面のような表情。悪魔の名をグラシャラボラス。

殺人を唆す悪魔、そして殺人に長けた殺し屋として魔界で名が通っている。

彼に依頼が舞い込んだ。アバドンへの誘い、それに乗っかり、仲間入り。

そして色欲の王アスモデウスの暗殺をしようとしていた。


「依頼主からもう一つ依頼を受けていた。探偵ファウスト、アンタの命を

もらい受ける!」

「ッ!?」


急転直下。グラシャラボラスの武器はナイフ。あんなものが突き刺されば命が

危険に晒される。死ぬ。誰より早く動いたのはザガンだった。彼が指を鳴らす。

瞬間、何かが部屋の端から端へピンと伸ばされた。見れば金属だ。何処から

来たのかと思えばドアノブから伸びている。背後からの不意打ちであるが、

相手はギリギリで身を捩って躱していた。


「これもやるよ」

「?」


針?僅かな時間、硬直した。再び指を鳴らす。躊躇が無かった。


「あっぶねぇ、目潰しかよ。こんなもの、何処で手に入れたんだ?」

「それ、本棚の裏に落ちてた針!」


レイラが声を上げた。ザガンに預けたものだった。このような形で針が

使われるとは思わなかった。何かしらのヒントではなく、この時の為に

堕ちていたようなものだ。真っ先に消すべき相手をザガンと見定めた。

レイラを始末するにしても必ず彼が動いて来る。面子を見て、ふと気づく。

誰よりも目立つ悪魔の姿が無かった。


「(巨躯の悪魔は…)」


ハッとする。既に振りかぶっていた。溜めに溜めて振り下ろされる拳も

寸でのところで躱した。人の家だろうがお構いなし。床に文字通りの

クレーターが出来ている。当たっていたらと考えると身の毛がよだつ。

それは幾ら修羅場を潜り抜けて来たグラシャラボラスとて同じこと。

長身の悪魔ベヒーモス。腰を上げ、首の骨を鳴らす。何処かつまらなげ、

欲求不満に見えた。こんな悪魔を何度か見かけたことがある。本性は何時も

同じだ。甚振ることに快感を覚える凶暴な悪魔。それである。


「アンタみたいな悪魔も相手するのが面倒なんだよ」

「俺みたい、とは?」

「ちゃんとターゲットを調べるのは当然だろ。ザガンに惨敗して、随分と

丸くなってるんだな。気付かなかったぜ?ベヒーモス」


レイラ付近に関わっている悪魔について経歴を調べ尽くしているらしい。

ベヒーモスは暴れていたことをレイラに吐露していた。その過去について

猛省している。ザガンに負けて、彼から戒めの如く首輪を付けられても

拒否することはしない。受け入れた。


「殺害よりも誘拐のほうが手間がかかるって話があるんです」


静かな部屋の中にレイラの声だけが聞こえる。殺害するより誘拐の方が

手間がかかる。手間がかかることをしなければならない理由があった。

誘拐された人のほとんどがアスモデウスの使用人の悪魔。


「アスモデウス様は姿が中々見られない…。見つけ出すなら知っている人に

尋ねれば良い。でも知っている人たちも用心深くなり、口を割らない。

誘拐して、脅したり拷問したりして割ろうと思ったんじゃないですか?」

「そうだよ。知ってる人を見つけるのも大変だったけどね。ついでに

他の依頼も受けて、そして終わらせようと思って偽物の招待状を

送ったのさ」


彼を雇ったアバドンは七柱の悪魔を殺害しようとしているようだ。無謀な事を。

だが無謀じゃないと言った。


「出来るさ。魔神になれば、七柱の悪魔なんて敵じゃない!」


ザガンが目を細める。悪魔と魔神は全く違う存在。だが悪魔が魔神になることが

出来る。魔神になるために、人間を使う。だから長らく、否、理論はあっても

机上の空論のままだった。


「今の魔界をひっくり返すつもりか!?」

「今の魔界はまやかしだ。俺たちの本質は優しく、穏やかに…なんてモンじゃ

ねえだろ?抱えてるのに何故出さない?持っているのに何故使わない?本能のまま

生きるのが俺たち悪魔だろうが」


今の悪魔たちが理性的に生きていることが気に入らない。戦争ボケした悪魔が

世界征服を目論んでいると考えた。崇高な目的ではない。ただただ自分が

理想とする世界の姿を押し付けているだけだ。魔神になる為に人間を使うとは

どういう意味だ。


「私が魔界に迷い込んだのが偶然ではない事を確信した。その犯人も決定

づけられた。…アバドン、ふざけてる。ただボケてるだけでしょ」


戦争とは無縁だが、その恐ろしさは歴史が語っている。戦争をしても何の得も

無かった。金と命。命が消えたら増やせばよいと指導者は言う。だが生まれる命の

数など、どうにもならない。命はそんなに軽くない。人が、悪魔が思うほど人間

一人分の命は軽くないのだ。どれだけの金を積んでも、どれだけの犠牲を払っても

命を創り出すこと、蘇らせることは出来ないのだから。

だから改めてレイラは告げた。


「お前たちのリーダーはボケているに違いない。認知症とかそんなレベルじゃない。

寧ろ、末期の認知症の方が可愛いぐらいだ!」



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